元アイドルの赤ペン配信 作:ひまんちゅ
最初はダンスだけだった。
だがある日。
「今日レッスンきついから、休憩雑談する?」
元アイドルが言う。
「雑談?」
「うん、普通のやつ」
視聴者数が跳ねる。
カメラはそのまま。
二人は床に座る。
「好きなアイス何?」
「急だね」
笑いが混じる。
現役は少し素が出る。
「バニラ。シンプルなやつ」
「守ってるね」
「守ってない!」
コメント欄が喜ぶ。
尊い
距離近い
なんか青春
素の声だ
元アイドルは気づく。
現役の声が、ステージより柔らかい。
さらに数週間後。
「ゲーム実況やってみる?」
「え、できるかな」
「できなくていいよ」
画面にレトロなリズムゲームが映る。
二人で対戦。
現役がミスする。
「うわ!」
素の声が出る。
元アイドルが笑う。
「守ってないね」
「守る余裕ない!」
コメント欄が沸騰する。
こんな声初めて聞いた
ステージと違う
可愛い
これは貴重
距離が、縮む。
ダンスの時の緊張が、少しずつ解けていく。
ある夜。
雑談が長引く。
「なんでさ」
現役がぽつりと言う。
「辞めたの?」
静かな問い。
コメント欄も止まる。
元アイドルは少し考える。
「重かった」
正直な声。
「期待も、順位も」
少し笑う。
「でも、踊るのは好きだった」
現役は小さく頷く。
「私、まだ重い」
その言葉は、弱音だった。
元アイドルは言う。
「じゃあここで軽くしなよ」
当たり前みたいに。
「ここでは立場とかないから」
現役は笑う。
「それ、ずるい」
ライブの裏で。
現役アイドルは、楽屋でスマホを開く。
次の配信の打ち合わせメッセージ。
明日、レッスン強化?
それともゲーム?
彼女は打つ。
両方。
少し考え。
あと、今日のライブ、赤入れて。
返信はすぐ来る。
1秒ごとに入れるよ。
現役は笑う。
怖い。
でも、嬉しい。
配信は、もう隠れ家ではない。
公然の場だ。
ファンも知っている。
事務所も知っている。
それでも。
そこはまだ、自由だった。
二人は並んで踊る。
笑う。
ゲームで競う。
雑談で素を出す。
距離は、ステージより近い。
元アイドルが言う。
「なんかさ」
少し照れたように。
「後輩できたみたい」
現役が即座に返す。
「先輩じゃないでしょ」
「じゃあ何」
少し間。
「……戦友」
コメント欄が止まり、そして一気に流れる。
戦友
尊すぎる
泣いた
最高
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配信タイトルは、もう見慣れたものになっていた。
【赤ペン+雑談】今日はライブの反省会
画面には、いつもの白い部屋。
鏡。
マット。
固定カメラ。
そして、もう一つ。
画面の端に、もう一つのマイク。
コメント欄が流れる。
> 今日も来る?
> 戦友いる?
> 現役ちゃんいる?
> 神回確定
彼女――元トップアイドルは、少しだけ笑う。
「いるよ」
画面外から声。
「こんばんは」
その声は、今ではもう誰も驚かない。
現役トップアイドル。
顔出しなしの常連コラボ。
「まずライブ見る?」
「怖い」
「怖い?」
「ここで赤入れられるの」
コメントが笑う。
> 立場逆転
> 赤ペン怖い
> トップが震えてる
元アイドルは動画を再生する。
巨大アリーナ。
歓声。
ライト。
センターで踊る現役アイドル。
数ヶ月前とは、別人の動きだった。
重心が低い。
ターンが鋭い。
呼吸が見えない。
コメントが流れる。
> 強すぎる
> 進化してる
> 前よりやばい
動画が止まる。
「……」
元アイドルが口を開く。
「0:21」
現役が身構える。
「完璧」
コメント欄が爆発する。
> 赤なし!?
> 初めて!?
> 奇跡
元アイドルは笑う。
「でも」
少し間。
「0:22」
「やっぱ来た」
「目線、客席の奥に置いてる」
「うん」
「正解」
現役が言う。
「配信で言われたやつ」
---
数ヶ月。
それだけで、現役のパフォーマンスは変わった。
ライブレビュー動画でも言われる。
「最近、表現が一段階上がった」
「センターとしての説得力が増した」
事務所も気づいている。
だが。
その理由を知っているのは、
この配信の視聴者だけだった。
---
ある夜。
雑談配信。
「そういえば」
現役が言う。
「来たんでしょ」
「何が」
「復帰オファー」
コメント欄が止まる。
元アイドルは、水を飲む。
「来た」
軽く言う。
「三社」
コメントが爆発する。
> 当然
> でた
> 復帰きた
> 戻るの?
元アイドルは首を振る。
「無視してる」
現役が驚く。
「無視?」
「うん」
「なんで」
少し間。
「ここ、楽しいから」
それは、あまりにも素直な答えだった。
「でもさ」
現役が言う。
「ステージ、嫌いじゃないでしょ」
「嫌いじゃない」
「じゃあなんで」
元アイドルは、少し考える。
「重い」
短い言葉。
「配信は軽い」
コメントが静かになる。
現役は少し黙る。
そして言う。
「じゃあ」
「うん?」
「軽いステージ作ればいい」
元アイドルは笑う。
「軽いステージ?」
「配信みたいな」
「それステージ?」
「ステージ」
現役の声は真剣だった。
「だってここ」
配信画面を指す。
「何万人見てる」
コメント欄が流れる。
> 今4万
> 5万いった
> 6万
現役は続ける。
「照明なくても
音響普通でも
ステージになる」
元アイドルは黙る。
「やってみる?」
現役が言う。
「何を」
「配信発のステージ」
コメント欄が爆発する。
> それだ
> 新時代
> やばい
> 見たい
元アイドルは少し考える。
「どうやるの」
「簡単」
現役は言う。
「ここから始める」
その日から、配信の内容が変わる。
レッスンだけではない。
構成会議。
「照明どうする?」
「配信部屋のライトでいい」
「客席?」
「チャット」
コメント欄が笑う。
> 観客チャット
> 新しい
> 天才
元アイドルは言う。
「ステージってさ」
「うん」
「空間じゃない」
「うん」
「熱量」
現役が頷く。
ダンス配信。
二人で踊る。
コメントが流れる。
歓声はない。
でも。
視聴者数は、
ライブ会場の収容人数を超えている。
踊り終わる。
現役が言う。
「これ」
「うん」
「もうステージじゃない?」
元アイドルは息を整える。
そして、小さく言う。
「……ちょっと思った」
現役が笑う。
「何」
「復帰」
コメント欄が止まる。
「こういう形なら」
少しだけ。
本当に少しだけ。
元トップアイドルの声が、
ステージの温度を思い出していた。