そして、世界は別たれる   作:・黒箱

27 / 27
⑨-3

 一月七日、桜台高は始業式を迎える。

 

 とはいえ一真の生活習慣は特に変わりなく。

 いつも通り一連のルーチンワークをこなして久方ぶりの制服に袖を通した。

 

 だが、一歩家を出ると変わったことは確かにあったりするのだ。

 

 「おはようございます、一真様、フェリシア様。今日からよろしくお願いいたします」

 

 平坦な声で綺麗な最敬礼を見せる女性の形、もはや見慣れたと言ってもよいであろう千切さん。

 頭をあげて指先を体の表面で美しく組んだまま、身じろぎも瞬きもせずにこちらを見つめてくる。

 

 「あ、はい。こちらこそ、どうぞよろしくお願いしますです、千切さん」

 

 つられてこちらも深くお辞儀を返した。

 

 綾理ちゃんと遊びに行った日以来、大きな進展はなく。

 いくつか噂話を共有した程度で冬休みは終わる。

 

 そして宣言通り、綾理ちゃんが護衛にと直接つけてくれた戦闘もできる人形が千切さんだった。

 他にも街に紛れる形で常に何体かは近くにいるらしい。

 

 しかしもう何度目の驚きだろうか、ついにこうして会話し始めるといよいよ人形とは思えない。

 フェリシアも上から下までまじまじと眺めていた。

 

 「あなた、自分が人形だという自覚はあるの?」

 

 三人並んで通学路を歩く最中、フェリシアが興味津々とばかりにドストレートな質問を投げる。

 

 「はい、私は綾理様に意匠、設計、構築、造形された汎用戦闘型万能人形です。人間社会に紛れ、家事全般からスムーズな人間関係の構築も可能。いざという時の肉盾や対象の破壊を主な機能としてご使用いただけます。ただいまの最優先事項は一真様の護衛です」

 

 淡々と言葉を返す千切さん。

 悪いとは思いつつ、朔さんのことをどこか人形みたいだと思うこともあったがやはり本物は全然違った。

 

 滑らかで流暢でどこまでも人間らしい。

 だけど、肉盾とか明らかに不自然な語彙までも滑らかに吐き出すから人間らしさが逆に違和感。

 

 「なら、あなたは自分が人形であることに何か感じたりしないの?」

 

 「感じるという機能が私には未搭載です。アヤリのような暴走を危惧しているのであればその心配はございません。あれは綾理様の人形造形の極点、文字通り人間の肉体そのものを造り出す神業です。人が故の揺らぎあればこその暴走、私にそこまでのスペックはございませんので。ただし、外から干渉を受ければ別ですが、強制的な干渉が認められた際には即座に自壊するよう仕掛けられておりますのでその点もご心配には及びません」

 

 「……それって、死ぬってことじゃないの?」

 

 思わずそんな言葉が口をつく、千切さんはただ首をこちらに向けるだけ。

 

 「死とは、人形が壊れた際にも使用する言葉なのですか?」

 

 言葉に詰まる、そんなこと深く考えたこともその機会もなかった。

 

 「いや、うーん。でもさ、千切さんにも記憶?とかあるんでしょ?それが失われるってことはつまり死ぬって言ってもいいんじゃないかなあ」

 

 「なるほど、それも心配には足りません。アヤリを除き、綾理様が手ずから生み出された人形は全て、摂取した全情報をバックアップする機能がございます。形代の屋敷で定期的に情報の保全を行い、器が全壊してもその情報を移し替えることで即座に以前と同じように活動可能です。なので、ご遠慮なく使い潰していただいて構いません」

 

 これは話が通じないなと即座に理解した。

 

 とは言え付喪神という伝承もあることだし、これからもしかしたら長い付き合いになるかもしれない。

 

 であるならば、とりあえず人として接しよう。

 何であれ護衛してくれるわけだし、精神衛生上もそっちの方がいい。

 

 「へえ、神業ねえ。つまり人間一人作るのと同じってことでしょう?それ、あまりに理不尽過ぎない?制約とかないの?」

 

 フェリシアの方は完全に人形として接することにしたらしい、完全に探求者モードに入っている。

 

 「ございます。現在の綾理様の精神構造では五年に一度が限度でありますから、綾理様の自我の構造変化を加味しないのであれば次に可能になるのは最低でも四年先になります。ちなみに私は形代家の一般的な技術を綾理様が昇華させた独自技術で製造された低スペック個体です。資材と時間さえあれば量産可能なモデルに過ぎません」

 

 自分で低スペックとか言っちゃうのも人形らしいのだろうか。

 それに、これで低スペックなのか、もはや異次元の領域である。

 

 「どうやって情報を保持しているのか聞いてもいいのかしら?」

 

 「構いません。結論から言えば生体演算核(せいたいえんざんかく)と呼ばれる綾理様の設計、製造された疑似的な脳によって情報を留めております。人型であれば頭部に搭載され、疑似感覚を通じてあらゆる情報を取り込みます。人のように取捨選択することはできません、また容量も人ほどにはありませんので定期的に洗浄する必要もございますが、概ね人と同じ挙動が可能であるのはこの演算核のおかげと言えるでしょう」

