「しかしいつまでも
所詮血迷ったはぐれ者、どこまで孤軍奮闘しようとこの多勢に磨り潰されるのも時間の問題とあってか、余裕を崩さず配下を眺める淀殿。その命に従い、天井に頭が付きそうな一際大柄な鬼が前に出る。
「我が名は
「ほぉ、伊達に長生きしちゃいないってか。とは言え耄碌してちゃ大して意味なさそうだが、その様子じゃアンタはそこまで気にしなくてもよさそうだね」
「抜かせ。せいぜいこの技の名を、冥土の土産に持って行け」
『凱郎太』と名乗った鬼は、八目蟷螂の挑発を意に介さず、手にした金棒の先を床に付け、構えたかと思えば激しく往復させて暴風を起こし、前方を手当たり次第に吹き飛ばしにかかる。
「
「冥土の土産に」と称するだけあって、天守閣は八目蟷螂の背後にあった壁が砕け散り、どことなく淀んだ雲に覆われた様な夜空が丸見えになる。
「口だけの虫けら女が!!跡形もなく吹っ飛びおったわ!!」
「何をやっとるか凱郎太。折角の生き胆を……まて!!まだだ!!」
八目蟷螂の討伐こそ叶いはするも、あろうことかその後生き胆を奪わねばならなかった珱姫達諸共粉砕したとあって、同胞の1人『鬼童丸』は本末転倒の有様を気にすることなく笑う凱郎太に呆れ果てるが、直後の警告に凱郎太が反応する間もなく、夜空に消えたと思われた八目蟷螂が眼前に現れたと思いきや、左右の鎌で両足のふくらはぎを切り裂かれた凱郎太が膝をつく。
「なぁっ……き、貴様……!!」
「意外かい?生憎とこんなナリだが、あれほど激しく撒き上げてきたなら、そこに乗じて姿を消せるくらいに、コソコソ隠れるのは得意な方さ。尤も、流石に無傷とはいかなんだがね……」
そう語りながら節足を広げると、元から先の鎌がなかった左上の腕は根元から折れ、残る右上の腕も、人で言えば肘から先が無くなり、破損個所からボタボタと血が垂れ落ちる。傍から見れば満身創痍かもしれないが、むしろ余裕な様子を一切崩さぬ様子を怪訝な目で睨む淀殿だが、そこに響き渡る跳躍音に気づいた臣下達は、咄嗟に淀殿への不意打ちを各々の得物で防ぎ、脚をやられて動けぬながらも、苦し紛れに凱郎太が金棒を振るって起こした旋風に吹き飛ばされ、後退した襲撃者の姿を捉える。
「また侵入者か、次から次へと……」
「それに、ここまで時間を稼ぎゃあ援軍も駆け付けるってもんよ。なあ?」
「アホウ、テメェが余計な面倒ごとを起こしたせいで遅れたんだろうが……」
「……ヤクザ者か」
蔑む様な淀殿の視線の先で自慢気な八目蟷螂と並ぶのは、敗れた上着から覗く背中に彫られた刺青を誇示するぬらりひょん。彼としては八目蟷螂の「気の迷い」に遭わなければ、珱姫が攫われる前にもっと早く駆け付け、片を付けることもできたところだが、膨らんだ羽の隙間から顔を見せ、「妖様!」と呼びかける珱姫の姿に安堵する。
「安心せい、すぐ終わらせる。ワシは奴良組総大将ぬらりひょん。こいつはワシの女じゃ、わりいがつれて帰るぜ」
「なんと……妖が人を助けに?そちらの虫と言い、異なことをする奴じゃ。血迷うたはぐれ鼠か何かか………!?」
「所詮は有象無象がもう1つ増えた程度」とばかりに興味なさげな淀殿だが、大胆なぬらりひょんの宣告に対しても動じないと思いきや、意外にもその目は珍妙なものを見るそれに代わる。その直後、小壁を突き破って数多の妖——奴良組の面々が雪崩れ込む。
「なんだ…きたのかてめーら」
「百鬼夜行ですからな」
「入れ墨だけじゃ――さびしいでしょう」
呆れた様子のぬらりひょんに応えたのは、先陣を切って率いてきた牛鬼と鴉天狗。予期せぬ援軍に「バカな奴等じゃ!」と笑うぬらりひょんに対し、次々と本拠地でも一際要たる天守閣に次々と部外者が乗り込んでこられた淀殿達は面白くない。
「…何をしておるお前達…妖としての…格の違いを見せてやらんか…!!」
彼女の号令を合図に、配下の妖達が次々と襲い掛かる。複数の部下を連れた『しょうけら』は、真っ先にぬらりひょんを狙ったが、奴良組幹部の1人、『木魚達磨』に防がれる。それ以外にも鬼童丸は狒々と、右目周辺を包帯で覆った禿げ頭の『狂骨』が鴉天狗と、顔の左半分を無数の木版で隠した『茨木童子』が雪麗と対峙する中、牛鬼の刀に錫杖で相対するのは、『鞍馬山の大天狗』。
