元アイドルの赤ペン配信   作:ひまんちゅ

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赤ペン外伝・衣装編

 > 【赤ペン外伝】今日は衣装を見る

 

 配信タイトルを見て、コメント欄がざわついた。

 

 > 衣装?

 > 踊らないの?

 > 衣装にも赤入るの?

 > アイドルの衣装回だ

 > 絶対細かいやつ

 > プロ視点きそう

 

「細かいよ」

 

 元トップアイドルは、当然のように言った。

 

 白い壁。

 鏡。

 マット。

 床に置かれた水。

 三脚に固定されたカメラ。

 

 いつもの部屋。

 

 だが今日は、部屋の隅にハンガーラックが置かれている。

 

 そこには、数着の衣装がかかっていた。

 

 ライブで使ったものではない。

 公式衣装ではない。

 配信用に用意した、簡易的な衣装だった。

 

 スカート丈の違うもの。

 袖の広いもの。

 ジャケットつきのもの。

 軽い布のもの。

 少し重い布のもの。

 

 現役アイドルは、それを見て少し笑っている。

 

「本当にやるんだ」

 

「やる」

 

「衣装の赤ペンって何」

 

「動きが変わる」

 

「それはそうだけど」

 

「分かってるなら早い」

 

「嫌な予感しかしない」

 

 コメント欄が流れる。

 

 > 衣装で動き変わるの見たい

 > 確かにライブだと違う

 > 袖とかスカートとか?

 > 靴もありそう

 > 今日も怖い

 

「怖くない」

 

 元トップアイドルは言う。

 

「怖いでしょ」

 

 現役アイドルが言う。

 

「衣装は味方」

 

「そうなの?」

 

「敵にすると怖い」

 

「ほら怖い」

 

 元トップアイドルは、ラックから一着を取った。

 

 白いシャツに、軽いスカート。

 動きやすそうな衣装だった。

 

「まずこれ」

 

「普通だね」

 

「普通が一番分かりやすい」

 

 現役アイドルは、それを受け取る。

 

「着替え?」

 

「カメラ切る」

 

「そりゃそう」

 

 画面が一度暗くなる。

 

 コメント欄だけが流れる。

 

 > 衣装チェンジ

 > 本格的

 > 赤ペン外伝シリーズ好き

 > 衣装は味方

 > 敵にすると怖い、名言

 

 数分後。

 

 画面が戻る。

 

 現役アイドルが、白い壁の前に立っていた。

 

 シンプルな衣装。

 装飾は少ない。

 布も軽い。

 

 それだけで、いつもより少しステージ感がある。

 

 コメント欄が一気に流れる。

 

 > かわいい

 > 似合う

 > 急にライブ感

 > 顔出しなしでも分かる

 > 立ち方がもうプロ

 

「褒めるの早い」

 

 元トップアイドルが言う。

 

「褒めてくれてるんだからいいでしょ」

 

「まだ踊ってない」

 

「厳しい」

 

 音楽が流れる。

 

 短い振り。

 

 現役アイドルが踊る。

 

 軽い。

 布が動きについてくる。

 ターンのとき、スカートが少し遅れて広がる。

 腕を上げたとき、袖が邪魔をしない。

 

 動きが素直に見える衣装だった。

 

 踊り終わる。

 

 元トップアイドルは動画を止めた。

 

「0:08」

 

「来た」

 

「スカート、遅れて広がる」

 

「うん」

 

「それを待ってる」

 

 現役アイドルが、少し止まる。

 

「待ってる?」

 

「うん。ターン終わりで、布の戻りを少し待ってる」

 

 動画が巻き戻される。

 

 確かに。

 

 ターン自体は鋭い。

 軸も綺麗。

 足も流れていない。

 

 だが、終わったあと。

 

 ほんの少しだけ、身体が残っている。

 

「これ、ダメ?」

 

「ダメじゃない」

 

「じゃあ」

 

「でも、癖になると遅れる」

 

 元トップアイドルは、赤い線を入れる。

 

「布を見せたいなら待っていい」

 

「うん」

 

「でも、次の音に行きたいなら置いていく」

 

「布を?」

 

「うん」

 

 コメント欄がざわつく。

 

 > 布を置いていく

 > 言い方かっこいい

 > 衣装も振付の一部なんだ

 > 細かい

 > もう分からないけどすごい

 

「衣装って、動いてから見えるんだよね」

 

 元トップアイドルは言う。

 

「着た瞬間じゃなくて?」

 

「うん」

 

「写真映えとは別?」

 

「別」

 

 短く答える。

 

「写真で可愛い衣装と、踊って強い衣装は違う」

 

 現役アイドルは、少し頷いた。

 

「分かる」

 

「分かるんだ」

 

「うん」

 

