もしも庵歌姫に加茂家の同級生がいたら 作:暇人
『――今年の団体戦は……京都校の勝利とする!』
夜蛾学長代理のアナウンスが森に響くと同時、激しく刃を交えていた理央と日下部は武器を下ろした。
「日下部さん……僕たちの勝ちです」
理央はそう言い、会心の笑みを日下部に向けた。その表情には明確な達成感と、狙い通りに事を運んだ確信が浮かんでいた。
「ああ……マジで、やりやがったな」
日下部は刀を鞘に納め、フゥと息を吐き出した。
その様子には、本当に京都校が勝ったという事実に対する純粋な驚きがあった。
(結局、あのアナウンスが鳴る前に冥冥がここに現れることはなかった。……ってことは理央の目論見通り、あいつは歌姫相手にずっと戦っていたってことだ)
日下部は頭を掻きむしる。結果的に歌姫では冥冥の相手は厳しいだろうという、自分の予想は完全にハズレであった。
すると、バサバサと羽音を立てながら枝に一羽のカラスが降りた。
それからやがて、茂みの奥から歌姫と冥冥が姿を現す。満身創痍の歌姫と、そんな彼女に肩を貸している冥冥が歩み寄ってくる。
「歌姫!」
理央はすぐさま二人の元へ駆け寄り、冥冥から代わるように歌姫の体を支えた。
「大丈夫ですか?」
「っ……理央。うん、どうにかね……」
肋骨を押さえて息も絶え絶えな歌姫だったが、理央の顔を見るとその口元に安堵の笑みを浮かべた。
「やりましたね。……僕たちの勝ちですよ歌姫!」
「ええ……本当に大変だったけど……勝てて、よかった……!」
理央が優しく労うと、歌姫も痛みを堪えながら嬉しそうに頷く。二人は同級生として、そして互いを信じ抜いたパートナーとして、確かな勝利の喜びを分かち合った。
そんな京都校の二人をよそに、日下部は涼しい顔をしている冥冥をジロリと睨みつけた。
「お前……俺のことを騙して、よくそんなノコノコ現れられるな……」
「フフッ、今回の件に関してはすまなかったとは思ってるよ。日下部」
呆れ果てた日下部の視線に対し、冥冥は笑いながら軽く謝罪を口にする。
「ただ、君と加茂君の戦いや、私と歌姫の戦い……この団体戦は本当に有意義だった。だから後悔もないね」
「ハァ………。ったく、とんでもない自己中を後輩に持っちまったもんだぜ……」
堂々と後悔していないと言い切る冥冥の態度に、日下部はため息混じりに悪態を突く。
そしてその視線をボロボロの歌姫へと移すと、日下部は感心したように言う。
「それにしても歌姫、よくこの冥冥とそこまでやり合えたな。正直、お前のことを過小評価しすぎてたわ」
日下部からの素直な評価を受け、歌姫は中々しんどそうに息をつきながらも、「……どうも」とだけ短く誇らしげに応答した。
ひとしきり合流の挨拶が済んだところで、冥冥は理央へと視線を向けて気になっていた話題を切り出した。
「ところで加茂君。君はどうやって他の京都校生たちに
「そういやそうだな。どういうカラクリだ?」
日下部も首を傾げて理央を見る。
「考えなしというわけではないですが、策と呼べるほど大層なものではないですよ」
二人の言葉を受けた理央はそう前置きしつつ、種明かしを始めた。
「冥冥さんがこの団体戦を長引かせたいと考えている以上、絶対に避けたい事態があるはずです。……それは、東京校の他のメンバーが、二級呪霊を偶然発見して祓ってしまうことです」
理央は理路整然と、一つずつ言葉を区切って説明していく。
「だから冥冥さんは、自身のカラスを使って東京校の生徒らを二級呪霊から遠ざけ、意図的に離れた場所に居る呪霊に案内する。そう僕は推測しました」
「……」
「であれば、やることはシンプルです。先輩たちには『カラスがいない場所』や『極端にカラスの数が少ない場所』を重点的に探すよう、意識してもらっていたんです」