「おお…捩眼山の牛鬼ではないか…」
「!!鞍馬山の大天狗」
「元気そうじゃのう…しかし…ワシらに弓引くとは、神童と呼ばれた
主こそ違えど両者は旧知の中とあって、周囲とは場違いな空気が流れるも、一瞬で霧散する。そうした大天狗の侮辱に牛鬼の反論がないのをいいことに、「言い返せない」と捉え、自分達こそが時勢の勝者と確信し、畳みかける。
「あのような身の程知らずが大将では、それも致し方なしか」
「確かに…うちの大将が進む道は獣道…だがそれだからこそ―――面白い!!」
かつて牛鬼は人間――公家の子、『梅若丸』だった。幼くして失った父を弔うべく寺に入るも、同僚たちの妬みに晒され、母との再会を願い抜け出した道中で当時捩眼山を根城にしていた妖、『牛鬼』に襲われ、先んじて食われた母の骸を目の当たりにして魔道に堕ち、母への弔いに人を襲ううち、いつしか牛鬼の名を継いでいたある日、突如現れぶつかってきた奴良組と三日三晩の抗争の後敗北し、傘下についた。以来時にこうして予想できぬ振る舞いに振り回されることもあれど、それを不満と思う以上に魅せられており、たとえ時勢が大天狗達に味方していようと、ぬらりひょんはそれを覆して見せるだけの力を有していると確信している。だからこそ
周囲の喧騒に対し、双方の大将は、とても静かに対峙していた。不用意に八目蟷螂の羽から顔を出した珱姫は、巻き付いた何かに手繰り寄せられ、淀殿の手中に収められており、ぬらりひょんは迂闊に手出しできない。八目蟷螂も、残りの人間を奪われる訳にいかず、加えて対峙する凱郎太は、足を裂き動きを封じても、容易に目を離せる隙がなく、事実珱姫を奪われた際、彼女に目を向けたところを金棒の一振りで複数の敵味方と共に吹き飛ばされ、天守閣から落ちそうになった。
「やってくれるじゃねぇか……さすがは千年以上生きてるだけあるな……」
「ここまでしでかして何を今更……!貴様だけでも潰してくれる!」
何とか残る2本の鎌を屋根に突き刺し、落ちずに済みはしたが、這い登った八目蟷螂の目先で金棒を杖代わりに立ち上がった凱郎太は、そのまま持ち上げた金棒を振り下ろし、受け止めた八目蟷螂の鎌を砕けずも、その勢いと重さで床に沈ませていき、彼女の背中から庇われた姫達の悲鳴が上がる。
「オイオイ、
「そ奴ら如き、あの方が生き胆さえ口にできるなら、最悪虫の息でもよかろう!代わりを探せば幾らでも見つかるわ!」
攻守が反転しようと八目蟷螂の軽口は止まらず、癪に障る凱郎太の怒りを掻き立てる。それでも互いに決め手を欠いた応酬は、棒倒しの如くジワジワと削り合いながら続いていたが、突如天井が砕ける破砕音と淀殿の悲鳴が響き渡り、その場にいた者達は一様に手を止め、空いた穴から何かを追いかけ飛び出した淀殿に目を奪われる。
「よ、淀殿……一体何事!?ぐぅ!」
凱郎太もその例に漏れず、思わず咄嗟に振り向いてしまうが、遂に足が限界を迎え膝をつき、その隙に淀殿を追うぬらりひょんに気付き、続く前に奴良組幹部達と合流を目指す八目蟷螂を逃がしてしまう。
「一ツ目の旦那!!ちといいか!?」
「む!?貴様昨晩の新入りか!?」
凱郎太や大天狗の様な名を馳せる幹部格でないと言え、油断ならぬ相手を前に激戦の最中とあって、背後からの声に気づきはしても振り返らぬまま反応した一ツ目入道に対し、八目蟷螂もそれを理解しており、羽裏に隠していた姫達を降ろす。
「きゃあ!」
「ヒ、ヒイィ!」
「ひゃん!」
「むぐぉ!」
「大将の援護に向かう!コイツ等を頼んだ!」
「ふん、生意気な真似を……とはいえ今動けるのは貴様くらいか、ならば殊勝と捉えておこう!!任されよ!!」
