人を助けないと即死亡の呪いを受けた悪役貴族の俺、しぶしぶ一日一善してたら、史上最高の名君に成り上がってしまう〜災厄貴族ジューダス・ファウルトの偽善〜   作:三月菫

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第8話 継承と旅立ち

 アークベヒモス討伐から、数日が過ぎた。

 屋敷の空気は、明らかに変わっていた。

 

 廊下ですれ違う使用人たちは、以前のように目を伏せるだけじゃない。

 小さく頭を下げ、笑顔を向け、「おはようございます、ジューダス様」と挨拶をかけてくる。

 

 人助けポイントを稼ぐために、食堂に入れば、料理長が笑いかけてくる。

 

「本日は、少し良い肉が入りまして、ルインに任せましたから。ジューダス様も……ぜひ夕食を楽しみにしていてくださいね」

 

 料理長のその言葉どおり、夕食時、ルインが配膳してきた食事は、明らかに豪華だった。

 肉汁滴るレアステーキだ。

 

(……なんだよ、これ)

 

 思わずぐぐ〜と腹が鳴る。

 そんな俺のことを微笑ましげにルインが見つめていた。

 

(クソ……慣れねえ……)

 

 俺は状況の変化に戸惑う。

 ただベヒモスを討伐しただけで、こんなにも周りの扱いが変わるなんて。

 

(あんなもん、俺にとっちゃ散歩と変わらねえ)

 

 だけど――

 

「いつもありがとうございます、ジューダス様」

「助かりました」

「本当に……感謝しています」

 

 周囲からそう言われる回数は、確実に増えていた。

 

 そのおかげで、視界の端に浮かぶ償いの刻数は、今や五十以上。

 安定して高い数値を保っている。

 

 罰のアミュレットも、今のところは静かだった。

 

(クソアミュレットの呪いから解放されたら、また元通り、こいつらなんかゴミ扱いなんだよ)

 

 俺は壁際にちょこんと控えるルインのニヤけ(づら)を横目で見ながら、心の中でそう毒づいた。

 だけど、 そう思いながらも、悪い気はしていなかったのが、やたらと(しゃく)だった。

 

 

 

 

 それから数日後。

 ファウルト家の次期当主が正式に決まる継承式の日を迎えた。

 

 会場となる屋敷の大広間の扉を開けると、すでにファウルト家の血を引く者たちが集められていた。

 

 赤いカーペットが敷き詰められた細長い大広間。

 その最奥(さいおう)にはファウルト家の家紋が入った旗が掲げられ、その下に空席の玉座があった。

 

 玉座の前に、ガリオスの正妻クラウディアが立っていた。

 

「遅いぞ、ジューダス」

「申し訳ありません、クラウディア様……」

 

 俺は短く頭を下げ、その前に並ぶ腹違いの兄弟たちの末席へと加わる。

 

 長男レオンハルト。

 次男バルドル。

 そして三男ディモン。

 

 レオンハルトとバルドルは、遅れて入ってきた俺に一瞥すらしない。

 俺のことを最初から()()()()()として扱っている。

 

 そんな中で——

 

「遅刻とは随分と気楽な身分だね、ジューダス」

 

 わざとらしく声をかけてきたのは、三男ディモンだった。

 

 きっちり整えられた金髪に、宝石を散りばめた貴族服。

 外見だけ見れば、非の打ち所のない貴族の青年だ。

 

「また使用人どものお手伝いごっこかい? 最近ウワサになっているよ? 君が善人ごっこしてるってさ」

 

 だが、その口元に浮かぶ笑みは下卑(げび)ている。

 

「流石は使用人上がりの妾の子。同じ劣等同士、気持ちがわかり合っているんだね」

 

 鼻にかかった声で、わざと周囲に聞こえるように嘲る。

 人を見下すことでしか自分の価値を保てないのが、言葉の端々から透けて見えた。

 

(くだらねえ)

 

 ディモンは昔からこうだ。

 兄二人には逆らえず、その鬱憤(うっぷん)を俺にぶつけている。

 昔はいちいちイライラしていたが、今ではもう相手にしていない。

 

「ディモンさまっ。ジューダスをイジメちゃダメ」

 

