フリーレンの世界に転生したお話。   作:灯火011

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本編22話 大魔法使いと究極のリスクマネジメント

 バーンズさんとの涙と嘘の面会から数時間後。

 

 私は冷たい地下牢獄に設えられた作業デスクに向かい、羊皮紙に『蒸気タービン』のブレード(羽根)の最適な湾曲率をガリガリと書き込んでいた。

 

 

「……ブレードのピッチ角はこれでよし、と。しかし……」

 

 羽ペンの手を止め、私はふと先ほどの面会での会話を思い返していた。

 

『お前さんが残してくれた消臭の小袋や保温の器のストックを、大事に大事に使ってるよ』

 

 ――バーンズさんは確かにそう言っていた。

 

(……あれ? ちょっと待って)

 

 私の脳内で、前世で培った「企業のコンプライアンス的思考」が警鐘を鳴らした。

 

 私の作った魔道具は、ゲナウの口から『国家を転覆させかねない特級の危険物であり、古代術式』というカバーストーリーで処理されたはずだ。もしそれが建前であったとしても、魔法協会(ゼーリエたち)から見れば、あれは「得体の知れない理屈で動く魔族の遺物」であることに変わりはない。

 

(普通、そういうヤバいもんが市場に出回ってたら、有無を言わさず全品回収(リコール)するもんじゃないの? なんで街の人たちがそのまま普通に使えてるんだ?)

 

「手が止まっているぞ、魔族。内燃機関とやらの排熱システムの計算はどうなった」

 

 不意に、鉄格子の外から声がした。振り返ると、いつの間にかゼーリエが立っていた。彼女は腕を組み、私の羊皮紙を値踏みするように見下ろしている。

 

「あ、ゼーリエ様。排熱の計算式はこっちの束にまとめてあります。……あの、それより一つ、お聞きしてもいいですか?」

 

「なんだ。図面の縮尺でも間違えたか」

 

「いえ、技術的なことじゃないんですが……」

 

 私は羽ペンを置き、少しだけ声を潜めて尋ねた。

 

「なぜ、私の作った商品(魔道具)は、市場から回収されていないんですか?」

 

「……ほう? どういう意味だ」

 

 ゼーリエの黄金の瞳が、微かに細められた。

 

「先ほど、知人の行商人と面会した時に気になったんです。彼はまだ私の道具を使っていると。でも、あれを『特級の危険物』として処理したのなら、協会が総力を挙げて街から回収するのが筋ですよね? 万が一、他の魔法使いに私の技術を解析されたりしたら、それこそ協会の管理責任が問われる大問題になるんじゃ……」

 

 私がコンプライアンスの観点から当然の疑問をぶつけると、ゼーリエは鼻で小さく笑った。

 

「貴様、本当に思考の根底が『商人』なのだな。魔族の口から管理責任という言葉が出るとは思わなかった」

 

「いや、だって……普通に考えて危ないじゃないですか」

 

「結論から言えば、回収は『しない』と私が決定した。正確には『回収にかかるコストとリスクが、放置するリスクを上回った』からだ」

 

 ゼーリエは鉄格子に寄りかかり、淡々と語り始めた。

 

「貴様の作ったあの小道具は、すでにオイサーストだけでなく、周辺の街や行商人のルートに乗って爆発的に拡散していた。それを今更『実は危険な古代術式でした』と公表して全品回収などしてみろ。市場はパニックに陥り、我々大陸魔法協会の威信は地に落ちる。『協会は危険物の流通すら見抜けなかったのか』とな」

 

「う……まぁ、そうですね。大炎上案件です」

 

「だが、我々が回収を見送った最大の理由は、貴様のその『異常なまでの商品設計』にある」

 

 ゼーリエは、私を指差した。

 

「貴様の作った『一発冷却』や『一発消臭』の小袋……。あれは起動した瞬間、中の術式回路が物理的に完全に砕け散り、魔力の残滓すら残さない仕様になっていたな」

 

「あ、はい。使い捨て(ワンタイム)仕様ですから。解析されたら商売敵にパクられちゃいますし、何よりリピーターを獲得するための最強のビジネスモデルなので……」

 

「そうだ。我々の解析班も、あの『完全に自壊する術式』の精巧さには舌を巻いていた。一度使えば、ただのゴミになる。解析不可能。暴走の危険性もゼロ」

 

 ゼーリエは、面白そうに唇を歪めた。

 

「ならば、わざわざ協会の責任を問われるような大騒ぎを起こしてまで回収する必要はない。放置しておけば、人間どもは勝手に『便利だ』と喜んで使い潰し、いずれこの世から勝手に消滅する。……市場の在庫が完全に尽きるのを待つのが、最も隠密で、最も確実な証拠隠滅だと判断したのだ」

 

(……完璧な隠蔽工作(リスクマネジメント)だ……!)

 

 私は内心で舌を巻いた。

 

 つまりゼーリエは、「危険物だ」というカバーストーリーを行商人、バーンズにだけ吹き込んで私の失踪に理由をつけつつ、市場にばら撒かれた商品は「どうせ使い捨てだから放置でヨシ!」と判断したのだ。

 

 責任問題とパニックを天秤にかけ、最も合理的な「黙殺」を選んだ。なんという冷徹で、かつ完璧な組織運営だろうか。

 

「……恐れ入りました。ゼーリエ様は、魔法使いとしてだけでなく、組織のトップとしても本物のバケモノですね」

 

「口を慎め。貴様が執拗に『使い捨て』にこだわったから、結果的にそう処理できただけのことだ」

 

 ゼーリエはふいっと視線を外し、再び私の机の上の図面へと目を向けた。

 

「保温の器や焦げ付かない鍋のような『残る物』については、劣化して壊れるまで使わせる。魔力供給の回路がない以上、術式が剥がれればただの木皿と鉄屑だからな。いずれ人々の記憶からは『少し便利な道具を売っていた、路地裏の変わった店があった』という程度の噂話になり、やがて消える」

 

「……」

 

「どうした。自分の作ったものが歴史に一切残らないことが不満か、魔族」

 

「……いえ」

 

 私は、自分の左手を見つめた。

 

 不満なんてない。むしろ、ホッとしていた。私の作ったものが、彼らの日常を脅かすことなく、最後まで「ただの便利な日用品」として全うできるのだから。マルタさんのシチューはしばらく熱々のままだし、バーンズさんも汗の匂いを気にせず商談ができる。

 

「ただ……ちょっとだけ、嬉しいです。私の作ったものが、最後までお客さんの役に立って消えていくなら、職人冥利に尽きますから」

 

 私が心底安堵したように微笑むと、ゼーリエは一瞬だけ呆れたような顔をし、すぐに冷たい表情に戻った。

 

「下らん。そんな感傷に浸っている暇があるなら、手を動かせ。明日の朝までにそのタービンの基礎構造をまとめ上げろ」

 

「はいはい、わかってますよ。こんのブラック企業のエルフ社長め……」

 

 私は再び羽ペンを握り、羊皮紙に向かった。私のスローライフは潰えたし、この地下牢から出られる日は来ないかもしれない。けれど、私の前世の知識(技術)と、私がこの世界で残した「便利さ」だけは、確かにこの世界に息づいている。

 

 今はそれで、十分だった。

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