もしも庵歌姫に加茂家の同級生がいたら   作:暇人

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十九話 : 夏の終わり

 

 

海水浴を終えた一行は、理央が宿泊しているホテルへと一度戻ることにした。

夜に控えた夏祭りに向けて、着替えなどの身支度を整えるためだ。

 

「お祭りに行くなら、やっぱりこれがないと始まらないでしょ!」

 

陽子がそう言い鼻高々に広げてみせたのは、人数分の浴衣だった。

歓声を上げるタクヤたちが、我先にと自分に合った色や柄の浴衣を手に取る。

 

「……陽子さん、いつの間にこんなものを」

「事前に準備しておいたの。せっかくの夏祭りなんだから、楽しまなきゃ損でしょ?」

 

そうして一行はそれぞれの脱衣スペースへと向かった。

しばらくして子供たちが慣れない手つきで帯と格闘する声が響く中、和装に慣れている理央は真っ先に着替え終わって、姿を現した。

 

「ずいぶんと早いじゃない、理央。やっぱり慣れてるわね」

 

少し遅れて、歌姫が袖を整えながら出てきた。

普段から巫女装束を纏っている彼女もまた、手慣れた様子で浴衣を着こなしている。

 

「歌姫も流石ですね。それに、よく似合ってます」

「ふふ、ありがと。さあ、あの子たちの手伝いに行ってあげましょ?」

 

 

 

 

そうして日がすっかりと沈み、遠くの空からドンドンと腹に響くような祭囃子が聞こえ始めた頃。浴衣に着替え終わった6人は提灯の明かりが照らす道を、カランコロンと涼しげな下駄の音を鳴らしながら歩いていた。

 

昼間の明るい海とは打って変わって、夜の空気はどこか幻想的な熱があった。

道の両脇にはずらりと屋台が立ち並び、行き交う人々の楽しげなざわめきと、香ばしいソースの匂いや甘い綿菓子の香りが夜風に流れてくる。

 

「すごい人ですね。それに、なんだか空気が浮き立っているというか…」

 

理央はそわそわと辺りを見回している。タクヤたち地元の三人組も見慣れた景色のはずだが、やはりこの特別な高揚感には抗えないようで、それを隠しきれないように足早に歩いていた。

 

そんな彼らの後ろ姿を見守っていた陽子はふと足を止めて、微笑みを浮かべながら声を出す。

 

「ほら皆はぐれないように気をつけて、早速私とあっちの屋台を攻めるわよー!……じゃあ、そういうわけだから理央くんと歌姫ちゃんは適当に二人で回っててね。昼間が賑やかすぎた分、夜くらいはゆっくり羽を伸ばしてきてちょうだい」

 

昼間の海で二人きりの時間を作ってあげられなかった、陽子なりの不器用な埋め合わせだったのだろう。彼女は半ば強引にタクヤたちのお目付役を買って出ると、三人の背中を押してスッと人混みの向こうへ消えていった。

 

「ちょっ、陽子さん!? いくらなんでも急すぎ――って、もう見えないし!」

 

伸ばしかけた歌姫の手は空を切り、お囃子の音にかき消されて抗議の声は届かない。

 

「あぁ、皆行っちゃいましたね」

「……ハァ。ほんっと、あの人任務外のこととなると勝手なんだから。……ていうか、あんたもなんでそんな平然としてんのよ」

 

祭りの喧騒の中に、ぽつんと取り残された理央と歌姫の二人。

陽子の行動にため息をつく歌姫に対し、理央は不思議そうな様子で顎に手を添えていた。

 

「まあいいわ。せっかくあっちが気を利かせてくれたんだから、夜は私たちだけで回りましょうか理央」

「…そうですね。案内をお願いしてもいいですか?歌姫」

「もちろん、私に任せなさい!」

 

さっそく彼を案内しようと歩き出した歌姫だったが、周囲から向けられる異様な視線に気づいて足が止まった。

正確に言えば、その視線の的は隣を歩く理央だ。すれ違う人々が射抜かれたように目を奪われ、感嘆の息をこぼしている。

 

「どうしたんですか?急に止まって」

 

確かに元々美しい顔立ちをしている理央が、こうして浴衣を着こなした時の破壊力は凄まじい。落ち着いた黒色の浴衣が、彼の白い肌をより一層際立たせ、襟元からチラリと覗く鎖骨はどこか色気を帯びていた。通りすがる人々が思わず足を止めて見入ってしまうのも無理はなかった。

 

(……ああ、まあ、冷静に考えてみたらそらそうよね。うーん……このまま回ったら、ちょっとマズイかしら?)