そのシンプルすぎる方法の回答に日下部は呆れたように息を漏らした。
「そりゃ随分と大雑把だな……。まあ、あのルールでこいつが相手なら、それくらいしか手はねえか」
日下部は納得したようにぼやいた後、冥冥の方を見やる。
「というか、こいつらの足止めの件といい、カラスの誘導といい……お前の思考丸バレじゃねえか冥冥」
「フフッ…いやはや、お恥ずかしい限りだね」
日下部のツッコミに、冥冥はさして恥ずかしがる様子もなく、どこか嬉しそうに軽く応答した。その顔には確かな充実感が浮かんでいた。
「結果的に作戦は上手くいきましたけど、実際かなり運頼みでしたよ。作戦を実行するだけの実力は僕たちにありましたが、不確定な要素もかなり多かったですからね」
そうして波乱に満ちた団体戦は、京都校の勝利という形で幕を閉じ、深手を負った歌姫が医務室へと運ばれた後。
校舎の一室には、両校の生徒と関係者が集められていた。
室内を支配するのは、実に対照的な空気だった。
勝利を収めて鼻高々に自慢げな表情を浮かべる京都校の面々。もう一方はなんとも言えない気まずさを漂わせ、沈黙する東京校の面々である。
その中央で、夜蛾学長代理がひどく険しい表情で眉間を揉んでいた。
彼の視線の先には悪びれる様子もなく、微笑を浮かべて佇んでいる冥冥がいた。
「冥冥。……今回君がした行いは、褒められるものではないぞ。交流会のルールと意義を無視し、状況を私物化するなど言語道断だ」
低く重い声が、室内の空気をさらに張り詰めさせた。
「実際の任務においてあり得ない行動なのは当然としてだ。たとえこれが本番ではない団体戦であったとしても、仲間との信頼関係は、日々の行為や態度の積み重ねでも構築されるものだ。結果的にお前の行動は、いずれ本当の任務において重大な支障をきたす可能性もある」
夜蛾の説教は正論であり、呪術師としての在り方を厳しく示すものだった。
冥冥はその言葉を遮ることなく静かに聞き入れ、やがてふっと目を伏せた。
「……ええ、おっしゃる通りです。今回の件は申し訳なかったと思っています。夜蛾学長代理」
あっさりと非を認め、素直に謝罪の言葉を口にする冥冥。
しかし、彼女という人間がそれだけで引き下がるはずがないことを、日下部をはじめとする東京校の面々は嫌というほど理解していた。
「ですが」
冥冥は顔を上げ、細めた瞳で東京校の生徒たちをゆっくりと見渡した。
「私に言わせてもらえば……今回の団体戦は結果として彼らが術師として成長できる、良い機会になったと考えています」
「なんだと?」
「状況を振り返ってみましょう。まず、日下部ほどの実力者が二級呪霊の討伐に向かっているにも関わらず、いつまでも団体戦が終わらない。その不自然な状況に対し、彼らは呪霊を狩る以外の行動を起こさなかった」
その指摘に、東京校の生徒たちの肩がビクッと跳ねる。
「そして二つ目。私が歌姫を相手にするため、森全域からカラスを集めた時のことです。周囲から索敵の要であるカラスが完全に消え去った時点で、前線になんらかのアクシデントが起こったと判断するのが自然でしょう。ならば、連絡を取って状況を確認するなり、自ら二級呪霊を探しに行くなり、ただ指示通りに呪霊を狩り続ける以外の選択をするべきだったのでは?」
冥冥の淀みない指摘に東京校の生徒たちは返す言葉が見つからず、室内の気まずさが強まる。
「今回の団体戦、本来ならあっさりと日下部が二級呪霊を倒して終わる予定調和のはずでしたが……私の行動によって彼らは『自己決断能力の欠如』という課題を体感できる、非常にいい経験と機会を得たと思いますよ。……夜蛾学長代理」
静まり返る室内。
日下部以外の東京校の面々は、冥冥の指示に愚直に従いすぎていた自覚があったのだろう。彼女の言い分に強い不満を抱きつつも、それを否定しきれずにただ顔を伏せるしかなかった。
