そして、世界は別たれる   作:・黒箱

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⑧-1

 

 『それは楽しいだけの最後の淡い記録』

 

 

 翌日、学校から帰って時刻は午後九時。

 綾理ちゃんから連絡を貰って約束通り、我が能家にいつもの面々が集まり始める。

 

 椅子の背もたれにぐったりもたれかかる游里さん、ソファの定位置で本を読んでいるフェリシア。

 綾理ちゃんはまだ姿を見せていない、何かしら報告を受けているらしい。

 

 そして、部屋の隅で目を閉じたまま影に埋まるように立ちすくむ朔さん。

 

 「あの、朔さん?よければお茶をどうぞ」

 

 綾理ちゃん直伝のお茶汲み、割とうまく淹れられるようになったそれを差し出す。

 

 「……どうもっす」

 

 どこか硬い声音でこちらに触れないように湯呑を受け取る朔さん。

 なんだか、すごい嫌われてる気がする。指先が触れるのすら厳しいという感じ。

 

 「游里さん。僕、何かしましたか?朔さんにもの凄い避けられてる気がするんですけど」

 

 フェリシアに一つ、最後の湯呑を游里さんに手渡して小声で尋ねてみる。

 本人を前に聞くのも憚られたが聞かずにはおれない。

 

 そもそも、そんなに接点もない。はじめて家で会ってから顔を合わすのは今日で二度目。

 仲の良し悪しどころか今のところはどこまでも他人。

 

 とは言え游里さんの知り合いなのだ、これから顔を合わせることも多そうだし仲良くできるならその方がいい。

 本質的に受け入れられないとでも言われたら改善しようもないが、できることがあるなら何とかしたいと思うのだ。

 

 「あー、いや、そうじゃない。あれはあいつと……まあ、私の問題でもあるな。とにかく、避けてるわけでも嫌われてるわけでもないから安心しろ。ただまあ、今はどうしようもない」

 

 はっきり告げられたその言葉に生返事することしかできなかった。

 よくわからない、だがいい加減に見えてむやみに相手を混乱させるようなことは言わない人だ。

 

 無理だと言うなら無理なのだろう、ならば考えても仕様がない。

 自分の分のお茶を淹れて大人しく座っていることにした。

 

 しばらく、無言の時間が流れて綾理ちゃんがひょっこり姿を見せる。

 どこかばつが悪そうに、あるいは困惑したように目元を細めていた。

 

 綾理ちゃんにしては珍しい顔だ。

 

 「一真、儂にも一杯いれてくれ」

 

 隣の椅子に腰かけてどこか疲れが見える声音の綾理ちゃんに専用の湯飲みでお茶を淹れた。

 

 「ふう、うまい。腕を上げたな一真」

 

 いつものように雅やかに啜る、それだけで幾分か落ち着いたらしい。

 飄々とした雰囲気を取り戻してこちらを見やる。

 

 「さて、それで一真。話は聞いておるのか」

 

 「うん、大丈夫。游里さんから聞いた」

 

 自分が気絶してる間に何があったか、どういう話の運びとなったかは把握している。

 綾理ちゃんは一つ頷くと、ぐるりと集まった面々を見回して。

 

 「ではさっさと本題に入ろうかの。良い知らせと悪くはない知らせがあるが、どちらから聞きたい?」

 

 「んじゃ、まず景気のいい話から聞かせてくれ」

 

 游里さんが間髪入れずに答える、フェリシアはどっちでもいいと言わんばかりに口をつぐんでいた。

 

 「ではそうしよう。恩寵の園は無事、公立の施設と相成った。とは言え、元々は異能者やら権能者やらの素質を持つ子供たちを集めてた節があるのでな。いっそのこと、そういう施設として運営していこうということで手はずを整えてもらった。政府の、まあ後ろ暗い面々にとってもその方が都合が良かったようでな、二つ返事じゃったよ。生き残りの女性職員も無事じゃ、これからもあの施設で働いていくことを希望したらしい」

 

 それは罪滅ぼしだろうか、何であれ逃げなかったのだろう。

 強い女性だ、あの惨状を経験してそれでも留まれるのは尊敬する。

 

 「透と勇気も施設に帰した。これからは、普通の少年として生きていけるじゃろう。一真、お主にも会いたがっておった、そのうち顔を見せてやれば喜ぶぞ」

 

 「そっか……よかった。ありがとう、綾理ちゃん」

 

 あの二人のことは気がかりだったが、何とかなったのなら本当によかった。

 

 「気にするな、黒須孝道はわりと方々に恨みを買っておったからな。あれでよく、これまで生きてこれたものよ。正直、不思議でたまらぬ」

 

 首をかしげながら本当にわからないとぼんやり視線をさ迷わせる綾理ちゃん。

 まあなんであれ、児童養護施設が良い方に向かったことは朗報だ。

 

 空気が少し弛緩する。

 

 「それで、黒須孝道の方はどうなったの?悪くない話はそのことでしょう?」

 

 だが、フェリシアの冷たい声がどこかほのぼのとし始めた空気を切り裂くように放たれた。

 

