元アイドルの赤ペン配信   作:ひまんちゅ

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白い壁の前で

アリーナライブのあと。

 

数日間。

 

SNSは、その話題で埋まっていた。

 

 歴史的ライブ

 配信文化の革命

 新しいステージ

 「配信発」でここまで来た例は初めて

 リアルとネットの境界が壊れた日

 

切り抜き動画。

レビュー記事。

ニュース。

考察スレッド。

ランキング。

比較。

 

すべてが、彼女たちの話をしている。

 

だが。

 

元トップアイドルの部屋は、何も変わらない。

 

白い壁。

余計な装飾のない空間。

鏡。

マット。

床に置かれたペットボトル。

 

そして、三脚に固定されたカメラ。

 

光も、音も、熱も。

アリーナとは比べものにならないほど、静かだ。

 

---

 

配信タイトル。

 

> 【赤ペン】今日も削る

 

通知が飛ぶ。

すぐに人が集まる。

 

コメント欄が流れる。

 

 帰ってきた

 ホームだ

 安心する

 ここが一番落ち着く

 結局ここに戻るんだよな

 

元トップアイドルは、ストレッチをしている。

 

脚を伸ばし、ゆっくりと体重をかける。

呼吸を整えながら、関節をひとつずつほぐしていく。

 

現役アイドルが横で言う。

 

「すごいことになってる」

 

元トップは肩を回す。

 

関節が鳴る、小さな音。

 

「見てない」

 

「また?」

 

「怖いから」

 

現役が笑う。

 

「アリーナやった人のセリフじゃない」

 

元トップは少しだけ目を細める。

 

「だからだよ」

 

---

 

音楽が流れる。

 

いつもと同じ、聞き慣れたトラック。

 

二人で踊る。

 

観客はいない。

歓声もない。

照明も最低限。

 

ただ。

 

カメラ。

そして、流れ続けるコメント。

 

 近い

 距離感これだよ

 表情見えるの最高

 呼吸まで伝わる

 

一つひとつの動きが、はっきりと見える。

誤魔化しが効かない距離。

 

それでも。

 

いや、だからこそ。

 

彼女は、ここで踊る。

 

---

 

踊り終わる。

 

呼吸が少し荒い。

 

元トップアイドルが動画を止める。

 

「0:11」

 

現役が苦笑する。

 

「アリーナのあとでも赤?」

 

「当たり前」

 

「厳しすぎない?」

 

「甘くしたら、戻れなくなる」

 

コメント欄が流れる。

 

 これが好き

 変わらない

 ここが本体

 むしろこっちが本番

 

元トップは鏡を見る。

 

ほんの少しのズレ。

ほんの一瞬の遅れ。

 

それを見逃さない。

 

---

 

そのとき。

 

配信部屋のドアが開く。

 

静かな空間に、わずかな外気が流れ込む。

 

プロデューサーが入ってくる。

 

「こんばんは」

 

元トップが言う。

 

「また来た」

 

「仕事です」

 

いつものやり取り。

 

だが、今日は少しだけ空気が違う。

 

プロデューサーは椅子に座る。

 

少し間。

 

コメント欄がざわつく。

 

「提案があります」

 

 来た

 次の箱?

 ツアー?

 海外?

 

プロデューサーは言う。

 

「ドームです」

 

コメント欄が、一瞬止まる。

 

本当に、止まる。

 

---

 

元トップアイドルは、少し黙る。

 

呼吸だけが聞こえる。

 

現役アイドルが横を見る。

 

「どう?」

 

元トップは、水を飲む。

 

喉を通る音。

 

少し考える。

 

鏡を見る。

 

自分の姿を見る。

 

そして。

 

笑う。

 

「……でかいね」

 

現役が笑う。

 

「アリーナのときも言った」

 

元トップは肩をすくめる。

 

「でも」

 

少し間。

 

コメント欄が息を潜める。

 

「やる」

 

その瞬間。

 

コメント欄が爆発する。

 

---

 

現役アイドルが言う。

 

「理由聞いていい?」

 

元トップは少しだけ考える。

 

言葉を選ぶように。

 

「ファン」

 

コメント欄が流れる。

 

 泣いた

 最高

 ついていく

 ありがとう

 

元トップは続ける。

 

「あと」

 

「うん?」

 

「戦友」

 

現役アイドルが少しだけ笑う。

 

「それ、私?」

 

「他にいる?」

 

「いないね」

 

---

 

配信の最後。

 

二人で踊る。

 

さっきより、少しだけ柔らかい動き。

 

少しだけ、余裕がある。

 

ライトは少ない。

歓声はない。

 

でも。

 

コメントは流れている。

 

 ここが好き

 原点

 帰る場所

 何も変わらないのがいい

 

踊り終わる。

 

元トップアイドルは息を整える。

 

胸が上下する。

 

汗が一滴、床に落ちる。

 

そして言う。

 

「まあ」

 

少し笑う。

 

「ドームでも削る」

 

現役が笑う。

 

「それ」

 

「うん?」

 

「キャッチコピー」

 

---

 

配信が終わる。

 

画面が暗くなる。

 

音が消える。

 

最後に残るのは、タイトル。

 

> 【赤ペン】今日も削る

 

どんなに箱が大きくなっても。

 

どんなに観客が増えても。

 

どんなに世界が広がっても。

 

彼女は、変わらない。

 

白い壁の前で。

鏡の前で。

 

誰にも見えないところで。

誰よりも厳しく。

 

今日も、自分を削る。

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