そして、世界は別たれる   作:・黒箱

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⑧-3

 「よっしゃあ!今日は飲むぞ騒ぐぞ!無礼講だ!」

 

 「……游里さん、うるさいです。近所迷惑ですから少し静かにしてください」

 

 小さな幸せをしみじみと感じていたクリスマスイブのボランティアから一夜明けて。

 朝っぱらから游里さんのハイテンションな声が我が能家から周囲に垂れ流される。

 

 ご近所さんには静かな優等生の家だと思われていたはずなのに。

 最近、たまに白い目で見られるのはほぼこの人のせいに違いない。

 

 いつも通り日課を終えて七時半。

 リラックスするために庭で朝の空気を目一杯、吸い込んでいた時のこと。 

 

 軽トラに乗ってさっそうと現れ、荷台から酒やらなんやらを運び込み始めたのだ。

 先ほど室内からフェリシアの怒声が聞こえたがまったく堪えなかったらしい。

 

 お祭り時の子供はだれにも止められないのと同じようなものだろう。

 

 おまけに明らかに酒の量が多い。

 ビールを瓶ごとケースで三つぐらい運び入れていた。

 加えて日本酒やらワインやらまで。

 

 今日集まる人でまともに酒を飲めるのは游里さんと、あとは朔さんぐらいのはず。

 まさか一人で飲む気だろうか、どれだけうわばみなんだろうか。

 

 酒を飲んだ游里さんがどうなるか想像できないのも恐ろしい。

 普段からハイテンションなのにどう進化するのだろう。

 

 戦々恐々としているとちょうど綾理ちゃんが玄関に姿を現した。

 

 「おはよう一真、じゃまするぞ」

 

 「おはよう綾理ちゃん、游里さんはもう来てるよ。朔さんは?」

 

 「買い出しじゃ」と呟きながら家の中へ、それについてリビングへと向かう。

 食卓では疲れた顔をしたフェリシアが突っ伏したまま微動だにしない。

 游里さんは運び込んだ酒瓶を嬉しそうにケースから出して並べていた。

 

 「游里、お主また無駄遣いを。言っておくが、仕事せん限り金はもう出さんからな」

 

 なんか、金遣いの荒い夫を諫める妻みたいなことを言い出す。

 これだけで普段、どういう関係性に収まっているかわかろうというもの。

 

 「安心しろ、これは酒屋の親父と酒飲み勝負してぶんどってきたからロハだ」

 

 そしてダメな夫みたいなことを言い出す游里さん。

 というかこの人、普段は何をして生きているのだろう。

 出会った頃の喰えない魔術師みたいな印象は遥か彼方に吹き飛んだ。

 

 フェリシアもそうだが影幻界に関わる人は仮面を被らないといけない決まりでもあるのか。

 逆か、仮面を被るからそれを外せるところではタガが効かないのか。

 

 「いやでも、どうだろう。フェリシアは最初から裸族だったりでぶっ飛んでたし」

 

 「聞こえてるわよ一真。今は心にバカを受け入れる余裕がないの。あなたでも容赦しないわよ」

 

 思わず出てしまった呟きを慌てて口の中に押し戻す。

 フェリシアが復活するまでは大人しく口を閉じていよう。

 

 そこで、ふと気になって綾理ちゃんを見やる。

 

 出会ってから印象が変わらないのは綾理ちゃんと朔さんぐらい。

 朔さんはその生い立ち的におそらく表裏みたいなのはないと思う。

 

 綾理ちゃんはどうだろう、その姿からどこまでも断絶している達観した在り方。

 時折からかってきたりすることもあるが基本的にはどこまでも中立的でフラット。

 

 つまりは一番、大人びている。

 案外、そんな綾理ちゃんにも秘められた顔とかあるのだろうか。

 

 「なんじゃ?儂の顔に何かついておるか?それとも惚れたか?一応言っておくが、儂は容赦なく尻に敷く気質じゃぞ。昼も夜もな」

 

 くつくつと笑う。

 

 うん、ないな。

 こんな親父みたいな下ネタを笑いながら淀みなく吐き出す十一歳に裏表は必要ない。

 

 「いや、そういうのじゃなくて。綾理ちゃんも隠された一面とかあるのかなって」

 

 とは思うものの気になるので聞いてみる。

 

 「あるぞ」

 

 「え?あるの?」

 

 意外だ、それを隠しもせずに明かすのも意外だ。

 

 「うむ。実は時折、無性に甘いものが欲しくなることがあっての。洋菓子、けぇきとか食べたくなってな。店あるもの全部買い占めたりする」

 

 恥ずかしそうに顔を赤らめる綾理ちゃん。

 

 いや、それはむしろ自然な子供っぽさだろう。

 スケールはおかしいが普通ではあって親近感がアップした。

 

 「よっし、なら本番といこうか!」

 

 温かく友好を深めていたところに游里さんの鋭い声が飛んでくる。

 酒瓶を並べ終えてご満悦なのかご機嫌な笑顔で全員を見回す。

 

 「ツリーの飾りつけをするぞ、持ってこいやろうども!」

 

 ついに闇モミが始まる時が来てしまった。

 

 

 フェリシアは緩慢な動作で二階へと引っ込み、綾理ちゃんはまだ届かないとリビングから続くデッキに腰かけて何かを待っている。

 

 一真は自分の部屋から手作りの飾りをデッキに並べていった。

 

