先輩に裏切られ、最強になってしまったJKエクソシストちゃん。宿敵となった先輩と出会う 作:RJミラ
「姉さん……?姉さん!!起きて!起きてよ!!」
腕の中で眠る女性は気絶していた。怪我などの外傷は一切負っていないものの、この場で目覚めることはないだろう。
夜の世界、月光が届かぬ墓場の中、最強のエクソシストである……あった男は佇んでいた。
「なんで……なんで裏切ったんですか!?」
彼に相対できるのは、弟子であり、異性である少女のみ。止めることのできる実力者はこの場に立っていない。
「お前に話すことは何もない」
「いいえ!話してもらいます!!なぜ吸血鬼になったのか!あなたは最も吸血鬼を滅し、人を守るために尽力したはず!!そんな貴方が…なんで……なんで……」
目の前の男は先輩だ。命を預け、力を授けてもらった存在。常日頃から傍にいた彼は父であり、兄であった。父は生まれた時から死に、母も土の中で寝ている彼女にとって唯一生きている家族と言ってもいい存在であった。
「じゃあな。もう二度と会うことはない」
「先輩?先輩!!!」
最後にできた家族は闇の中へと消えた。
「嫌な夢」
寝不足による腫れぼった瞼は強引に開いて、スマホを確認する。時間は待ち合わせまで残り1時間。移動時間も考えると余裕のない時間。身だしなみを整えなければならない女性にとっては致命的な起床であった。
「どうでもいっか」
軽くシャワーを浴び、昨日着た服を取り出す。パジャマとしては使っていないものの、埃や染みついた体臭は残っており、少し鼻が良い人間であれば違和感を感じる匂い。
身だしなみを気にする女性であるならば論外の選択肢。ズボラであると認定を下されても当然の少女だが、アクセサリーの趣味は良いらしく、慎みと美しさを兼ね備えた繊細な指輪を指に通した。
「いってきます……」
誰も返してくれないのに口にするのは、かつての同居人を思い返しているからだろうか。それとも自分が眠っている間に帰ってきているというかすかな希望にすがりたいからか。
言葉だけを残した部屋から彼女は外へ出た。
「あっ!爽華ちゃんお久しぶり!!」
「……はいはい。遅れてすみませんでしたね」
待ち合わせ場所は東京の千代田区にあるビル。中に入るとスーツに身を包む女性が爽華を待っていた。
「責めているわけじゃないよ!私もエクソシストを引退してから申し訳なく思っているんだよ。爽華ちゃんを置いて行っちゃったの」
「別に気にしていませんよ、吉野さん。それよりも仕事について教えてください」
「冷たくて悲しいなー」
吉野は手元のコーヒーを啜り、体を温めるような仕草をする。爽華はどうでもよさげに揺れ動く黒い液体を眺めている。
「繁華街に知能のない吸血鬼がいる」
「そいつの討伐?」
「うん。だけど爽華ちゃんだけじゃ無理だ」
「他の奴と組めと」
爽華はエクソシストとして熟練の経験からペアでの仕事になることを察し、舌打ちをする。足手まといと共に仕事するのも嫌だし、知らない相手と連携するのもめんどくさい。
難しくとも自分1人と取り組みたいと考えてしまう。
「大丈夫よ。爽華ちゃんの知り合いだから」
「知り合い?」
「ええ、貴方がよく知っている人」
キャリアウーマンの吉野が合図を送る。確認した1人男が表に現れる。暗い夜を体現したかのようなコートを身に着けている。生物の毛皮とも勘違いしてしまいそうな彼は鋭く、まっすぐにこちらを向けていた。
「ッ─!?あなたは?」
「久しぶりだな。爽華」
自身を裏切った存在。最強のエクソシストという存在をほしいままにしていた身分でありながら、夜の世界へと堕ちた神聖の存在。
「先……輩……?」
「そ、今回の奴は2人じゃないとダメだと思ってね。じゃあよろしくね」
足元が怪しくなる爽華の気にすることなく、時間は過ぎ去っていく。もはや、コンビで行うことは決定事項のようだ。
「…………着いてこないでください」
「無理だな。俺たちはペアなんだから」
