万能にして無力なる神   作:ひまんちゅ

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降りた女神の冬

地上は、天界よりもずっとざらついていた。石畳の隙間に詰まった泥、焦げたパンの匂い、家畜の糞の匂い、遠くで泣く赤子の声。五人は街道の端に佇み、肺いっぱいに吸い込んだ空気の味にそれぞれ顔をしかめたり、目を細めたりしていた。

 

「これが……あなたのいた世界?」リュミエルが掠れた声で尋ねた。その声は震えを含んでいるようであり、同時に奇妙な期待感も孕んでいた。

 

ガレインが片腕を腰に当て、周囲を見回した。

「ああ。そして、これからあんたが暮らす世界だ」

彼の太い指が示す方向には、丘の斜面にへばりつくような小さな村の屋根が並んでいる。冬枯れの木々が不気味に黒いシルエットを描いていた。

 

ルカがリュミ

エルの袖を引いた。

「まずは食事だ。お腹減ってるでしょ?」

「……減る?」

「うん。これがね」

ルカは自分のお腹を軽く叩いた。その仕草を真似るように、リュミエルがおそるおそる指で自分の腹部に触れる。彼女の白い指先が、自分の中にぽっかり空いた空間を探るようだった。

「ああ、これが……」

「減ってるよね」

「ええ……そう感じるわ」

リュミエルは微笑もうとしたが、笑い方が思い出せないのか、口元がただ緩むだけだった。ルカはそれを見て、ぎゅっとリュミエルの手を握った。

 

「行こう、みんな」

 

一行は村へ入った。

最初に出迎えたのは、薪を積んだ荷車を押していた老人だった。しわだらけの顔が凍りつき、目が点になっている。

「おい、ちょっと……あんたら誰だ?」

「旅人だ」レムが穏やかに答えた。「長旅の疲れを癒やすために寄らせてもらった」

老人の視線は、リュミエルに向かって固定されていた。金色の長い髪、宝石のような瞳、そして……天界で刻まれたままの薄い裂創が、衣服の合間からわずかに覗いている。

「神聖な……何かを連れてるのか?」

「違う」ガレインが即座に否定した。「俺たちは友人だ」

友人。その単語にリュミエルは目を丸くし、ルカは嬉しそうに目を輝かせた。

老人はぶつぶつ言いながら荷車を押し去っていった。だが、彼の足跡が残る石畳の先には、すでに何人かの村人が集まっており、一行を遠巻きに眺めていた。怯えと好奇心が入り混じった視線がリュミエルに突き刺さる。

 

「見慣れない服だからだろうな」ミレアが冷静に分析する。「それに、あんたは……光ってる」

実際、リュミエルの肌や髪は薄い燐光を帯びていた。天界で浴びていた清浄な光を、未だ完全には振り払えていないのだろう。それが夕陽の中で淡く輝いていた。

 

「消せるかしら?」リュミエルが額に指を当てる。

「試してみるといい」レムは優しく促した。「神の力を人間の道具に変換する練習だ」

 

リュミエルが深く息を吸い込み、瞳を閉じる。次の瞬間、その燐光はふっと掻き消えた。まるで蝋燭の火が吹き消されたように。しかし、彼女はどこか虚ろな表情で目を開けた。

「力を使えないというのは……こんなに寂しいのね」

「その寂しさは、あんたの新しい感覚だ」レムは静かに言った。「悲しみばかりじゃない」

「でも、今はまだ悲しいわ」

彼女の素直な告白に、ガレインがわずかに頭を傾けた。彼は常に寡黙だったが、リュミエルの言葉には耳を傾けている。

 

村の中心に小さな宿屋があった。四人は先に滞在料を払い、部屋を確保した。二階の窓から、黄昏が村全体を淡い橙色に染めていくのが見えた。

 

「まずは食事だ」ガレインが繰り返した。「食うところを見せてくれ。それがあんたにとって、一番大きな一歩になる」

彼らは食堂に降りた。テーブルは粗末で椅子も軋む。料理は黒パンと塩漬け肉、豆のスープ。天界にはなかった匂いが湯気に乗って漂う。

給仕が不思議そうにリュミエルを見ていた。神を知らずとも、特別な何かを感じ取ったのだろう。

「これは……食べ物?」リュミエルはスプーンを手に取り、豆のスープを掬った。湯気が彼女の鼻先をかすめる。

「熱いから、気をつけなさい」ミレアが忠告した。

リュミエルは小さく頷き、スプーンを口元へ運ぶ。その動作は非常に慎重で、まるで未知の生物に触れるかのようだった。唇がスープに触れた瞬間、彼女はわずかに肩を縮めた。

「……熱い」

「そうでしょう」ミレアが笑う。

一口目を飲み込んだあと、リュミエルの顔に明らかな変化が現れた。驚愕ではない。感動だった。

「味が……する」

「当然だろ」ガレインがパンを噛み千切った。

「こんなにも……複雑で、力強い」彼女はもう一口掬い、今度はゆっくりと味わった。瞳に深い碧の光が宿る。「塩と、香りと、大地と……人の手の温もり」

彼女の喉が上下に動き、最初の一杯が胃へ落ちていく。

「これが……『生』というもの?」

「少なくとも、生の一部だ」レムは葡萄酒をグラスに注ぎながら答えた。「明日の不安とともに、今日は美味しい」

リュミエルはしばらく黙ってスープを見つめた。その目には、かつて天界から見下ろしていた時の哀愁が薄れ、代わりに希望の影がさしていた。

「私が見ていたものは、これだったのね。形はあるけど、触れないでいたもの」

「今日からは、触れるんだ」ルカが嬉しそうにパンを千切り分けた。「たくさん食べて、大きくなろう!」

「大きくなる?」

「心も体も」

リュミエルは初めて、はっきりとした笑顔を見せた。それは完璧な美しさを持つ神の微笑ではなく、ほんの少し照れ臭さと困惑が混じった人間らしい笑顔だった。

「ありがとう、ルカ」

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