 これは相当に怒っている感じだ、やっぱり魔法を悪用する輩が許せないのか。

 自分の心情としても黒須孝道の子供を犠牲にするやり方は到底許せるものではない。

 

 うむと、重々しく頷いた綾理ちゃんは目をもみほぐすように指をあてて。

 

 「結論から言おう。黒須孝道とその妻、恵子は死んだ可能性が極めて高い」

 

 一瞬、リビングに静寂が満ちる。

 

 「死んだ?消えたとかじゃなくてか?」

 

 游里さんの驚いたような声が響く、フェリシアも眉を吊り上げて綾理ちゃんに顔を向けた。

 自分の顔もどこか複雑に歪んだのがわかる。

 

 「昨日のことじゃ。影幻界絡みの件を捌く表に出ない最高機関がこの国にはあるのじゃがな。そこの実行部署、まあ影幻界の警察のようなものじゃな。そこが黒須邸に踏み込んだ」

 

 おそらくは自分のためにだろう、綾理ちゃんはわかりやすい言葉を選んで話を進めてくれる。

 

 「工房機能は外から見ても完全に崩壊。正面玄関から見える階段の踊り場に地下への入り口、その先には謎の祭壇めいた空間が広がっておったという。その中心にはおびただしい血だまりが二人分、まだ完全に乾ききらぬまま残されていたと聞いた。屋敷はもぬけの殻、勇気が仕留めたというメイドの死体も消えておったらしい。血痕だけを残して、黒須邸は完全に終わっておったそうじゃ」

 

 綾理ちゃんは一息で話し終えるとお茶で喉を潤した。

 

 「偽装って可能性はないのか?」

 

 「ない……とは言えんのじゃがな。可能性は限りなく低いと見ておる。国防に関わるゆえ理由の詳細は伏せざるを得んがな。仮に、逃げおおせたとしたならばそれはそれで問題じゃ。黒須孝道はこちらの想定をはるかに超えた何かを持っておることになる。何にせよ、今のところできることはそう多くない」

 

 綾理ちゃんはフェリシアに視線を流した。

 

 「つまり、お前さんの出番もなくなったということになる。この件は一応の決着をみた、と言ってよかろう。何とも後味の悪い結末じゃがな。それとも、真実を追うか?」

 

 フェリシアはしばらく口を強く噤み、鋭く一点に視線を集めて。

 

 「いいえ、やめておきましょう。今、この街を離れたくはないし、いないのならもうどうでもいいわ」

 

 切り替えるように表情を和らげた。

 最終的に怒りは収まったらしい、ソファに深く身を預けて目を閉じる。

 

 自分たちのあずかり知らぬところで黒須孝道と恵子さんは行方知れず。

 勇気君の復讐もフェリシアの怒りの矛先も完全に宙ぶらりんのまま。

 

 どうしてあんなことをしでかしたのか、その本心も聞けぬままに全てが終わってしまったのか。

 何とも言えぬ幕引きに重くなる空気を、綾理ちゃんが手を叩いて弾けさせた。

 

 「まあとにかくこの件は片付いたことになっておる。おまけに恩を売れたわ。游里にも褒美を出してやらねばならんな、しばらくは食事もつけよう」

 

 「マジで!ラッキー!いやあ、結局依頼もおじゃんで本格的に素寒貧だったからな。これで生きていけるぞ」

 

 諸手をあげて喜ぶ游里さん、見直したと思ったらこれである。

 まあ、そういうところがらしいと言えばらしい。

 

 ご機嫌な勢いのままに不満顔のフェリシアに游里さんは笑いかけた。

 

 「フェリシアもそうむくれるなよ。とりあえず終わったならいいだろ?黒須孝道は消えた、児童養護施設はマシになった。私の懐もちょっぴりあったかくなった。暗くなってもしょうがない、まずはそれを祝おうじゃないか」

 

 湯呑を掲げて一気に呷る游里さんにフェリシアの座りきった視線が突き刺さる。

 

 「そもそも、あなたが面倒ごとを持ち込まなければこんなことで心煩わせる必要もなかったのだけれどね」 

 

 「まあ、それはいいじゃないか。それよりも、私から聞きたいことがある」

 

 ブスリとしたフェリシアの言葉に慌てたように話を逸らす游里さん。

 その視線がこちらを捉えた、用があるのは自分らしい。

 

 「一真のことだ、何か力を隠してるだろ?黒須孝道の工房を無効化したのはどういうからくりなんだ?隠さないで教えてくれよ」

 

 目を輝かせ好奇心を隠せない子供のように笑う。

 個人的には特に隠す気もないのだがフェリシアと綾理ちゃんを見れば難しい顔をしていた。

 

 「それはあなたも同じでしょう?全てを明かしてはいない。私たちは仲間じゃない、ただ利害が一致しただけ。それとも、あなたは自分の手の内を完全に晒せるの?」

 

 それは関係の境界線を完全に引くための言葉だったろう、フェリシアの生存戦略であり見方を変えれば悪癖だとも言える。

 しかして、おそらくそれは逆効果だと今はわかる、游里さんは止まらない。

 

