現代ダンジョンは夢がある 作:匿名!!
「俺、冒険者になるよ。母さん。」
遺影の前に座り、線香の煙を消す。
燻る火をぼーっと見つめながら決意した。
インターネットを使った。幸い、冒険者協会は新規の参入者をいつでも求めていた。
この日のために鍛えた。とにかく鍛えた。
毎日毎日毎日毎日、モンスターが道路を歩いていないか家から覗いて、家の壁を殴り続けた。穴が空いたけれど、大部分が消失している1階の壁よりマシだった。
「モンスター……絶対にアイツらを絶滅させてやる!」
あなたは涙を流しながら、拭うこともせず、ただ叫んだ。
背中から受ける視線は、自分のことを奇人として見る目だった。
もうスタンピードから早くも5年。5年だ。たった5年であの日の憎しみは薄れず、寝ても寝てもあの日の幻影がチラつく。
■
「ええと……登録なんですけど、研修って受けました?」
屈強な髭面がカウンターには並んでいた。
ホームページに居た受付嬢だなんてものは無く、地方都市の憂いを少し感じた。
「受けてないです」
「冒険者にならせて下さい」
あなたは強引に、その職員に歩み寄った。
「無理です。研修を受けてください。」
「冒険者協会もさすがにド素人は受け付けてませんよ。」
「あ、 一応…… レベルが1くらいあるなら良いですけど、まあ貴方ってレベル0でしょ?」
ため息を散らしつつ、その職員は言葉の外で煽った。
しかしあなたは、そのような態度を気にも止めず、さらに1歩進んだ。
それと同時に職員も1歩引き、物理的に距離を保とうとしていることが見て取れる。
「いいや、レベルは覚えてないけどたぶん2です。」
「冒険者に成らせてくれ!」
「2!!!!!!!?」
その職員は驚愕した。
「じ、じゃあちょっと……そんなに言うなら最初からギルドカード持ってきて欲しいけど……レベル測定は有料だけどいいの?」
「いやあ珍しいね。レベル2かあ……ここにそんなレベルでも行ける所ないですよ。あ、登録だけ稚内でするってパターンかな?」
「まあ……ギルドカードにそんな種類ないですよ?登録地が稚内になるだけですよ?本当にここで発行していいんですか?」
憐れむように、その職員は語尾を伸ばしつつ喋った。
しかしあなたは、気にしなかった。
「ああ。いいから早くやってくれ」
急かすジェスチャーをすると、その職員は、また深くため息をついた。
カウンターの下をごそごそと漁り、ごとりと何かの機械のような物を置く。
「はいこれ、パルスオキシメーター。」
「簡易的にレベルを測れる機能付き。これ一個で1万円とか行くよ。分かってるだろうけど絶対に測定中に指抜かないでね。」
職員はそう言いつつ、金を要求することは無かった。
「水晶玉じゃないのか?」
あなたは疑問に思い、質問する。
しかし帰ってきた言葉は、ため息と共にやってきた。
「天然のレベル測定器のこと?あんなのこんな支店に置いてないよ。ここどこか分かってるの?稚内だよ稚内。ほとんど日本最北端で飛行機がないと東京とのやり取りは無理よ無理。」
「それに水晶玉って……あれでレベル測定するやつなんて居ないさ。むしろ未使用とかで付加価値つけるだろうし、そもそもあれを小粒に砕いたヤツがこの機械なの。アーユーオーケー?」
あなたはカチンときて、液晶画面を見た。
レベルは1.13。
胃袋がひっくり返ったカエルのような声を出しながら、その職員は謝った。
「あー……いやあ、誤解があったようですまない。いやあ、記念登録とかそういう人か何かだと思っちゃって……」
貴方はそのような二枚舌を気にしなかった。あなたが気に止めることはただ一つ、自分が冒険者になれるかどうかだ。
「ふん、別にいいさ、冒険者にならせてくれ。」
その職員は、ピタリ、と止まった。
「え?」
しかし職員は、直後に再起動した。
その筋肉質な腕を振り回しつつ、大慌てで説得しようとする。
「いやいやいや!研修!せめて研修を受けてくれ!死ぬぞ!」
「映像研修は……受けてます?二次試験を通過してもらわないとなれませんよ。」
しかし、あなたにとってこの対応はもう5回目。押し問答の末、ギルドカードを作った上でまだこのような事を言う職員に対して恨みの視線を向けていた。