 折り紙で作った紙鎖、段ボールに貼り付けた雪の結晶、手つなぎ人形などなど。

 ついでに買ってきた色とりどりのモール。

 

 「……うん、まあ、予想通り平凡な飾りだな。いかにも一真らしい」

 

 游里さんは呆れたような納得したような顔で頷きながら手つなぎ人形を手に取る。

 

 「このお前とは違う男と白い女は誰だ?」

 

 「男の方は今日のパーティーにも来る友達の翔っていう奴で。そっちの白い子は、まあ、もう一人の友達です。今日はいませんけど」

 

 えへんと胸を張る回を視界の隅に収めながらそれっぽい理由で濁しておく。

 「ふーん」と興味を失ったように元の場所に戻した。

 

 「まあ、こういうのも必要ではあるな。いいと思うぞ。それで綾理、お前のはどうした?」

 

 「もうちっと待て、今運ばせておるからな。お主が先に披露すればよかろう」

 

 「私は最後だ、真打はとっとくもんだぞ。となると、次はフェリシアだな。何してるんだあいつ?」

 

 外にいてもわかるぐらいに二階のフェリシアの部屋から音が響いてくる。

 何か重い物とか大きい物を動かしてる感じの音だ。

 

 やがて階段を降りてくる重苦しい足音が聞こえてきて、ベランダの窓が一息に開けられる。

 

 「待たせたわね、私が用意したのはこれよ」

 

 木製の大きな箱を庭に降ろす、というか本当にでかい。

 深さ七十センチ、幅は一メートル以上はある。

 

 部屋の扉をぎりぎり何とか通せるぐらいだ。

 いつの間にあんなものを運び込んだのか。

 

 そんな宝箱みたいな箱からまず出てきたのは仮面だった。

 何だろう、映画の悪魔崇拝儀式とかで見たことあるような、おそらく山羊の仮面だ。

 おまけにもの凄いリアルで本物の山羊の首を飛ばしたんじゃないかとすら思えるほど。

 

 さすがの游里さんも口を半開きして何も言えないようである。

 

 「まずはユール・ゴートの仮面。吉凶を示す影幻界よりの幻想生物。仮装にも使われたりするわね。祝福し、また油断せず災いと向き合い気を引き締めましょうというシンボルね」

 

 次に取り出されたのは鉄製の輪っかみたいな、黒いお守りのような物。

 

 「これはトロールクロスっていって、まあ魔除けよ。お祝い事に邪悪な存在が寄ってこないようにするためのものね」

 

 全く同じ形の整った黒い輪っかが次々に並べられていく。

 何か文字みたいな、確かルーンとかいうフェリシアがよく使うもの。

 魔法陣とかに使っている本格的な刻印が丁寧に刻まれていた。

 

 もの凄い凝っているのはわかる、わかるのだがあまりにもあまりにである。

 

 その後に藁製のこれまた山羊のような大きめの人形が出てきた。

 それと、サンタっぽい木製の小さな人形が列をなす。

 

 「これはユールボックとユールトムテね。クリスマスといえばこれでしょう。それとこれが案外、難しかったわ。ヤドリギって日本ではなかなか見つからないのね、そこらに売ってもいないし。本当は金の鎌で刈る必要があるし、地面につけちゃいけないのだけれど。まあ妥協したわ」

 

 緑の草を束ねたような飾りがもさもさとデッキに置かれていく。

 いやそれ、クリスマスの飾りに出てくる苦労話だろうか。

 

 「後は小物よ」と、藁製の車輪っぽい飾りやら靴下に干し草が入ったものやらが次々と飛び出してきた。

 見てると焦点がおかしくなりそうな幾何学模様の多面体もいくつか、麦わら製でヒンメリと言うらしく豊穣のおまじないだとか。

 

 一通り披露し終わったフェリシアは得意顔で頷いた。

 

 「どう?これだけ用意すれば文句ないでしょう?」

 

 「ガチすぎるだろうが!」

 

 游里さんの魂のツッコミが入った、この時ばかりは同感であると言わざるを得ない。

 一瞬、闇の儀式でも始めるつもりなのだろうかとは思った。

 

 「何よ、文句あるわけ?」

 

 「大ありだ!何だその仮面、子供が見たら泣くぞ!クリスマスを何だと思ってるんだ!」

 

 「何だって、むしろこっちが正当でしょう!元々は北欧の冬至のお祭りじゃないの!それに子供はいないんだからいいでしょう!」

 

 「綾理がいるだろうが!」

 

 どんどん話の軸がブレていく言い合いを眺める。

 まあ、フェリシアがどれだけ本気で取り組み、そして楽しみにしていたかは十分わかった。

 

 「ふむ、儂は結構、好きじゃがな。西洋の祭りとはこういうものか。造詣が深まるのう」

 

 飾りを手に取り目を見開いて観察している綾理ちゃんの言う通り。

 絶対に自分からは出てこない発想だからこそ面白いものでもあるだろう。

 

 であれば、むしろ綾理ちゃんが何を用意したかに興味があったりする。

 その答え合わせもできそうだ、玄関の方から人影が音もなく庭に滑り込む。

 

 前に家で見た綾理ちゃんの自立型人形、確か千切という名前だったはず。

 前は黒のボディスーツだけの格好だったが今回はきちんと服を着ていた。

 

 しかし、こうして普通の服装で改めて日の下で見ると本当に人間にしか見えない。

 関節なんかにも違和感がないのがすごい。

 

 「ご苦労、そこに置いてくれ」

 