 「いいぞ、教えよう。私の魔法の固有式は俯視万象(魅せる世界)といってな。生物無生物を問わず対象に特有の環世界、まあ世界の認識法だな。それを付与することができる」

 

 「ちょっと、あなた何を――」

 

 戸惑うようなフェリシアの視線を無視して游里さんはぺらぺらと、おそらくはとても大事なことを躊躇いなく告げていく。

 

 「主に魔弾や銃弾に特定の性質や反応傾向を付与するために使う。生物、人間にも使えるが大抵は相手の世界観を破壊するんで、あんまり使う機会はないな。ああ、安心しろ。人、というか自我の強い対象に使う場合は相手の同意がいるからな。突然、無条件で差し込むことはできないよ」

 

 游里さんは楽しそうにしてやったりとフェリシアを見返した。

 朔さんは額に手を当てながら天を仰いでいる、やはり相当危険なことらしい。

 

 「私はもう、お前たちを仲間だと思ってるぞ。少なくとも、一真のことは完全にな。で、一真が一緒にいるお前らも一定の信頼を向けるに値すると思っている。だから、隠し事はなしだ」

 

 そう真正面から信じると言われると気恥ずかしくなる。

 そしてフェリシアはそれ以上に複雑そうな表情を隠せていなかった。

 

 「ねえ、別にいいんじゃない?言ったからってどうにかなるものでもないし」

 

 「なるわよ。あなたの弱点を完全に晒すことになる」

 

 「とは言うけどさ、勇気君の時みたいに手も足も出ずにボコボコにされることもあるわけだし。游里さんが知ろうと思えば多分、あっさり知られることだよ。なら、僕は信頼の証として自分から話したいな」

 

 フェリシアは深くため息をついた。

 

 「もう勝手にしてちょうだい」

 

 横にいる綾理ちゃんも「お主が思う通りにするがよい」とお茶を啜っている。

 

 お許しが出たので前にフェリシアから聞いた説明を一通り教えた。

 影幻界に関する干渉を弾くということ、ただし物理系の魔法やらは普通に通ること。

 

 頷きながら聞いていた游里さんは話が終わると納得したように手を打つ。

 

 「ああ、それでか。朔、よかったな。原因が知れたぞ」

 

 突然、朔さんの名前が出て全員の視線がそちらに向いた。

 

 「なるほどな、お主のその捉えどころない感じは游里の固有式のせいじゃったか」

 

 確か綾理ちゃんは直接、朔さんと戦ったと聞いた。

 その時に何か感じたものがあったらしい、疑問が解けたと笑う。

 

 「まあ、そういうことだ。詳しいことは、そうだな。仲良くなれば話してくれるぞきっと」

 

 「いいっすよ、そういうのは」

 

 隅の影から足を踏み出した朔さんはこれまでずっと閉じていた目を見開いた。

 そこには何もなかった、ただ黒い空洞が浮かんでいる。

 

 眼球を失ったのか、その惨状に目を逸らしたくなるのをこらえる。

 それは絶対にしてはいけないことだと思った。

 

 すぐに目を閉じた朔さんは何でもない様子で口を開く。

 

 「お察しの通り、俺の視界は游里さんの固有式で補ってます。だから、一真さんが見えなくて警戒してたんすよ。失礼な態度とってすいませんっす」

 

 「いや、いいんです。こっちこそ、なんかすみません」

 

 頭を下げる朔さんに慌てて手を振った。

 

 「元から視界がないとはいえ、人間の認識の限界を超えるわけでしょう?よく壊れなかったわね。普通なら、異なる世界をねじ込まれたら発狂ものよ。幻覚剤を大量に摂取してずっと前後不覚に陥り続けるようなものでしょうそれ」

 

 フェリシアの指摘に、やはり朔さんはどこまでも揺らがないまま。

 

 「本来ならそうらしいっすね。だけど、俺は生まれた時から自我というものがなかった。名前も知らない組織の中で暗殺者として育てられたんす。その環境の中で自分である必要を見出せなかったっすから。元々空っぽだったんすよ、だから異なる視界にうまく適応できたんです」

 

 思わず顔が歪む、勇気君の顔を思い出した。

 本来なら比べていいものではないだろうがなお悪い。

 

 生まれてからずっと自分であることを許されなかったという宣言。

 それをひどいことだと思うのは自分が当たり前の平和な日常を生きてきたからだろう。

 

 朔さん自身は本当に何でもないかのように、ただ静かに立っているだけだった。

 

 「お前なあ、そういうのはもっとこう、効果的なところで言うもんだ。危機を乗り越えて過去を懐かしみながら絆を深めるとかさあ。そんなあっさり暴露するなよ。だから友達できないんだぞ」

 

 「游里さんに言われたくないっすわ。あんただってまともな友達いないでしょうが」

 

 「なんだとう!いるわ友達ぐらい!なあ、一真、私たち仲間兼友達だよな。な!」

 

 どこまでも軽く、どこまでも平坦に。

 でこぼこに見えてどこか噛み合う二人。

 