「試験も研修も要らん。だいたいインターネットの情報で分かっている。」
職員は、深くため息をついた。
「インターネットの情報がモンスターは簡単に倒せるという情報ばかりなのは何故か分かりますか。」
「倒せるやつしかスマホを触らないし、モンスターと戦って生き残れたやつしか情報を発信できないからです。」
「それに北海道は試される大地と豪雪が原因でよく言われますけど、モンスターだってそうなんですよ。」
「だいたいのダンジョン内部はホワイトアウトしてますし、耐寒効果は必須です。支給品だって潤沢にはありませんよ……」
「ダンジョン内で測定したモンスターのレベルは13.6!測定できたモンスターだけでこのレベル差があるんだ。君のレベルで勝てるわけが無い!」
「挑戦する場所を間違えてるんですよ。」
「大人しく研修を受けなさい。ギルドはただ冒険者になりたい者を探しているんじゃない!」
「レベル20以下がどうしてここまでやって来れたのか甚だ疑問ですね。」
「お帰りください。登録だけはしますが、あなたは稚内ダンジョンに挑むべきじゃない。」
職員は机を叩いた。
それと同時に、あなたの指にはめられたパルスオキシメーターの心拍数が上がった。
それを見て、ハッと息を吐いて職員は嘲笑した。
あなたは侮蔑のため息だと思い、殴りかかった。
「下手に出てやってればいい気になりやがって!早くこっちはモンスターを殺してえんだ!」
しかし、次の言葉を言おうとした次の瞬間。
「おーい……おーい」
「ああ、悪い悪い。力加減がどうやら上手くいってなかった見えてだわ。これに懲りたら桜島ダンジョンとか、そういう自分の身の丈にあった場所に行くんだな。」
「一応骨は折れてねえけど……ま、打撲だね。」
「レベルの恩恵に感謝してよね。」
何も見えなかった。
世界がひっくり返った。
気づけば床に倒れていた。いや、殴られた瞬間、クルクル回ったのかも。
おぼつかない思考を纏めつつ、目をぱちくりさせながら立ち上がる。
一部始終を見ていたようで、見下げてくる者は、先程の者とは違うようだった。
その異様にゴテゴテした武具や防具、指輪から、彼が冒険者であるとわかった。
「あー……一応冒険者の心構えってやつを教えてやるけどよ。まずレベルが上のやつ、特に職員には敬意を払うもんだ。先駆者に対する後発者の敬意ってやつをよ。」
「ダンジョンの開拓が云々だなんて言えるのは地上のモンスターを駆逐した先輩達のおかげなんだ。五体投地で感謝すべきだな。」
■
「オーエス!オーエス!オーエス!」
「んぐぐぐぐ……!」
(これ本当に効果があるのか?)
(クソ、腹立たしい!)
あなたは、函館の訓練所で綱引きをしていた。
機械を相手に綱を引く。超高強度炭素ファイバーだの何だのと、壊れないという言葉を何度も聞いた。
「はあ……はあ、やった……1分間引いてやったぞ!」
この綱の長さは絶妙だ。腕の長さやら何やらを測定して、そのデータを流用してキッカリ100kg以上の力でのみ動くようになっている。
しかも、ただ引くだけじゃない。99kgになった瞬間、この綱はゆっくり戻っていく。そんな中、完全に引いている状態を1分間維持する。それが目標だった。
隣の男。見知った仲の彼は、かれこれ3ヶ月ほど一緒に肩を並べただろうか。
「レベルが1以上ってこんなところまで強いのかよ……!羨ましいなあ!」
隣で綱引きをしている、年齢35歳の男がいた。
彼は世帯を持っていたが、スタンピード以降、一家解散となり、ずっと鍛えているらしい。
その男から、あなたは話しかけられる。
「筋肉がなくとも、それ引けるんだな。てっきり……」
あなたは、彼の言葉を中断させた。
「まあレベルが上がると筋繊維も切れにくくなるし、そういうもんだ。レベル0のうちに筋肉を鍛えとけば100億倍マシだったねえ。ああ、後悔しかないよ。ダメダメなフォームで無駄な部位を鍛えてて、これっぽっちも育ってなかった。」
「レベルを自己診断って無理だね、本当に無理。」
「筋肉が育って強くなったと思ったのに、レベルの恩恵だったんだよ。」
「クソが!!!」