 綾理ちゃんの命に応じて背負っていた箱を庭に置くとそのまま去っていた。

 

 残されたあれは、たしか葛籠(つづら)とかいう名前のものだ。

 やはりと言うべきか、そっち方面にいったらしい。

 

 言い合いをしていた二人の視線も葛籠に向けられる。

 綾理ちゃんは蓋を開けると神社とかでよく見る縄と紙の飾りを取り出した。

 注連縄と紙垂だったか。

 

 「くりすますつりーとは西洋の聖なる木であると聞いてな。であるならば神なるものが降臨する依り代と解釈もできよう?御神木ならこういうのがよいと思うてな」

 

 後はよく見る飾り物がずらり。

 

 色鮮やかに繊細な刺繍の施された手毬や御利益のありそうな熊手、縁起物だと柚子を連ねたもの。

 

 「後はこれじゃ、鯛じゃぞ」

 

 最後に作り物だと四十センチぐらいの鯛の飾り物が出てくる。

 しかし、あれは本当に作り物なのだろうか。

 

 フェリシアの山羊の仮面も気持ち悪いぐらいにリアルだったがこっちは素人目にもレベルが違うとわかる。

 今すぐに跳ねだしても驚かないぐらいにまんま鯛である。

 

 おまけに造形云々以前に何を作るか迷っていたのが一昨日であったはず。

 であるならわずか一日と少しであれを作ったのか、そっちの方が驚きだ。

 

 先の人形といい、改めて綾理ちゃんの凄さを実感した。

 

 「……負けたわ、さすがね。稀代の人形師は物造りでも次元が違うか」

 

 感心したように鯛に釘付けになるフェリシア。

 

 「……いや、お前はもう、広辞苑でも引いてクリスマスの意味から調べなおしてくれ」

 

 游里さんはがっくり肩を落とした。

 

 「なんじゃ?クリスマスとはおめでたい日を愉快に騒ぐ日なのじゃろう?日本では特に決まった作法もないと聞いたぞ。一真、これでいいのじゃろう?」

 

 游里さんの充血しそうな目が高速でこちらに向けられる。

 顔を背けて口笛など吹いてみた。

 

 「というか、さっきからうるさいわよ游里。あなたは何を用意したのよ。さぞご立派なものなんでしょうね?」

 

 「当然だ、お前らと一緒にするな」

 

 游里さんは家の側面から裏手に引っ込んですぐに戻ってきた。

 

 「じゃーん!どうだこれ、すごいだろう!」

 

 「おお」と思わず声が漏れる。

 

 立派な星だった、クリスマスツリーの頂点に相応しい黄金色の輝き。

 一メートルぐらいあるだろうか、三メートルの巨大モミの木の頂点に置けばさぞ目立つだろう。

 だが、あまりにも大きすぎると思わなくもない、あれを木のてっぺんに載せられるのだろうか。

 

 「……で、他には?」

 

 「ないぞ」

 

 「あなた、あれだけ他人の努力に難癖つけといてそれだけなの!?」

 

 フェリシアの拳が唸りをあげる、結局こうなるのか。

 

 「どうしたんすか、また游里さんがなんかしたんすか?」

 

 二人が庭を転がりまわりながら肉体言語で語り合う。

 それを安全圏から温かい目で見守っていたら朔さんがやって来た。

 

 「お帰りなさい朔さん、買い出しありがとうございます。荷物、運ぶの手伝いますよ」

 

 両手いっぱいに加えて背中にも背負った荷物をいくらか受け取ってリビングに運び込む。

 

 「どうもっす。それで、あれは?」

 

 「闇モミの飾りのお披露目をしてたんですよ。ちょっと……フェリシアが張り切り過ぎたのを游里さんがからかっただけです」

 

 朔さんは諦めたようにため息をついた。

 

 「そう言えば、朔さんは何か用意したんですか?」

 

 「ええ、俺はこれを」

 

 ポケットからメダルとドッグタグをチェーンで繋いだものが五つ。

 

 フェリシア、綾理ちゃん、游里さん、朔さん、そして自分の名前が彫られている。

 メダルには有名な聖女や聖人、天使のモチーフが彫られていた。

 

 「戦場で無事を祈るためのお守りっす。一真さんのお友達の分も作ろうかと思ったんすけど、影幻界なんて知らなければそれに越したことはないっすからやめました」

 

 「……そうですね、本当にそうだと思います」

 

 その気遣いをありがたく思う、翔はこっち側に来てほしくはない。

 

 「それじゃあ、フェリシアを止めて飾りましょうか」

 

 生ものだけ冷蔵庫にしまって庭に戻る。

 

 首四の字固めに頭をウメボシで締めあげられて潰れたカエルのように悲痛な声を漏らす游里さんをなんとか救出し。

 皆で持ち寄った飾りを思い思いにモミの木に飾り付けていく。

 

 ある面には少しズレた、だけど本気のクリスマスのおどろおどろしい顔があって。

 別の面には少し早い正月の風情と空を飛んでるようにしか見えない鯛がある。

 少し高い枝にはメダルやドッグタグが光を反射してきらめいていた。

 頂点には大きすぎてバランスが悪く何とか固定された星が存在を大主張。

 

 『うわー、なにこれ変なのー。だけど、面白いからいっか!』

 

 回の呟き通り、どこまでもおかしなツリー。

 

 だけど、自分が用意した普通のクリスマスの飾りが逆に浮いているように見えて。

 浮いているからこそ確かに己がその一部であるのだと実感できた。

 

