もしも庵歌姫に加茂家の同級生がいたら   作:暇人

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十一話:神隠しの学び舎

季節は巡り、京都の街に漂う湿った熱気は、八月の暴力的な日差しへと姿を変えていた。

 

 

放課後、高専の校庭で理央と共に汗を流して鍛錬を積んだ日々は、確かな結実を見せていた。

 

歌姫は、この一ヶ月の間に数多の単独任務を完遂し、その実績を以て二級術師へと昇級を果たした。

 

かつて「守られる側」でしかなかった少女は、肉体的にも精神的にも「守る側」に相応しい強さを身につけていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……はい、二人とも。暑いとこ悪いけど、今回の任務の概要を説明するわね」

 

とある道を走る黒いセダンの車内。

運転席の七海陽子が、後部座席の二人へ声をかけた。冷房の効いた車内でも、窓から差し込む真夏の陽光は肌を刺すように鋭かった。

 

「任務地は、この先にある海岸沿いの街。そこに建つ私立中学の宗教校よ。かなり規模の大きい名門校なんだけど、ここで不可解な行方不明事件が発生したの」

 

陽子がダッシュボードから取り出した資料には、三人の中学生たちの顔写真が並んでいた。

それぞれ「雲出(くもいで)タクヤ」、「反田(そりた)アイ」、「逆井(さかい)サキ」と名前が書いてあった。

 

「行方不明になったのは、補習や部活に来ていた生徒の三人。警察の調査だと一切痕跡が見つからなかったから、呪術案件の可能性が出て、派遣された『窓』が強力な残穢を確認。……そんなわけで、実力のあるあなたたち二人に任務が回ってきたの」

 

「行方不明が三人もですか……。同日、他に生徒もいたんですよね。目撃証言などは?」

 

理央が資料を読み込みながら、問いかける。

 

「それが、全く。防犯カメラにもこの子達が校門を出る姿は映っていなかったの。つまり、この子らはまだ『学校の中』にいる可能性が高い。

残穢の質から見て、犯人は一級相当、それ以上の可能性も否定できないわ」

 

「一級相当……。学校の規模も大きいし、しらみつぶしに探すだけでも時間がかかりそうね。

陽子さん、その三人が最後に確認された場所はバラバラなんですか?」

 

歌姫が資料に書いてある学校の地図を見ながらそう聞くと、陽子は少しだけ眉を寄せた。

 

「ええ、バラバラよ。校内の各所でパタリと足取りが途絶えているの。だから余計に不気味なのよね」 

 

「歌姫ちゃんが二級に上がったばかりで悪いけど、かなり骨の折れる任務になりそうね」

 

陽子の言葉に、歌姫は横に座る理央と視線を交わした。

 

 

 

それからしばらく、車内には任務の緊張感を含んだ沈黙が流れていた。

内陸の街並みが次第に遠ざかり、代わりに窓からの風に、微かな潮の香りが混じり始める。

 

そして、車が緩やかなカーブを抜けると視界が一気に開けた。窓の外には、陽光に照らされて白く輝く砂浜と、地平線まで続く美しい海が広がっている。

 

「……綺麗」

 

歌姫が思わず独り言を漏らした。任務の緊張感を一瞬だけ忘れさせるような、あまりに無垢な夏の情景だった。

 

「ええ。ですが、この美しい景色の傍で、三人の命が消えかけているのかもしれません。気を引き締めていきましょう」

「うん……わかってるわ」

 

理央の静かな声が、歌姫を現実に引き戻す。彼は海を見つめながらも、その視線はすでに呪術師のそれへと鋭く切り替わっていた。

 

 

車は海岸線を離れ、小高い丘の上へと坂道を登っていく。

やがて、鬱蒼とした木々の中に巨大な正門が見えてきた。

 

 

「着いたよ。ここが今回の現場、清廉学院中等部」 

 

陽子が車を止めると、二人は外へと踏み出した。目の前に聳え立つのは、一般的な中学校のイメージを遥かに超えた、西洋風の荘厳な建築物だった。

 

「……これ、本当に学校なの?」

 