 

そう危惧した歌姫は、半ば強引に理央の手首を掴むと、近くの屋台へと彼を引っ張っていった。

 

「歌姫?」

「いいからこっち」

 

そこは、色とりどりのお面が壁一面に吊るされた屋台だった。

 

「んと……これね。これを買いなさい」

 

歌姫は迷うことなく、口をすぼめたひょうきん顔をした『ひょっとこ』のお面を手に取った。そして、不思議そうにする理央に有無を言わせず、お面を被せる。

 

「うわっ……。歌姫、本当にどうしたんですか?」

「いや、あんた色々と目立ちすぎるのよ。いい加減自覚しなさい!」

 

すらりと伸びたスタイルに色気漂う黒の浴衣を着た体。その顔に乗っかるのは、なんとも間抜けなひょっとこの顔である。

そのあまりにもシュールなギャップに、歌姫は思わず吹き出しそうになるのを必死に堪えた。

 

「えっと……似合いますか?」

 

ひょっとこのお面から、至極真面目な理央の声が響く。それがさらに歌姫の笑いのツボを刺激した。

 

「ぶっ……うん……ふふっ、すっごく、似合ってるわよ。理央」

 

歌姫が肩を震わせながらなんとかそう答えると、理央はお面の並ぶ壁をもう一度見上げ、一つのお面を手に取った。それはふくよかで愛嬌のある『おたふく』のお面だ。

 

「なら、せっかくですから歌姫も一緒にどうですか?」

「は? なんで私が……」

「まあまあ、僕一人だけお面というのも寂しいじゃないですか」

 

そう言って理央は店主に小銭を渡しておたふくのお面を受け取ると、ひょっとこの顔のまま歌姫へと差し出した。

 

「さあ、歌姫も」

「ちょ、ちょっと、本気で言ってるの……? っ、わかったわよ、被ればいいんでしょ、被れば」

 

文句を言いつつも歌姫はおたふくのお面を受け取り、頭の横に身につけた。

シュールなひょっとこと、愛嬌たっぷりのおたふく。ある意味、さっきまでとは別のベクトルで目立っている気がしないでもないが、少なくともさっきよりはマシだろうと歌姫は自分に言い聞かせて、理央の隣を歩いた。

 

そしてお面で顔を隠した二人は光り輝く屋台の列へと突き進んでいった。

 

「ほら、まずはこれよ。お祭りの定番、りんご飴!」

 

差し出された真っ赤な艶を持つ塊を、理央は両手で恭しく受け取った。

 

「……宝石みたいに綺麗ですね。というかこれ、どこから食べれば正解なんですか?」

「正解なんてないわよ、ガブッといきなさい!」

 

歌姫に促され、お面を上げて恐る恐る口を開いた理央が、飴の膜をパキンと鳴らす。

 

「……! 凄く甘いです。中の林檎がシャキシャキしていて……不思議な食べ物ですけど、本当に美味しいです」

 

驚く理央の姿に、歌姫は満足げに頷いた。

次に向かったのは射的の屋台だった。コルク銃を渡された理央は、実銃とは全く違う手応えに戸惑いながら何度も銃を確認している。

 

「ほら理央、狙うのはあの端っこの景品よ!」

「は、はい、やってみます。でも、この引き金、大きすぎて感覚が掴みづらいというか……あ」

 

ポスッ、と力なく放たれたコルクは、的の手前で虚しく失速した。

 

「あー残念! フフッ、あんたでもそんなに外すことあるのね」

「アハハ……難しいですねこれ。術式と同じくらい繊細な力加減が必要です」

 

悔しそうに眉を寄せながらも、理央は「もう一回いいですか?」と子供のように目を輝かせて二発目に挑戦していた。

 

 

続いて挑戦した型抜きでは、理央の集中力が遺憾無く発揮された。極細の針を手に、彫刻家のような真剣な眼差しで板菓子と格闘する。

 

