さんにんぐらし!   作:歩輪路

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10年後、アバターボディの開発に成功した彩葉はかぐや、ヤチヨとの三人暮らしを始めていた。
アバターボディにおける味覚の実装に成功した後の初めての週末、かぐやが食べたいと言い出したのは勿論パンケーキ。
だが三人でパンケーキを食べに行くには、ちょっとした問題があり……。

読んでいただけると嬉しいです。


君と貴女とパンケーキ(上)

「パンケーキ、食べたい!」

 

 食べたい、食べたい、食べたーい! と三度繰り返した後、床をゴロゴロ転がるかぐや。

 

「あんたさー、そんなところで転がってると」

 頭ぶつけるからやめな、と言おうとした矢先に衝突音。

 

 言わんこっちゃない、とキッチンからリビングを覗き込めば、机の下で悶絶しているかぐやの姿。

 

 冗談抜きで痛かったようで、声も出せずにジタバタしていたのも束の間。

 

「痛い痛い痛い! パンケーキパンケーキ! パンケーキ!!」

 

 痛いのかパンケーキ食べたいのか、どっちかにしときなよ。

「もー……。別に、食べに行くのはいいからそんな騒がないの」

 

 ほら、と腕を広げると一足に飛び込んできた。

 結構な衝突エネルギーに体がくの字に折れそうになる。

 自分の図体がでかくなったことに自覚のない大型犬みたいなやつだ。

 

 無言でぐりぐりと頭を胸に押し付けてくる。いや、ねじ込んでくる。

 地味に痛いのだが引き剥がすとうるさいので、ぐっと我慢して頭を撫でる。

 

 暫く撫でていると満足したのか、騒いでいた声が徐々に静かになっていった。

 けれどここで撫でるのをやめてはいけない。途中でやめると不満げな頭ぐりぐりが続くのは学習済みだ。

 

 かぐやも、黙ってしまうとご機嫌取りが終わると思ってか、小さい声でパンケーキ、パンケーキといつまでも繰り返している。

 

 あー、もう。

 我ながらかぐやに甘い。

 困ったことに、分かっていながら改善する気持ちがちっとも起きないのだからつける薬がない。

 

 高校生の頃の私はもっと厳しく出来てたのにな。

 出来てたよな……?

 

 そんな風にどれくらい続けただろうか。

 かぐやの声が半分寝息の様になりかけたあたりで

「ふたりだけずるーい。仲間外れは寂しいなー」

 後ろからのしかかられ、おもわず固まってしまった。

 

 前門の太陽、後門の月。

 ヤチヨだった。

 

 もう長い付き合いになったけれど、こういうボディタッチにはまだ慣れない。

 果たして慣れる日が来るんだろうか。

 アワアワと回らない口に難儀していると、そのまましな垂れかかってくるヤチヨ。

 

「ヤチヨも撫でられたいなー。でも、撫でる方でもいいよ?」

 

 それは抗いがたい誘惑だった。

 実のところ、私は頭を撫でられるのが好きらしい。

 

 父が亡くなって以降人に頭を撫でられるような機会も早々なかった。

 いや、兄あたりは撫でてこようとするのだが断固お断りしている。

 ともあれ、父の早逝と母の性格ゆえか、自分はそういったものに飢えている。

 

 それまであまり自覚はなかったのだが、三人で暮らし始めてここ暫くの間でどうやらそうらしいと気付いてしまった。

 

 ここはおとなしく撫でられておこうか。

 いやでもヤチヨに撫でられてるとちょっと変な雰囲気出るんだよね。真昼間からそれはいかがなものか。

 

 そう逡巡していると、急に体が吸い込まれた。

 視界も真っ暗で、すわブラックホールかと思えば元私の、現かぐやのTシャツに視界が覆われている。

 かぐやが力づくで、自分の胸元に私の頭を引き寄せていた。

 

「これは! 私の!!」

 

 これ言うな。

 

「えー。別にかぐやのではなくない?」

「ヤチヨは10年ずっと独り占めしてたじゃん! 今はかぐやの番!」

 

 彩葉もそう思うよね!? と同意を求められるが、まず少し離してくれ。

 かぐやの胸にぎゅうぎゅうに押さえつけられ、肯定も否定も出来ないまま私は決意した。

 次のアバターボディ調整の時、かぐやの腕力は少し下げよう、と。

 

◇◇◇◇◇◇

 

 10年の格闘の末に私は二体のアバターボディ、KG型とYC型を作り上げ、かぐやとヤチヨの魂を込めることに成功した。

 

 その実現には色々と困難があり、実のところ未来からの前借り、というか宿題も残ってはいるのだが、ひとまず二人とこうして現実世界で触れ合うことが出来るようになった。

 

 となると当然考えなければいけないのが、二人の居場所である。

 研究を進め、更にアバターボディを改良していくには研究所が勿論いいのだが、これは三人全員一致で即時却下となった。

 

 今更別々の場所で過ごすなんて選択肢はあり得ない。

 となると二人の傍に居たければ私が研究所に住む必要が出てくるし、とはいえこのマンションにだって思い出がある。

 

 そういうわけでかぐやが戻ってきて、ヤチヨも改めて住むようになって、広すぎた3LDKは今や満員である。

 引っ越してきた頃の事、こんなマンション広すぎて落ち着かないと思ったものだけど、今となっては丁度いい広さな気さえする。

 家族も増えたわけだしね。

 

 3人での生活を始める時にもなにかとドタバタしたものだが、そのあたりの話は今は置いておこう。

 

 ひとまずアバターボディの稼働をはじめ、最初のうちは難航していた日常生活なども問題なくなった。

 ということで、兼ねてより二人から強く熱望されていたアップデートが入ったのがつい先日である。

 

