もしも庵歌姫に加茂家の同級生がいたら   作:暇人

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二十話 : 姉妹校交流会-壱-

 

 

夏から秋へと季節が移ろい、木々がわずかに色付き始めた九月。

 

猛暑もようやく鳴りを潜め、吹き抜ける風に微かな涼を覚えるようになった頃、理央と歌姫を含めた京都校の生徒と教師陣は、新幹線に揺られて東へと向かっていた。

車窓に映る景色を横目に、理央は手元の駅弁を美味しそうに頬張っていた。

 

「……うん。この卵焼き、甘くて美味しいです」

 

対照的に、隣に座る歌姫の箸はすっかり止まっていた。

時折思い出したように米をつついては、ため息を吐く。

その様子を見かねた理央が問いかけた。

 

「歌姫、緊張してるんですか?」

「うん……。目標ではあったけど、いざこうやってその時が来るとね……」

 

彼らが今、東京へと向かっている理由は

『東京・京都姉妹校交流会』という高専独自の行事のためであった。

西と東の高専生が二日間競い合うイベントで、前年は東京校の()()であったため、前年の勝利校が開催場所となるという通例に従い、今年は京都から東京へと移動していた。

 

「大丈夫ですよ。普段の任務と違って、命がかかってるわけじゃないですから。……あとそのお弁当、食べないなら僕がもらってもいいですか?」

「あんたはもう少し緊張感持ちなさいよ! ……ほら、コロッケあげるから」

 

呆れ半分に歌姫がコロッケを理央の弁当箱に移すと、理央は礼を言って顔をほころばせた。そんな彼を見ていると、歌姫の肩に入っていた力も少しだけ抜けた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて新幹線は東京に到着し、一行は東京校の敷地へと足を踏み入れた。

そこは京都校と同様に深い山の中にあった。いわゆる東京らしさはほとんどなく、静かな空気が漂っている。

 

「東京っていうからもっとビル群みたいなのを想像してたけど、あんまりうちと変わんないのね」

 

木々が鬱蒼と生い茂る山道を歩きながら、歌姫がぽつりと言った。

 

「そうですね。僕ももう少し都会かと思っていました。空気も澄んでいますし、なんだか落ち着きますね」

 

理央が同意するように頷きながら歩を進める。ふと、頭上からバサバサという羽音が聞こえた。見上げると、一羽の()()()が枝から枝へと飛び移り、こちらを見下ろしている。理央はわずかにそのカラスを見やった。

 

「………」

「理央?何止まってんのよ」

「あっはい、今行きます」

 

しかし、歌姫に促されてすぐに先へ進んだ。

 

道なりに進むと、伝統的な寺院建築の校舎が見えてきた。

そこには東京校の面々がいた。そして、強面の教師らしき男が一歩前へ出て、京都校の一行を出迎える。

 

「ようこそ、東京校へ。楽巌寺学長、お久しぶりです」

 

低い声でそう告げた男の名は、夜蛾正道(やがまさみち)。東京校の学長が最近亡くなったため、現在は一時的に学長()()を務めている。

 

「うむ、息災であったか。学長代理とはいえ、大役ご苦労」

「お気遣い感謝します。さあ、立ち話も何ですから」

 

夜蛾学長代理と楽巌寺学長が学長室へ移動して話し始めると、生徒たちにはその間自由時間が与えられた。

しかし自由時間になっても、両校の生徒の間には()()な空気が流れていた。

昨年の交流会で東京校が圧勝したことが尾を引き、京都校側の対抗意識が強まっていたのだ。そのため、互いに同校の生徒同士で固まって話し合っていた。

歌姫はひそひそ声で理央に尋ねた。

 

「……ねえ、理央。向こうの人たちに自己紹介とかした方がいいのかな」

「まあ僕たちは一年生ですし、挨拶くらいは行きましょう」

 

理央はそう言うと、東京校の生徒の中に立っていた、刀を持った学生へと歩み寄った。

 

「お久しぶりです。日下部さん」

 

理央が礼儀正しく声をかけると、話しかけられた学生――日下部篤也(くさかべあつや)は、心底面倒くさそうに大きなため息を吐き出した。

 

「……ハァ。なんでわざわざ俺のとこに来るんだよ」

「知っている顔が日下部さんしかいなかったものですから」

 