「……冥冥。それは、君がそう動くよう誘導していた面もある。結果論ありきの屁理屈だな。君の行動自体の弁解にはなっていない」
夜蛾が釘を刺すように言い放つ。
だが、その正論を浴びせられてもなお冥冥の余裕は全く崩れなかった。
「……そうですね。確かに、私の行動の弁解にはなっていないかもしれませんね。その点については素直に認めましょう」
冥冥はあっさりと引き下がったかのように見せかけて、すかさず言葉の刃を裏返す。
「しかし……『交流会の意義』という点に重きを置くならば、あなた方管理者側にもルール設定の不備があったのではないですか?」
夜蛾が僅かに眉をひそめる中、冥冥は悠然と語る。
「私が術式を用いて戦況をコントロールできることは、昨年の時点で実証済みのはず。にも関わらず、なんの対策も講じずに通例通りのルールを適用した。それはつまり、私が今回のような行動をとる余地を運営側が残していた、ということになりませんか?」
冥冥がそう問いかけると夜蛾は深くため息をついた。
「……確かに、学校側にも不備があったことは認めよう。理央や歌姫といった京都校側の優秀な人材の台頭を加味しても、昨年の事例を鑑みずに通例通りのルールを適用したことはこちらのミスだ」
昨年の冥冥の単独行動を教訓にできず、同様の事態を招いた管理責任。夜蛾はそれを自らの不備として受け入れた。
「冥冥。今回、お前への対応は後で決める。後で学長室に来るように……今後二度と、このような真似はするな。いいな」
「承知しました。……では、後ほど学長室で」
「よろしい。……では、本日の団体戦はこれまでとする! 明日の個人戦に向けて、各自しっかりと休息をとるように。解散!」
夜蛾の号令がかかると、重苦しい空気が充満した室内から生徒たちが次々と退出していく。そして日下部が冥冥の横を通り過ぎる際、足を止めてジロリと彼女を睨みつける。
「……よくもまあ、あんな言い訳がペラペラと話せるもんだな。見事なもんだったぜ」
日下部は自身が理央という一番面倒な相手にぶつけられたことを、根に持っているように吐き捨てる。
対する冥冥は、痛くも痒くもないといった様子で肩をすくめる。
「フフッ、褒め言葉として受け取っておくよ。……けれど日下部、あまり根に持つ男は嫌われるよ?」
「余計なお世話だよバカヤロー」
日下部はやれやれと呆れたような声でそう言うと、一人さっさと寮の方へと戻っていった。
一方、その頃。
怪我の治療を終えた歌姫は、医務室のベッドで横になっていた。
激闘の代償である肋骨のヒビに加え、全身の筋肉痛と極度の疲労が歌姫の体に蓄積していた。少し体を動かすだけでも顔をしかめてしまうような状態だ。
そんな彼女の傍らには、見舞いに訪れた理央が丸椅子に座っていた。
理央は手慣れた手つきでリンゴの皮をスルスルと剥き、食べやすいように小さなウサギ型にカットして皿に並べている。
「へえ〜っ、あの怖そうな夜蛾先生にそこまで言うなんて。やっぱり冥さんってすごい口達者なのね……」
理央から先ほどの校舎でのやり取り、もとい夜蛾学長代理に対する冥冥の言い分を聞かされた歌姫は感心したようにそう言った。
「僕も冥冥さんの言い分には感心しましたよ。ただ、今回の団体戦はルールから有利不利が露骨に出ていましたからね。その事実がある以上、夜蛾さんもあれ以上強く説教はできないんでしょうね」
そう言いながら、理央は爪楊枝に刺した一口サイズのリンゴを差し出した。
「はい、あーん」
「ん、あーん」
歌姫は少し恥ずかしそうに視線を泳がせながらも、小さく口を開けてそれを受け取る。怪我の痛みを気遣ってくれる理央の優しさに、彼女はまんざらでもない様子でリンゴを咀嚼した。
すると——コンコン、と。医務室の扉がノックされ、ゆっくりと開かれた。
「やあ」
