元アイドルの赤ペン配信 作:ひまんちゅ
最初は、仕事だった。
「最近、この子のパフォーマンス変わってない?」
会議室。
資料。
映像。
現役トップアイドルのライブ映像が流れている。
いつも通り、完璧だ。
でも。
「……変わってますね」
プロデューサーは、画面を見ながら言う。
重心が低い。
無駄が減っている。
そして何より。
「“抜け”が増えてる」
スタッフが言う。
「いい方向ですか?」
「いいどころじゃない」
問題は。
「誰の影響だ」
彼女は、勝手に変わるタイプではない。
むしろ。
現場で積み上げるタイプだ。
誰かがいる。
「最近、何かやってる?」
マネージャーに聞く。
「……配信を」
「配信?」
「顔出しなしで、あるチャンネルに」
嫌な予感がする。
「どこ」
URLが送られてくる。
プロデューサーは、再生する。
白い壁。
鏡。
マット。
「……何だこれ」
最初の感想は、それだった。
音が軽い。
画も地味だ。
照明もない。
だが。
「……おい」
思わず前のめりになる。
踊っている。
ただ。
質が違う。
「誰だ」
動画が終わる。
「全然ダメ」
そう言って、動画を止める。
赤が入る。
止まらない。
1秒ごとに。
次々と。
「……異常だ」
思わず呟く。
ここまで言語化できる人間は、そういない。
そして。
「……ああ」
気づく。
「元トップか」
名前は出ていない。
顔も出ていない。
でも。
分かる。
現場でしか積み上がらない精度。
そして。
「削り方が、あの世代だ」
少し古い。
でも、完成度が高い。
コメント欄が流れる。
神
厳しすぎる
勉強になる
そして。
一つのコメント。
0:13、踵が早いから軸流れてるんじゃない?
プロデューサーは止まる。
「……今の誰だ」
元トップが反応する。
修正する。
そのやり取り。
「……現役だな」
確信する。
同じレベルで見ている。
つまり。
「トップ同士か」
プロデューサーは、画面を見続ける。
二人のやり取り。
赤ペン。
修正。
無駄がない。
そして。
「……軽い」
呟く。
このレベルの人間が二人。
この密度で。
なのに。
空気が軽い。
「ありえないだろ」
普通は。
衝突する。
潰し合う。
上下関係ができる。
でも。
ここにはない。
「対等だ」
それが、一番おかしい。
プロデューサーは椅子に座り直す。
少し考える。
このまま放置するか。
管理するか。
止めるか。
いや。
「……使うか」
小さく呟く。
だが。
すぐに首を振る。
「違うな」
これは。
“使うもの”じゃない。
壊すものでもない。
守るべきものだ。
「……乗るか」
プロデューサーは、スマホを取る。
マネージャーに連絡する。
「一度、会わせてくれ」
短いメッセージ。
すぐに既読がつく。
返信。
本人、警戒しますよ
プロデューサーは笑う。
「だろうな」
画面を見る。
白い壁。
鏡。
マット。
そして。
削り続ける人間。
「……でも」
小さく呟く。
「これは、止めたら終わる」
だから。
「壊さないように、広げる」
それが。
この日、彼が決めた役割だった。