 思わず笑みがこぼれてしまった、言葉で聞くほど生易しい過去ではないのだろうけれど。

 きっと、この二人はそれを乗り越えて共にいるのだということはわかるから。

 

 だから、不必要に重く考えるのはやめよう。

 

 「そうですね、友達ですよ」

 

 「ほら見たか朔!」

 

 大口開けて笑う游里さんをスルーして改めて朔さんに顔を向ける。

 

 「朔さんも、よければ仲良くしてください。その、見えない相手でもよければ」

 

 そう言って、少し迷ったがそっとその手をこちらから握りに行った。

 おそらくは見えてないのだろう、視線を手とこちらの顔の間を行ったり来たりさせながら。

 

 「ええ、よろしくお願いします。游里さんが迷惑かけたら、まずは俺に言ってくださいっす」

 

 その手を握り返してくれた。

 

 

 夜空の下をご機嫌な鼻歌を響かせて歩く游里。

 事態はひと段落、疑問は溶けて待遇も改善。

 

 半分以上は棚ぼたであるが、むしろ事態をややこしくしただけであるが。

 それはそれ、游里の辞書に自重という文字はなかった。

 

 いつも通りと言えばいつも通りな浮かれ風船の游里を綾理は静かに見つめている。

 まあ、結果的に関係性が深まった、街周辺の闇を一つ取り除けたのだ。

 

 ある意味、游里の幸運のおかげと言えなくはない。

 それで良しとしようと小気味よい足音を響かせながら後ろをついていく。

 

 「止まってください」

 

 唐突に、朔の鋭利な声が届く。

 

 物音もたてずに最後尾を歩いていたその影が気づいた時には游里の前に躍り出ている。

 虚空に投げかけられた瞳なき視線の先、一人の男がこちらもまた足音をたてることなく近づいてきた。

 

 見かけは普通の男だった、どこかくたびれたスーツ姿のサラリーマンという印象。

 だが、朔の感覚からすれば訓練された擬態の匂いを隠しきれていない。

 

 「形代様」

 

 「原成(はらなり)か。直接、顔を出してよいのか?」

 

 「知り合いっすか?」

 

 警戒を解かないままの朔の肩を綾理は背伸びしながら安心させるように叩いて前に出た。

 

 「そやつは境界監理庁の者じゃ。天網の工作員じゃよ」

 

 「うわー、まじか。面倒な名前が出てきたな」

 

 境界監理庁、能家で語られた影幻界に関するあらゆる事柄に対処するための表に出ない最高機関。

 天網は諜報を担う実行組織の一つ、フリーの魔術師である游里からすると目をつけられたくない相手の筆頭であった。

 

 原成と呼ばれた男はフラットな瞳を游里に向ける。

 

 「流合 游里さんですね。お噂はいろいろと届いてますよ。お父上にも、お世話になっております」

 

 「私の前であの男のことを軽々しく口に出すな」

 

 それは、先までの浮かれぶりが嘘のように重く沈んだ声だった。

 表情が完全に抜け落ちている、予備動作なく今にも銃に手をかけそうなほどに感情の熱がない。

 

 游里の温度差に呼応して朔の雰囲気もさらに希薄になっていく。

 気づいた時には相手の内を通り抜けて全てをさらう死神の気配。

 

 「落ち着かんか、原成も刺激するようなことを口にするでない。工作員じゃろうに不用意すぎるぞ」

 

 間を取り持つように綾理が割って入った。

 

 「それで、何用で来た?」

 

 「最後通告です、形代様。私と一緒に来ていただきたい。首都の方、形代の本邸にしばらく身を寄せてほしい。許可はとっています」

 

 「その話は終わったことじゃ、儂は離れん」

 

 間断なく返された言葉に原成は目を細めた。

 

 「それが何を意味するかはもう散々、説明したはずです。あなた方が関わっているクリスティルという魔法使いは危険すぎます。あなたはこの国の要の一つ。失われていいものではない」

 

 「儂ではなく、形代の力じゃろう。儂個人の力などたかが知れておる。人形にせよ術にせよそう量産もできん。形代の技術の粋や機構は全て首都の方にある、問題はあるまい」

 

 原成はそこで、はじめて渋い顔を見せた。

 

 「おいおい、天下の監理庁がたった一人の魔法使いに随分と及び腰だな」

 

 「……あなたは何も知らないからそう言えるのです」

 

 游里の小ばかにしたとげのある言葉に憐みを含んだ声が返る。

 

 「あの魔法使いは半年前、この国の最高戦力たる御影の構成員を二人、難なく殺害したうえで日本に潜伏したのです。その痕跡をほとんど掴ませることなく、掴んだものは例外なく死んでいく」

 

 御影という言葉に游里は顔を引き締めざるを得なかった、最高戦力という言葉に誇張はない。

 並みの魔術師や能力者であれば御影に目をつけられた時点で死と同義だ。

 

 「独自ルートで魔法使いに何とかコンタクトをとってサイレンサーを招き入れたものの、それも次々と返り討ちにあいました。今、任に当たっているフェリシア・アールグレンが失敗すればもう最終手段に出るしかないのです。完全放置か全面戦争。もし全面戦争に入れば日本の対影幻界戦力の四分の一は確実に失われるものと目されています。それで確実に仕留められる保証もない、逃げに徹されれば揚々とこの国から去っていく可能性が高い」