 ふと、やわからな声が割って入ってきた。

 声の主は、ディモンの傍らに寄り添う、淡いブロンド髪の少女だ。

 

「久しぶり、ジューダス。元気そうでなによりだわ」

「リータ……さま」

 

 彼女は淡い桃色のドレスに身を包み、ディモンの腕に、まるでそれが当然のように絡みついている。その左手の薬指には、大きな金色の指輪が光っていた。

 

(……ちっ)

 

 俺は視線を外す。

 胸の奥が、嫌な音を立てた。

 

 リータ・エルネスト

 エルネスト伯爵家の次女。

 そして——ディモンの婚約者だ。

 

 リータは、かつて唯一、俺に優しくしてくれた貴族の少女だった。

 

 俺がガリオスの帝王学で叩き潰されていた頃。

 

「キミ、大丈夫?」

 

 傷だらけで庭の片隅で膝を抱えていた俺に、そっと近づいてきて。

 

「これ……内緒だよ」

 

 そう言って、包帯と傷薬を渡してくれた。

 

「あ、ありがとう……えっと」

「わたし、リータ。キミの名前は?」

「……ジューダス」

「いい名前!」

 

 それから、リータが屋敷を訪れるたび、短い時間を見つけて話すようになった。

 木に登ったり、庭を走り回ったり——ほんのささやかな、子供らしい時間だ。

 ファウルト家という冷たい場所で、リータと過ごすそのわずかな時間だけが、俺にとって唯一、息ができる居場所だった。

 

 

 あのときの彼女は、この世界で唯一の俺の味方だった。

 

 ——だが、それはもう昔の話だ。

 

「ははは……すまないリータ。だがちょっとからかっただけだよ」

 

 ディモンが、わざと俺に見せつけるように彼女の腰を引き寄せる。

 指が、所有欲を誇示するみたいに食い込んだ。

 

「やん。ちょっと……皆が見ているのよ」

「見せつけてやればいいさ」

「もう……ディモン様ったら……」

 

 リータは口では嫌がりながらも、表情は蕩けている。

 身も心もディモンに委ねているのは明らかだった。

 

 リータは成長するにつれ、貴族の世界の道理に染まっていった。

 

 それが当然かのように、貴族以外の人間を見下すようになり、やがて貴族の中にも家柄という序列があることを学んでいった。

 

 そして、俺がファウルト家の中で、側室の子という低い身分にあることを理解してからの彼女は、俺と口を交わすことも減っていった。

 

 やがて、リータはファウルト家三男ディモンに見初められ、婚約を果たす。

 

 リータがファウルト家の屋敷に入った日。

 せめて一言だけでもお祝いの言葉を伝えようとリータの部屋に向かった。

 だが、扉の向こうから聞こえてきたのは、ディモンの下卑た声と、漏れ出るリータの喘ぎ声。そして、肉と肉が交わる音。

 

 その瞬間、俺の中で、リータとの物語は、静かに幕を下ろした。

 

 別に誰を恨むような話じゃない。

 俺はファウルト家の中で、ディモンよりも弱かった。

 

 ただそれだけの話だ。

 

 

 ◆

 

 次期後継者の候補者がすべて揃ったところで、クラウディアの冷たい声が大広間に響いた。

 

「これより、ファウルト家の継承を宣言する——」

 

 クラウディアは、手にしていた遺言書と思しき巻物(スクロール)を開き、淡々と内容を読み上げる。

 

 その結果は、最初から分かりきっていたものだった。

 

「新当主は、長男レオンハルト。そして、次男バルドルは南方サザンカロル領、三男ディモンは東方ダーデン領の代領主を命ず——」

 

「ディモン——! ダーデン領ですって!」

 

 リータが、思わず弾んだ声を上げる。

 

「ふ、ふん、それくらい僕の実力なら当然だ……!」

 

 ディモンは肩の力を抜き、満足そうに胸を張った。

 ダーデンは交易の要所であり、その代領主ともなれば破格の認知だ。

 

 やはり、俺の予想どおりだった。

 兄弟たちは、ガリオスの遺した広大な領地の、中枢に近い土地を与えられていく。

 

 そして――

 

「最後にジューダス——」

 

 名を呼ばれ、俺は一歩前へと進み出た。

 

