元アイドルの赤ペン配信 作:ひまんちゅ
小箱ライブから一週間。
何も変わらないはずだった。
白い壁。
鏡。
マット。
いつもの配信部屋。
タイトルも変わらない。
【赤ペン+レッスン】今日も削る
視聴者数は、むしろ増えていた。
コメント欄が流れる。
復帰して
もう戻れる
ステージ待ってる
二人でセンター見たい
本物の共演見たい
元アイドルはストレッチをしながら、画面をちらっと見る。
「今日コメント熱いね」
横で現役アイドルが笑う。
「いつもより」
元アイドルは肩をすくめる。
「ライブの余韻かな」
それ以上触れない。
レッスンが始まる。
音楽が流れる。
二人で踊る。
数ヶ月前と比べて、明らかに違う。
動きの解像度が揃ってきている。
終わる。
コメントが流れる。
この二人最強
ステージで見たい
復帰して
公式共演して
現役アイドルが、少しだけ画面を見る。
そして言う。
「また来てるね」
元アイドルは水を飲む。
「うん」
少しだけ間。
「慣れた」
配信の後半。
雑談タイム。
現役が言う。
「もしさ」
「うん?」
「ステージ戻れるなら戻りたい?」
コメント欄が静まる。
元アイドルは少し考える。
「……戻れるかどうかじゃない」
「じゃあ?」
「戻る理由がない」
静かな言葉だった。
現役は言う。
「あると思う」
「何?」
「私」
コメント欄が止まる。
元アイドルは笑う。
「重い」
「重い?」
「それ理由にされたら逃げられない」
現役も笑う。
でも、目は真剣だった。
「でもさ」
小さく言う。
「一緒に踊るなら」
「うん」
「一番大きいステージがいい」
元アイドルは黙る。
---
数日後。
配信準備中。
インターホンが鳴る。
「?」
ドアを開ける。
スーツの男。
「こんばんは」
名刺が差し出される。
現役アイドルの事務所のプロデューサーだった。
元アイドルは少し笑う。
「ついに来たか……」
---
配信は始まる。
だが今日は三人いる。
カメラの外に、もう一つ椅子。
コメント欄がざわめく。
誰?
スタッフ?
事務所?
元アイドルが言う。
「今日はね」
「お客さん」
プロデューサーが咳払いする。
「説得に来ました」
コメント欄が爆発する。
来た
復帰回
神展開
「単刀直入に言います」
プロデューサーが言う。
「戻りませんか」
元アイドルは、少し笑う。
「配信で十分です」
「あなたはそれでいいかもしれない」
少し間。
「でも」
プロデューサーは現役アイドルを見る。
「この子は、あなたとステージに立ちたい」
配信部屋が静かになる。
現役アイドルが言う。
「ずっと思ってた」
「うん?」
「もしあなたが現役だったら」
「うん」
「私、勝てない」
元アイドルは少し笑う。
「分からないよ」
「分かる」
真っ直ぐな声だった。
「でも」
少しだけ息を吸う。
「それでも一緒に踊りたい」
元アイドルは、視線を落とす。
コメント欄が流れる。
戻って
伝説見たい
二人のステージ
彼女は、画面を見ない。
ただ、床を見る。
しばらく沈黙。
やがて、小さく言う。
「……怖い」
初めての言葉だった。
現役が顔を上げる。
「何が」
「また重くなる」
少し笑う。
「ここ、軽いから」
現役は言う。
「じゃあ」
「うん?」
「軽いまま行こう」
元アイドルが顔を上げる。
「どうやって」
現役が言う。
「あなたがルールを決める」
コメント欄が止まる。
「あなたが嫌なことは全部やらない」
「……」
「でも」
少し笑う。
「一回だけ」
「うん?」
「一番大きいステージで踊ろう」
元アイドルは、すぐには答えない。
配信は続いている。
コメントは流れている。
でも。
彼女の中では、別の音が鳴っていた。
歓声。
照明。
床の振動。
昔の記憶。
そして。
今の配信部屋。
白い壁。
鏡。
戦友。
しばらくして、彼女は言う。
「……考える」
それは、初めての前進だった。
現役アイドルは、少しだけ笑う。
コメント欄が流れる。
きた
一歩
伝説始まる
でも配信タイトルは変わらない。
【赤ペン】今日も削る
彼女はまだ、
ステージよりも先に、
自分を削り続けていた。