 

 話を聞きながら游里は情報を整理してみる。

 そも、游里は黒の御旗経由で魔法使いに雇われたのだ。

 

 フェリシアがクリスティル討伐の任を果たせるか否か、そもそも戦えるか否かを判断する役目。

 今は依頼であること以上にフェリシアや一真に入れ込んでいる自覚はあるがその根底は忘れていない。

 

 しかし、それならそれでいろいろとわからないことがある。

 

 天網はそのことを知っているのか、独自ルートとやらで接触した魔法使いは自分が接触した魔法使いとは別の勢力なのか。

 魔法使いの勢力それ自体があまりにも未知であるために何とも言えない。

 游里はただ面白うそうだと依頼を引き受けただけ。

 

 排他的、言い換えれば身内の繋がりは強いはず。

 魔法使いの勢力圏から外れた魔法使いとはいったい、どのような者なのか興味があったのだ。

 

 それがまさかクリスティルという規格外であったのは想定外過ぎたわけだが。

 

 その齟齬を確認すべきか否か、逡巡して押し留まる。

 確認して藪蛇になったら目も当てられない、知ってどうにかなることでもないだろう。

 

 だから、実務的なことを尋ねることにした。

 

 「そこまでわかっていて、なぜフェリシアに協力しない?あの魔法使いと御影の戦力があれば仕留められるかもしれないだろ?」

 

 それは至極、もっともな疑問。

 原成は疲れたようにぼんやりとした顔を向けた。

 

 「政治的な邪魔が入っているのです。どういう手段を使ったか知りませんが、何者かが監理庁のお偉方にこの街と周辺四十キロ圏内への本格的な干渉を禁じる発令を出させたと思われます。事後処理以外は認められていないのです。その情報が裏社会に流出し、おまけに何らかの組織がクリスティルに懸賞金をかけたという情報もあります。組織の恥をさらすようですが、天網はこの街周辺の事態をもうほとんど把握できていません」

 

 「それは初耳じゃな。良いのか?そこまでぶちまけて」

 

 綾理は言葉を返しながら思考を巡らせる。

 

 つまり、この街周辺に魔術師が集まる理由は監理庁の監視の目が緩んでいること。

 そしてクリスティルという魔法使いを仕留める目的の賞金稼ぎなどもいるだろう。

 

 ざっと括ればクリスティル、裏社会の者達、そしてフェリシアを中心とした自分達。

 三つの勢力が入り混じって各々の目的のため好き勝手に動き回っているということ。

 

 「ええ、あなたを説得する最後の機会ですから。形代様、どうか、この街から離れてください。あなた様の才覚は存じていますが、こればかりは手に負えるものではない。クリスティルの呪いは厄介ですが、組織的にある程度は隠蔽も可能です。あなたが最前線で戦う必要はない」

 

 「前々から思っておったが、お主は工作員にはむかんな。情にもろすぎるぞ」

 

 出口のない思考を切り、穏やかな笑みを浮かべて、それでも毅然と首を振った。

 

 「じゃが、何度言われても、何を言われても変わらぬ。儂は残る」

 

 原成は小さく首を振って一礼する。

 

 「ご無事を祈ります」

 

 「お主もな、少しは感情を抑えんと寿命を縮めるぞ」

 

 背を向けて路肩に止めてあった車に乗り込んで去っていく。

 それを見届けた游里は背筋を伸ばして立っている小さな背中に声をかけた。

 

 「なあ、やっぱ形代家って相当にすごいんだな。監理庁にも深く食い込んでるのか?」

 

 「まあの、天打家が目立つゆえあまり存在感を示さんが。影幻界の影響からこの国を守るための要ではあろう」

 

 淡々と事実を告げる綾理の表情は読めない。

 ただそういう機能であると冷たく、ともすればどこか他人事のように。

 

 明らかに話したくなさそうで、話せることでもないのだろうと游里はそれ以上、追及しなかった。

 それに、個人的に気になることは形代家の本質とは関係がない。

 

 「もう一つだけ。何でそんなにクリスティルに、いやフェリシアか?どちらにせよ、そこまでこだわる?」

 

 フリーである游里の場合、クリスティルの呪いは死活問題となる。

 実際に会ったことはない、だがフェリシアや原成の情報を是とするならとても朔と二人で何とかできる相手ではない。

 

 だから、どんな事情があれどフェリシアに最後まで付き合うしかなかった。

 綾理は違う、家の、組織の、国の庇護を受けられる立場。

 

 「そうさな……嬉しかったのかもしれん」

 

 心の内を整理するように、綾理はぽつぽつと言葉を紡ぐ。

 

 「お主らと出会う前じゃながな、儂はフェリシアと一真に命を救われたのよ。偶然ではあったろうが儂の不手際を、罪の結果を抱えてくれた。他には誰も、家の者すら気づきもしなかったというのにな」

 

