もしも庵歌姫に加茂家の同級生がいたら   作:暇人

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二十一話 : 姉妹校交流会-弐-

 

 

学長たちとの挨拶を終えた理央が戻り、歌姫たちに合流した。

 

「おかえり、理央。学長たち、なんて言ってた?」

「ただいまです歌姫。予定通り、僕たちも交流会に出ることになりましたよ」

「そっか……。本当に、出るのね」

 

一年生ながら交流会に駆り出されることへの重圧からか、歌姫は緊張した面持ちで小さく深呼吸をしてその報告を受け入れた。

そして校舎の奥から、一時的に東京校の学長代理を務める夜蛾正道と、京都校の楽巌寺学長が連れ立って戻ってきた。

 

「自由時間は終わりだ。全員、集合しろ」

 

夜蛾の号令が響き、境内に散らばっていた両校の生徒たちがそれぞれの陣営へと分かれていく。

そして、その場を離れる前に先ほどまで言葉を交わしていた東京校の冥冥と日下部に、歌姫と理央は改めて向き直る。

 

「冥さん、日下部さん。さっきまでは色々とお話ししてましたけど……ここから先は勝負ですからね! 私たち、簡単にはやられませんよ!」

 

歌姫の精一杯の強気な言葉に続くように、理央も視線を送って口を開く。

 

「それでは後ほど。……今日の団体戦、僕たちは一切手加減しませんからね」

 

宣戦布告とも取れる二人の言葉に、冥冥は面白そうに口角を上げる。

 

「フフッ、それは楽しみだね。勿論、こちらこそ容赦はしないよ」

「あーあ……そんなこと言って。ちっとくらい手加減してくれりゃいいのによ」

 

生徒たちがそれぞれの陣営に分かれて整列し、全員が顔を揃えたのを確認すると、夜蛾が一歩前に進み出た。威圧感のある低い声が、静まり返った場に響く。

 

「これより、姉妹校交流会を開始する。一日目は『団体戦』だ」

 

夜蛾は両校の生徒たちをぐるりと見渡し、淡々とルールを告げた。

 

「ルールは単純。指定された区画内に放たれた『二級呪霊』を先に祓ったチームの勝利とする。区画内には三級以下の呪霊も複数放たれている。もし日没までに二級呪霊の討伐で決着がつかなかった場合は、全体の討伐数が多いチームを勝者とする」

 

夜蛾はそこで言葉を区切り、鋭い視線を生徒たちに向けた。

 

「勿論妨害行為もアリなわけだが、あくまで君達は共に呪いに立ち向かう仲間だ。交流会は競い合いの中で仲間を知り、己を知るためのもの。相手を殺したり、再起不能の怪我を負わせることのないように」

 

釘を刺す夜蛾の言葉に、場にピリッとした緊張感が走る。それは裏を返せば『殺害と再起不能の怪我さえ避ければ、あとは何をしてもいい』という事実上の許可だ。ただの呪霊討伐レースではなく、術師同士の直接的な実力行使――激しい潰し合いが公認されたことで、両陣営の間に敵対心の火花が散る。

夜蛾は生徒たちの闘志を見据え、誰からも質問が出ないことを確認した。

 

「質問はなさそうだな。では、開始時刻の正午までに各員開始位置へ移動しろ。……解散!」

 

夜蛾の説明が終わると同時に、張り詰めた空気を纏ったまま、生徒たちは作戦を練るべくそれぞれの陣営へと散っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

開始時刻の正午に向けて、京都校の面々は森の入り口付近にある待機所に集まり、作戦会議を行っていた。

 

「……理央、歌姫、まず先に言っておくが、とにかくあの冥冥って女には気をつけろ。去年は本当に散々だったからな」

 

上級生の一人が、苦々しい表情で昨年の交流会を振り返る。

彼が言うには、昨年はメンバーを散開させて効率よく呪霊を狩るはずだった。しかし、どこで見られていたのか次々と冥冥一人に急襲され、京都校が全滅した頃に、日下部が悠々と二級呪霊を祓って終わったのだという。

 

「まるでこちらの動きが筒抜けだった。おそらく、索敵に特化した術式か何かだろうが……」

 

上級生のその言葉を聞き、理央は顎に手を当てて静かに思考を巡らせた。

 

(昨年の京都校の動きが完全に把握されていたという事実。僕がこの高専に足を踏み入れた際に見かけた、不自然な挙動のカラス。そして先ほど、冥冥さん自身が仄めかしていた『観察』という言葉……)

【少しだけ先に観察していてね。……もっとも、彼には気づかれていたかな】

 

それらの断片的な情報が、理央の頭の中でカチリと一つの線に繋がる。

 

