曇天を衝く!   作:もくせい

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二話 はじめてのだんじょん

 

 時が流れるのは早いものだ。俺とアジルは十歳となってヴァンの地獄の訓練が始まってからもう二年ほどが経った。二年間一度もダンジョンに入ったことはない。地道だが確実な道を通ってきた。ステイタスは少しずつ上がってきたがやはり実戦でない以上すぐに頭打ちになって大した成長はしていない。特にアジルが焦ってダンジョンに早くいかせるようヴァンに頼み込んだこともあったが結局実現はしなかった。

 

 そもそもヴァンとしてはあそこまで早く神の恩恵を与える気もなかったようだ。あくまでそれを得た後の劇的に強化された体にはやく適応させ、その状態で技術を磨かせるためらしい。

 

 そうしてダンジョンで生き残るすべを学んできたわけだが、ようやくダンジョンにもぐれる日が近づいて来た。十歳と聞くと幼すぎるようにも聞こえるが、オラリオの数多の冒険者たちを見渡せば実はかなり多い。それにゼウスファミリアとヘラファミリアという素行は悪いにしても一応治安は守っているやつらがいる以上子供だからといって何か害を加えられたり面倒なことに巻き込まれることも少ない。

 

「おい。グラム。ちょっとこっち来いよ。あいつらが帰ってきたらしいぜ。」

 

 一人で黄昏ていた俺の予想外の呼びかけで急に我に返る。アジルは今日の夕食のための買い出しに行っていたはずだ。それに俺の記憶が正しければさっき出ていったばかりだったはずだ。

 

「だいぶ早かったな。それにどうした? あいつらって誰だよ?」

 

「そりゃあ。決まってるだろ。ゼウスとヘラの連中だよ。」

 

 ゼウスファミリアとヘラファミリアは現在合同で遠征に行っているのだが、確かに考えてみればそろそろ帰還するタイミングだった。ゼウスファミリアとヘラファミリアはかなりの蜜月で―無論ファミリアとしてみればの話だが―遠征も合同で行っている。

 

 ゼウスファミリアの団長「マキシム」は現在レベル7、ヘラファミリアの「女帝」に至ってはレベル8である。それに近々レベルアップもありうるのではないかといううわさもよく聞く。千年近くオラリオに君臨しているこの二つのファミリアは常にその最先端を走り今もなおその座は譲っていない。それでもあの「三大冒険者依頼」を達成するにはまだまだピースが足りないらしい。そうなるとそれがいったいどれほどのものかというのも気になってくる。

 

「たしかに。そろそろだったな。じゃあ、どうせだし、行くか。」

 

 

✥✥✥

 

 

 円形に広がるオラリオ、その中心にそびえたつ巨大な塔「バベル」その真下にダンジョンがある。ダンジョンはいったいどこまで広がっているのか、それは神のみぞ知る、いや、もしかしたら神でさえ知らないのかもしれない。

 

 そんなダンジョンから出てきたゼウスファミリアとヘラファミリアはお世辞にもきれいとは言えない隊列を敷いて各々のホームへと帰っていた。

 

 そもそも連中は所詮は冒険者の集団に過ぎずラキアの軍隊のような華やかなパレードとは程遠い。しかし何も気負っていない、ただ歩いているだけの姿でもその迫力はすさまじいものがある。

 

 特段何か言われたわけでもない、何か看板か何かがあるわけでもない。しかし俺たちを含めみんな道の真ん中を自然と開けてその道を譲ってしまう。

 

「おい。『英傑』がいるぞ。それに『暴食』も。」

 

 アジルが俺の耳元でそっとつぶやく。大声を出すなと言われたわけではないがどこか躊躇してしまう。周りの人たちを見てもがやがやと騒いでいる人は見つからない。

 

 『英傑』マキシム、『暴食』ザルド。ゼウスファミリアを代表する幹部と団長だ。

 

 彼らを含め今通っているのはゼウスファミリアのようで、ヘラファミリアはいないようだが戦士の多いゼウスファミリアを見ていると色々な差が見えてくる。

 

 まず何といっても体つき、顔つきから全く違う。圧倒的な重厚感とでもいえばいいのだろうか。見ていて圧倒される。ステイタスというよりもオラリオ最強としての圧倒的な自信だ。一歩一歩、高々一歩、それを踏み出すたびに俺たちの心が折れていくような、言葉にできない、不可視のオーラ。

