「無駄なもの。役に立たないもの。生産性のないもの……」
私は暗い地下牢の中で、ブツブツと呪文のように呟きながら、白紙の羊皮紙を前に頭を抱えていた。
ゼーリエから突きつけられた『純粋に無駄なものを作れ』という課題。これが、前世から現場主義で生きてきた私の脳みそを、かつてないほど激しくショートさせていた。
何かを作ろうとすると、どうしても「どうすればもっと便利になるか」「どうすれば効率よく動くか」という思考がノイズのように混じってしまうのだ。
例えば「ただ光るだけの石」を作ろうとしても、職人の本能が『いや、これに魔力センサーを付けて、人が通った時だけ光るようにすれば夜道の防犯灯になるのでは?』と自動的に仕様を追加してしまう。
―――結果、出来上がるのは立派な「実用品」だ。
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「ダメだ……! どうしても『役に立っちゃう』!! 私から生産性を奪うなんて、重機から油圧シリンダーを引っこ抜くようなものだよ……!」
己の根源的な職人魂の呪縛に悶え苦しんでいた、その時だった。
「あははっ。何それ、お姉さん。すっごい悩んでるじゃん」
不意に、鉄格子の向こうから、ひどく軽やかで聞き覚えのある声が降ってきた。一級魔法使いのゲナウやレルネンが放つ、あの重苦しい足音とは全く違う。静かで、足裏で地面の感触を楽しんでいるような、猫のような足音。
「え……?」
顔を上げると、そこには緑色の髪をサイドテールにした少女が、鉄格子に寄りかかって杖を弄っていた。黒を基調とした服。少しだけ眠たそうな、けれど獲物を狙う肉食獣のような危うさを秘めた瞳。
「ユ、ユーベル、様……?」
「やっほー、雑貨屋のお姉さん。……いや、今は『魔族のお姉さん』か」
ユーベルは、杖の先で鉄格子をコツンと叩き、ふにゃりと笑った。
(なんで、ユーベルがここに!? いや、彼女はたしか一級魔法使いの試験に受かってたはずだから、協会の本部にいてもおかしくはないけど……!)
私は慌てて後ずさりし、背中を冷たい石壁に押し付けた。あの日、私の店で彼女が放っていた「なんでもスパスパ切っちゃいそう」な死の気配は、魔族であるとバレた今、さらに鋭く私の首筋に突きつけられているように感じた。
「あの……私を、処刑しに来たんですか? ゲナウ様の代わりに……」
私が震える声で尋ねると、ユーベルはきょとんとした後、クスクスと肩を揺らして笑い出した。
「ううん、違うよ。アタシ、そんなお使いみたいなことしないし」
ユーベルは鉄格子越しにしゃがみ込み、私の目線を合わせた。
「お礼、言いに来たんだよ。お姉さんに」
「お礼……?」
「うん。あの『縁結びのお守り』のおかげでさ、メガネくんの本体、ちゃんと見つけられたからさ。ほんの1ミリの偶然、バッチリもらったよ」
ユーベルは嬉しそうに、まるで恋する普通の女の子のような無邪気な笑顔を見せた。
「でもさ……まさか、お姉さんが魔族だったなんてね?」
その言葉に、私はビクッと肩を震わせた。ユーベルの瞳の奥が、ほんの一瞬だけ、鋭利な刃物のように光った気がしたからだ。
「アタシ、お姉さんの魔法見た時、すごく綺麗で精密だなって思ったんだ。メガネくんの魔法にちょっと似てる、ワクワクする感じ。……でも、それが人間を騙すための魔族の擬態だったなんて、全然気づかなかった」
「それは……」
「でもね、アタシは別にどうでもいいんだ」
ユーベルは、私の言い訳を遮るように、あっけらかんと言い放った。
「え?」
「魔族は言葉で人を騙すっていうけどさ。あの時、お姉さんがアタシのために一生懸命お守りを作ってくれた時の顔とか、魔力の手触りとか……そういうのには、嘘はなかったって思ってるから」
ユーベルの魔法は「共感」だ。彼女は理屈ではなく、感覚や感情の根底にあるものを直感的に切り取る。彼女のその恐ろしいまでの直感が、私の前世から引き継いだ「顧客のニーズに全力で応えたい」という職人としての本気を、正確に読み取っていたのだ。
「だから、お姉さんが魔族でも、アタシにとっては『アタシの恋路を応援してくれた、ちょっと不器用な雑貨屋のお姉さん』のままだよ」
「ユーベル様……」
私は、少しだけ目頭が熱くなるのを感じた。