「あの、おそらくですが……冥冥さんの術式は、生物を操るタイプの術式です。カラスのみか、鳥類全般か、はたまたそれ以上かは分かりませんが」

 

理央が静かなトーンで推測を口にすると、作戦会議の場にいた全員の視線が彼に集まった。

 

「カラス、だと?」

「ええ。索敵に特化しているという先輩の証言とも辻褄が合います。上空から鳥の視界を共有できるならば、この広大な森の中で人の動きを把握することは容易いはずです」

 

理央の理路整然とした説明に、上級生たちは一瞬呆気にとられた。しかし、すぐに昨年の交流会の記憶を掘り起こすように顔を見合わせる。

 

「……言われてみれば昨年、森の中でやけにカラスの鳴き声がした気がするな」

「ああ、俺もだ。息を潜めていたのに、ピンポイントで急襲されたが……空から見られていたって言うなら、あのイカれた正確さも納得がいく……!」

 

上級生たちがようやく違和感の正体に気づき、腑に落ちたように頷き合う。

しかし、その事実に危機感を覚えた歌姫が、顔を強張らせて話し始めた。

 

「……ちょっと待って理央。あんたの言うことが本当なら、それって……」

 

歌姫は自らの口で言いながら、その絶望的なまでの不利さを明確に自覚していく。

 

「どこに隠れても無駄で、こっちがどう動くか全部向こうに筒抜けってことでしょ? ……いくらなんでも、このルールの団体戦でそれは不利すぎない!?」

 

歌姫の指摘はもっともだった。

今回の団体戦の勝利条件は、指定区画内に潜む「二級呪霊」をいち早く見つけ出し討伐すること。つまり、広大な森の中からターゲットを探し当てる『索敵能力』こそが勝敗に直結する。

 

上空から複数のカラスの視界を共有できる冥冥の術式は、いわば自分たちだけ戦場の全体マップを持っているようなものだ。

ターゲットである二級呪霊の位置も、妨害すべき京都校の位置も全て、リアルタイムで詳細に把握できる。

相手の奇襲を未然に防ぎつつ、こちらは最短距離で獲物へと向かえるのだから、このルールにおいてはズルに等しい優位性だった。

 

「……確かに歌姫の言う通りだな。相手のカラクリが分かったところで、こちらが不利なことには変わりない」

「まったくだ。空を飛ぶカラスを片っ端から撃ち落とすのも現実的じゃないしな。かといって索敵能力にこれだけ差がある状態で呪霊を探し合えば、確実に先を越されるぞ……」

 

上級生たちは理央の推測で一度は謎が解けて腑に落ちたのも束の間、改めて突きつけられたハンデとも言える不利に顔を強張らせ、重苦しい嘆息を漏らした。

しかし、狼狽する歌姫と嘆く上級生たちを前にしても、理央は穏やかな笑みを崩さずに口を開いた。

 

「大丈夫ですよ、歌姫、先輩方。こっちにも勝ち目は十分あります」

 

理央は緩やかに口角を上げると、上級生たちをも見渡して言葉を継いだ。

 

「今年の京都校は一味違うってところ……東京校の皆さんに見せてあげましょう」

 

その自信に満ちた言葉に、不安げだった周囲の空気もわずかに引き締まる。

理央は鼓舞する言葉の裏で冷静に盤面を俯瞰していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正午を告げる鐘の音が、高専の森に重く響き渡った。

それを合図に、姉妹校交流会の一日目・団体戦が幕を開ける。

 

「それじゃあ、作戦通りにお願いします」

 

理央の静かな声に応じるように、歌姫たち京都校のメンバーは作戦を果たすべく、深い森の中へと駆け出していった。

 

一方、京都校のスタート地点からちょうど真反対に位置する東京校の陣営。

そこでは、臨戦態勢に入った生徒たちが、中央に立つ一人の術師――冥冥を取り囲むように待機し、彼女からの指示を待っていた。

 

「焦らなくてもいいよ。私たちには十分すぎるアドバンテージがあるのだから、ゆっくり優雅に行こう」

(……さて、向こうはどう動くかな)

 

冥冥は微笑みを浮かべながら、すでに上空に放っていたカラスたちと視界を共有する。

眼下に広がる森を俯瞰しながら、彼女の脳内では京都校側の作戦の予測が改めて行われていた。

 

(まず、こちら側の懸念材料は詳細が割れていない歌姫の存在だ。実際に会って、天与呪縛や特異性質の呪力という線はなさそうだった)

(故に歌姫がどういう術師なのかは二つのパターンに分けられるだろう。A:術式持ちか、B:術式持ちでないか、この二つ)

(術師としての性質を根本から変える2択だが……まあ、十中八九Aだろうね。仮にBだったとしても、体術のみの二級なら私と日下部以外でも抑え込める)

 

