洞窟の入り口に、風鈴を吊るす。
細い紐で結び、石の出っ張りにかける。
まだ、鳴らない。
夏は、ゆっくり近づいている。
光が強くなり、影が濃くなる。
ある日。
ちりん。
小さな音。
ギデオンが顔を上げる。
「……鳴った。」
風が、少し変わった。
あなたは言う。
「風鈴ってね、占いの道具だったって知ってた?」
ギデオンは首をかしげる。
「どうやって?」
「わからない。でも、音で何かを読むんだって。」
風が吹く。
ちりん。
少し長く揺れる。
あなたは目を細める。
「海に行きたいって、言ってる気がする。」
ギデオンは風鈴を見る。
「……暑い。」
日差しは強い。
石も、少し熱を持っている。
「行く?」
「うん。」
坂道は、長い。
ギデオンは少しバテている。
「……まぶしい。」
あなたはしゃがむ。
「乗る?」
少し迷ってから、肩に手が置かれる。
軽い。
でも、体温が近い。
坂道を上る。
汗がにじむ。
風が、遠くから匂いを運ぶ。
「……潮。」
頂上に着く。
「見えたよ。」
青が、広がる。
海。
波の音。
ざあ、と繰り返す。
風は強く、風鈴よりも大きな音を鳴らす。
砂浜に降りる。
石を拾う。
丸いもの。
白いもの。
縞のあるもの。
ギデオンが何かを見つける。
そのとき。
砂の上を、ささっと影が走る。
小さなカニ。
横歩きで、ぎこちなく、それでも速い。
二人の気配に気づいたのか、
ぴたりと止まり、
次の瞬間、岩の隙間へ消えていく。
「……逃げた。」
ギデオンがつぶやく。
波打ち際には、動かないものもいる。
透きとおったクラゲが、潮にゆだねられて揺れている。
ヒトデは、星の形のまま、砂に半分埋もれている。
逃げるもの。
とどまるもの。
「みんな、違うね。」
あなたが言う。
ギデオンはうなずく。
「近づいていい距離、ちがう。」
風が強く吹く。
潮の匂いが濃くなる。
その足元に、ひとつ転がっているものがある。
「これ。」
法螺貝。
少し欠けている。
持ち上げると、カラカラと音がする。
中に、何か入っている。
木片が覗いている。
取り出そうとする。
出ない。
「……取れない。」
あなたは笑う。
「このまま、持って帰ろう。」
ギデオンは法螺貝を耳に当てる。
波の音は、しない。
代わりに。
カラカラ。
小さな乾いた音。
でも、潮の匂いがする。
「……海の、におい。」
あなたも耳に当てる。
音はない。
でも、風と日差しと、汗の匂い。
あの坂道の暑さ。
肩の重み。
全部、残っている気がする。
ギデオンが言う。
「音、なくても。」
少し間。
「残る。」
風が強く吹く。
遠くで、波が砕ける。
洞窟の入り口の風鈴も、きっと今鳴っている。
海の音とは違う、小さな音。
ふと見上げると
白い入道雲が、静かに育っている。
崩れそうで、崩れないまま。
夏はまだ、そこにある。