元アイドルの赤ペン配信 作:ひまんちゅ
チケットが当たったとき。
正直、意味が分からなかった。
「え?」
画面を何度も見返す。
当選。
本当に当選。
倍率、200倍とか300倍とか言われていた。
ほぼ無理だと思っていた。
「……やば」
手が震える。
元トップアイドル。
現役トップアイドル。
配信でしか見られなかった二人。
それを。
「生で見れる」
それだけで、現実感がなかった。
当日
ライブハウスの前。
人が並んでいる。
でも、静かだ。
普通のライブと違う。
騒いでいる人が少ない。
写真を撮る人も少ない。
みんな、少し緊張している。
「なんか……空気違くない?」
隣の人が言う。
思わず頷く。
「分かる」
理由は分からない。
でも。
“イベント”じゃない。
もっと、何か。
中に入る。
箱は小さい。
ステージも近い。
「え、近」
これでいいのか、と思うくらい。
照明も普通。
演出もシンプル。
でも。
それが逆に怖い。
「逃げ場ないじゃん……」
誰かが呟く。
そのとき。
音楽が流れる。
ライブ
二人が出てくる。
一瞬で、空気が変わる。
何かが違う。
上手いとかじゃない。
「……密度?」
思わず口に出る。
動き一つ一つに、無駄がない。
でも。
ただ正確なわけじゃない。
“意味がある”。
それが全部、伝わってくる。
「やば……」
誰かが呟く。
声を出すのも忘れる。
気づけば。
みんな、黙っている。
歓声より先に。
見ている。
中盤
少しだけ、違和感。
「あれ?」
元トップアイドルの動き。
ほんの少し。
固い。
分かる人にしか分からないレベル。
でも。
分かる。
「緊張してる?」
その瞬間。
現役アイドルが前に出る。
表情を大きくする。
視線を引きつける。
自然に。
“支えてる”。
「……すご」
声が漏れる。
これが、プロか。
後半
MC。
「ちょっと緊張してる」
元トップアイドルが言う。
観客が笑う。
「大丈夫!」
誰かが叫ぶ。
その声。
すぐに広がる。
「最高!」
「そのままでいい!」
気づけば。
会場が一つになる。
配信で見ていたコメント欄みたいに。
そのとき。
元トップアイドルの表情が変わる。
「……あ」
分かる。
スイッチ。
覚醒
次の曲。
動きが変わる。
さっきまでと違う。
軽いのに、重い。
柔らかいのに、鋭い。
「……何これ」
言葉が出ない。
現役アイドルも、少し驚いている。
でもすぐに合わせる。
二人の動きが揃う。
空気が、完成する。
観客が息を呑む。
そして。
誰かが言う。
「これ……伝説じゃない?」
その一言で。
全部、決まった。
終演
拍手。
歓声。
でも。
それ以上に。
「……やばかった」
隣の人と目が合う。
「やばかった」
同じ言葉しか出ない。
帰り道
外に出る。
夜の空気。
スマホを見る。
すでにSNSが爆発している。
「現地勢どうだった?」
質問が飛んでくる。
少し考える。
言葉が見つからない。
でも。
打つ。
配信の続きだった
でも、それ以上だった
送信する。
歩きながら、思う。
あれは。
ライブだったのか。
配信だったのか。
分からない。
でも。
「また行きたい」
それだけは、はっきりしている。