理央が声をかけると、慌てて隣についてきた歌姫は背筋を伸ばし、緊張した面持ちで口を開いた。

 

「あ、あの! 私は京都校一年の庵歌姫です。等級は2級です、よろしくお願いします!」

 

日下部は壁に預けていた背中を離すと、小声でボヤきながらも渋々といった様子で向き直った。

 

「ああ……そっちの一年と会うのは初めてか。俺は東京校三年の日下部篤也。一応、等級は()()()だ」

(準一級……)

 

準一級という自身よりも一つ上の階級に、歌姫は内心で少し驚いた。

 

「今回は一年の僕らも参加することになると思うので、お手柔らかにお願いします」

 

理央が恭しく頭を下げるも、日下部は「あー、はいはい」と無愛想な相槌を返すだけだった。

 

その時、歌姫はふと、あることを思い出した。目の前にいるのは()()()の三年生。ならば、あの人のことを知っているかもしれない。

 

「あの……日下部先輩。昔、私を助けてくれた呪術師の方が東京校にいるはずなんですが、どこにいるかご存知ないですか?」

「あ? 誰だよそれ」

「えっと、見た目の特徴は、白い髪をした綺麗な女の人で……」

 

歌姫がそこまで言った瞬間、日下部の目がピクリと動いた。そして、露骨に顔をしかめる。

 

「あー……そいつはな」

 

日下部が言葉を濁した直後、三人の前に一人の女性が音も無く姿を現した。

 

「私をお探しかな?」

 

青みがかった銀髪を後ろで結った、端正な顔立ちの女性だ。切れ長の瞳からは知性と教養が感じられ、黒のシャツに長いスカートという特注の高専制服を纏い、凛とした佇まいで立っていた。

 

「お前どこ行ってたんだよ」

 

日下部がぼやくと、彼女は涼しい顔で答えた。

 

「少しだけ先に()()していてね。……もっとも、彼には気づかれていたかな」

 

そして彼女は、理央に向き直って自己紹介をした。

 

「初めまして。私は東京校二年の冥冥(めいめい)。等級は、この日下部と同じ準一級だよ」

 

歌姫は目を白黒させて冥冥を見つめていた。

一年前、呪霊から自分を助けてくれたあの背中。呪術師を志すきっかけとなった憧れの人、それがまさしく目の前にいる冥冥だったのだ。

 

歌姫が感動で言葉を詰まらせていると、冥冥の視線は歌姫を通り越し、理央へと向けられた。

 

「君とこうして()()会うのは初めてだね、加茂くん」

「直接、ですか?えっと、どこかでご一緒しましたか?」

 

理央が不思議そうに首を傾げると、冥冥は少し面白そうに答えた。

 

「昨年の合同任務で、君と同じ現場にいたんだよ。まあ、私は後方支援の一人だったから面識はなくて当然だけどね」

「……それは失礼いたしました」

 

理央が素直に頭を下げると、冥冥は手を振ってそれに応えた。

 

「今回の交流会ではよろしく頼むよ。お互い、有意義な時間にしようじゃないか」

「はい、こちらこそ」

 

二人が握手を交わし、会話が一段落したタイミングで歌姫がいよいよ冥冥に話しかけようと息を吸い込み、口を開いた、まさにその時だった。

 

「あのっ――」

「おい、加茂! 学長たちが呼んでるぞ、早く来い!」

 

少し離れた場所から、京都校の先輩が苛立ったような大声で理央を呼んだ。

 

「すみません、僕は少し外れますね。……歌姫、頑張ってくださいね」

そう小さな声でエールを送り、理央は足早に学長たちの元へと去っていった。

 

理央がその場から去ると、日下部は「ふぅー」と疲れたようにため息を吐き、そのまま地面に腰を下ろした。

 

残された歌姫は、改めて冥冥に向き直った。緊張で胸を高鳴らせながら、意を決して口を開く。

 

「あの! 私、一年前にあなたに助けていただいた、庵歌姫です」

 

深く頭を下げる歌姫。しかし、顔を上げた彼女が見たのは、ぽかんとした冥冥の表情だった。そして、冥冥から返ってきたのはなんとも冷ややかな言葉だった。

 

「……すまない。君と、どこかで会ったかな?」

「えっ……?」

 

自分が呪術師になるきっかけをくれた恩人が、自分のことを微塵も覚えていなかったという現実。

歌姫は頭を殴られたような衝撃を受けた。

 