 

 もはや何を言っているかわからない、フェリシアは納得したように何度か頷いている。

 

 「というか、そんなことあっさり明かしちゃっていいの?」

 

 聞いてしまってから尋ねるのもあれだが、結構もの凄い情報なのではないだろうか。

 

 「はい一真様、フェリシア様、朔様に対しては私が持ちうる限りのあらゆる情報の開示が許可されています。綾理様の信頼の証とお考え下さい。街の探索時、何かしら影幻界の情報が必要であれば検索、開示、また考察まである程度は行えますので活用していただければと」

 

 「……游里さんは?」

 

 「游里様に対しては影幻界に関する情報を除き、要相談と厳命されております」

 

 游里さん、まだ信用されてないのだろうか。

 結構、仲良くなったように見えていたのだが。

 

 「別個体に対し、綾理様のおもしろ恥ずかしい過去の検索を命じたことで不興を買ったことが原因と思われます」

 

 游里さん、本当にバカバカしいなあの人は。

 学習しないのだろうか、いや学習してなおぶっちぎるのが游里さんだ。

 

 話しているうちに人通りが多くなる主要道路の合流地点が見えてくる。

 登校する生徒たちの声も大きくなってきた。

 

 「では、私はここで一度、失礼いたします。学校でのご用事が終わりましたらこちらから接触いたしますので。良い一日をお過ごしください」

 

 再び一礼する千切さんにお礼を言ってフェリシアと共に学校への道を歩く。

 状況は確かに変化の兆しを見せているが、それはそれとしていつも通りの日常を歩むことに変わりはなく。

 

 久々に会ったクラスメートや生徒会役員、声をかけてくれる皆に挨拶を返すことに専念した。

 

 

 「……はぁ」

 

 もう何度目かの小さなため息がタクシーの後部座席の酸素を薄くしている気がすると綾理は感じていた。

 物憂げに窓枠に肘をかけてひたすら無為に窓の外を眺める。

 

 遅刻しそうになって走る腕白そうな男子生徒なんかが時折目の前を流れていくのを無感動に流す。

 もしその姿を形代家当主としての綾理を知っている者が見れば違和感のあまり二度見を免れないだろう。

 

 それはあまりにも人間臭く、当たり前のように感情的で、真っ当に矮小な少女に近い姿。

 

 誰も見ていないからこそ見せるほんのひと時の気の緩み。

 捉えているのはドライバーの人形ぐらいなもの。

 

 「游里の奴め、人形相手に儂の過去を尋ねるとは。軽い気持ちじゃろうが盲点だったわ」

 

 人形を人に見立てるほどセンチメンタルな機微を今の綾理は持ち合わせていない。

 綾理にとって人形とは一部を除けばどこまでも物に過ぎない。

 

 アヤリの暴走の件もあってその念はより強くなった。

 人を完全に模ればそれは己の思惑を飛び越えてどこかしこに行ってしまう。

 人形に留めればそれはどこまでも物に過ぎない。

 

 作り手であるが故の、到達者であるが故の無機質な現実への寂滅(じゃくめつ)

 

 だから、まさか、人形に昔話を酒の肴代わりに要求するなんて行動を読めるわけもなく。

 予防するという考えがその時までありもしなかった。

 

 馬鹿馬鹿しい話ではあったが綾理から見れば青天の霹靂。

 

 綾理の魔力の形質を起動符として活動する人形達はその魔力の信号を軸として情報網を構築している。

 これはたとえ一真たちであっても明かせない人形のウィークポイント、人形一体から全ての情報を引き抜かれかねないからだ。

 

 その網を利用して慌てて全人形に游里に対する己の過去の情報開示を禁じた。

 一真やフェリシア、朔であれば無遠慮に踏み込まないだろうと信用できる。

 

 いや一真に関しては未知数、多分大丈夫程度の認識。

 それでも、己の過去を積極的に知りたいと思ってもらえるならやぶさかでもないと綾理は思う。

 

 「しかしまあ、本当に共にいて飽きん者達よな」

 

 フェリシアの閉じた完璧さも、游里の破天荒でそれでいてどこか冷徹なその在り方も。

 朔のどこまでも自分がないくせに一つだけしっかり握りしめている何かも。

 

 おそらく、あの三人もいずれは模れるようになるだろう。

 いずれその底を知る時が来るだろう。

 

 だが、それはきっとまだまだ先のことだ。

 彼女たちは立ち止まらない気がする。

 

 だからあるいは一生、追いつけないかもしれない。

 そう思わせてくれるほど皆、柔らかくそれでいてブレない輪郭を持っている。

 

 そして、何よりも。

 

 「一真、お主が一番なのじゃ」

 

 どこまでも普通で、真っ当で、ともすれば危ういほどに真っすぐで。

 なのに、何があってもそれが揺らがない。

 

 わかりやすいように見えるのにまったくその在り方が捉えられない。

 それは綾理にとって初めての感覚だった。

 

 隠さず全てをさらけ出すのなら、それは恋だったのかもしれない。

 はじめて出会った永遠の他者、決していなくならない人。

 

 いや、あれこそが真の人であるのかもしれないと。

 