カラスの視線を動かしながら、冥冥の思考はさらに深く潜る。

 

(そして術式持ちだった場合の術式系統はほぼ見当がついている。彼女の祖母は舞や楽で術師を強化する術式だった。他にも彼女の家系図を洗いざらい調べたが、他の術式を持った家系の血は混ざっていなかった。家系に全く関係のない突然変異というパターンよりも、順当にバフをメインとした系統の術式である可能性が高い)

 

冥冥の中で、理央と歌姫が関わった特級呪霊討伐任務の報告書が思い起こされる。

 

(そしてそれなら、先の任務で二級の彼女が特級相手の戦いで戦力として扱われていたのも合点がいく。

バフ系の術式は『呪言』などのように格上相手の戦いでも活躍できる、相乗効果が大きい応用の効く術式だからね)

(となると、向こうが歌姫をどう動かすか。考えられるパターンはザッと五つ)

 

① 歌姫を単独行動させる。

② 歌姫を加茂くん以外の京都校メンバーと行動させる。

③ ①や②の状態で、呪霊の討伐を放棄し、東京校側からの逃走を主目的に動く。

④歌姫と加茂くんが共に行動する。

⑤ 開始直後に、固まっている私たちを京都校総出で叩く。

 

(⑤の速攻は実際にやられたら少々厄介だったが……カラスが見た限り、その動きはない。可能性としては高めだったけど、違ったね。となれば残るは①〜④)

 

(まず、③の可能性は低い。遠距離から加茂くんたちにバフをかけ続けて自身は逃げるというのは、可能なら有効打だが……私の『黒鳥操術』がある限り、リアルタイムの追跡からは逃れられない。逃げ回るという行為自体が成立しないだろう。バフ系術式のセオリーから考えても、効果範囲がそこまで広大とも思えない)

 

(②のパターン。これは③よりはあり得るかな。加茂くんを私たちの妨害役に回して足止めし、その他のメンバーを呪霊の捜索組へ分ける作戦。私の術式がある以上、彼らは一刻も早く二級呪霊を見つける必要があるからね。歌姫をあえて単独で動かして、人海戦術に舵を切る①のパターンもあるだろう)

(だが――)

 

冥冥の脳内で、最も合理的かつ嫌な盤面が弾き出される。

 

(最も可能性が高いのは④だ。まともに呪霊の討伐レースをすれば、よほど京都校側に運がない限りこちらの勝ちは確定している。ならば昨年の経験から、向こうは私が京都校を全滅させてから呪霊を狩ることに賭け、正面戦闘で私に勝てる布陣を組みたいだろう)

(歌姫は加茂くんと同級生。数多くの任務をこなしている二人ならきっと連携も取れる。……あの二人が固まった状態なら、私と日下部の二人がかりでも勝率は五分ってところかな)

 

そこまで思考を巡らせたところで、冥冥はふっと内心で息を吐いた。

 

(まあ、日下部は一級の加茂くんと戦うことを嫌がっていたし、ハナからあの二人と正面衝突する盤面にはならないだろう。④のときは私も大人しく呪霊狩りに勤しんで、サクッと勝たせてもらうとしようか)

 

自身の中に『二人と戦ってみたい』という欲求が燻っているのを感じながらも、冥冥はあくまで合理的で堅実な勝利のルートを想定していた。

 

――しかし次の瞬間。

冥冥の瞳に『驚き』が走った。

 

「…………………」

 

そして冥冥はしばらく思案した後、周囲で指示を待つ東京校のメンバーたちへ告げた。

 

「……ビンゴだ。京都校のメンバーは、加茂くんと歌姫が固まって動いているね」

「……まあ、やっぱりそうなるよな」

 

それを聞いた日下部は、相手の順当すぎる手堅い作戦に納得する。そしてポケットに手を突っ込んだまま、彼は気怠げに確認を求めた。

 

「じゃあ、予定通りでいいよな」

「ああ。日下部はターゲットである二級呪霊の討伐。私を含めた他のメンバーは、雑魚呪霊の処理と、加茂くん・歌姫『以外』の京都校生徒の妨害に回る」

 

冥冥が淀みなく指示を出すと、日下部は「了解」と短く返す。

そして、二級呪霊の元へと案内するためにふわりと飛び立った冥冥のカラスを見上げ、その後を追って森の奥へと歩き出し始めた。

事前の作戦会議の際、徹底して面倒事を嫌う日下部は冥冥に対してこう念押ししていた。

 

【もしも理央と歌姫が別々で行動していたら、おまえがどっちと戦おうが好きにしていい。だが、俺はどっちに転んでも面倒な相手との戦闘はパスだからな】

 

カラスに先導されながら遠ざかっていく日下部の背中を見つめ、冥冥は口元に笑みを浮かべていた。

 

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