「お前には、北方オルレインを与える——」

「オルレイン——」

 

 言い渡された瞬間、ディモンが吹き出した。

 

「ははっ! オルレインだと!?」

 

 ディモンが吹き出した。

 

「最北の辺境地じゃないか! あるのは雪に覆われた痩せた土地だけだよ。ひひひ、君にピッタリじゃないか、ジューダス!」

 

「ディモン様、そんな言い方……ジューダスが気の毒よ」

 

 リータの視線がこちらに向く。

 

「……ジューダス、大変だと思うけど……頑張ってね? 離れていても、わたし、貴方のこと応援してるから」

 

 その声は、わずかな憐憫の情を帯びていた。

 だが、その腕は変わらず、ディモンのものに絡められたままだ。

 

 同情——

 

 リータから突きつけられた()()は、ディモンの露骨な嘲笑よりも、ずっと質の悪い刃だった。

 

 胸の奥で、砂を噛み潰したような苦味が広がる。

 俺は、何も言わなかった。

 

 

 ◆

 

 

 継承の儀が終わったあと。

 このあとは一族郎党どもで盛大な継承パーティーだ。

 

 だが、そんなクソみたいな会に参加するつもりは微塵もない。

 

「なんだよ、参加していけよジューダス」

 

 あざ笑うようなディモンの声を背に、俺は出口に向かう。

 扉を開け、廊下に出ると、外にルインが立っていた。

 

「ジュダさま……」

 

 ルインの声は小さかった。

 

「聞いていたのか」

「ごめんなさい……こっそり……扉の外で……」

 

 俺は鼻で笑い、視線をそらした。

 

「なら分かってるだろ。オルレインだ」

「……北方、ですよね」

「ああ。雪と岩と、あとはどうでもいい田舎があるだけの辺境だな」

 

 さっきディモンに言われた言葉を、吐き捨てるみたいに言った。

 言葉に棘を混ぜないと、胸の中の何かがこぼれそうだった。

 

 ルインは下唇を噛んで、次に、ぎゅっと拳を握る。

 

「……よかったです」

「は? 何が?」

 

 意味が分からなくて、思わず問い返す。

 ルインは、泣きそうな顔のまま――それでも笑っていた。

 

「だって……これで、ジュダさまが、ここから出られます」

「……」

 

 言い返す言葉が見つからなかった。

 

 出られる。

 そうだ。ここは俺にとって牢屋だ。

 ファウルト家という名の。

 

 最初から分かっていたことだ。

 ファウルト家に、俺の居場所はない。

 

 それでも――

 胸の奥に残った、ざらついた感情だけは、簡単には、消えてくれなかった。

 

「三日後、発つ。世話になったなルイン」

 

 俺はルインにそう告げて、足早にその場を立ち去った。

 

 

 

 

 そして三日後。

 旅立ちの夜を迎えた。

 

 荷造りは、すぐに終わった。

 俺の荷物なんて知れている——

 

 野営道具一式、替えの洋服。

 それと薬草の類を少々。

 金貨を少し。あとは愛用の剣だけだ。

 

(……これでよしと)

 

 部屋の中を見回す。

 貴族の部屋とは思えない質素な部屋だが、使い心地は悪くなかった。

 

 けれどこの家で俺に与えられていたのは、ただの「檻」だ。

 出て行くことに、何の未練もなかった。

 

 

 深夜。

 

 屋敷の廊下は、足音ひとつ響かない。

 眠りの空気が、じっとりと壁に貼り付いている。

 

 俺は玄関を抜け、そのまま馬屋へと向かった。

 

 薄暗い馬屋の中で、鼻息を立てる馬たちを一頭ずつ見て回る。

 この中から、辺境オルレインまでの道を共にする相棒を選ばなければならない。

 

 ファウルト家は、旅立つ俺に馬車すら与えなかった。

 だが、それを不満に思うことはなかった。

 

 余計な荷も、護衛もいらない一人旅。

 むしろ、身軽であることは、この家を離れる俺には好都合だった。

 

「こいつにするか」

 

 俺が選んだのは、一頭の黒馬だった。

 

 毛並みは艶やかとは言えないが、無駄に騒がず、こちらの様子をじっと見ている。

 長旅に向くのは、こういう馬だ。

 