歌姫は圧倒され、首が痛くなるほど仰ぎ見た。

時計塔が特徴の中央棟から、左右に翼を広げるように伸びる校舎。他にも複数の別棟が建てられている。

アーチ型の窓や精緻な彫刻が施された外壁は、学校というよりは中世ヨーロッパの修道院、あるいは巨大な大聖堂のような威圧感を放っている。

 

 「私立の宗教校とは聞いていましたが、これほどとは。任務でなければ、ゆっくり観光でもしたいくらいですね」 

 

理央もその巨大な校舎を見据える。燦々と降り注ぐ太陽の下にあるせいか、人気の無さがそうさせるのか、建物の影がやけに濃く感じられた。 

 

「……じゃあ、私はここで待機して帳を下ろす準備をするわ。二人は内部の調査をお願い。

ちゃんと……生きて帰ってきてね」

 

陽子の送り出す声に短く頷き、二人は沈黙に包まれた静寂の校舎へと足を進めた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

校舎の内部へ理央と歌姫が足を踏み入れる。

壁から漂う冷え切った空気と濃密な呪力の残穢が二人を迎えた。普段は人の喧騒で賑やかであろう校内の様子は見る影もなく、あちこちに淀む呪いの気配は、この学び舎がもう普通ではないことを告げていた。

 

「歌姫、いつ呪霊が出てもおかしくありません。はぐれないよう慎重に行きましょう」

「言われなくても。あんたこそ集中しすぎて周りが見えなくならないようにね。……さあ、あの子たちを見つけ出すわよ」

 

二人は慎重に歩を進め、より呪力が色濃く滞留している場所へと向かう。

そうして歩いて行くと、やがて保健室へと辿り着いた。白いカーテンが微かに揺れ、薬品の香りがする室内は一見すると整然としていた。しかし、それらに混じって肌を刺すような呪力の残穢が沈殿していた。

 

「……ここね。場所自体には、これといった特徴はないけれど」

 

歌姫は部屋を軽く見渡すが、特におかしな点はなく、ただ呪力の残穢だけが存在感を放っているのが不気味に思えた。

 

「歌姫、何か気になるものはありますか?」 

 

理央は部屋の隅々にまで意識を割きながら問いかけた。 

 

「うーん……これといって目立つ物はないわね。

でも、残穢の質を考えたらここで生徒の子に何かがあった、とは思うんだけど……」

 

歌姫は棚に並ぶ瓶やベッドのシーツを一つずつ調べるが、どれも学校の備品として使い込まれた跡があるだけで、呪霊の直接的な痕跡は掴めない。

その後も部屋を隈なく調べたが進展はなく、やがて理央が口を開いた。

 

「歌姫、とりあえずここは置いておいて次に行きましょう。深追いして留まるより、もっと視野を広げて調査するべきです」

「……そうね。行き詰まってる場合じゃないわ」

 

理央に促され、歌姫は名残惜しそうに保健室の重い沈黙を後にした。

 

 

 

 

次に二人が足を踏み入れたのは、廊下の突き当たりに位置する女子トイレだった。

 

ここもまた、一見すればどこにでもある女子トイレに過ぎない。しかし、漂う残穢は先ほどの保健室と、同等の密度を持っていた。

 

「うーん……こっちも同じね。何かに荒らされた形跡も、争った跡もない」

 

理央もまた色々と調べていたが、やがて小さく首を振った。

 

「そうですね……仮にここが行方不明になった場所としても、前触れもなく忽然と消えたみたいです」

「神隠しってやつ?行方不明の子たちは皆1人だったみたいだし、1人でいた方が呪霊の尻尾を掴めるのかな」

「その可能性は高いでしょうね。ただ、相手が最低でも一級クラスだと分かっている以上、二手に分かれるのは最終手段です。今は離れないようにしましょう」

 

理央の慎重な言葉に、歌姫は「分かってるわよ」と短く応じる。

 

「さて、これ以上の収穫は望めそうにないですね。歌姫、次の地点を確認しましょう」

 

理央の冷静な判断に、歌姫は短く頷いた。停滞する空気の中にこれ以上留まるのは無益だと悟り、二人は静かにその場を離れた。

 

 

 

 

二人は女子トイレを後にし、三つ目の調査地点へと向かった。その道すがら、渡り廊下の大きな窓から学院の敷地内でも一際目立つ、巨大な礼拝堂が見えた。

 