 だから、それ以外のほとんどのモノが見る価値も模る価値もない俗物に見えてしまうのも仕方ない。

 

 タクシーは小学校の前に止まり、綾理は小さな巾着だけを持って校門を通り抜けた。

 今日は始業式だが出席するつもりはなく、そのまま保健室へ直行しようとして。

 

 「うわ、また来てんじゃねーかよ」

 

 その道中、背中から雑音が届く。

 

 綾理は面倒そうに振り返った、その瞳に光はなく焦点がズレている。

 そこまでしても見紛うことなくその形を捉えてしまう眼の良さが今は呪わしい。

 

 一応、クラスメートということになっている男子生徒、名前は知らない。

 

 「まーたそんな変な格好で、車で登校かよ。ずりー奴だな」

 

 口元が蠢いて何かを吐き出し続ける、それが鼓膜にまとわりつくのが気色悪い。

 綾理は顔を正面に戻すとそのまま歩き去ろうとした。

 

 その直後、背後からの衝撃でその場に膝と腕をついてしまう。

 着物の上前部分が砂利にこすれて傷になったのがはっきりわかった。

 

 「へんっ!そんな変な靴履いてるからとろいんじゃねーの?」

 

 立ち上がり走り去るその背を見送る。

 

 「ああ、本当に、あれは何なのじゃろう?」

 

 まったく理解できない形だと綾理は思った。

 

 

 始業式も終わり、午前中までだった学校に人の気配はほとんどない。

 一真は少し長引いた新年最初の生徒会の会議を終えて教室までの廊下を歩いていた。

 

 三学期はいろいろと忙しい、生徒会長選挙が実施され卒業式の準備もある。

 

 来年も生徒会長に立候補すべきかは少し迷っていた。

 あるいはもし今の街の異状が長引きそうならそちらに集中する方がいいかもしれないと。

 

 フェリシアはさっさと帰った、街中を巡るつもりなのだろう。

 他の三人も各々、何かしら動いてるのは間違いなのだ。

 皆だけに負担を押し付けるのは心苦しい、本当に早く解決してくれればいいのだが。

 

 いや、そうじゃないのだろう。

 自分も解決するように動かなければならないのだ、油断すると受動的になってしまう。

 

 ここまで来てもまだ慣れない自分は本当に荒事に向いてないのだなと。

 できればわかりたくないことも最近は自覚せざるを得ない。

 

 上の空気味に歩いていると教室前の翔の姿が見えた、気だるそうに背中を預けている。

 いつも律義に待ってくれなくてもいいのにとは思うがありがたいのも確かだった。

 

 「よーすっ、お疲れさん」

 

 こちらに気づいた翔が緩慢に片手を挙げる。

 同じように振り返し、教室から鞄を取って並んで帰路についた。

 

 「新学期、めんどいよなあ」などと滔々と流れ出る愚痴を聞き流す。

 

 「そういえば翔。最近、街の変な噂とかない?」

 

 こういう話題はまず翔に聞くのが一番だ、何か違和感とか掴んでるかもしれない。

 

 「あー、いや。最近はそういうの集められてないんだよな。ちょっとやりたいことがあってよ。ほら、例のあれ」

 

 気まずそうに頬を掻く翔。

 

 例のあれとは、好きな人へのアプローチかなんかだろうか。

 確かに恋してるなら他のことが気にならないのもわかる。

 

 自分も一時期はそういう時があった、もう破れたものだけれど。

 

 「そっか。まあ、新しい年も始まったし、いろいろ挑戦する時期だね」

 

 「おう、全くその通りだな。というか、お前が噂話を気にするなんて、それも結構めずらしいぞ」

 

 笑いながら適当にはぐらかしておく。

 やはり、地道に街を巡るしかないのだろうか。

 

 いつもの分かれ道で違う道を行く。

 一人になったとたん、どこからともなく千切さんが現れた。

 

 「お疲れ様です一真様。本日はどうなされますか?このまま帰られますか?」

 

 「そうですね、いったん帰って昼ごはん食べてからまた出かけましょうか」

 

 時間を無駄にするわけにもいくまい、特に優先する用事もないし街を歩くことにしよう。

 

 「承知しました。では、昼食の準備はお任せください」

 

 「……ほんとに料理とかできるんですか?」

 

 「ええ、私のデータベースには和洋中からゲテモノまで、あらゆるレシピが収納されております。お任せください」

 

 無表情に気合の籠った気がする声を響かせる。

 それが逆にそこはかとなく不安をあおるのだが、まあ自分で作るよりはましだろうか。

 

 新しい知り合い?と並んで家までの道を歩いた。

 

 千切さんの料理は意外とおいしかった。

 

 

 ――今日は変にプライドの高い男を模ってやった。自分は特別だと思っていた者が歪んだ顔で散っていく様はなかなか愉快であった

 ――今日は幸せに浸っておった女を模って遊んだぞ。本気で何も信じられないまま、笑いながら首をへし折られてあっさり死んでいったわ

 ――今日は変わり種じゃ、新婚の夫婦を模ってやった。夫が妻を捨てて逃げていく姿は滑稽極まったぞ、結局最後は己が可愛いんじゃのう。もちろん、夫の方も同じ末路じゃ

 

 床に就いたまま、指先一つ動かせぬ暗闇の中。

 己と同じ顔をした人形がどこか生き生きと、定期的に人を呪った結果を持ち帰ってくる。

 

 同じ姿を持ち、同じ記憶を信じ、同じ精神構造を走らせ、同じく世界に倦んで然るべきはずのアヤリ。

 

 なぜ、そこまで楽しそうに人を貶められる?