「……長い付き合いになる。そうだな、お前の名前は今日から〝シュアト〟だ」

 

 俺が黒馬に名前をつけると、まるで理解したかのように、低く鼻を鳴らした。

 手綱を取る。

 シュアトは抵抗もせず、静かに首を垂れた。

 

 そのまま手綱を引き、馬屋の外へと連れ出す。

 

 夜気が冷たい。

 吐く息が白い。

 

 俺は馬に跨ると、屋敷の外に向けてゆっくりと歩き出した。

 

 見送りなど、いるはずがなかった。

 

 そもそも俺は、誰にも旅立ちの日を告げていない。

 部屋の机に、「今夜、オルレインに発つ」と簡単な置き手紙を残しただけだ。

 ファウルト家の連中に、改まった別れの言葉など不要だった。

 

 馬の背に揺られながら、俺はふと後ろを振り返る。

 夜の帳に溶けるように、屋敷が少しずつ遠ざかっていった。

 

(……)

 

 不意に、使用人たちの顔が浮かんだ。

 使用人長、コック、門番、下働きのガキ共——

 

 俺にとってどうでもいい存在。

 正直、ちょっと前までは、同じ人間とすら認識してなかった連中だ。

 

 それが今では——

 名前と顔が、自然と結びついて思い出せる。

 

(……笑えるぜ)

 

 罰のアミュレットに呪われてからだ。

 否応なしに人助けを強いられ、否応なしに人と関わらされた結果がこのザマだ。

 

 ——ジューダス様、ありがとうございました!

 

 感謝の言葉を向けてくる、あいつらの顔が思い浮かんだ。

 俺は首を振る。

 

(どうでもいい)

 

 俺の人生に、あいつらはもう関係ない。

 オルレインへ行けば、二度と会うこともない。

 

 ——そう、思っているのに。

 

 次々と使用人たちの顔が脳裏によぎり——

 そして、最後に浮かんだのは、()()()()()だった。

 

 青色の髪。

 やたらとまっすぐな青い大きな瞳。

 よく笑って、ときどき、泣く。

 子犬みたいに俺のことを信頼しきった、忌々しい態度。

 

 ルイン。

 

(あいつだけは……直接、何か言ってやってもよかったかもしれない)

 

 そんな柄にもない考えが浮かび、俺は小さく舌打ちする。

 

(……なに考えている、バカか?)

 

 胸の奥に生じたわだかまりから目を背けるように、俺はその思考を、無理やり押し殺した。

 

 

 屋敷を囲む外門。

 その大きな門の下。

 

「……人?」

 

 俺は思わず馬を止めた。

 

 月明かりの中に、小柄な影があった。

 灰色の外套(だいとう)を羽織り、フードを目深に被った影。

 馬が近づくと、その影が顔を上げて、フードを外した。

 

 月光に照らされ、青色の髪がさらりと夜風に揺れた。

 

「……ルイン?」

 

 そこに立っていたのはルインだった。

 いつもの使用人服ではなく、厚手の旅装束を身にまとっている。

 身体に合わないのか、少しだけ袖が長く、それがかえって幼さを際立たせていた。

 

 長い時間、寒空の下にいたのだろうか。

 普段は色白の頬が真っ赤に染まっていた。

 

 その眼差しだけは揺るがない。

 力強く真っ直ぐな瞳で、まっすぐに俺を見つめていた。

 

「何してんだ。こんな時間に」

「ジュダさまをお待ちしてました」

「……俺を、待っていただと?」

「わたしも行きます」

 

 ルインは、当たり前みたいに言い切る。

 そして、片膝を立ててひざまずいた。

 

「オルレインまでの旅路。どうかこのルインもお供させてください」

 

「お供って……お前……」

 

 予期せぬ展開に頭が真っ白になる俺。

 思わず返す言葉が詰まってしまった。

 

 コイツはなにを言っている?

 そもそも、なぜ俺が今夜発つことを知っていたんだ?

 俺についていきたいだと?

