人を助けないと即死亡の呪いを受けた悪役貴族の俺、しぶしぶ一日一善してたら、史上最高の名君に成り上がってしまう〜災厄貴族ジューダス・ファウルトの偽善〜   作:三月菫

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第9話 二人きりの旅

 こうして俺とルインの二人旅が始まった。

 

 目的地は遥か遠い、最北の地オルレイン。

 ただ、最初の三日は、楽な旅だった。

 

 街道沿いを進めば、日が落ちる前には宿場町が見えてくる。

 つまり屋根のある場所に泊まれるのだ。

 

「ふふっ、ジュダさまと同じ部屋だ……むふふふ」

 

 宿の一室に入った途端、ルインは抑えきれない笑みをこぼして、つぶやく。

 

「ジュダさま! せっかくだから街をふらっと見て回りませんっ?」

「行かねえよ、めんどくせえ。こんな辺鄙な村、観光しても何もねえだろ」

「よよよ……」

 

 わかりやすく肩を落とすルイン。

 

 滞在中のルインは、だいたいこんな調子だった。

 ファウルト家の外に出たのがよほど新鮮らしく、通りを歩くたび、店の看板や人の往来に目を奪われては、落ち着きなく視線をあちこちに走らせている。

 

(こいつ、完全に旅行感覚だな……)

 

 実際、ここまでは旅行だった。

 

 馬を預け、温かい湯に浸かることができ、ベッドの上で寝て、温い飯を食う——

 それだけで、旅の難易度は段違いに下がる。

 

 だが、やがてそんな快適な旅行も終りを迎える。

 

 旅を始めて四日目——

 

 それまできちんと整備されていた街道は、ある地点を境に急激に荒れ始める。

 踏み固められていたはずの道は崩れ、馬車の轍はいつの間にか途切れ、進路を示していた案内杭の姿も見当たらなくなった。

 人の気配は次第に薄れ、代わりに目につくようになったのは、獣とも魔獣ともつかない大きな足跡だった。

 

「ルイン……ここから先は、道が整備されてねえぞ」

「はい。地図をみても、オルレインまで街らしい街もほとんどありませんね」

 

 オルレインまでおよそ一週間。

 ここからが、()()()()だ。

 

 宿も、街もない。

 夜は野営が当たり前。

 野盗や魔獣に襲われても文句はいえない。

 弱肉強食の過酷な世界。

 

 それでもルインの顔には、不安より期待が勝っているようだった。

 

「じゃあ……今日からはキャンプですね!」

「だから、楽しそうに言うな。気が抜けるんだよ」

「初めてなんです。こういうの」

 

 本当に遠足気分だ。

 

(……緊張感がなさすぎるんだよ)

 

「だってジュダさまと一緒ですから!」

 

 心の中のつぶやきは、声に出ていたらしい。

 俺は大きくため息をつく。

 ルインの能天気さに呆れつつも、俺は手綱を握り直し、そのまま馬を進めていった。

 

 

 

 

 そして、馬を進めて半日。

 日が西の空に傾いてきた頃。

 

「ルイン、そろそろ暗くなる。今日はこのあたりで野営をするぞ」

 

 ルインにそう告げて、俺は野営ができそうな場所を探す。

 

 そして見つけたのは、小さな林の縁。

 大きな岩の陰になっていて、沢も近い。

 風を防げて、水場もほど近い場所を見つけ、そこで野営することにした。

 

 シュアトを繋いだあと、さっそく準備に入った。

 

 ルインには薪となる枯れ枝集めを指示し、その間俺は焚き火の準備だ。

 それから、魔獣よけの香を炊き、簡単な陣を張る。

 その一連の作業を、枯れ枝集めを終えて戻ってきてたルインが、感心したように目を輝かせて見つめていた。

 

「すごいです、ジュダさま……! あっという間ですね」

「見てる暇あったら、薪をよこせ。あと食料。パンと、干し肉もだ」

「あ、はいっ!」

 

 今夜の食事は、街で調達していた黒パンと干し肉。

 それだけでも生きてはいける。

 だが、俺は周囲を一瞥し、腰を上げた。

 

「ちょっと待ってろ」

「え?」

 

 短剣を抜き、林の中へ入る。

 地面の状態、湿り気、木陰の具合を確かめながら、()()()()を採集する。

 ほどなくルインの元へ戻った。

 

「それは?」

 

 俺の両手には、草やキノコが握られている。

 

「これは肉と一緒に串に差して火にかけろ。こっちはスープにするんだ」

「……これ、全部食べられるんですか?」

「食える。こっちは滋養がある。こっちは香り付け。肉とパンだけじゃ、どうしても栄養が偏るからな」

 

 淡々と俺が説明している間、ルインは目を丸くして、ぱちぱちと瞬きを繰り返していた。

 

 ほどなくして、今晩の夕食が出来上がった。

 

 肉ときのこの串焼き。野草ときのこの塩スープ。

 そして黒パン。

 

 簡素だが、野営食としては上々だろ。

 

「おいしそう……いただきます」

 

 そう言って、ルインは串焼きに手を伸ばし、遠慮がちに一口かじる。

 

「……おいひい……!」

 

 ハムスターみたいにほっぺたを膨らませ、ルインが感嘆の声を上げた。

 

「とっても美味しいです! すごいですジュダさま!!」

「大したメシじゃねえよ」

 

