三度目の侍 作:最強系妄想おじさん
霧が晴れていく。
スリラーバークを覆っていた重たい空気が、朝の光に押し出されるように薄れていった。戦いの痕が残る広場に、ゆっくりと人が起き上がっていく。
ルフィが最初に体を起こす。ぐるりと腕を回し、肩を鳴らす。
「あれ?」
自分の体を見下ろす。
「なんか体めっちゃ軽い!」
ジャンプする。くるりと回る。
「すげェ動く!」
理由は考えない。考える前に、口が動く。
「宴だ!!」
ナミがため息をつく。
「……やっぱりね」
フランキーが笑う。
「スーパー同意だ!」
チョッパーが跳ねる。
「宴だぁ!!」
サンジが煙を吐く。
「……メシ作るか」
ロビンが微笑む。
「いいわね」
ゾロは何も言わない。ただ酒を口に運ぶ。いつも通りの顔で。
火が起きる。酒樽が運ばれ、料理が並び、声が広がる。ローラの海賊団がどっと流れ込む。
「助かったぞー!!」
「生きてるー!!」
「飲め飲めー!!」
酒が回り、肩を叩き合い、豪快に笑う。影を取り戻した海賊たちが泣きながら酒をあおる。
「太陽だ……!」
「やっと外に出られる……!」
焚き火がいくつも灯り、歌声が重なり、怒鳴り声と笑い声が入り混じる。
完全な“海賊の宴”だった。
ブルックが、少し離れた場所でバイオリンを構える。弓が弦に触れ、音が流れる。軽やかな曲に野太い歓声が上がる。
「もっと弾けー!」
「骨の兄ちゃん最高だー!」
ブルックは笑う。
「ヨホホ!お任せください!」
音が弾ける。宴の中心が、そこに生まれる。
リューマは輪の外に座っていた。
背を向けてはいない。だが、混ざりもしない。
酒の匂い。肉の匂い。火の熱。海賊たちの笑い。生きている者の声。
(……騒がしい)
だが、不思議と嫌ではない。
ブルックの音が、ふと変わる。ゆっくりとした旋律が、宴の喧騒の中へ静けさを差し込む。
笑っていた海賊の手が止まり、誰かが耳を傾ける。ほんの数秒。だが、確かに違う音。
リューマはその背を見ていた。
長い孤独を知る者の音。一人で鳴らし続けてきた音。
(……あの男も、選ぼうとしている)
言葉にはしない。だが、分かる。
曲が終わると、ブルックは明るく笑った。
「ヨホホ!次はもっと速い曲にしましょう!」
歓声が戻り、酒が回り、笑いが広がる。宴は続く。
リューマは杯を手に取り、酒を口に運ぶ。
人の匂い。火の熱。風。
胸の奥が、わずかに揺れる。
一度目は、歯車だった。二度目は、刃だった。ならば三度目は。
空を見上げる。朝の光。流れ始めている時代。
(時代の風に、身を任せるのも悪くない)
その言葉は、胸の奥に静かに沈んだ。
宴は続く。海賊たちが笑い、酒がぶつかり、火が揺れ、音が鳴る。
まだ、誰も知らない。
この宴の中で、もう一つの人生が、静かに動き始めていることを。
そして――少し離れた場所。
ゾロが、黙って刀を見ていた。
三本。だが、そのうち一本は折れていた。雪走。
視線は無意識にリューマの腰へ向く。
黒刀。
鞘に収まっているだけで分かる。重さ。気配。“斬ってきた刀”。
リューマは気づいている。視線。剣士の癖。
(……三刀流か)
足りない。一本、欠けている。
一度目の人生。剣を握れず終わった。
二度目の人生。剣と共に生き、剣と共に死んだ。
三度目の今。
この刀は、過去だ。守るために振るう者の手にある方がいい。
(……才もある)
リューマは何も言わない。ただ静かに、刀を置いた。
焚き火の届かない場所に。剣士なら気づく場所。それだけでいい。
しばらくして、ゾロが立ち上がる。ゆっくり歩き、刀の前で止まる。
触れない。ただ、見る。
重い。だが、嫌じゃない。
「……そうか」
小さく、呟く。それだけ。
刀を手に取る。
誰も見ていない。宴の音が続く中、一つの継承が、音もなく終わった。
リューマは振り向かない。酒を口に運ぶだけ。
(それでいい)
剣は、人を選ぶ。そして、剣士もまた――剣を選ぶ。
焚き火の向こうで、骨の音楽がまだ鳴っている。
軽やかで、陽気で、どこか寂しい音。
宴の喧騒に溶けながら、それでも確かに、誰かの胸を叩いている。
その夜。
選ぶのは、剣だけではなかった。
侍は杯を傾ける。
まだ誰も知らない。
この宴の中で、もう一つの選択が生まれようとしていることを。