「っ!」
ひょっこりと顔を出したのは、話題の主である冥冥だった。理央にリンゴを食べさせてもらっている歌姫を見て、彼女は面白そうに目を細める。
「おやおや……すまないね」
「噂をすれば冥冥さん。何か御用ですか?」
理央は恥ずかしげもなく、りんごを皿に置いて冥冥の方へと顔を向けた。
「いや、大した用事じゃないんだがね。幸い、私は夜蛾学長代理と楽巌寺学長の厚意によって、明日の個人戦にも出られることになったんだ」
「んぐっ……そうなんですか。っていうか、冥冥さんもう動けるんですか?」
歌姫が林檎を飲み込んで問いかける。肋骨にヒビが入った自分ほどではないにしろ、冥冥だって戦いの中で背中を強打し、相当な呪力と体力を消耗しているはずだ。
「確かにコンディションは良くないね。だが、こんな状態で戦うことは決して珍しいことじゃない。……何なら歌姫との戦いでインスピレーションを受けて、体を動かしたい気分なくらいだよ」
「……すごいですね」
冥冥の底知れないタフさに、歌姫はただただ感心するほかなかった。
「さて、話が少し逸れたね」
「明日の個人戦について、ですね」
「ああ」
姉妹校交流会二日目の「個人戦」は、文字通り一対一の真剣勝負だ。
人数の少ない側に合わせて選抜チームを作り、勝ち星が多い方の学校が最終的な勝利となる。
そして個人戦の対戦カードは、基本的に両校の『階級』や『実力』を考慮してバランスよく決められる。同階級や実力が近い者同士が複数いる場合は、本人たちの話し合いで決まり、それでも決まらない場合はくじ引きとなるのが通例だった。
「明日の個人戦で加茂君の相手をするのは、準一級の私か日下部になるだろう。ただ、日下部はあの性格だ。間違いなく君との戦いを嫌がる。となれば、実力的に君と戦うことになるのは私というわけさ」
冥冥の推測は極めて論理的だった。
呪術界で見ても屈指の実力者である理央を誰が相手にするかとなった時、日下部が真っ先に拒否することは火を見るより明らかだ。となれば、自動的に冥冥が理央の相手をすることになる。
「そうですか。冥冥さんのような実力者と戦えるのは光栄ですね」
理央がそう素直に答えると、冥冥は自嘲するように肩をすくめた。
「君は数年前から『一級術師』として名を上げている天才だ。片や私は日下部とは違い、実力で『準一級』止まりの術師。私は君よりも明確に格下だ」
「……」
「それにコンディションも悪い。普通に考えれば、私の負けが濃厚の戦いになるだろうね」
「少し自分を過小評価しすぎじゃないですか?冥冥さん」
静かに、理央は冥冥の弱気な発言を否定した。
彼女のような術師は、手負いだからといって大人しく負けるはずがない。そのことを理央はよく理解していた。
「過小評価……か。フフッ、それは君の方だろう、加茂君」
冥冥の瞳の奥に、ギラリと野心の炎が灯る。
「君ほどの術師を明日私が倒したならば、楽巌寺学長や夜蛾学長、ひいてはこの話を知った関係者たち。彼らは私を見る目を間違いなく変えるだろう」
それが意味することは一級術師への昇級。すなわち、明日の個人戦は冥冥にとって一級への推薦と、それに伴う莫大な『利益』を掴むチャンスだった。
「そういうわけだから……明日はよろしく頼むよ」
「……こちらこそ。明日はよろしくお願いします」
過度な威嚇も挑発もない。ただ静かに互いの実力を認め合い、それでも自身が勝利を奪い取るという術師としてのプライドがそこにはあった。
報告を終えた冥冥は、満足そうに笑って踵を返す。そして部屋を出る直前に軽く振り向いて、揶揄うように口角を上げる。
「さて、二人だけの
「えっ」
「め、冥さん!?」
バタン、と。
顔を真っ赤にして抗議しようとする歌姫の声と、珍しくたじろぐ理央の声を置き去りにして、医務室の扉は閉ざされたのだった。