「……すごいわね。宗教系の学校って言っても、あんなのそうそうないんじゃない?」

 

歌姫が思わず足を止め、感嘆の声を漏らす。精緻な石彫と鮮やかな天窓に彩られた礼拝堂は神々しささえを感じられた。

 

「そうですね。本当に……立派なものです」

 

理央もまた、その荘厳な佇まいに目を細めていた。 

 

 

 

残穢が色濃く残る、3つ目の調査場所は数ある階段の踊り場の一つだった。

 

「……ここも、今までのところと同じ感じね」

「ええ。ただ、保健室やトイレのように密室ではなく吹き抜けの空間です。これほど見通しのいい場所で、残穢以外に何の痕跡も残さず、人を消す術式……厄介ですね」

 

二人が階段の踊り場で周囲を見渡すと、そこには保健室やトイレのような生活感のある備品は一切存在しなかった。

当然と言えば当然だが、踊り場という場所柄、空間を占めるのは無機質な手摺りと壁だけで、大した物は置かれていない。

 

「本当にほぼ何もないわね。隠れる場所も、争った跡も……一応あるものといえば」

 

ただ一つ、壁面に生徒たちが身だしなみを確認するための鏡が、静かに嵌め込まれていた。

 

「保健室やトイレにあるのは場所柄おかしくはなかったけど、ここは鏡くらいしか目立つ物がない分余計に気になるわね」

「他の踊り場にも同じように設置されていましたから、これだけで断定はできませんが………

保健室・女子トイレ・階段の踊り場、この3つにおける唯一の共通点なのは間違いありませんね」

「……でも、叩こうが呪力を流そうが、これっぽっちも反応がないのよね」

 

保健室と女子トイレの鏡も同様で、2人が疑えば疑うほど、それがなんの変哲もないただの鏡ということがわかった。

 

理央は再び鏡面を鋭い視線で射抜いたが、そこに映るのは困惑を隠せない自分たちの姿と、静まり返った無機質な踊り場の景色だけだ

ただ呪力の残穢だけが不快に存在感を放っていた。

 

「……あー、もう! 拉致があかないわね」 

 

歌姫はもどかしげに後頭部をかき、大きく溜息をついた。

これだけ真っ黒だと確信しているのに、肝心の鏡は沈黙を貫き、ただの備品としての体裁を崩そうとしない。

このままここで鏡を睨み続けていても、時間が無駄に過ぎていくだけだ。

 

「理央、一旦ここは切り上げましょう。ここにいてもしょうがないわ、別の場所……もっと広いところとか、あの礼拝堂とかを洗ってみるわよ」 

 

歌姫はそう言い捨てると、未練を断ち切るように鏡から勢いよく背を向けた。 

 

「そうですね。ここで、停滞しているわけにもいきませんし」

 

理央も短く同意し、顔を上げると鏡に背を向けた歌姫が、こちらに歩み寄ってきていた、その刹那。

 

「……?」

 

鏡面から、異様に細長く不気味な手が音もなく伸びる。

人間のものではない。それが歌姫の肩を掴もうとするのが理央の目に映った。 

 

「歌姫!!」

「へっ?」

 

理央は思考よりも先に体を動かし、咄嗟に歌姫の手を強く握りしめて自分の方へと引き寄せた。

強引に体勢を崩された歌姫は、何が起きたのか分からぬまま理央の方へ飛び込み、辛うじてその異形の手を回避することに成功する。標的を失った腕は、未練がましそうな動きで、鏡面の中へと消えていった。 

 

「……っ、理央!? いきなり何――」 

 

困惑し、立ち上がりながら声を荒らげた歌姫に理由を説明しようと理央が口を開きかけた、その時。

 

鏡面に、呪印が滲み出るように浮かび上がった。

 

それと同時に、尋常ではない密度の呪力が鏡から立ち上り、周囲の空気を歪ませる。 

 

 

理央の脳裏に、最悪の予感が過る。

 

 

(まさか…このレベルの呪霊が…)

 

 

 

 

 

 領域展開ーー照魔之蝕(しょうまのしょく)虚空転(こくうてん)

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