つぶやきギデオン   作:赤銀

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前日譚
はじめて会った日


 

洞窟の入口。

 

光は、すぐ後ろで途切れている。

 

中は暗い。

 

奥の方で、石が小さく当たる音がする。

 

こつ。

 

こつ。

 

少しして、その音が止まる。

 

影が動く。

 

黒い角。

 

小さな翼。

 

黒い竜族がこちらを見る。

少し驚いたように瞬きをする。

 

「……あ。」

 

少し間。

 

「きみ……洞窟まで来たんだね。」

 

外の光が、背中から少しだけ差し込む。

 

でも奥は暗いまま。

 

「ここ、暗いけど……大丈夫?」

 

あなたはうなずく。

 

「ボクは、このくらいの暗さの方が落ち着くんだ。」

 

少し視線を横に向ける。

 

「光が強いと……ちょっと、目が疲れるから。」

 

沈黙。

 

洞窟の奥で、水滴が落ちる。

 

ぽつん。

 

あなたが聞く。

 

「名前は?」

 

少し考える。

 

それから言う。

 

「……ボク?」

 

こくり。

 

「ボクはギデオン。」

 

指先で、クナイをくるくる回す。

 

「黒曜石の竜。」

 

刃が光を吸う。

 

輝かない黒。

 

ギデオンが小さく言う。

 

「……輝かないけどね。」

 

水滴が落ちる。

 

少し間。

 

「他のみんなみたいに、光を受けてキラキラしたりは……しない。」

 

クナイの回転が止まる。

 

ギデオンは少し視線を落とす。

 

「だから、ここにいると楽なんだ。」

 

洞窟の奥を見る。

 

「洞窟だと……誰とも比べなくていいから。」

 

沈黙。

 

風が入口から少しだけ入る。

 

ギデオンが続ける。

 

「……あ。」

 

少し顔を上げる。

 

「でも、夜は好き。」

 

洞窟の外を指さす。

 

「上に丘があるんだ。」

 

「夜になると、星が見える。」

 

少し目を細める。

 

「空が真っ暗で……星だけ光ってて……」

 

少し間。

 

「その中にいると。」

 

ぽつり。

 

「ボクも、夜の風景の一部になったみたいで。」

 

沈黙。

 

「……ちょっと、好き。」

 

ギデオンがこちらを見る。

 

「きみは……どうしてここに来たの?」

 

首をかしげる。

 

「ボクに……用事?」

 

あなたは少し考える。

 

それから言う。

 

「ちょっと落ち着く場所探してて。」

 

ギデオンはゆっくりうなずく。

 

「……そっか。」

 

沈黙。

 

「落ち着く場所、探してたんだね。」

 

洞窟の奥をちらっと見る。

 

「ここ……あんまり何もないけど。」

 

「光も入らないし、静かだし……」

 

少し考える。

 

「ボクは、わりと好き。」

 

迷ってから、

 

指を伸ばす。

 

「あそこ。」

 

平たい石。

 

「座れるよ。」

 

「黒曜石が混ざってるから、少し冷たいけど。」

 

少し間。

 

「でも、音が少ないから……」

 

ぽつり。

 

「頭の中、静かになると思う。」

 

沈黙。

 

洞窟の奥で、水滴が落ちる。

 

ぽつ。

 

ぽつ。

 

ギデオンが言う。

 

「……。」

 

少し考える。

 

「無理に話さなくても大丈夫。」

 

視線を少し外す。

 

「ボクも……静かな時間、嫌いじゃないから。」

 

洞窟の入口から、風が入る。

 

外の空が少し見える。

 

ギデオンが言う。

 

「……もし、星が見たくなったら。」

 

丘の方を見る。

 

「夜に行くんだ。」

 

少しだけ笑う。

 

「寝袋、あるし。」

 

少し間。

 

「一緒に見るのも……」

 

ぽつり。

 

「悪くないよ。」

 

洞窟の中は静かだ。

 

石の匂い。

 

土の匂い。

 

外の光は、もう少し遠くなっている。

 

あなたは、平たい石に座る。

 

洞窟は、思っていたより落ち着いている。

 

ギデオンは何も言わない。

 

ただ、クナイを指でゆっくり回している。

 

こつ。

 

小さく石が触れる音がした。

 

あなたは少し息を整えてから言う。

 

「ちょっと生活が大変でさ。」

 

声が、石に吸われる。

 

「毎日、頑張れって言われてるみたいで辛かった。」

 

少し間。

 

「今は少し落ち着いたんだけど……」

 

手を見る。

 

「体がまだ、震えるんだ。」

 

沈黙。

 

「頭ではわかってても、心がついてこないっていうのかな。」

 

小さく笑う。

 

「ちょっと苦しくて。」

 

少しだけ顔を上げる。

 

「ここに、少しだけいてもいいかな。」

 

ギデオンは少し考える。

 

それから、うなずく。

 

「……うん。」

 

「いいよ。」

 

石の近くに腰を下ろす。

 

「ここは……誰の場所でもないから。」

 

小さく肩をすくめる。

 

「ボクも、ただ……ここにいるだけだし。」

 

沈黙。

 

ギデオンがあなたの手を見る。

 

「……体、震えてるね。」

 

少し考える。

 

「まだ戦ってると思ってるのかな。」

 

ぽつり。

 

水滴が落ちる。

 

ぽつ。

 

尻尾が静かに床に触れる。

 

「ボクも、あるよ。」

 

翼を少し動かす。

 

「戦いが終わってるのに……」

 

「しばらく震えたりする。」

 

尻尾が静かに床に触れる。

 