 どれもこれも我や在り方が強い、共に在れば反発するか呑み込むしかない形。

 それでも確かに、こうして一つの場所に集まることができる。

 

 それはとても素晴らしいことであると思えた。

 

 最後に、七人の手つなぎ人形をそっとモミの木に飾り付けて完成だ。

 

 

 ツリーの飾りつけを終えた時、時刻は十二時を少し過ぎていた。

 

 ご馳走を楽しみに昼は栄養バーを手早く胃に収めてクリスマスパーティーの準備に入る。

 とは言うものの、できることもすることもそんなにない。

 

 料理はフェリシアと朔さんが手際よくこなしてくれている。

 手伝おうにも逆に邪魔になる、手出し無用とフェリシアに台所から追い出された。

 

 綾理ちゃんは残ったモールなんかを使って軽く室内を飾り付けている。

 游里さんはすでにビール瓶を開けてラッパ飲みしながら意味もなく高笑い。

 

 とりあえず、綾理ちゃんを手伝ってリビングを飾り付けることにした。

 大げさにするものでもないのですぐに終わってしまったが。

 

 他の皆が休めるように急須にお茶を淹れると本格的にやることがない。

 翔が来るまでまだ三時間近くある。

 

 しょうがないので冬休みの宿題をこれを機にこなしてしまう。

 その後は綾理ちゃんの人形談義に耳を傾けたり游里さんの相手をして時間を潰した。

 

 時刻は午後四時、玄関のチャイムが鳴る。

 

 「なあ、一真。お前、庭見たか?記憶が飛んだり催眠かけられたりとかしてないか?あれヤバいだろ、何かおかしな宗教でも始めたのか?」

 

 玄関に迎えに出れば開口一番それである。

 気持ちはわからないでもないから何も言えない。

 

 「いやほんと、通りがかりの人が全員、思わず二度見してたぞ。変な噂たつのは覚悟しとけよ」

 

 それもよくわかる、もし自分が他人事としてあのツリーを見れば二度見する確信があるから。

 

 ああ、何事もない平穏なご近所付き合いがどんどん難しくなる。

 元々そんなに親しくしている人もいないのだが。

 そもそもベッドタウンのここでは自分の活動時間中にあまり人に出会うこともなかった。

 

 考えていると空しくなる気がする。

 

 「まあいいや、ほらこれ菓子。なるべく甘いやつ買ってきてやったぞ」

 

 スーパーの袋をこちらに手渡しながら勝手知ったる我が家のように上がっていく翔。

 「ありがとう」と中を覗いてみるとユーカリ大好きな例のあの動物のチョコ菓子があって顔が思わず緩んだ。

 他には何があるかと袋を漁っていたら前を歩いていた翔にぶつかってしまう。

 

 「いたっ、ちょっと、そんなところで立ち止まってないで中に入りなよ」

 

 我が家のリビングにつながるドアは二人並んで通れるほど大きくはないのだ。

 翔は何も答えないまま呆然と立ち尽くしている。

 

 いい加減邪魔だなと思って押しのけようと手を伸ばす。

 それは空を切った、勢いよく首に手が回されて廊下に引き戻される。

 

 「ちょっ、おいお前、なんか人多くないか?俺とフェリシアちゃんとお前だけじゃなかったのかよ。誰だあれ?特にあのフェロモンだだ洩れの艶めかしいお姉さんは!」

 

 「艶めかしい?」

 

 リビングの方に目をやるとソファにだらしなく背を預けてジョッキでビールを呷る酔っぱらいしかいないのだが。

 まあ他に候補もいないけれど。

 

 「あれは游里さん。最近知り合った、まあ、友達だようん」

 

 とりあえずそういうことにしておこう。

 

 「友達?お前に、あんな雲の上の美人さんが!さすが大人の余裕か!じゃあ、あっちの子供は?」

 

 「あっちは綾理ちゃん、同じく最近知り合ったんだ。ご両親がいないから、誘ってみたんだよ」

 

 どこかテンションがおかしくなった翔に気圧されながらそれっぽい理由をでっちあげておく。

 完全に嘘というわけでもないし。

 

 「お~い~、お前ら、なあにそんなところでこそこそ話してるんだぁ?さっさとこっちに来てお酌しろよ~。お姉さん、一人で寂しいぞ~」

 

 酔っぱらいがこちらをロックオンした。

 勘弁してほしい、ここ数時間で面倒くささは天元突破しているというのに。

 

 仕方がないから翔を生贄にしてしまおう。

 なぜか興奮して固まっている翔を引っ張って游里さんの元へ。

 

 「游里さん、紹介します。翔です、学校の友達」

 

 「おお?お前が翔か!よし座れ、私に尽くす権利をやろう!」

 

 バンバンとソファを叩きながらジョッキを差し出す游里さん。

 これがグラスじゃないあたり本当にただの面倒な酔っぱらい。

 

 相変わらず硬直したままの翔をさりげなくソファに追いやる。

 蛇のように素早くしなやかに獲物を絡み取るのはさすがの腕前であった。

 

 「ほーら、何ガチガチに緊張してんだ~?リラックスしろよ~。今日はクリスマス、めでたい日だぞ~」

 

 「は、はひ」

 

 翔はどこか震える手でビール瓶からジョッキに注ぐ、少しこぼれて游里さんの胸元を伝った。

 にやりと舌なめずり、震える獲物を嬲るような視線が翔に注がれる。

 