「じゃあ次」

 

 元トップアイドルは、別の衣装を取った。

 

 今度は、袖が広い。

 

 布が多く、動くと派手に見えそうな衣装だった。

 

「これ、難しい」

 

 現役アイドルが言う。

 

「分かる?」

 

「袖が遅れる」

 

「そう」

 

「あと、腕のラインがごまかせる」

 

「正解」

 

「ごまかせるって言い方」

 

「事実」

 

 また画面が暗くなる。

 

 着替え。

 

 戻ってきた現役アイドルは、さっきより華やかに見えた。

 

 袖が広い。

 少し動くだけで布が揺れる。

 

 コメント欄が沸く。

 

 > 強い

 > ステージ衣装っぽい

 > かわいい

 > これ好き

 > 袖いい

 

「袖いいって」

 

 現役アイドルが笑う。

 

「袖は怖い」

 

 元トップアイドルが言う。

 

「また怖い」

 

「踊って」

 

 音楽が流れる。

 

 同じ振り。

 

 現役アイドルが踊る。

 

 さっきより派手だった。

 

 腕を振るたびに、袖が広がる。

 ターンの余韻が大きく見える。

 小さな動きでも、布が反応して表情が出る。

 

 コメント欄が流れる。

 

 > 映える

 > 全然違う

 > 華やか

 > ライブっぽい

 > 衣装でこんな変わるんだ

 

 曲が終わる。

 

 元トップアイドルは、動画を止めた。

 

「0:05」

 

「早い」

 

「袖に勝たせてる」

 

「袖に勝たせてる?」

 

 現役アイドルが聞き返す。

 

「腕じゃなくて、袖が踊ってる」

 

「……ああ」

 

「分かる?」

 

「分かる」

 

 現役アイドルは、少し悔しそうに画面を見る。

 

 腕の振りは綺麗だ。

 でも、布の動きが大きいせいで、腕そのものの切れが少し曖昧になっている。

 

 見栄えはいい。

 

 でも、自分の動きではなく、衣装の動きに頼っている。

 

「これ、ステージだと助かるんだよね」

 

 現役アイドルが言う。

 

「うん」

 

「大きく見える」

 

「うん」

 

「多少甘くても、華やかになる」

 

「うん」

 

「だから怖い?」

 

「怖い」

 

 元トップアイドルは頷いた。

 

「衣装が助けてくれると、自分の甘さが見えにくくなる」

 

 コメント欄が静かになる。

 

 > それ怖い

 > 衣装が助けてくれる

 > 甘さが見えない

 > 赤ペン向きの話だ

 > 白い壁だと逃げられない理由

 

「だから、白い壁なんだ」

 

 現役アイドルが言う。

 

「うん」

 

「装飾ないから」

 

「うん」

 

「逃げられない」

 

「そう」

 

 元トップアイドルは、白い壁を見る。

 

「衣装も照明も演出も、全部味方」

 

 少し間。

 

「でも、味方が多すぎると、自分が見えなくなる」

 

 現役アイドルは、黙って聞いている。

 

 その言葉は、衣装の話だけではなかった。

 

 ステージ。

 歓声。

 カメラ。

 評価。

 肩書き。

 

 全部、味方になることがある。

 

 でも、多すぎると、自分が見えなくなる。

 

「じゃあ、どうすればいい?」

 

 現役アイドルが聞く。

 

「袖に勝つ」

 

「ざっくり」

 

「袖より先に動く」

 

「先に?」

 

「うん。布が広がる前に、腕の意志を見せる」

 

「腕の意志」

 

「便利」

 

「便利じゃない」

 

 コメント欄が笑う。

 

 > 腕の意志

 > 今日も名言が多い

 > 袖に勝つ

 > 衣装と戦う回

 > でも味方

 

「もう一回」

 

 音楽が流れる。

 

 二回目。

 

 現役アイドルは、腕の出し方を変えた。

 

 布を振るのではなく、腕を出す。

 袖は、そのあとからついてくる。

 

 さっきより、派手さは少し減った。

 

 でも、動きの芯が見える。

 

 元トップアイドルは、無言で見ている。

 

 曲が終わる。

 

「0:05」

 

 また同じ場所を止める。

 

 現役アイドルが身構える。

 

「今のは、いい」

 

「珍しい」

 

「袖が後ろにいる」

 

「袖が後ろにいる」

 

「うん」

 

 赤い丸がつく。

 

 コメント欄が沸く。

 

 > 赤丸

 > 袖が後ろにいる

 > 衣装を従えた

 > かっこいい

 > 分かるような分からないような分かる

 

「次」

 

 元トップアイドルは、三着目を取った。

 

 ジャケットつきの衣装。

 

 肩のラインが強く出る。

 少し重そうだった。

 