多弁なあなたは、振られた話に過剰に答える。しかし、聞きたがり、語りたがりという特性は、隣の彼とマッチしていた。
あなたは、隣にいる男の数字を見る。
136秒。だいたい2分間、100Kgの綱を引いていた。しかも、まだどんどん秒数が増えていく。
「いちばんの恩恵は筋持久力さ、筋持久力。いやあ、羨ましいな。」
「そういやあんた、銀行員だったんだっけ?取り付け騒ぎの時大変だったってのは聞いたぜ……どうだった?」
隣の男は綱を引きながら話している。超人だ。
しかし、レベルは0.93らしい。いや、むしろレベルを上げていないから鍛えている。
「いやいや、俺は、ただのサラリーマンだったよ。スタンピード・ショック……2014年を境にして、1ヶ月以内に世界人口の5%が死んだから、経済は落ち込んだ。」
「その煽りを受けて会社も潰れたし、なんなら生きてる知り合いの方が少なかった。」
「同僚も全滅。たまたま雪が多く降ってくれなかったら、モンスターに襲われてたりしたかもな。ビバ、雪かきってやつだ。」
あなたは、彼の身の上話を何度も聞いたことがある。
あなたは、彼の身の上話と、自分の身の上話を重ねた。
「三河さん、あんたはどうだった─ああ、いやなんでもない。ひどいことを聞いたな。」
「聞かなかったことにしてくれ。」
心理学の用語で言えばサバイバーズ・ギルトと言うのだったか。あまりよく覚えていないが、どうやら彼はPDCAみたいな、アルファベットで4文字の名前の奴も患っているらしい。
哀れに思った。しかしながら、ひたすら体を鍛え続ける彼の姿を見て、【熱い】───────そう思った。
※
レベル0の定義はモンスターを一匹も倒してない人間だ。オリンピック選手も、たとえ赤子であったとしても等しくレベル0。
しかし、整数位。レベル1に到達するのは極めて難しい。なぜなら日本国内において最も弱い桜島ダンジョンのモンスターは、灰が集まって形成された埃のようなもの。
しかし重さは1kg以上あることが殆ど。それが意志を持ってぶつかってくるということは、例えるなら砂や石ころが詰まった袋をフルスイングされているようなもので、頭に当たれば普通に死ぬ。
そんなモンスター……「灰のデーモン」を、だいたい30匹殺してようやくレベル0.3。
単純に、死の危険を100回乗り越えなければレベル1にはなれない。
最弱とはいえ灰のデーモンは群れて、ぶつかってくる。
それが死へと直結しうるから、レベル1の壁は大きい。
そして、レベル1の定義は。身体能力の強化が発生する第一段階のことだ。
つまるところ、凡百のモンスターを倒したところで即座に身体能力が強化されるわけではなく、むしろ100匹というのは最低ライン。
冒険者の少数さを決める部分はここにある。
閑話休題。あなたは、たまたまモンスターを車で轢いた。
レベルが少数であっても、少しでもレベルがあるなら、立ち向かえる。
あなたは、たった1回、モンスターを殺しただけだった。収穫の最中、遠くの方からなにかの唸り声が聞こえた気がした。
その直後、鋼鉄の塊が削られるような音がして、乗り物が故障した。
ハーベスターは相手が誰であろうと巻き込み、肉をぐちゃぐちゃにする。
作物の収穫という目的で取り付けられた刃は、肉体を裁断し、容易に人を殺せる。
しかし、それはモンスターも同じだった。
スタンピードという物は、日本において北海道から始まった。
知床半島という当時の未開拓地において、高レベルのモンスターが発生していることなど誰もわからなかった。
最初に、羆の異常行動が分かった。次に、異様な怯え方から衛星調査が始まった。そこで、最初に発見されたのだ。
日本における最初のモンスター。
「羆のデーモン」と呼称するが、奴らは強大だった。死体は急速に分解され、模型しか残らない。
しかし墜落したUAVドローンから送られたデータから、様々なことが分かった。
【体高およそ8m以上、9m以内】
まさに怪物。
しかし、知床半島のダンジョンから湧き出した羆のデーモンだけが、北海道のスタンピードではなかった。
釧路ダンジョン、知床ダンジョン、稚内ダンジョン。
いくつものダンジョンが同時多発的にスタンピードを引き起こし、北海道の人口の大半は棄民となった。