 「おいおい、そんな遠回りに頑張らなくてもいいんだぞ?ほら、これで拭いてくれよ」

 

 座卓からティッシュ箱を取って翔に押し付ける游里さん、明らかに楽しんでいる。

 彼女だ何だと騒いでいても所詮は経験も少ない男子高校生。

 遊び人の游里さんの前にはただの借りてきた猫に過ぎないのか。

 

 「いや、そういうのはちょっと!俺――惚れてる子がいますから!」

 

 裏返った声で思わぬ爆弾発言が飛び出した、まさか好きな人がいたのか。

 彼女、できなかったんじゃなくて狙っている誰かがいたとは。

 しかしそれをそこでこぼすのはあまりにも迂闊だ。

 

 游里さんの目が猛禽類よろしく光り輝いた気がした。

 

 「ほう?そうかそうか、お姉さんを前にしてよく言ったぞ少年!しかしなあ、そういう相手の方が燃える質なんだ私は!」

 

 翔の悲痛なような嬉しいような複雑な叫び。

 合掌を一つ捧げて食卓の方へ退避した。

 

 「……一真、お主も意外とわるじゃな。友達に面倒を押し付けるとはの」

 

 「まあ、翔ならいいかなって」

 

 遠慮も必要ない数少ない友達の一人なのだ、きっと許してくれるだろう。

 それに楽しんでいるように見えなくもないし。

 

 「あんまりお友達を無下に扱わない方が良いですよ?見てる方は不安になってしまいますもの。ですから、そろそろお皿の用意、手伝ってくださいな」

 

 フェリシアは大きなローストチキンの載った大皿を卓に置きながらふんわり微笑む。

 翔が来たことで完全にお嬢様モードに入ったらしい。

 それを見た游里さんがビールを吹き出し腹を抱えて笑い始めた。

 

 後でまたじっくりお話されるだろうに懲りない人である。

 こっちに火の粉が降りかからないようにきちんと手伝おう。

 

 普段は使わず棚の奥に眠っているちょっと高価で大きめの皿を取り出していく。

 軽く洗いながらフェリシアと朔さんに手渡しながら盛り付けられる料理に舌を巻く。

 

 チキンと一緒に焼かれたポテトやニンジン、玉ねぎなどの付け合わせが香ばしい。

 マルゲリータやソーセージなどが乗った定番のピザが三枚。

 山盛りのサラダにシチューのパイ包みなんて洒落たものもある。

 

 「あと、これを。クラウドベリーのジャムです。私の故郷では馴染みのものなんですよ、パンにでもつけてぜひ食べてみてくださいね」

 

 どこか琥珀色に光っているような瓶と、パンが山盛りにされた籠を渡される。

 

 「そのジャム、すごいレアっすよ。日本じゃそう簡単に手に入りませんし、作るのも一苦労っすから。俺も、食べるのが楽しみっす」

 

 はじめて朔さんの笑みらしきものが見られた、本当に微かなのだが。

 いつも無表情の朔さんすらをも感動させるジャムなのか。

 

 「ほめ過ぎですわ、日本に渡る際にたまたま持って来ていただけですもの。でも、一真さんにはぜひ、これを機に故郷の味を楽しんでもらいたいとは思っていますよ?」

 

 「へえ、そうなんだ。ありがとう、よく味わって食べるからね」

 

 ほんのり顔を赤らめて嬉しそうに頷くフェリシア、お嬢さまモードだと素直さもアップする。

 翔が見たら卒倒ものだと思ったが好きな人がいることが判明したわけで。

 実際はそこまでにはならないのかもしれない、今思えばこれまでもただのノリっぽかった気がする。

 

 ソファの方を見てみると精魂尽き果ててソファにもたれ掛かる翔の姿。

 游里さんはどこかつやつやした顔で今度はワインなんぞを嗜んでいた。

 さすがにそろそろ救出してあげないといけない。

 

 「游里さん、料理が完成しましたよ。そろそろ、パーティーをはじめましょう」

 

 実際のところ何をするとか決まってないのだが、游里さんならノリで盛り上げてくれるだろう。

 

 「おお、やっとか!なら乾杯しよう。全員、テキトーに飲み物を持て」

 

 グラスにワインを注ぎなおしながら急かすように瓶を振り回す。

 用意していたコップを配りながら自分のにはちょっと高級なリンゴジュースを注いだ。

 

 各々、好きに飲み物を手に取る、翔にはフェリシアがお茶を差し出していた。

 

 「よしよし、なら一真、乾杯の音頭を取るんだ」

 

 「え?僕がですか?游里さんがやりたいでしょう?」

 

 お祭りごと好きみたいだし。

 

 「ばっか、私がお前を差し置いてそんなことするわけないだろう。今日はお前が主役なんだからな」

 

 やけにかっこいいウィンクをきめる游里さん。

 きっと寂しいパーティーを盛り上げてくれる約束を覚えていたのだ。

 

 少しだけ見直した。

 

 「じゃあ、えっと。皆、今日はありがとう。これを機に、知らない人とも仲良くしましょう。じゃあ、乾杯!」

 

 「乾杯!」と声が返ってくる。

 

 なんだろう、いつも生徒会長として生徒や保護者の前で話すことも多い。

 なのに、たった五人の前で話す今の方がよっぽど何かが重い気がした。

 

 『よかったねえ一真。今年は賑やかで』

 

 回の呟きに心の中でそうだねと返しておく。

 

