人を助けないと即死亡の呪いを受けた悪役貴族の俺、しぶしぶ一日一善してたら、史上最高の名君に成り上がってしまう〜災厄貴族ジューダス・ファウルトの偽善〜   作:三月菫

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※性的表現あり


第4話 慰撫《SIDE:ルイン》

 

 12月15日。(ルナ)の曜日。

 

 ジュダさまが——変わった。

 

 絶対に気のせいじゃない。

 いつもならわたしの用意した朝食を食べるとき、眉をしかめて「まずい」とか「もっとマシなのはねえのか」と呟くのに、今日はぜんぜん違った。

 

 こっそりと作った卵焼きを見て、ジュダ様は一瞬だけ目を見開いて、ぽつりと。

 

ありがとう。

 

 そんな優しい声をかけてもらったのは、いつ以来だろう。

 

 聞いた瞬間、胸がじんと熱くなって、思わず泣いちゃった。

 ジュダさまを困らせてしまった。

 ジュダさまの使用人失格だ。

 

 ――でも、本当に嬉しかったんだ。

 

 使用人の間でもジュダさまの変化は噂になっている。

 皆、口々に「頭を打ったんじゃないか」とか「変なものを食べたせいだ」とか、失礼なことを言っている。

 

 でも、わたしはこう思う。

 ジュダさまは、()()()()()だけだ。

 

 だってわたしだけは、知っているんだ。

 ジュダさまは、本当は優しい人だって。

 

 *

 

 今でもよく夢に見る。

 

 奴隷商人の支配のもとで。

 幼いわたしは、鎖につながれて、汚れた服で震えていた。

 お前は価値がないと言われ、ゴミみたいに扱われていたわたし。

 

 そんなわたしを、地獄から救い出してくれた人がいた。

 

『その子は、俺が買う』

 

 その救世主は、わたしと同じくらいの歳の小柄な少年だった。

 

 周りの大人たちは眉を潜めていた。

 でもその少年――

 ジュダさまだけは、わたしに手を伸ばしてくれた。

 

『これまで辛かったね』

 

 ジュダさまは、わたしのことを奴隷商人から買い受けて、自身の使用人として、お屋敷に住まわせてくれた。

 

『もう大丈夫だよ。俺がそばにいるから』

 

 誰も信じることができず、頑なに心を閉ざすわたしに、ジュダさまは根気強く向き合ってくれた。

 ジュダさまはけっして偉ぶらずに、まるで友達みたいに、わたしと接してくれた。

 

『君の名前を教えて?』

『名前は……ありません。1987号だって』

 

 声にすると、胸の奥がきしんだ。

 奴隷商はわたしのことを、ただの番号で呼んでいた。

 それがわたしのすべてだった。

 

『ちがうよ。そんな番号じゃない』

 

 ジュダさまは、首を振った。

 それから、目を逸らさず、逃げ道を与えない、まっすぐな声で。

 

『僕は、君の本当の名前を知りたいんだ』

『……ほんとうの、名前……』

 

 忘れたはずだった。

 思い出してはいけないと思っていた。

 でも、胸の奥で小さく灯るものが、わたしを呼び戻す。

 

『ほんとうの、名前……』

 

 かさかさの唇が震え、言葉を探す。

 何度も飲み込み、やっと――

 

『……ルイン』

 

 小さく告げたその名を、ジュダさまは受け止めて、ふっと笑った。

 

『ルイン——素敵な名前だね』

 

 その言葉に、わたしは救われた。

 あのときからずっと、ジュダさまは、わたしの特別な人だ。

 心から尊敬できる、大好きな御主人様。

 それは今も、何一つ変わらない。

 

 *

 

 でも、その後。

 ジュダさまは成長するにつれ、笑うことが少なくなった。

 詳しいことは使用人のわたしには分からない。

 きっとたくさんの理不尽を背負わされてきたのだと思う。

 

 そして、ジュダさまの母君様が亡くなった頃から、少しずつジュダさまはすさんでいった。

 

 怒鳴られたり、突き放されたり、八つ当たりされたりすることが増えるようになった。

 