 それは、これまで見せたことのない脆い部分。

 常に達観したように、どこか離れたところからものを見ていた少女の素の側面の欠片。

 

 「まあ、それは別段、どうということはない。形代の当主となった時から覚悟しておったことではあるからな。じゃが、それでも、共に在れる人間がおるというのは嬉しいものよ」

 

 本当に嬉しそうに、年相応の微笑みが覗く。

 

 「特に一真はな。あやつの傍におると、不思議と安心する。この世界の裏側にあって揺らがぬ心。それと、何じゃろうな、何か大きなものがそっと寄り添ってくれているような安心感がある。あやつの意思とは関係ないとは思うのじゃが、それでもいてくれるだけでありがたいとな」

 

 自分でも理解できていないのだろう、どこか要領を得ない分析。

 わかることは、思った以上にあの二人に、一真に入れ込んでいたということだけ。

 

 「なんでそれをストレートに私に言うかな。あの二人に言ってやれよ。んで甘えればいいだろ」

 

 「できるわけなかろうが、恥ずかしくて死んでしまうわ」

 

 それはひと時の間、すぐにいつも通りに戻って意地の悪い顔を見せた。

 

 「お主相手なら特に気を使う必要もないからの。まあそういう星の元に生まれたと思って諦めい」

 

 からからと笑いながら歩みを再開する。

 肩をすくめながら游里もその後に続く。

 

 「……俺もいるんっすけど、よかったんですかね?」

 

 いつの間にやら話に置いていかれた朔の誰に向けたでもない疑問が夜闇に吸い込まれていった。

 

 

 深夜、一台の車が爆発炎上する事件が起きた。

 犠牲者は一名、スーツ姿の男性だったという。

 

 それはテレビのニュースに紛れて何事もなかったかのように日常に溶けて消えた。

 

 

 この時期、学校はどこか浮かれと張り詰めの両極端な空気に包まれる。

 ある意味で裏側なんかとは比べ物にならないほどに混沌としていた。

 

 あと一週間で冬休み、遊び盛りの下級生と受験を控えた上級生のコントラスト。

 わずか数年の差がここまで変化をもたらすのだから人間とはやはり移ろいやすい生き物なのだろう。

 

 とは言え、生徒会長である自分はそういう渦潮のような雰囲気に呑まれるわけもいかなかった。

 二年生で生徒会長になったこともあり先輩方とは違って比較的、心に余裕がある。

 

 任期終了間近の三年の役員は少し早いけれど勉強に集中してもらうために実質引退。

 細々とした雑事などを全て引き受けたためにとにかく忙しい。

 

 一通りの作業が終わり大きく体を伸ばす、窓の外はすでに暗かった。

 鞄を持って施錠を済ませ校門に向かう。

 

 「さみぃ……お前、仕事し過ぎだろ。大変だな生徒会長ってのは」

 

 少し赤くなった手を擦りながら門によりかかるようにして翔が待っていた。

 

 「まあ、はじめてだし。この時期にこれほど忙しいとはね。ごめん、遅くなって」

 

 校内の自動販売機で買ってきたホットの缶コーヒーを投げわたす。

 器用にキャッチした翔と同時にタブを引いて並んで帰路につく。

 

 中身のないどうでもいい話を交わしながら話題は冬休みの方へ。

 時折すれ違う赤い梱包の玩具を抱えたサラリーマンや、アパートのベランダに飾られたちょっとした装飾。

 

 季節はクリスマス間近、ベッドタウンのこの辺りもいつもとは違う浮かれた光景に早変わり。

 

 「それで、少し早いけどよ。今年の二十五日もお前の家でいいよな?」

 

 「いいけど、今年も彼女はできなかったわけ?」

 

 毎年、クリスマスは翔と舞の三人で過ごしていた。

 高校生になった去年のクリスマスに舞はもういなかったが。

 

 翔は毎年のように彼女を作って熱い夜を過ごすとのたまっているが成功したためしはない。

 

 「うっせ、次こそは、次こそははちみつ色の濃厚なクリスマスを過ごしてみせる!チクショウ!今年もお前の家でやけ酒だからな!男二人、寂しいクリスマスを乗り切ろうぜ!」

 

 「はいはい、だけど酒はダメ」

 

 こんなことを言ってはいるが実際のところこっちに気を使ってくれていることは知っていた。

 そもそも翔なら簡単に男女関わらず友達を誘ってパーティーなんかを開いて騒げるのだ。

 

 両親を失って舞も離れていった、本当に寂しい生活を送っていたこっちに合わせてくれている。

 軽く相槌を打ちながら内心、感謝しておこう。

 

 「あ、でも。お前、フェリシアちゃんと同棲してるんだよな」

 

 冷たい風が間を通り抜ける。

 

 思い出したように呟かれた翔の言葉に足が止まった。

 そういえば、フェリシアが翔に暗示をかけたことをすっかり忘れていた。

 

 風切り音が聞こえてきそうなほど素早く鬼の形相をこちらに向けてくる、怖い。

 

 「一真!まさかお前、俺を差し置いてフェリシアちゃんと二人きりのクリスマスとか過ごすつもりじゃないだろうな!お前、裏切らないよな!な!なあ!」

 