 ぐるりとリビングを見回せば、翔が游里さんから逃げるように離れて綾理ちゃんとフェリシアのところにいた。

 

 「えっと、はじめまして。俺、山下 翔。一真の友達なんだ、よろしくな」

 

 「うむ、形代 綾理じゃ。一真には世話になっておる。よしなにな」

 

 「お、おう?よしなに?」

 

 目をしばたたかせながら綺麗にお辞儀する綾理ちゃんにつられて頭を下げる翔。

 やっぱり、あの容姿と話し方のギャップは初対面だと混乱するらしい。

 こうして外から見ると本当に慣れてしまったなと思う。

 

 影幻界、本来なら自分が関わるような世界でもなかったのに今では自然にそこにあるのだ。

 そんなことをしみじみと考えながらピザを頬張っていると游里さんが勢いよく立ち上がる。

 

 「ようし!なら最初のイベントだ。野球拳するぞ野球拳!翔、相手をしろ!」

 

 突然アホみたいなことを言い出した、さっきの感動を返してほしい。

 

 「え?いや俺は、そういうのはちょっと。惚れてる人がいるって……」

 

 「翔ぅ!!」

 

 「はひぃ!」

 

 もの凄い剣幕の游里さんに気圧されて涙目になる翔。

 

 「いいか、お前には惚れた相手がいる、それはわかってる。だがな、それとこれとは別の話だ。性欲真っ盛りの若い男が据え膳チャンスを無にするつもりか?」

 

 「え?いや……そんなことは……」

 

 戸惑う翔に鋭い視線を投げながら胸を強調するように両腕を締めて科を作る。

 無駄に色気があるから質が悪い。

 

 「男ならなあ、絶対に引けない時ってもんがあるだろう?今がその時だ!その手でリビドーを解放しろ!つかみ取れ己の煩悩を!そんなことすらできずに意中の相手を射止められるか!?」

 

 「くっ、ううっ……でも!」

 

 「バカ野郎、まだ振り切れないのか!目の前にあるデカいメロンと瑞々しい蜜桃を前にして尻尾捲いて逃げるんだな!お前、惚れた女を前にした時も逃げる羽目になるぞ!」

 

 翔が勢いよく顔を上げる、その目には覚悟の火が灯っていた。

 

 「……游里さん、俺、間違ってました!その通りです、俺やります!男になります!」

 

 まったく意味不明な勢いだけの説得にころっと靡いた。

 だいぶ游里さんに毒されてしまったらしい。

 

 軽快な歌と動作でじゃんけんし始める。

 翔の雄たけびと同時に游里さんの靴下が宙を舞った。

 

 「まったく、盛り上げるというより盛り上がるじゃな。あの酔っぱらいめ」

 

 綾理ちゃんが冷ややかな目でテンションが壊れた游里さんから視線を外した。

 まったく同感だった、もう馬鹿二人は放っておいて料理に集中することにしよう。

 

 チキンは柔らかく噛みやすい、パイ包みもホワイトとデミグラスのシチューがあって二度楽しめる。

 フェリシアが三日ぐらい前から鍋とにらめっこしていたのはこれを作っていたのか。

 パーティーという場も相まってとてもおいしい、幸せである。

 

 「一真、俺にもくれ」

 

 「あれ、野球拳は?もう終わったわけ?」

 

 どんよりした翔の声に思わず振り返る、まだ三分ぐらいしか経ってないのだが。

 そこにはパンツ一丁にされた情けない男の末路があった。

 震える体を両腕で抱きしめながら鼻水を垂らしている。

 

 「やべえよあの人、じゃんけん強すぎだって。全く歯が立たなかった。つうかさみい、お前いい加減にクーラーとか、せめてストーブぐらい買えよな」

 

 ソファを見れば今度はどこからか持ってきたお猪口で日本酒をちびちび舐める游里さんの姿。

 

 服装は全く乱れていない。

 それどころか翔のズボンを頭にかぶりそれ以外の服を尻に敷いている。

 

 戦利品は靴下だけで見事にストレート負けを喫したらしい。

 

 「あーあー、とりあえず毛布でも持ってくるから」

 

 「いえ、大丈夫っすよ。ちょっと待っててください」

 

 ふらりと現れた朔さんが游里さんに一直線に向かって行く。

 ズボンを頭から外し、手元のお猪口を手際よく奪い取って座卓の上に置いた。

 そのまま敷かれていた服を游里さんを転がしながら残りの服も回収して戻ってくる。

 

 「どうぞ、もうあの酔っぱらいの近くによっちゃダメっすよ」

 

 「ありがとうございます。えっと……」

 

 「朔と呼んでください。翔さんでいいっすか?よろしくっす」

 

 朔さんはそれだけ告げると游里さんの方へ戻っていった。

 手慣れた様子で游里さんの我儘を受け流しながら適当に相手している。

 

 「すげえ、大人の男の余裕って感じだな」

 

 大急ぎで服を着なおしながら感心したように目を丸くする翔。

 

 「山下さん、そろそろこちらに来て一緒に食べませんか?ゆっくりしましょう」

 

 フェリシアが食卓の方から手招きしてくる。

 ジャムの瓶を開けてパンに塗りながらこちらに視線を流した。

 いい加減にこれを味わえという無言の合図だろう。

 

 翔と共に席についてパンを受け取り齧ってみる。

 

 「うん、甘酸っぱくておいしいな、それでいてどこかまろやかでもあるし」

 