 当たり前のように返した俺を、ルインはまじまじと見つめてくる。

 そのまなざしには、純粋な感心と尊敬が混じっているようだった。

 

 俺が用意した夕食は、あっという間に俺とルインの腹の中に収まった。

 

「食後はこれだ」

 

 俺は腰にぶら下げた革袋から、細長い緑の葉を数枚取り出した。

 広葉樹の葉とは明らかに違う。

 針のように細く、かつ鼻を近づけると独特の香りがする。

 

 ルインが興味津々に見つめてくる。

 

「その緑のトゲトゲ、なんです……?」

「パインの葉だ」

「ぱいん……? それも食べるんですか? なんだかお口が痛くなりそうです」

「いや、こいつは沸騰した湯で煎じれば、茶になる」

 

 俺はルインに説明しつつ、飯盒(はんごう)にパインの葉を入れ、湯を沸かす。

 湯気と一緒に、すっとした香りが立ち上った。

 

「飲んでみろ」

「いただきます」

 

 ちびり、と口をつけるルイン。

 

「おいしい! とっても美味しいです!」

 

 目を輝かせてそういった。

 俺も自分のカップに茶を注ぎ、ひと口含む。

 松葉の香りを含んだ温もりが、疲れた体の奥へゆっくりと染み渡っていった。

 

「ジュダさまは本当に物知りなのです」

「別に、必要だったから覚えただけだ」

「どこで、こんな知識を?」

 

 一瞬、言葉に詰まった。

 そして、少しだけ間を置いてから答える。

 

「……ガリオスに教えられた」

「旦那様に、ですか?」

 

 焚き火が、ぱちりと音を立てる。

 

「子供の頃、よく森に放り込まれてた。ナイフ一本でな」

「……え」

「魔獣の出る森だ。帰れなきゃ、それまで」

 

 事実を淡々と語る。

 その声に、感情は乗らなかった。

 

 ルインは黙り込み、やがて小さく言った。

 

「それは……ジュダさまが、どんな環境でも生きられるようにと……」

「そんなわけねえだろ」

 

 即座に切り捨てた。

 

「アイツはただ、使えない駒を間引こうとしただけだ」

 

 焚き火の向こうに、冷たい目をした父の姿が一瞬だけ重なった。

 生き残った俺を見下ろし、何も言わずに去っていく背中。

 

(……クソ)

 

「愛情なんて、最初からなかった」

 

 俺は松葉茶を一口飲み、余計な考えを追い払おうとする。

 

「でも、ジュダさまを愛している人はいます」

「いねえよ、そんなやつ」

「いえ、います。絶対います! ルインが保証します」

「どこに?」

「……それは、その……しです」

「あ?」

「いえ、なんでも、ないです」

 

 ルインはもじもじと指先を絡め、視線をさまよわせていた。

 

 

 夕食を終え、夜も更けた頃。

 

 風よけの岩陰に腰を下ろし、眠るために自分の毛布を広げた、そのときだった。

 少し離れた場所で、ルインが挙動不審にしている。

 両手を胸の前で組み、行ったり来たりを繰り返しながら、こちらをちらちらとうかがっていた。

 

「……お前、どうした」

「は、はいっ!?」

 

 びくっと肩を跳ねさせ、ルインは慌てて背筋を伸ばした。

 

「寝具は」

「え、えっと……」

 

 視線を泳がせ、しばらく逡巡(しゅんじゅん)したあと、ルインは自分の荷を指さした。

 

「……持ってきてなくて……」

「……は?」

 

 一瞬、言葉を失った。

 確かに思い返すとこいつの手荷物は小さなトランク一つ。

 野営するには明らかに準備不足だ。

 

「ご心配なく! 焚き火もありますし、ルイン、寒さには……わりと、強いほうなので……!」

「凍え死ぬぞ、バカ」

 

 俺はため息をつき、自分の毛布を持ち上げる。

 

「来い」

「えっ」

「入れ」

「ジュダさま……いいんですか……?」

「死なれたら面倒ってだけだ」

 

 俺は視界の端になお浮かび続ける償いの刻印に、ちらりと目をやった。

 現在のカウントは「52」。

 多少カウントが減ったところで今すぐ死ぬわけじゃない。

 稼げるときに刻数は稼いでおきたい。

 

 ただそれだけ。あくまで、自分のため。

 自分に言い聞かせるように、そう結論づけてから、ルインに背を向けて毛布に潜り込んだ。

 少し遅れて「失礼します」という声と共に、そっと気配が近づいた。

 

 毛布の中。

 思った以上に距離が近い。

 

「……ジュダさま……こんなに近くに……」

「文句言うなら、外にでて勝手に凍死してろ」

「いえ、その、文句とかじゃなくて……むしろ逆です」

 

 背中越しに伝わる体温は、驚くほど冷たかった。

 細い身体が、遠慮がちに、でも確かにこちらに寄り添ってくる。

 

 

 しばらく、何も言葉はなかった。

 焚き火のパチパチと燃える音と、夜の森の音だけ。

 

 やがて、ルインが小さく呟く。

 

「……ジュダさま」

「なんだ」

「こうして一緒にいられるの、夢みたいです」

 

 返事はしなかった。

 何を言っても、嘘になる気がしたからだ。

 

 ただ一つの事実、ひとつだけの毛布の中で感じるルインの体温は、不思議と、不快ではなかった。

 

 初めての野営の夜が、静かに更けていった。

 

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