「……周囲から少しずつ、削っていくんですね」

 

細心の注意を払いながら針を動かす理央。ギリギリを攻めるのが楽しいのか少年のような笑みをこぼしていた。

最後の一片をパキリと外すと、理央は誇らしげに成功した花の形を掲げてみせた。

 

「見てください、歌姫! 綺麗に抜けましたよ」

「嘘、マジで成功させたの!? あんた、意外な才能あるわね」

 

手に入れたささやかな景品を大切そうに眺めながら、理央は心底嬉しそうに歩を弾ませていた。

 

ヨーヨー釣りでは水面に浮かぶ色鮮やかな風船を前に、理央は慎重に針を沈めた。

 

「……これ、紙の紐が水を吸うとすぐに切れてしまうんですね。中々奥深いです……」

 

理央は真剣に水面を凝視している。一度目は欲張って大きなヨーヨーを狙い、こよりをぷつりと切らしてしまったが、二度目で見事に赤色のヨーヨーを釣り上げた。

 

「フフフ、歌姫見てください。……弾くと、いい音がしますよ」

 

指にゴムをかけてポテポテと手のひらで弾く理央はどこか幼い満足感に満ちていた。

 

「あんた、さっきからコツ掴むの早いわね。まっ、私ほどじゃないけどね」

 

歌姫が指にかけた三つのカラフルなヨーヨーを揺らして見せる。理央はその得意げな顔を見るとどこか面白そうに目を細め、くすりと笑った。

 

その後も様々な屋台を楽しみ、歩き疲れた二人は道から少し外れたベンチに腰を下ろし、買ったかき氷を食べることにした。

理央はハワイアンブルー、歌姫はいちご味だった。

 

「ちょっと理央、ベロ出してみて。……あははっ、やっぱり!すっごい真っ青!あんた、妖怪みたいになってるわよ」

「フフッ……そういう歌姫こそ、イチゴで真っ赤になってますよ。お互い様ですね」

 

互いの顔を見て、どちらからともなく笑いが漏れる。理央は冷たさにこめかみを押さえながら、しみじみと呟いた。

 

「ハァ……お祭りって、こんなに騒がしくて、温かいものなんですね。どれも初めてのことばかりで、少し目が回りそうでしたが……凄く、楽しいです」

 

お面を頭の横にずらし、夜風に吹かれる理央の表情は、いつもよりさらに穏やかだった。

 

「でしょ? あんたの鍛錬癖も前よかマシになったけど、まだまだこういう時間を過ごさなきゃね」

 

歌姫が笑って肩を小突く。

 

「フフッ、そうですね」

 

理央は優しく微笑み返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方の陽子と三人組は、理央や歌姫に負けず劣らず、お祭りの屋台を隅々まで練り歩いていた。

 

「ふぅ……。ちょっと、一旦休憩しましょうか」

 

陽子の提案で、一行は境内の隅にある石段に腰を下ろした。手元には、屋台で買い込んだ香ばしい匂いのする焼きそばや、湯気が立ち上るたこ焼きがある。それを四人で突き合いながら、冷たいラムネで喉を潤した。

 

祭囃子を遠くに聞きながら、話題は自然と、今頃二人で回っているであろう理央と歌姫のことになった。

きっかけは、アイが隣に座るサキの顔を覗き込み、いたずらっぽく小声で囁いたことだった。

 

「ねえ、サキ。……あんたって、理央さんのこと好きなの?」

「ふぇっ!? な、何言ってるのアイちゃん!?」

 

サキは持っていた割り箸を落としそうになるほど激しく動揺し、見る間に顔を真っ赤に染めた。その過剰な反応に、アイはニヤリと口角を上げる。

 

(そ、そうだったのサキちゃん!?)

