元アイドルの赤ペン配信   作:ひまんちゅ

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理由

「……考える」

 

そう言ってから、数日が過ぎた。

 

だが配信は、何も変わらなかった。

 

白い壁。

鏡。

マット。

 

タイトルも同じ。

 

【赤ペン】今日も削る

 

視聴者数は、また少し増えている。

 

コメント欄には、やはり流れている。

 

 復帰して

 ステージで見たい

 二人のライブ見たい

 考えてくれた?

 

元アイドルは、画面を見ながらストレッチをする。

 

「最近、質問同じだね」

 

横で現役アイドルが笑う。

 

「まあね」

 

元アイドルは軽く肩を回す。

 

「配信でいいじゃん」

 

それは、まだ本音だった。

 

音楽が流れる。

 

二人で踊る。

 

配信部屋は、すでに小さな舞台だった。

 

数万人が見ている。

 

だが、彼女にとっては

「ただのレッスン」でもある。

 

踊り終わる。

 

息を整える。

 

元アイドルが動画を止める。

 

「0:14」

 

現役が身構える。

 

「目線、ちょっと上」

 

「また?」

 

「うん」

 

現役が笑う。

 

「最近そればっかり」

 

元アイドルも笑う。

 

「最近それが足りない」

 

コメント欄が流れる。

 

 赤ペンタイム

 ここが好き

 これが神

 

---

 

雑談タイム。

 

現役が言う。

 

「そういえば」

 

「うん?」

 

「考えた?」

 

コメント欄が止まる。

 

元アイドルは水を飲む。

 

「……ちょっとだけ」

 

それだけで、コメントが爆発する。

 

 きた

 前進 

 どうなる

 

元アイドルは、少し言葉を探す。

 

「ステージってさ」

 

「うん」

 

「場所じゃなくて」

 

「うん」

 

「空気」

 

現役は頷く。

 

「それ、配信でもある」

 

「ある」

 

少し間。

 

「だから」

 

元アイドルは言う。

 

「まだ配信でいいかなって」

 

現役は、少し黙る。

 

反論しない。

 

代わりに、違う話をする。

 

「でもさ」

 

「うん?」

 

「配信って、逃げ場でもあるよね」

 

元アイドルが笑う。

 

「そうだね」

 

「ステージは逃げられない」

 

「うん」

 

「だから好き」

 

元アイドルは、少しだけ黙る。

 

それは、昔の自分の言葉だった。

 

コメント欄が流れる。

 

 二人の温度差

 でもいい

 この関係好き

 

元アイドルは、画面を見る。

 

「温度差って言われてる」

 

現役が笑う。

 

「あるよ」

 

「あるね」

 

「でも」

 

現役は言う。

 

「そのうち揃うと思う」

 

元アイドルが眉を上げる。

 

「なんで」

 

「あなた、削るから」

 

---

 

数日後。

 

事務所のプロデューサーがまた来る。

 

配信前。

 

部屋の隅で、三人で話す。

 

「どうですか」

 

プロデューサーが聞く。

 

「まだです」

 

元アイドルは答える。

 

「ただ」

 

「ただ?」

 

「少しだけ分かってきた」

 

プロデューサーが目を上げる。

 

「何が」

 

「配信がステージになるなら」

 

元アイドルは、少しだけ言葉を探す。

 

鏡の方を見る。

 

この部屋。

白い壁。

マット。

 

何百回も踊った場所。

 

そして――

 

コメントの流れる画面。

 

「……ステージが配信でもいいのかも」

 

プロデューサーが少し黙る。

 

「どういう意味です?」

 

元アイドルは肩をすくめる。

 

「戻るって言うとさ」

 

「はい」

 

「昔の場所に戻る感じがする」

 

少しだけ笑う。

 

「それは、まだ怖い」

 

現役アイドルが静かに聞いている。

 

プロデューサーは腕を組む。

 

「つまり」

 

「うん」

 

「あなたは」

 

「うん」

 

「新しいステージなら立てる?」

 

元アイドルはすぐには答えない。

 

代わりに現役を見る。

 

現役は、まっすぐ頷く。

 

「作れると思う」

 

配信が始まる。

 

タイトルは変わらない。

 

【赤ペン】今日も削る

 

だが、部屋の隅にもう一つ椅子がある。

 

コメント欄がざわめく。

 

今日も来てる?

プロデューサー?

会議回?

 

元アイドルが笑う。

 

「今日はね」

 

「うん?」

 

「作戦会議」

 

コメントが一気に流れる。

 

きた

新章

配信ステージ

 

現役が言う。

 

「もしさ」

 

「うん?」

 

「配信がステージなら」

 

「うん」

 

「客席も配信でいい」

 

コメント欄が盛り上がる。

 

 チャット観客

 参加型ライブ

 新しい

 

元アイドルが言う。

 

「歓声の代わりにコメント」

 

「うん」

 

「ライトの代わりにカメラ」

 

現役が頷く。

 

「それ、もうステージ」

 

プロデューサーが言う。

 

「それを」

 

「うん?」

 

「本当にやりませんか」

 

コメント欄が静まる。

 

「正式なイベントとして」

 

元アイドルは笑う。

 

「重くなる」

 

「重くしません」

 

プロデューサーは言う。

 

「あなたのルールでやる」

 

現役が言う。

 

「あなたが決める」

 

少し沈黙。

 

コメントが流れる。

 

 軽いステージ

 新しいライブ

 見たい

 

元アイドルは、画面を見る。

 

そして、少しだけ考える。

 

昔の記憶がよぎる。

 

歓声。

照明。

ランキング。

プレッシャー。

 

そして――

 

今。

 

白い壁。

鏡。

戦友。

 

コメント。

 

「……一回」

 

小さく言う。

 

現役が顔を上げる。

 

「一回?」

 

「試す」

 

コメント欄が止まる。

 

そして一気に流れる。

 

 きた

 伝説

 第一回

 

元アイドルはすぐに付け加える。

 

「ただし」

 

現役が笑う。

 

「条件?」

 

「条件」

 

指を立てる。

 

「私のルール」

 

プロデューサーが頷く。

 

「聞きます」

 

「重くしない」

 

「はい」

 

「ランキングなし」

 

「はい」

 

「競争なし」

 

「はい」

 

「ただ踊る」

 

少しだけ間。

 

「それならやる」

 

現役アイドルが、ゆっくり笑う。

 

「それ」

 

「うん?」

 

「復帰に近い」

 

元アイドルは肩をすくめる。

 

「近いだけ」

 

現役は言う。

 

「でも」

 

小さく。

 

「ゼロじゃない」

 

配信の最後。

 

二人で踊る。

 

ライトは少ない。

 

歓声はない。

 

でもコメントは流れている。

 

 観客ここ

 最高

 新しいライブ

 

踊り終わる。

 

元アイドルが息を整える。

 

そして、少しだけ笑う。

 

「……ちょっと楽しみ」

 

配信タイトルは、まだ変わらない。

 

【赤ペン】今日も削る

 

だが。

 

その裏で。

 

配信発のステージが、静かに動き始めていた。

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