「だから……」

 

あなたを見る。

 

「ここでは、頑張らなくていいよ。」

 

「誰も見てないし。」

 

少し間。

 

「ボクも言わない。」

 

沈黙。

 

「ただ、洞窟にいるだけ。」

 

「それでいい。」

 

あなたはゆっくり息を吐く。

 

「ありがとう。」

 

少し視線を落とす。

 

「最近、夢を見ても……」

 

「いい夢、あんまり見られなくて。」

 

「寝るのもちょっと怖い。」

 

ギデオンの眉が少し下がる。

 

「……そっか。」

 

小さくうなずく。

 

「夢まで……大変なんだね。」

 

少し間。

 

「起きてるときだけじゃなくて。」

 

沈黙。

 

「つらいね。」

 

ギデオンが言う。

 

「ボクも、変な夢見るよ。」

 

「洞窟が崩れる夢とか。」

 

少し笑う。

 

「黒曜石が全部、砂になる夢とか。」

 

「起きたあと……」

 

胸に手を当てる。

 

「しばらく心臓、速い。」

 

沈黙。

 

「でも……」

 

少し考える。

 

「夢ってたぶん。」

 

ぽつり。

 

「整理してる途中なんだと思う。」

 

「昼のことが……夜にまだ動いてる。」

 

あなたを見る。

 

「だから。」

 

「怖い夢を見るのは……」

 

少し言葉を探す。

 

「弱いからじゃなくて。」

 

ぽつり。

 

「まだ終わってないからかも。」

 

沈黙。

 

洞窟の空気が静かになる。

 

「変かもしれないけど。」

 

あなたが言う。

 

「手、つないでもいいかな。安心したくて」

 

ギデオンは少し驚く。

 

「……え。」

 

自分の手を見る。

 

「ボクの手……黒曜石だから。」

 

少し、ためらう。

 

「硬いし……冷たいよ。」

 

少し間。

 

「……それでもいい?」

 

あなたは少しだけ足を踏み入れる。

 

ギデオンは手を差し出す。

 

「……どうぞ。」

 

触れる。

 

ギデオンの手。

 

少しだけ冷たい。

 

だけど、あったかい。

 

ギデオンが言う。

 

「強く握らなくていい。」

 

「触れてるだけでいい。」

 

沈黙。

 

「震えてても……いいよ。」

 

「止めようとしなくていい。」

 

少し間。

 

「体が。」

 

「もう大丈夫って思うまで。」

 

ぽつり。

 

「少し時間かかるだけ。」

 

洞窟は静かだ。

 

あなたの呼吸が少し落ち着く。

 

「ふぅ。」

 

小さく息を吐く。

 

「少し、落ち着いた。」

 

ギデオンがほっとする。

 

「……よかった。」

 

少し笑う。

 

「手、さっきより震えてない。」

 

沈黙。

 

あなたがポケットを探る。

 

「ちょっと待ってて。」

 

毛糸玉を取り出す。

 

「これ、あげる。」

 

「コロコロすると糸が伸びて面白いよ」

 

ころ。

 

小さな玉。

 

ギデオンが受け取る。

 

「……これ、ボクに?」

 

あなたがうなずく。

 

ギデオンが転がす。

 

「……ありがとう」

 

そっと指で転がした。ころころ、と床の上を転がって、糸が少し伸びた。

 

「……あ」

 

目が、少しだけ丸くなった。

 

「……ほんとだ。糸、ついてくる」

 

もう一度転がした。糸が、洞窟の床をゆっくりと旅した。ギデオンはしばらく、その糸の行方をじっと見ていた。

 

小さく、笑った。

 

「……洞窟の中、いっぱい旅しそう。」

 

糸を見る。

 

「石の間とか。」

 

「岩の角とか。」

 

それから、少し不思議そうな顔をした。

 

「……きみ、泣きそうなのに……ボクにお土産くれるんだね。……やさしい」

 

糸は伸びたまま。

 

転がった毛糸玉を抱きしめる。

 

「これ……ボクの宝物にしていい?夜、星を見るとき……持っていく」

 

ギデオンは糸を少し持ち上げる。

 

洞窟の床を、細い道が走っている。

 

石の間をくぐり、

 

机の脚を回って、

 

奥へ続いている。

 

ギデオンがぽつりと言う。

 

「……洞窟、長いね。」

 

少し間。

 

「糸、まだ行けそう。」

 

あなたは笑う。

 

「どこまで行くかな。」

 

ギデオンは糸の先を見ている。

 

「……わからない。」

 

少し間。

 

「でも。」

 

糸をそっと床に戻す。

 

「途中でも、いい。」

 

沈黙。

 

洞窟の奥で、水滴が落ちる。

 

ぽつ。

 

ぽつ。

 

ギデオンが言う。

 

「きみ。」

 

少し考える。

 

「また来る?」

 

あなたは目を合わせる。

 

「たぶん。」

 

ギデオンは少し安心したように息を吐く。

 

「……よかった。」

 

それから、

 

小さく笑う。

 

「ボク、だいたいここにいるから。」

 

少し間。

 

「洞窟か。」

 

「丘か。」

 

「星の下か。」

 

毛糸の糸は、

 

まだ洞窟の床を

 

ゆっくり伸びている。

 

どこまで続くのかは、

 

まだ誰も知らない。

 

でも、

 

たぶん。

 

すぐには終わらない。

 

気づけば、

 

あなたは

この洞窟で

 

長い時間を

過ごすことになる。

 

 





このあと、あなたと長い時間を過ごしたギデオンの話が続きます。
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