 

一方の陽子はアイと違い、サキが理央を好いているかもしれないなどとは、微塵も考えていなかったため目を丸くして驚いていた。

 

「だって、すごい分かりやすいんだもん。理央さんの話をする時とか、実際に話してる時、サキってば耳まで赤くなってるし。今日だって『水着姿が格好いい』なんて、本人に言ってたじゃない」

「それは……! その、普通に似合ってたから言っただけであって、別にそんなつもりじゃ……!」

 

サキが必死に弁明するが、横で焼きそばを頬張っていたタクヤも、その気配は十分に感じ取っていたらしい。

 

「そうは言うけどさあ実際のところ、どうなの? サキ」

 

タクヤにまで真顔で尋ねられ、サキは観念したように視線を泳がせた。そして、指先をいじりながら消え入るような声で、けれどどこか嬉しそうに白状した。

 

「……確かに、初めて会った時に……。私を……その、お姫様抱っこして助けてくれた時は……。なんだか、白馬の王子様みたいだって、思っちゃったわよ……」

 

その告白を聞いた瞬間、三人の脳裏には共通の衝撃が走った。

 

(((お姫様抱っこ!!?)))

 

内心での驚愕は凄まじかったが、同時に三人は、理央のあの浮世離れした美貌と立ち振る舞いを思い返し、静かに納得した。

 

(確かに、あの状況でそんなことをされたら……)

 

(理央くんは、きっと一ミリも自覚がないんでしょうけど……)

 

(まあ好きになっても仕方ないわよね…)

 

三人が各々の解釈で理央の罪深さを噛み締めていると、陽子が少し申し訳なさそうに眉を下げた。

 

「ごめんなさいね、サキちゃん。そんな素敵な思いがあるのに、私が理央くんを引き離しちゃうようなことをしちゃって……」

 

謝罪の言葉を続ける陽子に、サキは慌てて手を振ってそれを遮った。

 

「違うの、陽子さん! 謝らないで! 私、別に理央さんのことが……その、付き合いたいとか、好きとかなわけじゃないの!」

 

はっきりとした否定に、三人は再び驚いて声を上げた。

 

「え、お姫様抱っことか惚気てたのに?」

 

「別に惚気てないよアイちゃん!

……えっと、その、確かに理央さんは綺麗だし、気遣いもできて、優しくて、本当に良い人で完璧だと思うけど……。でも、完璧すぎるからこそ、もし仮に付き合ったりしても、私、ずっと気を遣い続けちゃうと思うの。自分が隣にいるのが不釣り合いに感じちゃって、気が休まらないというか……」

 

サキの切実な言葉に、三人は「ああ……」と深い納得の声を漏らした。

 

陽子は、理央を幼い頃から知っており、年下の弟のような感覚で接している。だからこそ緊張せずに済んでいるが、もし自分と同年代の異性として出会っていたら、今ほど気軽に話しかけることはできなかっただろうと考えた。

 

タクヤもまた、自分は同性だが、時折理央と目が合うとその美しさに謎の緊張感を覚え、背筋が伸びる思いをすることがある。女性なら、そのプレッシャーは尚更だろうと察した。

 

アイにいたっては、サキほど理央との直接的な接点があるわけでもなく、自分のようなタイプとは住む世界が違いすぎると感じていた。綺麗だし良い人だとは思うが、恋愛対象として見るには不釣り合いという壁が、サキ以上に高くそびえ立っている。

 

すると、アイがふと感心したように呟いた。

 

「そう考えると……歌姫さんって、すごくない?」

「確かに。あんなに理央さんと自然な距離感でいられる人、なかなかいないよね。いい意味で気を遣ってないというか。……いや、むしろ理央さんを振り回してる時すらあるし」

 

タクヤも頷く。

 

「歌姫さんのタイプが、理央さんみたいな人じゃないのかな? それにしても、普通に隣を歩けるのは尊敬しちゃうわ…」

 

サキがそう言う一方で、陽子だけは少し別の考えを抱いていた。

 

(歌姫ちゃんがあんなに自然体でいられるのは、きっと理央くんの『世間知らずで放っておけない部分』を強く感じているから……そんな気がするのよね)

 

 

頼れる一級術師の相棒かと思えば、自分が教えることを子供のように楽しんで笑ってくれる同級生。

そんな理央の姿が、今の二人の絶妙な距離感の正体なのかもしれない。

だが、陽子の心には、一つの意地悪な疑問が芽生えていた。

 

(でも……いつか理央くんが迷子の少年を卒業して、なんのフィルターもない一人の男の子として彼女の目に映るようになった時……その時も歌姫ちゃんは、今まで通り強気でいられるのかしら?)