乗用車での轢殺が当時の民間人にできる最大火力。つまるところ、衝突エネルギーでレベル差を埋めていた。
だが溢れ出したモンスターにとって、乗用車が効くのはごく僅かな存在に限る。
※
「スタンピード前の銀行員ってどういう仕事してたんだい?やっぱり簿記?」
あなたは隣の男からの質問に対して、どのように回答するか悩んだ。
「俺は単なる受付さ。税理士とか会計士の仕事だよそれは。」
「有人窓口は24時間。夜勤だから比較的楽だったけど、立ち仕事だからとにかく辛いね。」
あなたは、綱を引き終わった。だが、息が上がる。元の筋肉やら何やらに倍率がかかる形の補正である以上、レベル1でも身体能力そのものに差が出る。
つまるところ、レベルが上がるというのは、どういう話か。
まず、極端な話、ベースを数字で表そう。その時、3の体力を持つAと3.5の体力を持つBがいたとする。
その場合、体力が100倍になったとしたら、300と350で、大きな差が開く。
こういうことが起きるのだ。
しかし、隣の男はレベルが1未満。
それなのに補正なしで自分を上回る。
つまるところ、これから魔物を倒していき、レベルが上がった場合。
覆すのに巨大な時間を必要とするだろう。
「あはは、俺はレベルの恩恵さ……三河さん、あんたの方が多分強くなれるよ。」
「そうか?嬉しいな……」
彼は、綱を離した。
彼は肩で息をする。あなたは、疲労こそすれど、呼吸の乱れは無かった。
「俺はよ、レベルの恩恵を受けてるけどよ。あんたの方がずっと強えや。」
「俺は受け身を取ることしかやってない。三河さんは、もう攻撃へと転じることを学んでる。」
「それは訓練所に来た日が違うからだよ。君は2019年、私は2016年さ。」
「レベルが最初から1以上だと肉体作りの時間が無いってのは凄いねぇ。」
「だって疲労とかもぜんぜん回復する速度が違うんだろう?」
「それに、肉体が積める研鑽には上限があるけど、レベルの上限は今のところないじゃない。」
「普通、ずっとずっと走るんだよ。とにかく筋持久力を高めて、逃げる。左右に曲がりながら、前には進み続ける。」
「まあ君も同じだけど……訓練マシンに最初から追いつかれてないじゃん。」
確かに、とあなたは思った。
「狼のデーモンは近畿地方にしか居ないけど、まあ似た速さを持つモンスターなんてかなりいっぱい居るしさ。」
「逃げることに重点を置くってのは崩壊期から変わって無いのは訓練の悲しさよねえ。」
「でも、逃げきれる確率が少しでも上がるなら、この訓練は無駄じゃないね。」
三河は、自らの体験を語った。
彼は当時、長野に住んでいたらしい。スタンピードで地上に溢れた狼はだいたい1000匹。だけど、その中のたった1匹でさえレベルが1以上あったのだと。
レベル差が1以上あるモンスターを倒す。絶望だ。人間はレベルが上がっても身体能力がそこまで強化されないが、モンスターは別だ。レベルが身体能力に直結し、レベルが上がれば上がるほど強くなっていく。
「いやあ、車で家族を連れて逃げてたんだけどね。モンスターと遭遇しちゃって。」
「もう終わりだーって思ったんだけど、そんな時に自衛隊の人達が来てくれたんだ。」
「私はその時思ったんだよ。モンスターを簡単に狩れる自衛隊は、もしかしたら最強なのかって。」
「でも違った。1匹が先行して、対応してきた集団を別の狼が殺す。」
「知性あるモンスター。だけど、その狼はね、僕が急いで逃げた時……轢き殺せたんだ。」
「笑っちゃうでしょう?アルファードはベッコベコになったけど、何発も銃を撃って、それでも倒れなかったヤツが一撃で死んだんだよ。」
つらつらと、三河は語る。ぜえはあと息を吐いていたが、もう三河からは疲れが感じられない。
ふと、時計を見れば話してから30分が立っていた。
「三河さん、もう5時半ですよ。今日は帰りましょうや」
あなたは、三河の話を中断させた。
彼はここから先、家族について語ろうとしなかった。つまるところ、それを意味するのは…… 三河が今、生き残っている。家族は居なくなった。
考えるとイヤな予感がしたから、あなたは遮ったのだ。