元アイドルの赤ペン配信   作:ひまんちゅ

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匿名の光

翌日も、そのアカウントは現れた。

 

 目線、カメラより5cm上に置くと首のライン綺麗かも

 

 ブレス、音じゃなくて肩で分かる

 

 その振り、歌詞解釈変わってない?

 

彼女は、全部拾う。

 

「うん、それ考えてなかった」

 

「それ、現役の子っぽい視点だね」

 

コメント欄が爆発する。

 

 現役!?

 

 絶対アイドルだろ

 

 どこ推し?

 

 名乗れ

 

彼女は少し笑う。

 

「匿名でいいよ。ここ、そういう場所だから」

 

 

その“匿名”の正体は、

 

現在トップグループのセンター。

 

芸名は伏せる。

 

彼女は現役のアイドルだ。

 

ライブを終え、シャワーを浴び、

 

深夜にスマホを握る。

 

公式アカウントでは絶対見られない。

 

スタッフにも知られてはいけない。

 

イヤホンを差し、息を潜める。

 

画面の向こうで踊る彼女を、

 

毎晩、見る。

 

初めて見たとき、衝撃だった。

 

辞めた人間のパフォーマンスではない。

 

むしろ。

 

“純度”が違った。

 

数字も、順位も、センター争いもない。

 

ただ、精度だけを追っている。

 

それが、眩しかった。

 

 

 

ある夜。

 

彼女(元アイドル)が、ふと口にする。

 

「今日さ、現役の子のライブ見たんだよね」

 

コメントがざわめく。

 

「すごかった。ほんとに」

 

少し間を置く。

 

「でもさ」

 

小さく笑う。

 

「負けてないと思った」

 

チャット欄が止まる。

 

その瞬間、「pale_blue」が打つ。

 

負けてない。

 

むしろ怖い。

 

彼女は読む。

 

「怖い、か」

 

静かに息を吐く。

 

「怖いって言われるの、久しぶり」

 

少しだけ、嬉しそうだった。

 

 

 

 

 

現役アイドルは、スマホを握りしめる。

 

彼女は今、ランキング1位。

 

スポンサーも、メディアも、ファンもいる。

 

でも。

 

自分は、ここまで自分を削れているだろうか。

 

彼女は自問する。

 

ステージでは完璧を装う。

 

裏では努力する。

 

でも、それは“見せない努力”。

 

画面の向こうの彼女は、

 

努力も、弱音も、迷いも、

 

全部見せている。

 

それでも、美しい。

 

それが、悔しかった。

 

 

 

配信中。

 

彼女(元アイドル)が言う。

 

「匿名さんさ」

 

コメント欄が止まる。

 

「多分、現役でしょ」

 

一瞬の沈黙。

 

画面の向こうで、現役アイドルの心臓が跳ねる。

 

彼女は続ける。

 

「踊りの言語化、現場の空気知ってないと出てこない」

 

少しだけ微笑む。

 

「でも安心して。暴かない」

 

カメラにまっすぐ目を向ける。

 

「ここ、立場ないから」

 

コメントが流れる。

 

 

 

 かっこいい

 

 匿名守るの好き

 

 この空間尊い

 

そして。

 

 ……ありがとう。

 

 それだけ、_pale_blue_が打つ。

 

 

 

 

 

数日後。

 

現役トップグループのライブ。

 

センターがターンを決める。

 

ほんの僅か。

 

踵のタイミングが変わっている。

 

目線が5cm上がっている。

 

ブレスが、肩で消えている。

 

会場は気づかない。

 

だが、画面の向こうで彼女は気づく。

 

「……あ」

 

配信のコメント欄が騒ぐ。

 

 どうした?

 

 何かあった?

 

 震えてる?

 

彼女は小さく笑う。

 

「勝手に、赤ペン仲間が増えただけ」

 

 

 

 

 

深夜。

 

現役アイドルは、再び配信を開く。

 

今日は何も書かない。

 

ただ見る。

 

画面の向こうで、彼女が踊る。

 

完璧ではない。

 

でも、削られ続ける美しさがある。

 

現役アイドルは、心の中で呟く。

 

――この人が戻ってきたら、私は勝てるだろうか。

 

でも同時に思う。

 

――戻ってきてほしくない。

 

この場所は、

 

彼女が自由でいられる場所だから。

 

配信の最後。

 

「匿名さん、今日もいる?」

 

一瞬の間。

 

 いるよ。

 

「じゃあ明日も、削ろうか」

 

画面が暗転する。

 

ステージと配信。

 

光の強さは違う。

 

でも。

 

どちらも、本気だった。

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