 肩を掴まれて思いのほか強い力で揺さぶられる。

 気を使われていると思っていたが、割と本気で彼女ゲット宣言していたのかと認識を改めよう。

 

 「いや、ないから。普通に遊びに来ていいよ」

 

 「おお、マジでか!我が友よ、俺はお前を一生離さないからな!」

 

 肩に腕を回してご機嫌にクリスマスソングなんかを歌い出す翔。

 鬱陶しい、極めて鬱陶しい奴である。

 

 『あー!そうだよ!今年はフェリシアいるじゃない!バカはどうでもいいけどあいつがいたらせっかくの聖夜が!数少ない私と一真のアバンチュールが!』

 

 もう一人、うるさい奴がいた。

 頭を抱えながら自分ごとクルクルしている回の叫びが木霊する。

 

 何がアバンチュールか。

 毎年、調子はずれのクリスマスソングを聞かされる身にもなってほしい。

 

 フレンドとイマジナリーフレンドに挟まれながらぐったりする。

 それでも、思わず笑いがこぼれるのはやはりありがたかった。

 

 「んじゃ、またな。そのうち、フェリシアちゃんも交えて計画でも練ろうぜ」

 

 十字路で別れて一人とイチマリーで家までの道を歩く。

 

 「フェリシアはどうかなあ、学校ではお嬢様の仮面被ってるし。もしかしたら気疲れとかするかも。綾理ちゃんとか游里さん、朔さんも誘ってみようか。ねえ回、どう思う?」

 

 勢いで誘ってしまったが、フェリシアは何と言うだろうか。

 

 『私は一真と二人きりがいい!それがダメなら……大勢の方がいい!とにかくフェリシアとは距離を置かないとダメ!』

 

 顔を膨らませながら両手を振って忙しない回と他愛ないやり取りを交わす。

 こうして考えれば昨年とは本当にいろいろ短期間で変わった。

 

 「そういえば、まだ三か月しか経ってないのか」

 

 木戸との邂逅、直後にフェリシアと出会ってからその程度。

 綾理ちゃんや游里さんに至っては出会ってからまだ一か月と少しぐらい。

 

 なのに自然と思考に入り込んでくるのはそれだけ濃密な時間を過ごした証拠だろう。

 

 見慣れた一軒家が見えてくる。

 窓から漏れ出る明かりも、もう当たり前のものとなった。

 

 「ただいまー」

 

 鍵のかかっていない玄関を通ってリビングへ。

 

 「お帰りー、お邪魔してるぞ」

 

 当たり前のように椅子に座ってくつろぐ游里さんがひらひらと手を振ってくれる。

 その後ろにのっそり立ち侍っている朔さんも一礼してくれた。

 

 游里さんの向かいでは綾理ちゃんがいつもの定位置でお茶を啜っている。

 

 「あれ?珍しいですね。游里さんが夜来るなんて。何か用事でも?」

 

 制服を脱いで軽く伸ばしながら壁に掛ける。

 

 「いんや、特に用事はないよ。ただ、綾理ちゃんがさみしッ……!」

 

 何か重い音が響いて思わず顔を向ければ脇腹を抑えて悶絶している游里さんの姿。

 どこかイラついたような顔で手をはたいている珍しい綾理ちゃんの姿も。

 

 「こやつの言うことは無視してよい。お帰り一真、儂も邪魔しておるぞ」

 

 「というか、本当に邪魔なのだけれど。どうして私があなた達の食事まで用意しなくちゃならないのよ」

 

 キッチンから不機嫌そうなフェリシアの声。

 

 「ああ、ごめん。僕も手伝うから」

 

 「あなたはいいの、座ってなさい。流合、あなたが手伝いなさいよ」

 

 「いやー無理無理。私、料理は壊滅的にダメなんだ」

 

 ふにゃりと笑う游里さんに拳を握りしめるフェリシアの姿が目に入る。

 

 「はあ……すみません。俺が手伝うっす」

 

 不穏な空気を察してか朔さんが音もなくキッチンに近づいた。

 

 「ふむ。とりあえずこれ、下ごしらえしておけばいいっすか?」

 

 「え?ええ、お願いするわ」

 

 一つ頷いて手際よく頭と鱗が落とされた鮭に包丁を入れていく。

 

 ものすごく手慣れている、おまけにフェリシアが何かを言う前に軽く確認しながらさっさと次の動作に入っていく。

 フェリシアの動きと置いてある物を見て大体、何をすべきかわかるのか。

 

 まさかの料理上手、フェリシアも目を丸くしていた。

 

 「どうだ?役に立つだろ?いつも私の料理とか作ってくれてるからな!」

 

 なぜ游里さんが誇らしそうなのかわからない。

 朔さんができる大人であるほどずぼら加減が際立つのだが。

 

 とにかく、手持ち無沙汰になってとりあえず空いている游里さんの隣に腰かけた。

 

 「にしてもあいつ、お前には激甘だな」

 

 机に置いてあった最中を齧りながら一息つけば、からかうように游里さんがこちらをつついてくる。

 