 

 そして武器や防具を見てみても違いは歴然だ。一流は道具も一流だとはよく言うがその意味が分かったような気がする。決して新品のようなきれいさではない。しかししっかりとできる限りの手入れがされている。それは幹部たちもそうであるし、末端の奴らもそうだ。もちろん末端といってもレベル3くらいはあるだろうが。

 

「おい。グラム。」

 

 さっきと同じような小さな声。しかし力強い声。

 

「なんだ?」

 

「俺たちはあいつらに追いつくぞ。」

 

 現実的に考えれば夢のまた夢、なんならその夢のまた夢。だがそんなものにとらわれているバカが大成できるはずはない。

 

「バカか。追い越すに決まってるだろ。」

 

 本当のバカは俺かもしれない。だが、まじめな天才が英雄になるとは限らない。もしかしたら英雄の資格はただのバカにこそあるのかもしれない。

 

 それにバカだっていい。間違いなくそのほうが楽しいだろう。

 

 

✥✥✥

 

 

「次に俺が遠征に行くときにお前らもダンジョンデビューだ。」

 

 ゼウスファミリアとヘラファミリアに圧倒されたまさにその日の夜、ヴァンが食後にそう切り出した。

 

 俺とアジルもそろそろだろうと予想していたことではあった。ようやくか、という気持ちが強いがいざそういわれると武者震いか、或いは恐れか、体が少し震える。

 

「お前らのステイタス的には十階層まではいけるだろう。だが急ぐ必要はない。少しずつあげてけ。俺はそのまま下へ行くから、お前らとはそこで分かれる。」

 

 事務的な言葉だがヴァンにもどこか緊張があるように感じられる。

 

「大丈夫だよ。死に急ぎはしない。」

 

 アジルがそう答える。いつもは早くダンジョンに行かせろとうるさい彼だが覚悟と冷静さは備わっているようだ。

 

「取り合えず十階層ぐらいなら俺が前に渡した装備で問題ない。新しく自分に合ったやつを買ってもいい。すきにすればいい。お前らはもう一人前の冒険者だからな。」

 

 「一人前」、その言葉は俺がずっと待ち望んでいたものだったがいざそういわれると何とも言い難い苦しさがある。だが、そんなものに押しつぶされてはいられない。

 

 

✥✥✥

 

 

 いよいよ、ダンジョンにもぐる当日となった。実際一階層や二階層等の敵は今の俺たちから見ると全く脅威ではない。一応二年間の鍛錬の結果ステイタスは一通りDとなった。実戦経験を積んでおらず、技に注力したため二年と考えるとあまり伸びていないが、十階層くらいまでなら適正範囲である。それに加えてそこらの新米冒険者と比べれば俺たちの技は抜きんでているはずだ。

 

 しかし油断は禁物である。アジルと話し合って取り合えず今日のところは四階層までにとどめておいて、その後も一般的に新米冒険者始めての壁となる『新米殺し』ウォーシャドーが出現する六階層等は進出するときにも注意しよう、という話になった。

 

 俺たちはなまじ知識があるためにほかの新米冒険者と比べてダンジョンに恐れている。ヴァンは悪いことではない、と言っていたし俺自身もそうは思う。しかし周りの「英雄志望」たちがうらやましくもある。

 

「よしっ。じゃあ、出発だ。」

 

 ヴァンの準備が終わったようだ。いつもよりも心なしか長かったような気がする。あるいは俺が早かったのか。

 

 ダンジョンはバベルの真下だ。慣れた足取りでオラリオの中心へと向かうヴァンに俺とアジルは静かについていく。勿論怖さはあるが、段々と近づいてくるダンジョンへのわくわくした気持ちもだんだんと強くなっていく。

 

 気づくとバベルについていた。そこからもヴァンはすたすたとバベルの地下へと足を進め、そのままダンジョンに入っていった。

 

「落ち着いて。気負いすぎるな。」

 

 自分自身にそうつぶやいてからダンジョンへと一歩踏み入れる。大きな一歩だ。

 

 大きな一歩を踏んで心が晴れたような俺をおいてさっさとヴァンは進んでしまっている。俺もアジルもどこか拍子抜けした感じで二人で目を合わせてから急いでヴァンを追いかける。

