英雄たちの聖地「オラリオ」。遥か彼方まで続く街並みと中心にそびえたつ白亜の摩天楼。そしてその地下では数多の英雄候補たちが更なる高みを目指しモンスターたちとの闘いにその身を投じている。地位・名声・富、すべてがその先に待っているのだ。オラリオは今日も栄え命を懸ける数多の冒険者たちに栄光を与えている。そして一緒に絶望も。
そんなありふれた日のまがまがしい黒色の雲から大粒の雨が激しく降りつけている夜の路地裏。ところどころに立っている壊れかけの街灯がわずかに明かりを供給している薄暗い路地裏だ。昼間からほとんど人も寄り付かないような侘しい路地であるから夜ともなるとさらに人は寄り付かなくなり人がいる気配すら全く感じられない。
そんな寂しく暗い静寂の中を一人の冒険者が歩いていた。年齢は三十代くらいであろうか。なにかあるわけでもないのに常に笑顔を保って軽い歩調で歩き続けている。路地裏の雰囲気とは全く違う和やかな足取りで何かを楽しみにした子供のようにステップを刻む。
そんな彼の表情が変わったのは路地の角を曲がるときだった。ひどく神妙な面持ちで見つめその隣に腰かける。彼の目線の先にいたのはまだ生まれたばかりの赤ん坊だった。肌を守るのは粗末な布だけで籠の中に放置されぐっすりと眠っていた。
そんな赤ん坊をしばらく見つめ男はおもむろにその手を赤ん坊の頬に伸ばした。やわらかい赤ん坊特有のむちむちとした肌を少しつついてみる。赤ん坊がそのちょっかいを無視するわけもなく、案の定その眼をぱっちりと開け男の顔をじっと見つめる。男もにやりと笑い目と目を交わす。
「ギャー。ギャー。」
静寂の薄暗い路地裏を切り裂くように赤ん坊の泣き声が響き渡る。男は一瞬戸惑って赤ん坊の頬から手をすっと引いた。だがすぐに大声をあげて笑い出した。
赤ん坊もその姿に戦慄したのか、あるいは何か特別なものを男から感じ取ったのかはわからないが泣き叫ぶのをやめて男を不思議そうに見つめる。
ひとしきり笑い終わった男は粗末な布に包まれたその赤ん坊を抱きかかえる。そんなことは男にとっては無論初めてのことであるので少し落としそうになりがらその赤ん坊を胸元で抱く。不思議と赤ん坊も泣かず男の腕の中に納まっている。男は赤ん坊の暖かい肌とその息遣い、そして激しい心臓の鼓動をその身で感じながら決意を新たにする。
「よし! 今日からお前は俺らの家族だ。」
この一言でこの男、ヴァン・ユーリッドとこの赤ん坊の運命が交わった。そして新時代に新たな風が吹く。
✥✥✥
「おーい。テミス。」
オラリオの中心からは大きく外れた廃れた町の中、小さな壊れかけの一軒家がテミスファミリアのホームである。団員数はわずか一人、レベルは3とオラリオの中でもかなりの上澄みであるがどちらにせよ弱小である。
ソファに横になってよだれを垂らしながら爆睡している少女のような神、テミスに向かってその唯一の団員、ヴァン・ユーリッドがその肩を乱暴に揺さぶりながら呼びかける。
「あぅぁー。私のぱんけーきがあぁ」
空に手を伸ばしそのままソファから床に落下したテミスにあきれながら入れ替わりにソファに座る。
「おい。バカ女神、今日は土産があるぞ。久しぶりのな。」
床に溶けそうになりながらまだ半分寝ているテミスの近くに赤ん坊をおいてみる。
「えへぇ、これなに? ぱんけーき?」
指先でツンツンと赤ん坊の頬をつつく。
「ギャー。」
そんな彼女の耳元で大声で赤ん坊が泣き叫ぶ。
「うわっ」
耳元で大声で叫ばれたのだからいやでも目が覚めたのだろう。ビクッと体をふるわせて飛び上がって驚いていた。
「えぇ! なに? え⁉ なんで赤ちゃんがいるのよ?」
「だから言っただろ。土産だってな」
何を言っているのかわからなかったのだろう。虚空と赤ん坊を魂の抜けた目で交互に見つめ神の脳を全力で回転させて理解しようと試みたが結局全く理解できなかった。
「路地裏で捨てられてたからよ、拾ってきたんだ。」
「はえ?」
気まずい沈黙が続き暫くの間双方互いの目と屋根との間に目線を行き来させた。
「もお。何考えてんのよ!」
テミスはヴァンの腰あたりに突然突進して抱き着きながら喚きだした。
「やっと家買えたってのに! もう働かなくてもいいと思ったのに! ていうか、第一誰が面倒みると思ってるのよ? どうせ私でしょ! あー、そうなんだ! 結局そんなもんですよね! 男の人っていつもそうですよね! 私のことなんだと思ってるんですか!」
テミスが「がぁー」と奇声を上げながら床に倒れこむ。
「…?」
そんな光景を不思議そうに赤ん坊は見つめる。倒れこんだテミスも改めてその赤ん坊を見つめる。
「…」
テミスがじっと赤ん坊を見つめる。獲物に狙いを定める捕食者の目つきだ。好機は逃さない。
「かわいー!」
並の第一級冒険者をしのぐ速さで赤ん坊へととびかかり抱きしめる。
「やっぱり前言撤回! 私の子よ!!」
さっきまでの勢いはどこに行ったのか、ヴァンのほうを向いて赤ん坊を抱きながらそう叫ぶ。
「そうなると思ったよ…」
✥✥✥
「この子、名前とかあるの?」
その日の夜なんとかホームにあったものを着させ寝させられた後。熱いココアをすすりながらテミスはヴァンへと尋ねる。
「そんなのねぇよ。なにせ捨てられてたんだからな」
「じゃあ、私たちで決めようよ。何がいい?」
テミスはこれからの生活に胸を躍らせているのか、ニコニコしたままヴァンへ尋ねる。ヴァンもそれなりに長い付き合いになるがここまで胸を躍らせた彼女を見たことはなかった。
「オレはあんまりそういうのわからん。テミス、まかせた。お前の天才的なセンスでハイパーかっこいい名前つけてやってくれよ。」
それなりに長く付き合ってくるとテミスは困ったらおだてておけばよいとわかる。単純な神だ。
「えぇ。私のハイパーウルトラマックスなネーミングセンスで前代未聞の超絶かっこいい名前を付けてあげるわよ。まるでこの子みたいな超絶ウルトラマックスにかっこよくてかわいい名前をね!」
「うーん。」と唸り声をあげながら目をつむってあーでもない、こうでもないと色々と思案していく。
「うーん。この子は英雄ではないわね。」
「どうした突然?」
さっきまで名前を考えていたはずのテミスだったがなぜか突然この赤ん坊の将来を占い始めていたようだ。
テミスはかつて天界にいたころには法の女神そして正義の女神であった。そして真実のシンボルでもある。彼女の手にかかれば
「でも間違いなく世界の命運を握るカギになる。」
「うーん」とまた唸り声をあげて体をもじもじさせながら頭を振ってなんとか考えを絞りだそうとしてるようだ。
「よしっ。決めたわよ。この子の名前は『グラム』!」
✥✥✥
ヴァン・ユーリッド lv.3
力 B779
耐久 A821
器用 C661
俊敏 B721
魔力 D551
狩人 H
〈魔法〉
【
詠唱式「身を焦がす太陽、わが身を食らい、わが身を護れ。」
自身の周囲に見えない障壁を召喚し敵からの攻撃から身を守る