 なぜ、そこまで愉快そうに無様を笑える?

 なぜ、そこまで必死に他者を呪える?

 

 人が無価値であることなんぞ、確かめることもなく明らかであろうに。

 

 アヤリ、最後までわからなかった我が写し見よ。

 

 お前は何を見ていたのだ?

 お前は何を感じていたのだ?

 お前は何を求めていたのだ?

 

 お前は――なぜ――。

 

 

 目を開くと、変わり映えしない真っ白な天井。

 

 綾理は体を起こして小さく伸びをする、窓から見える太陽は中天に至ろうとしていた。

 もうとっくに始業式は終わったようで校庭からはしゃぐ生徒たちの声がここまで届く。

 

 ベッドから降りてカーテンを開いた。

 保健室の角、綾理の定位置となってそれなりに長い場所。

 

 全体を一望できて、静かで、そこそこ好きだった。

 今では教師も近づかない、ただ静やかに時間を潰すだけの場所。

 

 正直、これでは学校に来ている意味が何もない、それはよくわかっている。

 なぜ未だに通っているのかは自分でもよくわかっていない。

 

 きっかけは、少しばかりの自由を得たからだった。

 屋敷に籠りひたすら勉学と技術の習得に明け暮れた日々。

 

 その全てを余すところなく血肉に変えて、それを見届けて満足したのか祖父が穏やかな顔で他界する。

 葬式と襲名式がほぼ同時に行われることとなり、はじめて首都の方から形代の実務に携わる者達が顔を見せた。

 

 形代家の当主は象徴に近いものだと知ったのもこの時。

 本来のお役目の機能は全て首都にあり、当主に変わり実務を執り行う者達がいる。

 

 当主の代わりに全責任と権限を引き受ける筆頭代行。

 祖父の弟を名乗り陶酔したような笑顔で平伏したその大叔父は深く見るまでもなくあらゆる欲望と邪念に濡れていた。

 

 政治を取り仕切る渉外頭を名乗った男は固く心を閉じ切って、機械的にするべきことをこなすだけ。

 屋敷に滞在していた短い間で何かを視ることはできなかった。

 見事だと思った、形代を支えているのはこの者だと直観的に理解できた。

 

 父と母は契約に従い、屋敷の門を超えることは許されず顔を見ることはなかった。

 

 自分の意志とは関係なく式は勝手に進んでいく。

 一言も発さず、ただ目立つ場所に家宝の一つである五衣唐衣裳(いつつぎぬからぎぬも)を纏って座っているだけ。

 

 それが役目だった、元より十歳になろうとする程度の小娘なんぞに何かを期待もしてなかったのだろう。

 ただ技術を修め、象徴として形代の屋敷に、この街に閉じこもっていることを望まれたのだと理解する。

 

 全ての式が終わり、参列者は帰路につき、滞りなく後始末まで流れ作業のように済んだ後。

 大叔父は薄っぺらい慇懃な態度でこれからのことを話した。

 

 ――綾理様はこの街でただ、その健在を示し続けていただければよいのです

 ――あなた様がおるというだけで、形代一門はその全てを捧げましょう

 ――何一つ、お手を煩わせることはございません。全てはあなた様の御心を満たすために

  

 必要であれば使用人も手配する、ただこの街で形代の名を守ること。

 そして時が来れば次代を産み育て、あるいは家系から養子を取って全てを継承させる。

 

 それが、当主である形代 綾理の全て。

 

 綾理は使用人や付き人の申し出を全て断り、人形だけを傍に置いて孤独に生きることを選んだ。

 

 そして、この街だけとはいえ自由を手に入れた。

 成長するまで腕を錆びさせないことを除けば特にすることもなかった。

 

 だから、綾理は今更ながら小学校に通ってみようと思ったのだ。

 せめて普通の生活をしてみたいと思った、この街の一員としてただの少女として生きていく。

 

 そんなこと、できるわけもなかったのに。

 

 当たり前のように車で運ばれ、高価な着物に身を包み、何かを希って校門を超えて足を踏み出す。

 

 そこは、異次元の世界。

 

 見たこともない恰好で、聞いたこともない言葉を使い、何一つわからない何かに没頭する者達。

 同じ年頃の者達が集まっているはずなのに、まったく馴染むことのない己を突きつけられるだけ。

 

 教室に案内され、祖父が可愛いと笑ってくれた口調で自己紹介した。

 

 それはこの世界では聞き難いものであったようだった。

 ひそひそと教室中に流れる声、そのどれもが異物に対する防衛反応で。

 

 溶け込むことができないまま、それでも必死に在ろうとした。

 勉強は簡単だった、運動もそこそこできる。

 

 良い成績を取ればもしかしたら認められるのかと励んで、それは余計に他者を遠ざけた。

 見慣れない形は最終的に排されるのが世の常というものらしい。

 

 ――なんだよあいつ、いっつも変なことばっかしてさ。調子乗ってんじゃねーの

 ――ちょっとできるからって何なの?皆のことバカにしてるとか?