 もちろん味覚のことだ。

 

 触感、物を触ったり熱を感じたりといった感覚は最初から実現出来ていたものの、味覚に関しては少し時間がかかってしまった。

 その間、かぐやとヤチヨからは毎日のように催促が来たものだ。

 

 ヤチヨなんかはもうずっと味覚のない生活が長かったのだが、いざ現実空間で体を得るとその欲求を抑えきれなくなるものらしい。

 そうして二人からの強い要求に押される形で、猛スピードで味覚の実装を終えたというわけだ。

 

 残念ながら仮想世界における味覚の再現はまだだが、これも出来るだけ早く実現したいところ。

 

 ヤチヨはまだアバターボディでの活動時間が限られており、一日の半分以上をむこう(ツクヨミ)で過ごしている。

 

 なので、アバターボディだけでなく仮想世界においても味覚を再現することは私たちの優先目標だ。

 ツクヨミで美味しいパフェが食べられるようになるのもそう遠くない、はず。

 

 ともあれアバターボディに味覚が実装されて初めての週末。

 平日の各種試験も問題ない結果だったので、元々二人の好きなものを食べに行こうとは思っていた。

 

 とは言え問題が一つ。

 

 以前――といっても10年も前だが――初めてパンケーキを食べたお店に行きたい、とかぐやが譲らなかった。

 

 家からはさほど遠くもないのだが、結構な大型ショッピングモール内にあるため当然、今日のような休日には人で溢れかえっている。

 

 そこにかぐやとヤチヨが行くわけだ。

 身内のひいき目ではなく二人は目立つ。

 

 目立つだけならまあいい。

 しかし目立った結果、身バレが起きる可能性が高い。

 

 かぐやはまあギリギリセーフかな、とは思う。

 以前に顔出し配信をしたことがあるとはいえ10年も前のことだし。

 

 しかしヤチヨの方は完全にアウトだ。

 なにせツクヨミの管理人にしてトップライバー。

 その人気はこの10年も衰えることなく、というかツクヨミの発展とともに益々人気が上がり、それこそ件のモールの中にヤチヨの広告が出てるくらいだ。

 

 AIライバーとして活躍しているヤチヨとそっくり、というか瓜二つ――当たり前だ、モデルデータを基にしているのだから――の美人が歩いていたら間違いなく騒ぎになる。

 銀髪もこっち(現実世界)ではとりわけ目立つし。

 

 

 というわけで、どうしたものかと作戦会議中なのが現在である。

 

 

「ごめんねー、ヤチヨが可憐なばっかりに……」

 ヨヨヨと目元をぬぐうヤチヨ。いや、これは楽しんでるな。

 あと今更だが、ヤチヨに買って渡した覚えのないワイシャツを着ている。

 それ、私のじゃないか?

 

「変装とかすればよくね?」

 さきほど邪魔をされたせいか、かぐやの方は若干投げやりだ。

 

 変装、変装か。

「変装するしかないけど、サングラスとかかけても逆に怪しいよね」

 うち、ビーチ用のぐらいしかないし。

 それにサングラスにせよメガネにせよ掛けたところで、銀髪の時点で隠し通せない気がする。

 

「うーん。ヤッチョのコスプレしてる子ってことで通せないかな」

 

 苦し紛れという感じのヤチヨの提案だが、さすがに厳しい。

 一つに、イベントでもないのにコスプレ姿でモールに来る様な子は滅多にいない。

 もう一つ、コスプレイヤーだとしてもこんなクオリティだったらどのみち騒ぎになる。

 

「髪の色が一番問題なんでしょ? ウィッグとかで隠すのは?」

 かぐやの提案が一番現実的か。

 とは言ってもウィッグか……。うちにはないんだよね。

 

 色々とガラクタをため込みがちなかぐやの事、「あんた持ってたりしない?」と聞いては見たが、残念ながらウィッグはなしとの返事。

 

 それはそうか。

 かぐやだってこのマンションに帰ってきたのはつい最近だし、それ以前の荷物なら私が把握してる。

 

 スマホで調べたところ、駅まで行けば近くにウィッグを扱ってる店は何軒かあるようなのだけど、お店まで行くのもひと騒動になりそうだ。

 こういうのって本人を連れて行かなくて大丈夫かな。

 

 パーティーグッズみたいな物なら私だけ行ってすぐ買えるだろうけど、果たしてそんなので大丈夫なものか。

 

「ダメだ、わからん。こういうのはプロに聞こう」

 

 アプリ通話を立ち上げると、頼みの相手にすぐ繋がった。

 かくかくしかじか。

 こういう事情でウィッグが欲しいんだけどどうするのがいいと思う? と聞いたところ

「うちにいくつか良さげなのあるから持ってくよ」

 と嬉しいお返事。

 

 いやほんと、持つべきものは近所に住む親友だ。

 

 というわけで芦花が来てくれるのを待つことにして、昼ご飯の用意でもしようということになった。

 

「おし! それじゃかぐやが作るね!」

「え? 今日はヤッチョが作るんだけど?」

 別に当番とか決めてないじゃん! と騒ぎながらじゃんけんを始める二人。

 

 どちらが作るかはさておき、とりあえずメニューはお好み焼きということで決まったらしい。

 ホットケーキに引きずられている気もしつつ、楽しみに待つとしよう。

 我が家の二人はいずれとも、私にとって世界最高のシェフなのだ。

 

 じゃんけんはやたらと白熱している。

 別に二人が同じ思考をするわけじゃないんだから、そんなに引き分けが続くものでもないと思うんだけど。

 そんな益体もない事を考えているとつい笑顔がこぼれた。

 

 こんな休日、この10年に対するご褒美にしては贅沢すぎるな。

 そんなことを思いながら。

 

 

/続く

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