 

「思っていたよりも明るいな。それに結構きれいだ。」

 

 ダンジョンは洞窟のような形をしていて地面もデコボコしている。しかし数多の冒険者が通ったからなのかかなり平らで歩きやすい。それに上から伸びる植物が俺たちの頭上を照らしている。

 

 すると、何もないのにヴァンが突然足を止めて俺たちに言った。

 

「来るぞ。」

 

 俺たちは何が何だかわからずに惚けていた。

 

 しかし一秒くらいがたったころ俺たちの横の壁面が突然動き出しヒト型のモンスターが湧き出てきた。ゴブリンだ。

 

「まずはグラムだ。やってみろ。」

 

 ヴァンが俺の背中を押す。

 

 ゴブリンは子供くらいの大きさで長く鋭いツメを武器にして戦ってくる。しかしこいつはダンジョンにおいては間違いなく最弱だ。力も弱いし頭も悪い。しかし油断は禁物だ。

 

 ゴブリンが距離を詰めて鋭い爪で俺のことをひっかこうとしてくる。だが俺を切りつけようとしてくる速度は全く早くなく余裕で槍を使って防御できそうだ。

 

 攻撃を槍を使って防御するとゴブリンは激高して体当たりしてくる。そのまま受け流してゴブリンが大勢を崩す。柄の先でゴブリンを押し出し、ゴブリンが倒れる。そのまま無防備なゴブリンの首を槍で切りつける。

 

 ゴブリンは灰となってそこには魔石が残るだけになった。

 

「力が入りすぎだ。まあ、初めてだから仕方ないが。」

 

 ヴァンが冷静に俺にダメ出ししてくる。俺は力を入れすぎた感覚は全くないがどうやら無意識に入れすぎてしまっていたらしい。

 

「じゃあ、次はアジルだな。」

 

 知らぬ間に湧いていた別のゴブリンにヴァンがアジルを向かわせる。

 

 アジルは両手に持った大剣でゴブリンが反応するまでもなくその体を横に一振りで真っ二つにして片づける。

 

「まあ、いいだろう。」

 

 ヴァンは俺たちの戦いぶりにある程度満足したようですたすたとより深い階層を目指して進み始めた。

 

「じゃあ、取り合えず、またな。こんなところで死ぬような鍛え方はしてきたつもりは全くないが、油断はするなよ。」

 

 ヴァンはそれだけ言い残して消えていった。

 

「俺たちの実力じゃあこの階層は問題ないだろう。取り合えず一人で回ってあとで合流しよう。」

 

 アジルの提案は良いものに見えた。実際二人で力を合わせて、などということは必要ないだろう。

 

「わかった。取り合えず行くにしても今日は四階層までにとどめておこう。」

 

 俺は左手につけた時計を見ながら付け加える。

 

「じゃあ、四時くらいに上で会おう。」

 

 俺たちは左右に分かれて次々生まれてくるゴブリンやコボルトとの闘いに向かっていった。

 

 

✥✥✥

 

 

 数体のゴブリンとコボルトを倒して俺は二階層に向かった。一階層にはゴブリンとコボルトしか出現せず脅威はほとんどなかったが、二階層となると段々とダンジョンの脅威が見え始めてくる。

 

 二階層、三階層と進んでいくと粘度の高い体液が特徴のカエル型のモンスター、フロッグシューターやヤモリの形をしたダンジョンリザード、毒を武器にしている蛾の形をしたパープルモス等が多く出現するようになる。

 

 特にダンジョンリザードは奇襲攻撃を得意としていて常に気を張っていなければ簡単に足元をすくわれる。

 

 二階層について早々、数匹のフロッグシューターがいた。まだ距離があって気づかれていなさそうだ。

 

 フロッグシューターは距離をとると長い舌で遠距離から攻撃をしてくる。遠距離からの攻撃手段を持ち合わせていない俺としては距離を詰めるのが適切だろう。

 

 距離を一気に詰めてフロッグシューターがまだ俺のことに気づいていないうちに一体の胴体を真っ二つに切り裂く。もう一体はそれを見て俺に体当たりをしようとしてくる。俺はそれを躱して背中から切りつける。

 

 初日にしては順調な滑り出しだ。俺はそう思いながら落ちた魔石を拾う。

 

 その時だった。

 