牛鬼に比べればまだ寛容で、狒々程その場任せでもなく、馴れ馴れしい振る舞いに軽口を叩きこそすれど、他の面々が動けぬ中とあっては、託すしかあるまいと割り切れるくらいには融通が利くことを、昨晩のやり取りで早くも掴んだとばかりの行動に、一ツ目入道は呆れながらも許容して送り出す反面、それまで対峙していたのを投げ出された凱郎太は面白くない。
「き、貴様ぁ……この期に及んで我が首に価値無しと生き恥を晒させるか……!忘れんぞ、この屈辱……!!」
己を仕留める好機も無視して離れ行く八目蟷螂に、何とか体を起こす凱郎太ができたのは、見送りながら届かぬ恨み言を放つ程度。当然それどころではないと無視して屋根の上まで登り切った八目蟷螂は、ぬらりひょんに並んだ矢先、振り返るや何かに突き飛ばされ、屋根の下へと消えていく。
「羽虫如きの身で、悉く
背後から聞こえる声に振り向いたぬらりひょんの目に映ったのは、
「折角の妾の力…何年かかったと思っておる…おぬしらの胆ごときでは…いくら積まれても、むくいにもならん!!」
怒りのまま羽衣狐が伸ばす尾をぬらりひょんが迎え撃たんとした直後、羽衣狐の周囲を呪符が囲い、動きを封じる。
「式紙、破軍。十二人の先神よ、百鬼を退け、凶災を祓わん!」
「ひ…秀元…?」
突如割って入った陰陽師は、是光の弟で、花開院家十三代目当主、『花開院
「邪魔するな…秀元」
「おいおい…その刀作ったんボクやで?よう斬れるやろ。ただし妖だけやけど♡ぬらちゃんええとこ持っていき」
「ち…お前に借りを作ることになんのかよ…」
割り込むに値する大義名分こそあれど、水を差されたとあって一気に白けてしまったぬらりひょんは、最早逃げることすらままならず、身を捩るばかりの羽衣狐の元へゆっくりと歩み寄りながら、祢々切丸を構える。
「ま、またんか!!」
斬られるのを待つばかりでも振舞いは変わらず、命乞いよりも自身を何と心得るかとばかりの物言いで抗う羽衣狐だが、成す術ないままぬらりひょんに縦切り一閃され、淀殿の身体から怨念染みた羽衣狐本体が抜け出す。
「おぬしら…ゆるさん…絶対にゆるさんぞ!!呪ってやる!!呪ってやる!!ぬらりひょん…わらわの悲願をつぶした罪…あの虫共々必ずや償ってもらうからな」
身も蓋もない話、彼等を侮り見下し続けた末の慢心を突かれただけに過ぎないが、羽衣狐はこの場にいない八目蟷螂も含め、逆恨みを吐き続ける。
「おぬしらの血筋を未来永劫呪うてやる!!何世代にもわたってな…おぬしらの子は孫は!!この狐の呪いに縛られるであろう!!」
やがて負け惜しみ同然の恨み言を吐き終え、逃げ去って行く羽衣狐の影で、抜け殻となった淀殿の身体が地面に落ち、音に気付いて駆け寄ってきた豊臣の家臣達が騒ぎ立てる様を見下ろすぬらりひょんと秀元の関心は、既に今後のことに向いていた。
「君がこれで魑魅魍魎の主や。羽衣狐がおらんようになったら豊臣家もお終いや。頭を失って、家臣の妖どももちりぢりになるやろ」
返答は期待してないなりに語り掛けてくる秀元は、勝利の余韻に浸る訳でもなく、まるでアリの行列でも眺めるかの如く、ただ無関心に眼下で騒ぐ豊臣臣下を眺めるぬらりひょんが視線を向けると、更に続けて尋ねる。
「君は―――魑魅魍魎の主になって…何がしたい?」
羽衣狐がそうだったように、『魑魅魍魎の主』の称号は、言わばそれを得ること自体が目的ではなく、その影響力を用いる手段。ならば今その称号を得たぬらりひょんは、何のために欲したのか。
「徳川の世は明るいで…今よりもっとな。闇は――確実に消えていく。この先……妖には生きにくい世の中になる」
妖の存在は将来、消えゆく余燼が如き消えていくだろう。そうした世情でも何を求めるかを聞かれたぬらりひょんは、雲の隙間から光が差し込む空を眺めながら答える。
「失われ浮く闇――んなこたぁわかってる。だからワシは、消えてゆくかもしれん…そいつらの為に主となるんじゃ」
「妖を――“守る為”—か?人の行いを認め…妖の世界も守る。“共生”やな…それはムズいで」
語るは容易い理想論——そう一蹴する様な秀元に対し、ぬらりひょんは気にした様子もなく、むしろ「好きに言え」とばかりの笑顔で振り返る。
「そうでもないさ。