 ――のじゃ〜だって。ぎゃはは、ババアかよ

 

 悪意が、無邪気だからこそ容赦のない意思が心身を抉ろうと迫ってくる。

 気づけば綾理は保健室の片隅に追いやられ、一日をどぶに捨てるような毎日を送ることになった。

 

 一年が過ぎて、小学五年生になってもそれは変わらず。

 屋敷にいる時はただひたすら、質素な生活と人形造形の繰り返し。

 

 たまに新しい設計や機構を考えてはそれを形にしてみることもあるけれど。

 特に面白いわけでもない、当たり前に思い浮かび滑らかに実装される。

 

 それは何の慰めにもなってはくれない。

 

 進まない、自由を得ても停滞したまま全てが鬱屈し、溶けていく。

 腐っていく、腐肉と腐臭が鎧の中を満たしていく。

 

 もう、何もかもがどうでもよくなった気がして、祖父の唯一の言いつけを破った。

 決して安易に行ってはならぬと言われた形代の秘奥。

 

 人そのものを模った、己と全く同じ形を生み出したのだ。

 

 なのに、そのアヤリも己を置いてさっさとどこかへ行ってしまった。

 自らの意志で何かを求めて世界に触れることを選んだ。 

 

 綾理は呪われ、床の中でこのまま終わるのも良いかと全てを手放そうとした時。

 

 現れたのだ、光が。

 

 アヤリを討ち、呪いを払ってくれた強き輝きを湛えた魔法使い。

 そして、なんの気負いもなくただ手を差し伸べてくれた青年。

 

 二人に出会ってから世界は一変した、学校の後、夜になって一真の家を訪れる日々。

 何も言わず、時おり苦笑しながらもただ傍にいてくれた。

 

 最初は警戒され、ともすれば戦いに発展しそうだったフェリシアとも軽口を叩ける仲になって。 

 游里や朔が屋敷に押しかけてきて俄かに騒がしくなった日常は確かに色づいていた。

 

 今の日々が一番、楽しい。

 もはやこんな場所に来る意味などやはり欠片も見出せない。

 

 ――どんなところにだって行けるさ

 

 「そうじゃったな、約束じゃった」

 

 「……約束?」

 

 声をかけられて、意識が現実に引き戻される。

 

 眼鏡をかけた大人しそうな女生徒、クラスメートの一人だった。

 名前はやはり知らない。

 

 「何用じゃ?」

 

 「あ……えっと、これ。三学期の時間割とか、行事表。先生が持って行けって」

 

 綾理の顔に冷たい笑顔が貼りついた。

 

 自分の正義を無遠慮に押し付ける独りよがりな男。

 進級直後に保健室にやってきて意味の分からない説教を垂れ流してきた担任のことだ。

 

 あまりにも耳障りだったから、一つ一つ丁寧にその言葉を否定し、穴を穿ち、支えをへし折った。

 先生としての威厳も、大人としてのプライドも何もかもを無価値であると突き付けた。

 

 怯えたように尻尾を巻いて逃げ去った担任はもう二度と顔を見せることもなく。

 こうして大人しい生徒に綾理との関りを押し付けている。

 

 「お主も毎度、下らん用事を言いつけられて災難じゃな」

 

 差し出されたプリントを受け取ると傍に在ったゴミ箱に丸めて投げ捨てる。

 女子生徒から視線を外して巾着を手に取るとさっさと帰るために傍を横切った。

 

 それもいつものことで、女子生徒は怯えたような、諦めたような顔で肩をこわばらせる。

 

 ただ、一つ違うことがあるとすれば。

 

 「……あ、それ。もしかして……モコロコ?」

 

 これまでにない反応に綾理は思わず立ち止まる。

 

 女生徒の視線は巾着の持ち手、一真と共にゲーセンで遊んだ時に取ったストラップ。

 どこか気の抜けた顔が一真に似ているような気がして何個かクレーンゲームで取ったもの。

 

 白い羊のような人形に吸い寄せられるように向けられていた。

 

 「……これは、モコロコというのか?」

 

 「うん、弾けて動物ランドってテレビ番組のマスコットキャラクターなんだ。意外だなあ、形代さん、そういうのつけるんだね」

 

 女生徒は控えめに、だけど確かに笑みを見せた。

 それもまた、これまでに見たことない反応で綾理はどうしていいかわからない。

 

 女生徒はその番組とやらが好きなようで一生懸命に魅力を語り始める。

 その演説を綾理は歩きながら、曖昧に頷きながら聞いていた。

 

 下駄箱で上履きを履き替え校庭に出て、その最中にもおしゃべりを続ける女生徒から視線を切る。

 校門への行く手で男子生徒三人が何やら話しているのが見えたからだ。

 