 俺は背中に気配を感じて反射的に横に体をそらす。

 

 気配を感じたほうを見てみると鋭いツメをもったダンジョンリザードがいた。

 

 よけるときにダンジョンリザードのツメが丁度防具の境目の左肩にかすったようで少し血がにじんでいた。

 

 俺はダンジョンリザードに向かい合うと一気に接近する。ダンジョンリザードもこちらへと接近しながら大きなツメを振って俺を殺そうとする。ダンジョンリザードが小さな腕を振ったのを確認してからすぐに後ろにステップを踏んでそれを交わす。そして空を全力で切り裂き体制を完全に崩したダンジョンリザードの無防備な頭をそのまま槍で突き刺した。

 

 ダンジョンリザードはすぐに灰になって魔石を落とした。

 

 俺は今度は油断せずしっかりと周りを確認しながら先ほどのフロッグシューターとダンジョンリザードの魔石を回収する。

 

 確かに、俺はステイタス的にはここは簡単な階層だ。しかし油断したら最後そのまま死んでしまう。今のダンジョンリザードもあとコンマ数秒遅れていたら俺の首が飛んでいたかもしれない。

 

 今になって左肩がとても痛く感じる。少しかすって血がにじんだだけだ。しかし奴は俺のことを殺そうと思って本気でその腕を振りぬいたのだ。今までの修練など所詮はただの遊びに過ぎなかったのだ。俺は今戦場にいるのだ。命は重いが、すぐに崩れる。

 

 俺はダンジョンの恐ろしさを再確認しながらさらに気合を入れて慎重に、そして冷静にダンジョンのさらに奥深くへと進んでいった。

 

 

✥✥✥

 

 

「よう!」

 

 丁度時計が四時を指した時、アジルが俺の待っているバベルの地下一階にやってきた。地下一階は来るときには気づかなかったが神殿のようでなかなかきれいな作りになっている。

 

「お前も結構汚れたな。」

 

 アジルを見てそうつぶやく。俺もそうだがアジルも防具には土がかなりついている。

 

「そんなもんだろ。それじゃ、換金しに行くか。」

 

 アジルが背中に背負ったバックパックを見せながら言う。パンパンとまではいかなくともかなり入っていそうだ。

 

 そのままバベルを上へと上がり、地上に出ると北西の冒険者通りを通ってギルドへと向かう。

 

 魔石の売買はギルドが独占しており彼らのところでないと売ることができない。魔石は日常生活においてなくてはならない必需品だ。いったい彼らがいくら儲けているのだろうか。それにファミリアには等級というものが存在しており、言ってしまえばファミリアの格を表しているのだが、それが上になるととてつもない額の税金を取られるらしい。一体それがどこに消えているのかはわからないが。

 

 そんなことを考えているとすぐにギルドについた。換金所へといって俺とアジルの魔石を合わせて籠の中へと入れていく。魔石は重さとその質でいくらになるかが決まる。俺たちはそれなりの量は出したが所詮は下層のモンスターの魔石である以上大した額は見込めないだろう。

 

「二人合わせて1200ヴァリスとなります。」

 

 ギルドの受付の女性がそう言って1200ヴァリスを一応封筒に入れて手渡してくる。一人600ヴァリス、今日はおよそ6時間ほど潜ったので時給にすると100ヴァリスだ。そこら辺のジャガ丸くんの屋台のバイトが5,60ヴァリスだということを考えると意外と悪くない。

 

 俺たちは近くの屋台に行ってジャガ丸くんを買う。ジャガ丸くんはオラリオのソウルフードみたいなもので牛肉やジャガイモを混ぜてそれを揚げたものだ。かなり安いし満足感もある。

 

 テミスの分を忘れずに買い冷めてしまわぬうちに足早に帰宅する。

 

「ただいまー」

 

 俺たちが帰ってくるとテミスがほっとした顔をして俺たちを出迎える。

 

「これ、じゃが丸君、たべる?」

 

 どこか恥ずかしさを感じながらもテミスに買ってきたじゃが丸君を手渡す。テミスはニコッと笑って俺たちを抱きしめる。

 

「じゃあ、一緒に食べよっか。」

 

 防具を脱いで、汗と土埃が付いたままのシャツを着て俺たちはじゃが丸君を食べた。いつもよりもおいしい気がした。




オラリオの物価が分からない…
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