(ハハ……そりゃそうよね。向こうからすれば、ただの任務の一つなんだから……)

 

自分が忘れられていたという事実からどうしようもない悲しみに打ちのめされ、歌姫は膝から崩れ落ちた。そのまま地面に四つん這いになってうなだれる。

 

「ああっ……うぅ……っ」

 

そんな歌姫の惨めな姿を見下ろして、冥冥は数秒の沈黙の後、耐えきれないように大笑いし始めた。

 

「アハハハッ! いや、すまないすまない」

 

冥冥は膝をつき、四つん這いになっている歌姫の目の前にそっと手を差し伸べた。

 

「君のことはちゃんと覚えているし、噂も聞いているよ、庵歌姫。久しぶりだね」

「……えっ?」

 

歌姫は自身がからかわれていたのだと分かり、心底安堵した。どっと全身の力が抜けそうになりながらも、差し出された冥冥の手を取ってゆっくりと立ち上がる。

 

「もー! ひどくないですか!?本当に忘れられてたかと思って、心臓止まるかと思いましたよ!」

 

半泣きで抗議する歌姫に、冥冥は悪びれる様子もなく微笑んだ。

 

「すまないね。私に会った君の顔があまりにも純真すぎてね……つい、イタズラをしたくなってしまったんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、学長たちが待つ一室へ呼び出された理央は、椅子に座って二人の話を聞いていた。

 

「前々から話していたとおり、今年の交流会は()()のお主と庵にも、数合わせとして出てもらうことになった」

「承知いたしました。微力ですが、尽力させていただきます」

 

厳格な面持ちで告げる楽巌寺学長に対し、理央は頭を下げて了承する。その素直な返答に学長は満足気に息を吐き、自身の髭を撫でた。

 

「昨年は見ていられぬ出来だったからな。お主のような実力者が入ってくれるのは助かる」

 

楽巌寺学長がそう忌々し気にぼやく。

というのも、昨年の交流会で東京校が圧勝した背景にはある学生二人の存在があった。

 

当時一年生ながら矢面に立って京都校の生徒を蹂躙した冥冥と、その陰から場を完璧にコントロールしていた二年生の日下部篤也である。

 

本来、学生であれば良くて二級程度の実力が相場だ。しかし、この二人は共に『準一級』という傑物であり、日下部に至っては()()()()の実力を有していた。

 

こうして交流会に関する通達が終わり、楽巌寺学長が部屋を後にする。そしてそれまで黙って控えていた東京校の学長代理――夜蛾正道が、少しだけ教師の顔を崩して口を開いた。

 

「久しぶりだな、理央」

「はい。お久しぶりです、夜蛾さん」

 

術師として長く活動してきた理央と夜蛾は、過去の合同任務で死線を共にした顔見知りだった。

 

「陽子から話は聞いていたが、まさかお前が高専の生徒として入学してくるとはな……」

 

夜蛾と陽子は学生時代の先輩・後輩という間柄であり、理央と夜蛾を繋ぐもう一つの接点でもあった。

 

「ええ。色々とありましたが、無事に学生をやっています」

 

理央は穏やかに微笑むと、夜蛾を見上げて言った。

 

「そういう夜蛾さんこそ、教師という立場がすっかり様になっていますね。凄くしっくりきますよ」

 

てっきり喜ぶかと思いきや、夜蛾は深々と、それはもうひどく疲れ切ったようなため息を吐き出した。

 

「そうか……そう見えるなら、良いんだが」

「えっと、何か問題でも?」

「ああ……」

 

夜蛾は眉間を揉みほぐしながら、愚痴をこぼすように語り始めた。

 

「ウチの日下部といい冥冥といい、あいつらは決して不良や問題児というわけじゃないんだが……癖が強くてな。中々一筋縄ではいかんのだ」

「日下部さんたちが、ですか?」

 

「日下部は実力的にはとっくに一級に昇格すべきなのに、のらりくらりと躱して一向にその気配がない。冥冥は冥冥で、昨年の交流会で矢面に立って、京都校の生徒を大量に相手して無用な溝を作ったりとな……」

「ああ……」(通りで先輩、あんなに怒ってたのか)

 

夜蛾の苦悩は深い。明確にルールを破っているわけではないため、頭ごなしに怒ることもできない。

彼らは常に『絶妙に叱れないライン』で厄介事を引き起こすのだという。

 