夜の繁華街。電光の下で歩く2人の仲は険悪であり、通りすがりの人間ですら心慕の情がないことは察することができた。
「今回の対象はネズミ型。ゴミ問題で増加した群によるもののようです」
「単体が弱いとなると、背後が気になるな。大物吸血鬼がボスになっているかもしれん。気を付けろ」
「そうですね。私の隣に裏切り者の大物吸血鬼がいますから」
爽華は嫌味を言うが、隣にいる吸血鬼は眉一つ動かさない。独り相撲のような自身の姿に眉間をゆがめ、爽華は歩調を早める。
「……隠れる気はないようですね」
「ネズミは数が多いからな。能がないんだろ」
ゴミ捨て場で蠢く小動物の集団。大きなペットボトルと同じぐらいの高さであろうネズミの山はこちらに見られていることを認識すると逃げ出した。
「追いかけますよ」
「分かっている」
散らばったネズミを2手に別れて追いかける。案の定というべきかネズミは人間では入れない狭いスペースに入った。
「逃がさない……」
エクソシストが持つ秘術を使い、追いかける。ネズミを追いかける。熟練の技術によって成された追跡は気取らせることなく、本拠地へとたどり着いた。
「危機を感じたら、安心できる場所へ……運が良かったですね」
ドーム会場を思わせるような広い空間。装飾品は飾れておらず、素の壁が露わとなっているこの場所は戦闘をするのにうってつけであると爽華は直感的に感じた。
「運が良かったのではない。私が呼んだのだよ」
1人の男が暗闇から這い出てくる。地面から生えるようにして爽華の眼前に出てきたのは人間とは違う気配を持つ者。先ほどの先輩と同じ吸血鬼だ。
「……先輩の予想通りでしたか」
「残念ながら彼は来ないよ。出入口は塞いだからね」
自身が通った道を見る。発光するプラスチックのような壁が行き来をせき止めていた。
「このネズミは貴方のものですか。随分と仲が良いようで」
「はっは!いい目をしているね。ここにいる子は赤子から育てたからね。親のような心境でもある」
「なら子を盾にはしないようにしなさい!」
エクソシストとして戦闘を開始する。ネズミを初撃の盾にした吸血鬼は笑みを浮かべ、彼女を迎え撃つのだった。
「先輩!!」
いつも通りの朝、高校の教室の一室には、あの人がいた。
「今日も術を教えてください!!」
「いやだ。基礎練だけだよ」
「えーつまらないッスよ!!」
勢いよく扉を開くと、すぐに我儘を拒否される。基礎練の重要性は分かっている物の単純作業ばかりでつまらない修行に比べたら、新しい術の指導は新鮮で非常に面白い。
だからこそ、お願いをしてみたのだが、一瞬で断られてしまった。
「えーなんでッスか!やってやってやって~」
「……重い。やめろ」
「いやですー!先輩が何かくれるまで続けますッス~」
「……何か見たいものはあるか?」
「じゃあ水曜日のバラエティでお願いします!今週のやつは見逃しちゃったんで」
普段はお菓子などで退散させるのだが、今は手持無沙汰の先輩が考えたことは娯楽でご機嫌にさせるという方法だった。密着した状態のまま、一緒に見るバラエティ。
もはや恋人といっても過言でない状態に爽華は思わず笑みを浮かべた。
(ふっふっふ……お姉ちゃん。急がないと私がもらっちゃうぞ)
吸血鬼から我が身を助けてもらい、エクソシストとしての薫陶を施してくれた先輩の存在は姉妹である彼女たちにとって非常に大きな存在となっている。
一人前になってからも度々助けられている姉については恩人以上の感情を抱いていると爽華は確信している。しかし、釣り合わないと考えているのだろう。いつまで経ってもアタックしない姉の姿に爽華はやきもきしていたのだ。
(私はそこまでほの字になってないけど、お姉ちゃんは先輩以外と結婚できないレベルだからなぁ)
仮に先輩が他の女とくっつくことになれば、姉は独身の道を生涯に渡って選ぶだろう。両親を失い、妹以外に血のつながりを無くした姉にその道を選ばせたくないと考えた爽華は先輩の女避けとして体を押し付ける。
「ごめんなさい!遅れちゃ……爽華!?」
「お姉ちゃん遅ーい!私たち待ってたんだけど!」