 「前は取り付く島もない感じだったんですけどね」

 

 否定できない、文化祭の前と後で戸惑ったのは良い思い出である。

 

 「へえ、面白そうだな。聞かせてくれよ、何があったか。どんなだったんだ?触れれば暴発する九十四式拳銃お嬢様って感じか?」

 

 「なんですか九十四式拳銃って。そういう危ない感じじゃなくて、近づけば凍傷確実な冷徹お嬢様みたいな。これも十分、危ない……」

 

 湿った視線を感じて言葉をのみこむ。

 キッチンの方から据わった眼玉がこちらを覗いていた。

 

 「やめよう、もっと楽しい話をしようじゃないか」

 

 「そうですね。そうだ、二十五日って予定あります?」

 

 言ってみてふと、クリスティルという魔法使いのことについて思い出す。

 皆、全然そういう雰囲気を出さないからつい忘れがちになるのだが今は危険な状況。

 

 もしかしたら、遊んではしゃぐみたいな緊張を弛緩させる空気はご法度かもしれない。

 

 「ああー、クリスマス!お前、そういうので騒ぐタイプと思ってなかったが案外やるな。お姉さんと愉快なパーティを過ごしたいかそうか。もちろん、私はいつでもウェルカムだ!」

 

 そんなマイナス思考を杞憂だと吹き飛ばすように肩を叩きながら笑う游里さん。

 とは言え話が飛躍し過ぎである。

 

 「いえ、そういうのじゃなくて。毎年、友達と一緒に過ごしてるんですけど。今年はフェリシアがいますし、游里さんや綾理ちゃんもよく出入りしますから。みんなで一緒にどうかなって」

 

 「へえ、女か?いかがわしいパーティとかしてたんじゃないだろうな」

 

 「男ですよ。パーティなんて洒落たものでもないです。ただお菓子とか持ち寄って二人で話したりするだけ」

 

 大体、翔の一年の愚痴を聞かされて終わる。

 

 「男、それも二人とか。一真お前、案外寂しい青春送ってるな。もしかして、実は友達少ないのってお前だったりするのか?」

 

 言い難いであろうことを遠慮なくずけずけと突っ込まれ言葉に詰まる。

 

 友達、言われなくても少ない。

 慕ってくれる後輩や仲の良い先輩、学校で話すような相手は多い。

 

 だが、プライベートで付き合う相手といえば翔ぐらいしかいなかった。

 翔曰く、自分はどうやらマイペースで頑固で継続的には付き合いづらいらしい。

 

 過去の事件のこともわりと知られていて腫物を触るように接してくる人もいる。

 両親もおらず家のことにも追われて時間が取れないこともあり、あまり親密な関係を築く余地がない。

 

 言い訳じみた考えを並べてみるが、つまるところ絶望的に人付き合いに難がある。

 改めて言われてみると、なんかきつい。

 

 優しく、これまでにないほど柔らかく肩に手を置かれた。

 

 「安心しろ一真、今年のクリスマスは私が盛り上げてやるからな」

 

 「……游里さん!」

 

 慈愛のこもった眼差しが胸にくる。

 

 「あ、それで、綾理ちゃんもよかったらどう?」

 

 「切り替え速いなお前」

 

 まあ、割り切っていることではあるので引きずるほどでもないのだ。

 

 「うん?そうさな、ではお邪魔させてもらおうかの。それにしてもくりすますか、何か作法とかあるのか?」

 

 どこかずれた返答をいただく。

 

 游里さんが爆笑しながら綾理ちゃんをからかうのを傍目に料理を運んでくるフェリシアに顔を向けた。

 話は聞こえていたのだろう、どこか憮然とした表情をしているのは気のせいではない。

 

 「あの、フェリシアもいいかな?やっぱりまずい?学校も同じだし」

 

 お嬢様のイメージを守りたいかもしれないし。

 

 「家主の意向には従うわよ、私たちの方が異物だものね。だけど普通は最初、同居人に確認をとらないかしら?親しくなっても礼儀は忘れないものよ」

 

 どこか棘、というほどでもないけれど、拗ねたような声で刺してくる。

 とは言えそう怒ってはいないし嫌そうでもないのはよかった。

 

 「だけど、後で暗示かけて記憶を飛ばしても文句は言わないで」

 

 翔、せっかくのパーティも記憶に残らないかもしれない、合掌。

 

 「朔さんも、よければ来てくださいね」

 

 最後、両手に皿を載せて素早く並べていく朔さんに声をかけた。

 黒っぽい恰好と無駄のない動作でどこかの高級レストランの給仕みたいに見える。

 

 それが何とも似合うと思うあたり短期間で一番、印象が変わったのはこの人だろう。

 すんなりパーティに誘えるようになるなんて思ってもいなかった。

 

 「そうっすね、游里さんの止め役として参加させてもらいます。ただ、覚悟しといた方がいいっすよ。あの人、酒癖悪いですから。ただでさえ外れかけてるネジが完全に飛ぶんで」

 

 游里さんのイメージ通りで逆に安心する。

 今年のクリスマスは騒がしくなりそうだった。

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