 「いやいや、そんなに大きいわけないって。それじゃあ怪物じゃなくて怪獣だろ。二階の窓から覗き込むぐらいだって聞いたぞ」

 

 「それでも十分にデカいだろ。それよりなんか意味の分からない色してるって。絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせたみたいな。不気味で怖いぞ~」

 

 「手下の方がヤバいって聞いたぞ。なんか、蛇みたいなのが絡みついてくるって。一回、捕まるともう終わりだって」

 

 意味の分からない話題で盛り上がっている。

 どうやら最強の怪物決定戦とやらで議論を交わしているらしい。

 

 近づいていくとその一人がこちらに気づいた。

 朝、背中を押してきたクラスメートだ。

 

 綾理と隣の女子生徒を見比べて酷薄そうな笑みを浮かべる。

 

 「何だよ真壁、ババアと一緒に仲良く下校か?」

 

 女生徒は真壁という苗字らしかった。

 真壁は小さくなってギュッと手を握りしめている。

 

 綾理はため息をつくとさっさと先へと歩を進めた。

 どうでもいい態度を取るのが一番いい、その方が真壁のためにもなるだろう。

 

 かばってくれるなんて、自分のために勇気を出してくれるなんて。

 そんなことは期待できるわけもない、する必要もない。

 

 無言で立ち去る綾理に男子生徒が何かを言い募ろうとしたものの。

 視線の先、校門の傍に立つ長身の男を見て臆した。

 

 綾理を迎えに来たタクシー運転手に扮した人形。

 開かれた後部座席から乗り込むと扉が閉じられた。

 

 窓から校庭を眺めれば、罪悪感でも持っているのだろうか。

 真壁が暗い顔を俯かせたまま固まっている。

 

 「……なぜ、そんな顔をする。儂は……ただの嫌な奴じゃろうに」

 

 手元の巾着に視線を落とす。

 モコロコと呼ばれた人形が間の抜けた顔とつぶらな瞳でこちらを見ている気がした。

 

 「……屋敷に、まだあったな。今度、持って来てやろうかの」

 

 発信するタクシーの揺れに身を預けながらそんなことを呟いた。

 

 

 繁華街から常磐駅を挟んで反対側は様相が一変する。

 特に夜闇が支配する時間帯においては目的無く流離う者達を引き寄せる誘蛾灯へと様変わり。

 

 かつて、フェリシアが魔法使い、小野と対峙した夜の街。

 常磐の淀みをほぼ一手に引き受ける心の澱の掃き溜め。

 

 霧野 舞は歓楽街の路地裏に数人の男女と共に輪となってしゃがみ込んでいた。

 友達というわけでもない、知り合いですらない、ついさっき会った人達ばかり。

 

 それでも、まるで旧知の仲であるかのように自然と集まれる。

 たった一つ、共通しているものがあるからだ。

 

 欠けているということ、ただその一点だけで共にいる。

 歪な形でも、集まればその穴を埋められるかもしれないとあり得ない期待を抱きながら。

 

 舞は上着のポケットからタバコを取り出すと手慣れたように火をつけた。

 可能な限り煙を吸い込んで星空を汚すように吐きかける。

 

 頭がくらくらする、ぼんやりして現実感が失せていく。

 

 定まらない視界で前を見れば自分なんかよりよっぽど彼方に飛んでいる女がいた。

 どこで手に入れたのか、この場所であればどこででも手に入るものか。

 

 奇声を上げて壊れたロボットみたいに踊り狂っている。

 かと思えば動力が切れたみたいにその場に倒れ伏して小刻みに体を震わせたりと忙しない。

 

 強いアンモニア臭がタバコで馬鹿になった嗅覚をも貫通してきてひどく不愉快だった。

 これでは感覚を薄めた意味がない、いっそのこと自分もあの女のように完全にどこかに飛んでしまおうか。

 

 そう考えて舞は笑う、そんな勇気があればこんなところで蹲ってなどいないだろうに。

 

 「……綺麗な音」

 

 自分で作った水溜りでのたくっていた女が唐突に立ち上がった。

 頼りない足取りで路地裏から出ていこうとする。

 

 「ああ……音だ、音がする」

 

 「本当に綺麗な笛の音」

 

 「違うこれはラッパの音だ神様の使いの音だよ」

 

 他にいた者達も次々と、わけのわからないことを呟きながら路地裏から去って行った。

 

 「……何なの?」

 

 全員、変な薬でもやっていたのだろうか。

 それにしても、揃いも揃って聴覚が馬鹿になるなんて、珍しいこともあるものだ。

 

 一人になった路地裏で、舞は二本目のタバコに火をつけようとして。

 

 「見つけたぞバカヤロウ」

 

 よくわからない声が聞こえて横から伸びてきた手に箱ごとひったくられる。

 ぼやけた視界でほんの少し期待を込めて見上げてみれば見慣れた顔がグニャグニャしていた。

 

 「……翔か」

 

 どうでもよくなって膝に顔を埋める。

 それすら許してくれない、十人並みの腕が脇に差し入れられて無理やり立たされた。

 

 抵抗する力も気力もなくてそのまま引きずられるようにして歩かされる。

 

 「何すんのよ……誘拐?大声出すわよ……」

 