正体がバレてから、初めて「魔族」というフィルターを通さずに、私の仕事(接客)を認めてもらえた気がしたのだ。
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「……で? そんなお姉さんが、さっきから頭抱えて何悩んでたの? なんかゼーリエ様に変な難題ふっかけられたって、ゲナウがため息ついてたけど」
「ああ……それなんですよ……」
私はユーベルの屈託のない態度に毒気を抜かれ、思わず前世の同僚に愚痴るようなテンションで、現状を説明してしまった。役に立つものしか作ってこなかった私が、「純粋に無駄なもの」を作れと命じられて行き詰まっていること。どうしても機能性を持たせてしまうこと。
話を聞き終えたユーベルは、「あははっ!」と声を上げて笑った。
「お姉さん、やっぱり変な魔族だね! 無駄なものが作れないって、どんだけ真面目なのさ」
「笑い事じゃないんですよ! これできなきゃ私、ゼーリエ様に木っ端微塵にされるんですから!」
「んー、無駄なもの、ねえ……」
ユーベルは立ち上がり、自分の杖をくるくると回しながら天井を見上げた。
「アタシはさ、魔法使う時、あんまり小難しいこと考えないんだよね。ただ『切る』のが好きなんだ。別に、薪を割りたいとか、誰かを殺してどうこうしたいとか、そういう『目的』があるわけじゃないの」
「目的が、ない?」
「うん。ただ、布を切る時の『スパスパッ』っていう感触とか、硬いものが『パカッ』て割れる時の手応えとか。そういう、理屈抜きの『気持ちよさ』? それが好きなだけで魔法を使ってるの」
ユーベルの言葉が、私の脳内に雷のように落ちた。
(目的のない、ただの気持ちいいだけの感触……! 機能でもなく、効率でもなく、ただ『人間の本能的な触覚』を満たすためだけに存在し、生産性は一切ゼロの代物……!)
「ユーベル様! あなた天才です!!」
「えっ何、急に」
私は弾かれたように立ち上がり、作業デスクの羊皮紙を放り捨てた。そして、残された左手と、枷の繋がれた体から魔力を練り上げ、空中の水分と微小なチリを強引に結合させていく。
(作るのは、極薄の『魔力の膜』で包まれた、無数の小さな空気のドーム! そして、指で押し潰した時に、膜が破裂して空気が抜ける『プチッ』という極上の触感と音を再現する!!)
「物質錬成……! 微細圧力調整……!」
私の手のひらの上で、半透明のシート状のものが形成されていく。表面には、直径1センチほどの丸い突起がびっしりと並んでいる。ただそれだけだ。世界を救いもしないし、熱も奪わない。
「よし、できた……! さらに、一度潰したドームが、数秒後に自動で空気を吸い込んで再生する『復元術式』を組み込む! これで半永久的に遊べる……!」
私は完成したソレ――前世の偉大な発明品の一つである『無限プチプチ(魔力パック仕様)』を、鉄格子の隙間からユーベルに差し出した。
「ユーベル様、これ、そこの丸い出っ張りを指で潰してみてください」
「ん? こう?」
ユーベルが、半信半疑でシートの突起を親指と人差し指で挟み、潰す。
――プチッ。
小気味良い音と、指先に伝わる絶妙な破裂の感触。ユーベルの目が、パッと見開かれた。
「あ、これ……」
――プチッ、プチプチッ。
ユーベルは、杖を壁に立てかけ、両手を使って無心でシートの突起を潰し始めた。
……プチ、プチプチ、プチプチプチプチ、プチッ!
「なんか……スパスパ切るのとは違うけど、すっごく地味に……気持ちいい……」
ユーベルの瞳孔が少し開き、完全に『無限プチプチの魔力』に取り憑かれている。潰した端から数秒でポコッと元通りに膨らむため、文字通り無限に潰し続けられるのだ。
「ふふふ……どうですか。機能性はゼロ。世界の何の役にも立たない。ただ人間の原始的な快楽を満たし、無駄な時間を溶かすため『だけ』に作られた、究極の無駄アイテムです!」
私は鉄格子の内側で、勝利を確信して高笑いした。
「これならきっと! あの理屈っぽいゼーリエ様も、文句のつけようがない『無駄』だと認めるはずですよ!!」
……しかし、私のこの前世の知恵を絞った自信作が、数日後にやってきた「白い死神」によって、これ以上ないほど冷静に論破されることになろうとは、この時の私はまだ知る由もなかったのである。