 だけど、不思議と嫌じゃなかった。

 ぜんぜん我慢することができた。

 

 荒んでいくジュダさまの背後にある悲しみを理解することができたし、それに、どんなことがあっても、ジュダさまはわたしに手を上げることはなかった。

 

 それに、わたしは信じている。

 あの日、わたしを助けてくれた、ジュダさまの優しさは消えるはずがないって。

 

 

 そして今日、久しぶりにその優しさを見ることができた。

 

 朝食のあと、ジュダさまが突然、食器は自分で洗うと言った。わたしのお仕事を手伝ってくれるというのだ。

 

 驚いた。

 わたし、思わず「だめです!」と言ってしまった。

 

 でも、ジュダ様はそっぽを向いて、少し怒ったように言われた。照れた声で。

 

「いつもお前に世話になってんだ。たまには恩返しさせろ」

 

 そのぶっきらぼうな言葉が、嬉しくて、嬉しくて、ただ嬉しくて。

 笑いながら泣いてしまった。

 

 胸の奥があたたかくて、苦しくて、どうしようもなかった。

 あの頃の優しいジュダさまが帰ってきた気がしたから。

 

 *

 

 周りが何と言おうと、ジュダさまは悪人じゃない。

 誰よりも強く、そして誰よりも優しい。

 

 ただ、その優しさを忘れてしまっているだけ。

 

 でも――また取り戻しつつある。

 

 わたしは信じてる。

 必ずあの日の優しいジュダさまは帰ってくる。

 

 わたしはずっと、ジュダさまを信じ続ける。

 ジュダさまに尽くし続ける。

  

 たとえ世界中の誰もがジュダさまの敵になったとしても。

 わたしだけはジュダさまの味方だ。

 

 だって、あの人はわたしの命を救ってくれた英雄(ヒーロー)なんだから。

 

 ◆

 

 そこまで日記を書き留めたあと、机の前で、ルインはひとつ伸びをした。

 

「そろそろ寝よう……」

 

 ベットに潜るルイン。

 暖かな温もりの中で、今日一日を思い返す。

 

「ジュダさま……」

 

 ジューダスの顔を思い浮かべる。

 身体の奥がじんと熱くなった。

 

「……んっ」

 

 自分でも無意識に、ルインは胸元を撫でつけていた。

 小柄な体つきに不釣り合いなほどボリュームのある胸。

 その先端を、触れるか触れないかの繊細なタッチで撫でる。

 

「……ジュダ、さま……」

 

 名前を呼ぶたび、胸の奥がきゅっと締めつけられる。

 苦しいのに、どこか甘い。

 

 (こぼ)れる吐息がどんどん荒くなっていった。

 

「……あうっ……んっ……」

 

 ルインはそのまま自らの手を内腿(うちもも)にそって滑らせる。

 ショーツの上からすりすりと撫でていく。

 細い指先が動くたびに、甘い刺激が身体の奥に響いた。

 

「……だめ……なのに……っ」

 

 息が浅くなり、喉が熱を帯びる。

 頭の中が、じんわりと白くなる。

 心と身体の境目(さかいめ)が曖昧になっていった。

 

「……はっ……あっ」

 

 ルインはぎゅっと目をつむり、その快楽に身を(ゆだ)ねた。

 

「ジュダ、さまっ……!」

 

 やがて、ふっと力が抜ける。

 張りつめていたものがほどけ、余韻(よいん)だけが身体に残っていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 ルインはベットの上で気怠(けだる)い甘さに(ひた)っていた。

 

 (わたし……ただの使用人なのに……)

 

 だんだんと理性が戻ってくる。

 主人(あるじ)と使用人の間の関係など、絶対に許されないことだ。

 

 それでも、感情の波は止まらなかった。

 

(こんなふしだらなこと……考えるなんて……)

 

 胸の奥に秘めた想い。

 敬愛も、感謝も、抑え続けてきた恋心も。

 

 それらがトロトロに混ざり合って、行き場を失って。

 時折(ときおり)夜に、こうして溢れ出してしまうのだ。

 

「ジュダさま……ごめんなさい……」

 

 ルインの謝罪の声は、部屋の暗闇に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

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