 「勝手にしろ、むしろ警察でも来てくれた方がましだよチクショウ」

 

 警察との言葉に二の句が継げなくなる、こういうところも中途半端。

 

 どこまでも煮え切らない、あっちこっちをふらふらと、醜いアヒルは羽ばたけない。

 

 だから、見向きもされないのだきっと。

 

 常磐駅のホームまで引きずられて、ようやく手が振りほどかれる。

 倒れるようにベンチに体を預けた、一つ空けて翔も身を投げ出すように体を落とす。

 

 どちらも何も話すことはなく、ただその空白が埋まればいいと漫然と思った。

 

 

 魔法使いは誰もかれも同じことを考えるものだろうか。

 

 人が集まるのに寄り付かないという矛盾。

 確かにそこに在りながら、なぜか視界から弾かれる盲点。

 身を潜めるには天然の空白を利用するのが一番手っ取り早いと同じように考える。

 

 それは魔法使いでなくとも同じこと。

 廃棄された場所というものはそのレッテル故に忌避されるものだと知っているのだろう。

 

 ただでさえ、社会から打ち捨てられた、あるいはそうだと信じ込んでいる者達。

 捨てられたものが捨てられた場所を見てしまえば、己の惨めさが浮き彫りになるに決まっている。

 

 だからいい。

 

 上質な恐怖、ねじ曲がった性根、思い込んで浮き沈みする不安定。

 その全てが噛み合う、共に鳴る、いじり甲斐があってとてもよろしい。

 

 込み入った路地の先に在る最悪の立地にひっそり隠れた雑居ビルの屋上。

 白い影が楽しそうにスキップしながら口笛を響かせる。

 

 「おいでやおいで、カーニバルはそらこちら。誰もが主役のお祭り騒ぎ。お邪魔な物も厄介者も、この日ばかりはスポットライト」

 

 白い杖をクルクルと回しながら側転バク転大回転。

 

 「あれにもそれにも見向きもされない透明人間。いたっていない不干渉」

 

 屋上の手すりに飛び乗った少女は白いとんがり帽子を手で抑えながら眼下の列を楽しそうに眺めた。

 

 「でも安心して、確かに見てくれる者もいる。必要としてくれる人もいるんだよ」

 

 アリの行列のようにビルに吸い込まれていく人の群れを心底、愛おしいと思っている。

 

 「僕がそうさ、君たちが本当に大事なんだ。……だって、最後の声が無様で汚くてとても笑えるからね」

 

 フラフラと朽ち果てたロビーから階段を上がっていく男女の群れ。

 二階、三階、四階、五階、屋上前の六階。

 

 パチリと、男女の群れにほんの少し、知性の光が戻る。

 

 「あれ?私、なんでこんなところに?」

 

 路地裏でトリップしていたはずの女は周囲を見回した。

 殺風景で何もない、月の光もほとんど届かないどこかの一室の中心。

 

 取り戻した知性は瞬く間に混乱と不安で磨り潰されて消え去った。

 他の者達も同様に、大なり小なり騒ぎ出す。

 

 女は即座に窓に駆け寄った、下を見れば地上は遥か遠くに感じられる。

 高い、どこかのビルだということはかろうじて理解できた。

 

 なら、階段があるはずだともう一度、周囲を見回してみてもどこにもない。

 

 「なんで?おかしい、おかしい!」

 

 パニックから抜け出せないまま移動しようとして、しかして足がすくんで止まってしまう。

 

 その場所からは三つの部屋に繋がっていた。

 その全てが、一筋の光も差さない黒に塗りつぶされている。

 

 その境を見て、女の本能が無理やりにその足を止めさせたのだ。

 震える手で何とかスカートのヒップポケットから携帯を取り出す。

 

 トリップしていた時に割れたのか画面にヒビが入っているものの電源はついた。

 淡い光が燈る、それを掲げて周囲に向けた。

 

 右、正面、そして左。

 

 左の暗闇がほんの少しだけ明るく照らされて、室内が微かに視界に飛び込んできた。

 

 部屋いっぱいにぎゅうぎゅうと、何かが詰まって蠢いている。

 それが呼吸をしているのだと気づいた時、赤い双眸がすでにこちらを見つめていて。

 

 「ヒッ――――」

 

 悲鳴は、最後まで絞り出されることはなかった。

 

 黒い枠から伸びてきた銀の紐――有刺鉄線のようなもの――が一瞬で女の体を頭からつま先まで絡めとる。

 そのまま、トマトを潰したような軽い音と共に人の輪郭が失われた。

 

 引き戻っていく紐、黒い部屋の中から響く耳を塞ぎたくなるような破砕音。

 飴玉を噛み砕く様な聞きなれた音が部屋中を満たしていく。

 

 凍り付いていた時が動き出す、阿鼻叫喚の渦が即座に出来上がった。

 誰もが逃げ場を探して他者を押しのけ、踏みつぶし、他の部屋に殺到する。

 

 左の部屋から紐が際限なく伸びていく、一人一人捉えては闇の中へ引きずり込んでいく。

 耐えきれなくなって窓から飛び降りた男も五階の窓から伸びる紐に捕らえられてビルに喰らわれた。

 