「これは?」

 

 現役アイドルが聞く。

 

「強く見える」

 

「うん」

 

「でも、肩が死ぬ」

 

「言い方」

 

「事実」

 

 着替え。

 

 戻ってきた現役アイドルは、雰囲気が変わっていた。

 

 可愛いより、強い。

 柔らかいより、鋭い。

 

 立っているだけで、輪郭が出る。

 

 コメント欄が流れる。

 

 > 強い

 > かっこいい

 > センター感

 > これは勝ちに行く衣装

 > 肩のラインすごい

 

「勝ちに行く衣装だって」

 

 現役アイドルが言う。

 

「合ってる」

 

「合ってるんだ」

 

「でも、勝ちに行きすぎると硬い」

 

「もう怖い」

 

 音楽が流れる。

 

 現役アイドルが踊る。

 

 動きは鋭い。

 ジャケットのラインが、腕や肩の形をはっきり見せる。

 ターン後の止まりも強い。

 

 だが。

 

 少しだけ硬い。

 

 肩が上がる。

 首の抜けが少ない。

 表情まで強くなる。

 

 踊り終わる。

 

 元トップアイドルは、すぐに止めた。

 

「0:03」

 

「入りから?」

 

「肩、衣装に引っ張られてる」

 

「衣装に?」

 

「強く見せようとしてる」

 

「……うん」

 

「衣装が強いから、自分も強くしようとしてる」

 

「それダメ?」

 

「やりすぎ」

 

 赤い線が入る。

 

「衣装が強いなら、身体は少し抜いた方がいい」

 

「逆?」

 

「うん」

 

「強い衣装で、強く踊らない」

 

「場合による」

 

「難しい」

 

「衣装は足し算だから」

 

 元トップアイドルは言う。

 

「動きまで足すと、重い」

 

 現役アイドルは、ジャケットの肩を軽く触る。

 

「確かに、着ると勝手に強くなる」

 

「でしょ」

 

「じゃあ、私は少し軽くする」

 

「そう」

 

「衣装に任せる?」

 

「任せるけど、負けない」

 

「難しい」

 

「だからやる」

 

「出た」

 

 コメント欄が笑う。

 

 > だからやる

 > 今日も訓練

 > 衣装に任せるけど負けない

 > 難しい

 > プロの会話

 

 二回目。

 

 現役アイドルは、少し力を抜いた。

 

 肩を落とす。

 首のラインを開ける。

 腕を強く出しすぎない。

 

 ジャケットは強いまま。

 

 でも、身体に余白が生まれる。

 

 さっきより、ずっと見やすい。

 

 曲が終わる。

 

 元トップアイドルは、0:03を再生する。

 

「今の方が強い」

 

「弱くしたのに?」

 

「うん」

 

「なんで」

 

「余裕があるから」

 

 現役アイドルは、画面を見る。

 

 確かに。

 

 さっきは、強く見せようとしていた。

 今は、強く見えている。

 

 似ているようで、違う。

 

「これ、ステージでもよくある」

 

 現役アイドルが言う。

 

「あるね」

 

「強い曲だと、全部強くしちゃう」

 

「うん」

 

「衣装も照明も曲も強いのに、自分まで強くする」

 

「うん」

 

「重いね」

 

「重い」

 

 元トップアイドルは、少し笑う。

 

「昔の私、それ多かった」

 

 現役アイドルが横を見る。

 

「そうなの?」

 

「うん」

 

「意外」

 

「勝ちに行ってたから」

 

 短い言葉だった。

 

 コメント欄が静かになる。

 

 元トップアイドルは、画面を見ている。

 

「衣装を着ると、自分が強くなった気がする」

 

「うん」

 

「照明を浴びると、選ばれた気がする」

 

「うん」

 

「歓声があると、正しい気がする」

 

 少し間。

 

「でも、違うときもある」

 

 現役アイドルは、静かに頷いた。

 

「だから、白い壁?」

 

「うん」

 

 元トップアイドルは、白い壁を見た。

 

「何も足してくれないから」

 

 コメント欄が流れる。

 

 > 白い壁

 > 足してくれない場所

 > だから見える

 > 今日のテーマだ

 > 衣装回なのに白い壁回

 

「でも、衣装は悪くない」

 

 元トップアイドルは言う。

 

「味方だから?」

 

「うん」

 

「敵にすると怖い」

 

「そう」

 

「最初に戻った」

 

 二人は笑った。

 

 配信の後半。

 

 今度は、元トップアイドルが衣装を着ることになった。

 

「え、そっちも?」

 

 コメント欄が爆発する。

 

 > 元トップも着るの?