 

もちろん、ただの見当違いかもしれない。陽子は夜風に吹かれながら少しだけ口角を上げた、その時だった。

 

――シュルルルッ

 

夜を切り裂いて、何かが空高く昇っていく音が響いた。

直後、ドンッという腹に響く音と共に、漆黒の空に大輪の花火が咲き誇る。

 

「わあ、始まったよ! 皆!」

「すごい……綺麗だなあ!」

「本当、何度見ても良いものね…」

 

タクヤたちの歓声が上がる。陽子もまた、色鮮やかに染まる夜空を仰ぎ見た。この光はきっと、少し離れた場所にいる二人も同じように見上げているはずだ。

 

「……ふふ。あの子たちも、どこかで一緒に見ているかしら。……素敵な思い出になるといいわね」

 

陽子は穏やかな微笑みを浮かべ、はしゃぐタクヤたちの隣で、夜空に咲く花火を目に焼き付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、祭りの喧騒から少し離れた静かなベンチ。

理央と歌姫は、並んで腰を下ろしていた。

手元のカップに入ったかき氷は、夏の熱気に当てられて、半分ほどが色鮮やかなシロップの海に変わっている。冷たさがまだ喉の奥に残る中、夜空に轟音が響き渡った。

 

視界を埋め尽くすほど大輪の花火が、夜空に幾重にも重なって弾ける。赤、青、金。色とりどりの光が、ベンチに座る二人の全身を照らした。

 

「……っ、わあ……! すごい、理央、見て! 綺麗ね……」

 

歌姫が立ち上がり、子供のような無邪気さで空を指差す。その瞳は降り注ぐ光を反射して、キラキラと輝いていた。

 

理央も一度は空を見上げた。けれど、すぐに彼の瞳は、隣で歓声を上げる女性の横顔へと吸い寄せられていく。

 

激しく入れ替わる光に照らされた歌姫の顔。

自分を外の世界へ連れ出し、戦場でも日常でも隣に立とうとしてくれる、強く、真っ直ぐな人。

 

理央の胸の奥が、花火の音よりもずっと大きく、熱く脈打った。

 

「……ええ、本当に…」

 

理央は花火から目を逸らしたまま、噛み締めるように、静かに言葉をこぼした。

 

 

「……綺麗ですね」

 

 

夜風が火薬の匂いと共に、祭りの終わりを予感させる切ない余韻を運んでくる。

 

やがて夜空を焦がした花火が消え、夏がその幕を閉じようとする傍で。

まだ名前のつかないその想いが、理央の心に深く、深く、刻まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後。東京都呪術高等専門学校。

放課後の静かな教室に、二人の人影があった。

 

窓際に腰掛け、少しだけ青みがかった銀髪を指先で弄んでいる女。

その向かいで机に座って、心底退屈そうに天井を仰いでいる男。

 

「聞いたかい日下部。京都校の一年が特級案件を撃破したそうだよ。しかも相手はただの特級呪霊じゃなく、特級仮想怨霊」

「あー……そういえばあったな。確か加茂家の坊ちゃんだろ」

 

加茂理央。加茂家の次期当主にして、御三家相伝の術式を高度に操る若き天才。男からすれば、才能と権力を併せ持つ彼は雲の上の存在であり、同時にあまり関わりたくない厄介な大物でもあった。

 

「ああ、噂は予々(かねがね)耳にしていたが本当に末恐ろしいね。その分、今年の交流会は随分と価値のあるものになりそうだ」

「おめーの向上心は相変わらずだなあ。俺はめんどくさくて仕方ないね。……そんなに加茂家の坊ちゃんが気になんのか?」

「まあ、加茂家の次期当主ともなれば、彼も大いに気になるさ。ただ……」

 

女は窓の外へ視線を向け、遠く離れた呪術の聖地たる古都に思いを馳せた。

 

「私が気になっているのは彼だけじゃない。もう一人」

 

「庵歌姫……フフッ、面白い巡り合わせだね」

 

窓の外を見つめる彼女の脳裏には、一年前のある情景が鮮明に浮かんでいた。

かつての気まぐれが予想外の利子を連れて戻ってきたことに、女は艶やかな唇の端を吊り上げて、優雅に微笑んだ。

 

 

 

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