 数分も経たぬうちに静寂に包まれる。

 

 階下から響いていた悲鳴と絶叫と泣き(鳴き)声を堪能し終えて魔法使いの少女は満腹そうに舌なめずり。

 

 「よしよし、なかなか育ったね。だけど、これ以上はここだと無理かなあ。ああ、それにしても、面白いのはいいけど面倒なのが困りものだよ。なんでこんな遠回りするかなあ」

 

 手すりから降りてその場に座り込んだ少女は少し前のことを思い出す。

 

 廃教会に呼び出され師匠の下を訪れた時のこと。

 珍しく浮かれ切っていた師匠は楽しそうに少女に告げたのだ。

 

 ――あのね、楽しいゲームを始めたのよ

 

 どうもあのサイレンサーの魔法使い、フェリシア・アールグレンと何かしら約束を交わしたようだった。

 詳しくは教えられなかったが、とりあえずフェリシアとその仲間たちと好きに遊んで来いと。

 

 ――遊びとは言うけど、これはあなたの卒業試験のようなものと考えてちょうだい

 ――あの三人を利用してもいい、あなたが直接行ってもいい、策略を巡らせてもいいわ

 ――とにかく、フェリシア達を殺してきなさい。ああ、別に玩具にして壊してもいいからね

 

 少女は飛び上がって喜んだ。

 

 ようやくお許しが出たのだ、あのサイレンサーを壊す。

 そして証明する、自分の方が師匠に相応しいことを。

 

 「でもなあ、どうせなら拠点の場所とかも教えてくれればよかったのに。なんかこの街、認識系の魔法が通りづらいんだよ。なんでだろ?」

 

 あの夜、遠目からフェリシアを観測できたのを最後に巧妙に痕跡を隠蔽され続けている。

 それでいて、相手はわりと的確にこの街に潜む魔術師なんかを狩っていくから始末が悪い。

 

 元々、真っ当に戦うなんて言葉は少女の辞書にはなく。

 かと言って正確な場所がわからなければ迂闊に動けないのも確か。

 

 フェリシアに劣るとは微塵も思っていないが侮っているわけでもない。

 そんな自分はやっぱりさすがだと自画自賛したくなるほどだ。

 

 だから、できれば拠点とか、弱みとか知りたかったりする。

 一応、師匠にねだってみたものの、けんもほろろに袖にされた。

 

 それじゃあ面白くない、最初からやりなさいと言われては引き下がるしかない。

 

 「それに、利用するって言ってもさあ。あの女は論外、こっちも巻き込まれかねない爆弾。あのイカレ神父は何しでかすかわからないし。となるとこいつしかあり得ないんだよねえ」

 

 少女はビルに被せていた特殊な遮光結界を解いて、屋上に開いた亀裂から階下を見下ろす。

 こちらをじっと見つめる赤い光と即座に目が合った。

 

 「……てぎ、ぜんぶごろず」

 

 耳障りな嗄声(させい)に顔をしかめながらも、扱いやすい規格外の戦力としてこれ以上のものはないとほくそ笑む。

 

 「はいはい、わかってるよ。師匠(クリスティル)のために、邪魔者を始末しに行こうねえ」

 

 ぴょんと立ち上がった少女はこれからの算段を立てる。

 

 「さて、じゃあ次の段階に進もうか。やっぱりさあ、狙うなら子供だよ子供。想像力豊かで、心が柔くて、どこまでも連鎖肥大化する感情の海。撒いた噂もいい感じに育ったろうし、刈り取りといきますか」

 

 自分のことを棚に上げて、ビルの屋上から軽快に飛び降りると空に溶けるように姿を消した。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

学園でエセ勇者と揶揄されるオレ、うすほそ貧弱ボディ過ぎて喋らなかったら周りが勘違いを重ねて過保護になっていくんだけど(作者:IXAハーメルン)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

魔王が滅びて数百年、世界はめまぐるしい発展を遂げた。▼かつて対魔族の戦闘員を養成する魔術学院は、今や貴族などの箔付のために使われる場所と化している。▼そんな王立魔術学院にて勇者の血を引くオレ、セラフィリア・スタンレイは――絶賛いじめられていた!▼貧弱すぎる体、ガガンボ以下の体力、パスタのほうがまだ太い筋肉、勇者の血を引いているとは思えないほどあまりに雑魚すぎ…


総合評価:7047/評価:8.47/連載:60話/更新日時:2026年08月13日(木) 02:48 小説情報

わたし、壊れてるらしいです(作者:まいまいつむり)(オリジナルファンタジー/日常)

戦争で2年間、前線で剣を振っていた少女が、敵だった国の学校に通うことになりました。▼本人は元気です。よく笑います。友達もできました。▼ただ、大きな音がすると体が勝手に動くし、夜は静かすぎて眠れないし、好きな食べ物を聞かれても答えられません。▼あと、入学許可証の裏に「心的外傷の兆候あり」って書いてありました。▼よくわかりませんが、たぶん大したことないと思います…


総合評価:9075/評価:8.52/連載:54話/更新日時:2026年08月15日(土) 12:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>