 > 見たい

 > 赤ペン返し

 > 現役ちゃん出番

 > 衣装対決

 

「対決じゃない」

 

 元トップアイドルは言う。

 

「でも、私も赤入れるよ」

 

 現役アイドルが言う。

 

「知ってる」

 

「逃げないんだ」

 

「逃げない」

 

「珍しい」

 

「衣装だから」

 

「関係ある?」

 

「ある」

 

 画面が暗くなる。

 

 数分後。

 

 元トップアイドルが戻ってくる。

 

 ジャケットつきの衣装。

 

 さっき現役アイドルが着ていたものと同じ。

 

 立った瞬間、コメント欄が止まった。

 

 空気が違う。

 

 派手ではない。

 でも、強い。

 

 衣装を着ているというより、衣装が彼女の輪郭に合わせているように見える。

 

 > やば

 > 元トップ

 > 空気変わった

 > 似合う

 > これが衣装に負けないってことか

 

「褒めるの早い」

 

 現役アイドルが言う。

 

「さっき聞いた」

 

 元トップアイドルが返す。

 

 音楽が流れる。

 

 元トップアイドルが踊る。

 

 動き出しは静かだった。

 

 ジャケットの強さに合わせない。

 むしろ、力を抜いている。

 

 だが、ターンの瞬間。

 

 布のラインが鋭く走る。

 

 肩は上がらない。

 首も詰まらない。

 衣装の強さだけが、動きの後ろに残る。

 

 曲が終わる。

 

 現役アイドルは、少し黙った。

 

「どう?」

 

 元トップアイドルが聞く。

 

 現役アイドルは、動画を戻す。

 

「0:10」

 

「来た」

 

「ここ、ずるい」

 

「赤じゃない」

 

「赤ではないけど、ずるい」

 

「何が」

 

「衣装の重さを使って、止まりを強くしてる」

 

「うん」

 

「自分で止めてるように見せて、半分衣装に止めさせてる」

 

 元トップアイドルが、少しだけ眉を上げる。

 

「ナイス指摘」

 

 コメント欄が沸く。

 

 > ナイス指摘

 > 現役ちゃん強い

 > 見えてる

 > 衣装に止めさせる

 > 今日レベル高い

 

「でも」

 

 現役アイドルは続ける。

 

「0:14」

 

「うん」

 

「ちょっと逃げた」

 

 元トップアイドルの動きが止まる。

 

「どこ」

 

「ジャケットが広がるから、腕の終わりが少し甘い」

 

 動画が再生される。

 

 ほんの一瞬。

 

 確かに、腕の最後が布に隠れている。

 

 元トップアイドルは、少し笑った。

 

「バレた」

 

「バレます」

 

「強くなったね」

 

「誰のせいだと」

 

「私?」

 

「半分」

 

「半分なんだ」

 

 二人は笑う。

 

 コメント欄も流れる。

 

 > 赤ペン返し

 > 戦友

 > 半分

 > 衣装編すごい

 > この二人ずっと見てたい

 

 配信の最後。

 

 二人は、最初のシンプルな衣装に戻っていた。

 

 白い壁の前に並ぶ。

 

 元トップアイドルが言う。

 

「今日のまとめ」

 

 コメント欄が静かになる。

 

「衣装は味方」

 

「でも」

 

 現役アイドルが続ける。

 

「味方が強いと、自分が見えなくなる」

 

「だから」

 

 元トップアイドルが言う。

 

「たまに、白い壁に戻る」

 

 コメント欄が流れる。

 

 > 戻る場所

 > 白い壁

 > 衣装回よかった

 > 味方が多すぎると自分が見えない

 > 赤ペン外伝シリーズ続いて

 

「衣装、嫌いじゃないでしょ」

 

 現役アイドルが聞く。

 

「好きだよ」

 

 元トップアイドルは、少しだけ衣装の袖を見た。

 

「重くなければ」

 

「重いの嫌いだね」

 

「いろいろね」

 

 短い言葉だった。

 

 現役アイドルは、少しだけ笑った。

 

「じゃあ、次のライブ衣装、赤ペンする?」

 

「する」

 

「デザイナーさん泣くよ」

 

「泣かせない」

 

「本当?」

 

「たぶん」

 

「たぶんなんだ」

 

 画面が暗くなる直前。

 

 元トップアイドルは、白い壁の方を見た。

 

「どんな衣装でも、最後は動きだから」

 

 現役アイドルが頷く。

 

「うん」

 

「でも」

 

 少し間。

 

「衣装が味方してくれる日は、ちゃんと味方にする」

 

 配信が終わる。

 

 > 【赤ペン外伝】今日は衣装を見る

 

 その日。

 

 赤ペンは、布にも入った。

 

 でもそれは。

 

 衣装を否定するためではなく。

 

 衣装に隠れた自分と、衣装で届く自分を、見分けるための赤だった。

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