 橙色なのにしっかりベリーの味がするギャップがいい。

 これは甘党としては太鼓判を押したい味だ。

 

 思わず頬がほころぶ。

 

 「そんなに喜んでもらえると頑張って作った甲斐がありますね」

 

 「え?これ手作りなの?」

 

 「ええ、火を使わずにひたすら混ぜて作るんです。ロールフェスタというのですけれど」

 

 それはすごい、ますますありがたく味わわせてもらおう。

 ひたすらジャムパンを詰め込んでいく。

 他の料理はまあ、余れば明日の昼とかに食べればいいだろう。

 

 「……何だよ、本当に幸せそうじゃねえか。こんなに仲良くなってたんだな」

 

 翔がピザを齧りながらぼそりと何か呟いたがよく聞き取れなかった。

 

 「ん?何か言った?」

 

 「いいや、俺も食うぞってな!」

 

 勢いよく料理を書き込む翔、つられてこちらの手も早まる。

 

 「まあまあ、そんなに急いで食べたらのどに詰まりますよ?飲み物、置いておきますね」

 

 フェリシアがミルクティーを淹れてくれる。

 市販のペットボトルのものだがジャムともの凄く良く合った。

 

 「さて、そろそろ余興でもどうかの。せっかくのぱーてぃーじゃ、くりすますとはあまり関係ないが人形の舞でもみせようぞ」

 

 ちまちまとサラダを口に運んでいた綾理ちゃんが立ち上がる。

 飾りを入れていた葛籠から組み立て式の小さな舞台を組み上げて着物姿の糸操り人形を取り出す。

 

 典型的な日本人形だがやはり造形が細かい、本物の小人みたいだ。

 動かすための手板を手にもってどこか高雅に一礼する、人形も合わせてちょこんと頭を下げた。

 

 着物の裾を翻しながら左手で手板を動かし右手で指を弾く綾理ちゃん。

 その度に人形が日本舞踊のようなゆっくりで、それ故にごまかしの効かない踊りを披露する。

 

 人形繰りも舞踊にも縁がないがきっともの凄くレベルの高いものなのだろう。

 声を発することもできずに見入ってしまった。

 

 「なんだあ?面白いことやってるな。私も踊るぞ!」

 

 そんな静謐な空気を平気でぶち壊せるのが游里さんだ。

 勢いよくソファから起き上がると空きスペースで体を激しく動かし始める。

 

 あれは、ヒップホップ系のダンスだろうか。

 室内だから動きを抑えているがこっちもこっちでやけにうまい。

 いやまあ、イメージ通りといえばそうなのだが。

 

 綾理ちゃんは近くで騒がしく動かれても集中が全く乱れないまま人形を操っている。

 しばらく、奇妙な踊りの共演が続いた。

 

 まったく噛み合わない、正反対の動きなのだが妙にリズムが整ってくる気がする。

 どちらかが合わせているのか、あるいは自然に合ってくるのかわからないが。

 

 最後に、人形が静かに動きを止め游里さんがポーズを取り同時に終わった。

 

 精一杯、手を叩いて感動を示す。本当にいいものを見られた。

 多分、お金が取れるレベルのパフォーマンスだったろう。

 

 フェリシアも朔さんも翔も、素直に拍手を送っていた。

 しかし解せない、こういう時に調子に乗るのが游里さんだと思うがやけに大人しい。

 

 「……うっぷ、やばい、気持ち悪い」

 

 顔を青くして口を手で抑えながら、勢いよくトイレの方へ駆け出していく。

 

 「まあ、そうなるよねえ」

 

 これはこれでいかにも游里さんらしい。

 戻ってきた時のためにタオルと水を用意しておいて待っていてあげよう。

 

 

 それから、パーティは騒がしく続いた。

 

 戻ってきた游里は懲りずにまた酒をがぶ飲みしながら変なイベントを考案しながら騒ぎだす。

 フェリシアは穏やかに微笑みながら甲斐甲斐しく世話やフォローに動き回る。

 綾理は静かに座りながら一歩引いて、穏やかに全体を眺め。

 朔さんは料理の追加やおつまみを作ったり主に游里さんの相手に忙殺されていた。

 

 一真は間違いなくその中心にあったように翔は思う。

 個性的な者達の中で一人、全くブレずに皆と交流していた。

 

 それは、これまでにない光景だった。

 両親が死に、舞が離れていき、孤独に人生を歩んでいた親友。

 

 それが今、こんなにも温かな世界に身を浸していることが何とも言えない思いを翔から引き出す。

 

 「一真、俺そろそろ帰るわ」

 

 「あれ?もう帰るの?いつもは深夜近くまで騒ぐのに」

 

 時刻はまだ九時を少し過ぎた頃、早いとも遅いとも言えない微妙な時間。

 去年の一真と二人だけのクリスマスの時はもっと無駄話に花を咲かせたもの。

 

 だけど、今のこの空間に自分は場違いだと、翔はそんな考えを振り払えなかった。

 

 「まあそうだけどよ。それは互いに寂しいクリスマスを送ってたからだろ」

 

 おちゃらけたトーンでそんなことを口にする。

 

 「だけど、今のお前にはこんなに周りに人がいるじゃねえか。バレちまったからもう隠さないけどよ、俺もようやく自分の恋路に進めるってもんだ」

 

 それっぽい理由をひねり出す。

 

 「実はよ、今日もその子とお近づきになれそうなイベントがあるんだ。少し遅くなったけど、そっちに顔を出してみようと思ってな」

 