「まあ実力は申し分ないんだがな……。正直、疲れるんだ」

 

そう言って肩を落とす夜蛾の姿は、屈強な呪術師というよりも、板挟みにあう中間管理職だった。

 

「あいつらも、少しはお前を見習ってくれればいいんだがな」

「アハハ……お疲れ様です、夜蛾さん」

 

理央は同情を込めて、苦笑いするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理央が夜蛾先生と話している頃、一年越しの感謝も無事に伝えることができ、歌姫は冥冥とすっかり打ち解けていた。

ふと話題が途切れた時、歌姫の脳裏に先ほどの光景が蘇った。

 

「そういえば冥さん。さっき、理央が日下部先輩に『お久しぶりです』って言ってましたけど、二人は知り合いなんですか?」

 

「ああ、日下部は何回か、加茂くんと一緒に任務をしたことがあるらしいよ」

「……ほんの数回だけどな。あいつは相変わらずだ」

 

話が聞こえていたのか、日下部が横からぬっと会話に入ってきた。

 

「そういえば彼、本当にあんな恭しく話すんだねぇ。御三家跡取りの腰があそこまで低いというのは、見ていて面白いよ」

「ああ、ったく先輩の俺に平気でタメ口叩くお前とは、えらい違いだぜ」

「まあ日下部は日下部だしね。私からしたら敬語を使う方がおかしいよ」

「どういう意味だそりゃ」

 

遠慮のない先輩二人のやり取りに、歌姫は思わず笑みをこぼした。

 

「アハハ……確かに、理央のあの敬語は少し不思議ですよね」

 

日下部は少し間を置き、意味深に言った。

 

「……まぁ、不思議と言えば不思議で片付けられるか」

 

どこか含みを持たせた言い方に、歌姫が小さな疑問を抱いた。すると、その沈黙を埋めるように冥冥が補足した。

 

「フフフ……日下部はね、彼のことを()()()()()()のさ」

「おい、言い方」

 

日下部が顔をしかめて突っ込むが、歌姫は驚いて聞き返した。

 

「怖がってる……? あの理央をですか?」

 

日下部は頭をガリガリとかきむしると、観念したように息を吐き出した。

 

「お前も知ってると思うが、あいつは加茂家の次期当主で、純度100%の御三家育ちだ。……前提として、御三家の術師らが俺らに向ける態度は傲慢だしムカつくが、育った環境を考えれば当然っちゃ当然なんだよ」

「えっと……つまり?」

「まともじゃない価値観に育つのが当たり前の環境で、まともな価値観と恭しさを持った人間になるのは、果たして『まとも』だと思うか?」

 

歌姫は少し押し黙った。

そして、入学したばかりの頃、理央が言っていたことを思い出す。彼は確か、御三家の価値観や感性が自分には合わなかったと語っていた。

 

「理央は、御三家の価値観とか感性が自分に合わなかったって言ってましたけど……」

「フム……価値観というものは生まれつき完成しているものじゃないよ、歌姫。それは育った環境に強く左右されるものだ」

 

冥冥が教え諭すような優しい声で言った。

 

「彼が自分の意思だけでその環境を拒絶し、あそこまで完璧な人格を形成したというのは……理由としては少し弱いかな」

 

冥冥の冷静な指摘に、歌姫は返す言葉を見つけられなかった。沈黙が降りたところに、日下部が言葉を発する。

 

「同級生のお前に言うのもなんだが、俺はあいつの恭しい態度が胡散臭く感じるし、腹の底で何考えてんのかわからないのが不気味なんだよ」

 

歌姫は日下部の意見に、内心で一定の理解を示した。

呪術界の闇や、御三家の異常性を知る者からすれば、理央の存在は確かに異質で、警戒すべき対象に見えるのだろう。その論理は理にかなっていた。

しかし、歌姫の心は日下部の意見にどうしても納得できなかった。

休日や夏祭りで見せた理央の笑顔が、偽物だとは到底考えられなかったからだ。

 

冥冥がふと、学長室から戻ってくる理央の姿を見つけて微笑んだ。

 

「私は彼への興味が尽きないね。実力や立場もそうだが、人間としてね」

 

理央の顔には、いつもと変わらない穏やかな笑みが浮かんでいる。

様々な視線と思惑が交錯する中、いよいよ姉妹校交流会が幕を開けようとしていた。

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