つぶやきギデオン   作:赤銀

15 / 28
カケラ14個目

 

 

毛糸玉は、いつの間にか部屋じゅうを旅していた。

 

青い線が床を走り、

椅子の脚をくぐり、

テーブルの角を回り込んでいる。

 

ギデオンはその中心に座っていた。

 

糸を両手に持ったまま、少し途方に暮れた顔。

 

「……こんなに伸びるとは思わなかった。」

 

そのとき、扉がそっと開く。

 

あなたが、その光景を見つける。

 

青い糸の迷路。

 

真ん中に、小さなギデオン。

 

目が合う。

 

一瞬の沈黙。

 

「……何してるの?」

 

ギデオンは糸を少し持ち上げる。

 

「……研究。」

 

少し間があく。

 

あなたは笑う。

 

「編み物は?」

 

ギデオンは毛糸と棒を見比べる。

 

「編んでない。」

 

ぽつり。

 

「転がしてた。」

 

あなたはゆっくり部屋に入る。

 

足元の糸を踏まないように、慎重に。

 

しゃがんで、糸をひとつ拾う。

 

少しだけ懐かしそうに見る。

 

「ずいぶん旅したね。」

 

ギデオンがうなずく。

 

「洞窟より長い。」

 

あなたは笑う。

 

「じゃあ、片付けよ。」

 

ギデオンは少しだけ安心した顔をする。

 

「……うん。」

 

あなたが毛糸玉を持つ。

 

ギデオンは伸びきった糸を両手で持つ。

 

「くるくる巻けばいいんだよね。」

 

「たぶん。」

 

糸をゆっくり引く。

 

ギデオンも真似をして少しずつ巻き取る。

 

くる、くる。

 

最初は少しぎこちない。

 

巻きがゆるい。

 

形がいびつ。

 

あなたがそっと言う。

 

「もう少し斜めに。」

 

ギデオンは真剣な顔で角度を変える。

 

くる、くる。

 

今度は少し丸くなる。

 

「……難しい。」

 

「うん。でも、楽しい。」

 

糸はまだ長い。

 

あなたが少し離れて引く。

 

ギデオンが巻く。

 

距離が縮む。

 

青い線が、ゆっくり消えていく。

 

「ほどくのは簡単なのに。」

 

ギデオンが言う。

 

「巻くのは時間かかるね。」

 

あなたは笑う。

 

「でも、巻いたほうがまた転がせるよ。」

 

ギデオンは小さく目を丸くする。

 

「……また?」

 

「また。」

 

少しだけ、口元がゆるむ。

 

くる、くる。

 

糸はだんだん丸くなる。

 

最初より少し歪だけど、

ちゃんと玉の形に戻っていく。

 

最初より少し小さい。

 

でも形は、さっきよりあたたかい。

 

あなたが言う。

 

「きれいに巻けてる。」

 

ギデオンは少し照れたように毛糸を抱える。

 

「転がすより、こっちのほうが難しいね。」

 

少し間。

 

「でも、嫌いじゃない。」

 

最後の長い一筋。

 

あなたは隣に座り、

 

残った糸をくるくると巻き取っていく。

 

さっきと同じように、

 

でも今度は整っている。

 

静かな午後。

 

ただ、糸を巻く音と、

小さな笑い声だけがある。

 

ふと、あなたは手元を見る。

 

そして少し首をかしげる。

 

「……あれ?」

 

毛糸玉が二つある。

 

同じ青。

同じ大きさ。

 

あなたの手元と

ギデオンの手元。

 

途中から別々に巻いていたせいで、

いつの間にか糸は二つに分かれていたらしい。

 

ギデオンもそれを見る。

 

少し考える。

 

それから、静かに言う。

 

「……増えた。」

 

あなたは吹き出す。

 

「最初は一個だったよね。」

 

ギデオンは二つの毛糸玉を見比べる。

 

そして、片方をそっと転がす。

 

ころん。

 

もう一つも転がす。

 

ころん。

 

「……二倍、転がせる。」

 

あなたは笑う。

 

ギデオンも、少しだけ笑う。

 

静かな午後。

 

青い毛糸玉が、

 

今度は二つ、

 

ゆっくり床を旅し始める。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。