 嘘だ、そんなものはない。

 だけど何も悟れないように、いつも通りの山下 翔を演じる。

 

 「そっか、そんなイベントがあったのか。言ってくれればよかったのに、付き合わせちゃってごめん。頑張ってね」

 

 一真はいつも通り、困ったように微笑んで激励してくれる。

 

 「おー、帰るのか?お前なら大丈夫だ、野球拳スピリットを忘れるなよ~」

 

 游里さんのへべれけな声が楽しいパーティの思い出を掘り起こしてくれる。

 

 「これ、コートです。今日はありがとう、楽しい時間を過ごせました。また休み明けに学校で会いましょう」

 

 フェリシアが上着を手渡して小さく手を振ってくれる。

 

 「気を付けて行くのじゃぞ、翔。機会があればまた会おうぞ」

 

 綾理のやけに古風な声が見送ってくれる。

 

 「これ、よければ持って行ってください。ある程度、保存は効きますけどなるべく早く食べてくださいっす」

 

 朔が紙製の容器におつまみを用意するついでに作っていた料理を詰めて手渡してくれる。

 

 「それじゃあ、何もなければ次は学校かな。あ、正月はどうする?一緒に初詣とか行こうか?」

 

 「いや、今年はいいだろ。また学校で会おうぜ。じゃあな、今日はありがとよ」

 

 玄関まで見送りに来てくれた一真に手を振って扉を閉めた翔は能家を振り返る。

 

 窓から未だ漏れる明かりは異様な、それでもどこか統一感のあるクリスマスツリー。

 それしかないと思わされるような佇まいのモミの木を照らしていた。

 

 家の中からは游里の笑い声が外まで少し響いてくる、騒ぎは終わらないのだろう。

 

 「なんか、すげえ楽しかったな」

 

 無茶苦茶だったけどいい人ばかりだったと翔は思う。

 皆、それぞれがそれぞれのやり方で一真の傍にあった。

 

 (本当に強い人たちばっかなんだろうなあ)

 

 そんな人が一真の傍にいてくれることが友達として間違いなく嬉しい。

 嬉しいはずなのに、何かが軋む。

 

 こうして一人になると襲い来るそれをもう何度、経験しただろうか。

 

 歩き出した翔はすぐに立ち止まる、窓際に面した路地の電柱の影に見知った顔を見つけた。

 その横顔はどこまでも悲痛で、物欲しそうで、飢えた子供のように頼りない。

 

 「よお、舞。何してんだよ、こんなところでこそこそと」

 

 近づいて遠慮なく声をかける。

 振り返った舞は苦虫を嚙み潰したような顔を隠しもしない。

 

 「……あんたこそ、何やってんの?」

 

 「今さっきまで一真と、一真の知り合いとクリスマスパーティーだよ。お前もこんなところで突っ立ってないで来ればよかっただろ」

 

 舞は笑った、嘲るような見下すような、どこまでも卑屈な笑みだった。

 昔は決して見せなかったその顔が翔にはどこまでも痛い。

 

 「どうして?私、誘われすらしてないんだけど」

 

 「そりゃあ、お前がこっぴどく拒絶したからだろうが。もう関わるな、一真と一緒にはいれないってよ」

 

 これは相当オブラートに包んだ表現。

 実際にはもっと心を抉るような言葉のオンパレードと凄まじい罵声だった。

 

 「それでも、お前が行けば一真は迎え入れてくれるだろうよ。まだ……お前のこと好きだぜ、あいつは」

 

 フェリシアや游里のような規格外の異性が傍にいてもなお。

 一真は舞への思いを抱き続けていることを翔は嫌というほど知っていた。

 

 「……うるさい、ならあいつから誘ってくれればいいじゃない」

 

 「それは自分勝手すぎるだろうが、最初に線を引いたのはお前だろ。その線を取り払えるのはお前だけで……」

 

 「うるさい!!」

 

 甲高い金切り声が響く、翔は聞こえてないかと能家を見た。

 幸い気づいた様子はない、舞も口を噤みただ翔を睨みつけるだけになる。

 

 その顔が唐突に醜く、笑みのような形に歪んだ。

 

 「あんたこそ、いつまで友達ごっこしてるつもりなの?」

 

 「ごっこなんてしてねえ。一真は友達だ、親友だよ」

 

 「――嘘つき、わかってるくせに」

 

 くるりと踵を返すと舞は一瞥することもなく早足で夜の街に消えた。

 翔はその背をただ、見送ることしかできない。

 

 「ああくそ。本当に、なんでこうなっちまったかな」

 

 頭を掻きむしりながらもう一度だけ能家を振り返る。

 

 「一真、頼むからもうあいつを解放してやってくれよ」

 

 それが無理なことは理解している、どれだけ惨めで情けない願いであるかも。

 

 一真は何も悪くないのだ。

 ただ、勝手に舞が壊れていっただけで。

 

 それでも願わずにはおれない、聖夜であるのならどうか叶えてほしい。

 一真が振り返りもせずに、あの人たちと前に進んでいってくれることを。

 

 あるいは――過去に戻りたい。

 

 まだ三人で楽しく笑っていたあの頃に、何も知らないただの子供に。

 

 自嘲しながら翔は舞とは反対方向に歩き出す。

 それがもう、決して交わらない三人を象徴しているようで。

 

 翔はただ、俯き歯を食いしばることしかできなかった。

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