 

 様々な疑問が頭を駆け抜けていき——

 

 不意に、目の奥がつんと熱くなるのを感じた。

 

 慌てて俺は、眉根を思い切り引き寄せて、ルインを睨みつける。

 

「バカか、お前? オルレインだぞ!? 北の最果ての不毛の地だ! 今の時期は海すら凍りつく! 食い物だって乏しくて、魔獣の出没なんざ日常茶飯事! そんなクソみたいな場所なんだよ!」

 

 ルインが顔を上げた。

 

「それならば、なおさらです。そんな危険な場所に、ジュダさまをお一人で行かせるわけにはいきません」

「そもそも早駆け(ファストトラベル)付加魔法(エンチャント)馬で十日はかかる。まともな街道なんて整備されてねえぞ? 道中、野党や魔獣にも出くわす危険だってあるんだ。お気楽な旅じゃないんだよ!」

「はい。だから、行きます。ルインの回復魔法で、ジュダさまに尽くさせてください」

「……話通じねえな」

 

 俺が眉間に皺を寄せると、ルインは一歩近づき——小さな声で、さらなる爆弾を落とした。

 

「ジューダス様がいないなら……ルインは死にます」

「は?」

 

 ルインの言葉に、思考が完全に停止(フリーズ)した。

 

「意味が分からねえ。なんでそうなるんだよ、生きろよ」

「ルインにとって生きる理由は、ジュダさまだからです」

「重いんだよ!」

「ごめんなさい、重いです! 自覚あります!」

 

 クソが……こいつ、開き直ってやがる。

 

 俺は(ひたい)を押さえた。

 頭痛じゃない。

 なのに、頭が痛い。

 

「……なんでそこまで」

「……昔、助けてもらったからです」

「助けたって、俺がいつお前を」

「奴隷だったわたしを、解放してくれました」

「そんなもん、ただ、奴隷商から買っただけじゃねえか」

「それでもです。あの日、ルインはジュダさまに身も心もすべて捧げると誓ったのです」

 

 ルインはフードをぎゅっと握りしめた。

 

「ルインはジュダさまと一緒に()()()()。でも……それをジュダさまが望まないなら、無理強いはいたしません。だけど、それならばルインに生きる理由などないのです——」

 

 そう語るルインの瞳は真剣そのものだった。

 こいつは本気だ。

 俺がここでルインを拒んだら、命を断つつもりだろう。

 

「分かった! 分かったから黙れ!」

 

 俺は手を振って遮った。

 これ以上言わせたら、コイツの中のなにかに負けてしまう気がした。

 いや……もう俺は負けているのかもしれない。

 

 俺の言葉に、ルインは、ぱっと顔を明るくする。

 

「……いいんですか!?」

「条件がある」

「はいっ!」

 

 返事が早すぎる。いらつくぜ。

 

「身の回りのお世話から夜のお相手にいたるまで、ルインはジュダさまのために——」

「俺の足手まといになった瞬間、そこで置いていく」

「はいっ! なりません!」

「それと……」

「なんなりと!」

 

 俺は一瞬、言葉に詰まった。

 そして、ため息を吐くように伝えた。

 

「軽々しく、死ぬとか言うな」

「……え?」

 

 俺は舌打ちして、視線を逸らす。

 

「グズグズするな、はやく乗れ」

「……はいっ!」

 

 ルインは嬉しそうに駆け寄り、慣れない手つきでシャアトの背にまたがる。

 俺の背に、そっと体重が乗った。

 

 外套(がいとう)越しに確かに伝わる、ルインの存在。

 細い腕が、遠慮がちに俺の腰に回る。

 

「ジュダさま、あったかいです……」

「お前が冷たいんだよ」

「ジュダさまがいつ発つか分からなかったので、毎晩ここで待ち伏せしてました!」

「アホかてめえは」

 

 ルインの笑い声が耳に届いた。

 

 満月が、雲間から顔を出す。

 夜道が銀色に照らされた。

 

「……行くぞ、ルイン」

「はい、ジュダさま!」

 

 俺は手綱を引き、馬を前へ進めた。

 

 一人だったはずなのに。

 

 荷物などろくに持たない旅立ったはずなのに。

 

 俺はとんでもない()()()を背負ってしまった。

 

 なのに、背中にしがみつくルインが、ほんの少しだけ——

 この夜を()()()()ものにしてしまっているのが、腹立たしかった。

 

 辺境オルレインへ。

 俺たちの旅が始まった。

 





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