「そこまで待っていたか?」
ようやく来た姉は体を寄り添わせる2人の姿に言葉を失う。ケラケラと笑う爽華は姉を抱きしめた。
「な、なんでふ、2人は抱き合って……?」
「ははーん羨ましいのー?じゃあ、お姉ちゃんにもお裾分け!!」
「きゃ!?」
先輩の方向に姉を投げ飛ばす。山なりの軌道で飛んだ姉を受け止めるのは憧れのあの人。お姫様抱っことして2人は直接的に接触した。
「わ……わぁ」
「爽華……場所を考えろよ。ここ教室だぞ」
「あっそこについてはごめんなさい」
言葉を失い、頬を夕日のように朱くなる姉と注意する先輩。彼らの姿を見て、まだまだ道のりは遠いなと内心で苦笑いする。
「ねえ、ねえ!続き見ましょ!今面白いところだったんですよ!」
「お前……基礎トレはどうするんだよ」
「その分は居残ってやりますよ!ご指導ご鞭撻お願いしますね♡」
呆れた顔でため息を吐くが、どうせ最後まで付き合ってくれるだろう。彼女たちをエクソシストの道に導いた責任を取るためにも守ってくれるし、側にいてくれる。
吸血鬼という悪の存在を知った爽華たち姉妹は両親の死を思い出し、涙を流すことはあった。けれども、自らの死に怯えることはなかった。なぜなら、ずっと側に守ってくれる人がいたから。彼がいれば、希望に向かって歩いていけると知っていたから。
(2人が結婚した時、私は離れることはできるのかな……)
チクリと痛む胸。彼に対して何も思っていないわけではない。だけれども、先輩を必要としているのは自分でなく、姉だから、そう考え、少女は思いに蓋をした。
「ほら!お姉ちゃんも一緒に見よ!今、面白いところなの!!」
「へっ!?なんの話?」
「このバラエティ!」
「あっこれ見たことある。これのオチは」
「それ以上はいけない」
誰よりも大切な姉と先輩。この二人と一緒に1つの番組を見る。ただそれだけの行為が何よりも楽しくて、なによりもかけがえのない幸せに爽華は感じた。
(あーなんでこんなことを思い出すんだろ)
吸血鬼との闘いは文字通り熾烈を極めた。爽華が持つ積み重ねを全て出し尽くし、エクソシストとしての使命を全うしようとした。
本来の最強である先輩と準じる実力をもつ姉を差し置いて最強となった3番手である爽華が使える全てを用いた。
「君は頑張ったよ。本当に頑張った」
吸血鬼が何かを語り掛けている。満身創痍である爽華の耳には振動としてしか届いていない。
(先輩……お姉ちゃん。どうしていなくなったの?どうして私を置いて行ったの?)
幸せになってほしかった。優しい父と母。彼らの死を見てしまった姉に比べ、安全地帯にいた自分は幸せものだから。そんな自分よりも幸せになってほしかった。
好きな人に結ばれ、子供を作り、自分は孤独となってしまうのではないかという不安から解放される生活。
両親を亡くした時に痛感した。自分の家族がいなくなり、大切な人がいなくなった時のことを。孤独という状態が現実的な未来として近づいてくる恐怖。姉に自分と同じ苦しみを耐え抜いて欲しくなかった。
(結局、私の人生ってなんだったろんだろうな?諦めた好きな人は吸血鬼になって、お姉ちゃんはどっかに行っちゃった。最強のエクソシスト?今負けたよ)
笑ってしまう。できない最善を目指している全てを失う。自分が恐れていた孤独へと陥るバカな女。
それが爽華の自己評価であった。
(ごめんね。なにもできなくて)
行方不明の姉に謝罪を告げ、爽華は自身の死を受け入れた。
「さよならだ」
繰り出される下種の一撃。首を狙ったものは直撃し、胴体との接続を途切れさせるだろう。この場に助けがなければ。
「遅くなって悪かった」
「なにっ」
新たな吸血鬼の気配。そして、懐かしく恨み切れない安心できる匂い。正真正銘の最強がこの場に戻ってきた。
(ああ……やっぱり好きだなぁ)
この期に及んで捨てきれない感情が生きる気力を生み出してくれる。体の痛みも心の雨も止んでいない。なのにも関わらず、明日は良くなるという期待が歩くための勇気をくれた。