ここからあと三話で完結です。
この回は「?」が浮かぶかも
凧が切れる。
ぷつん。
風にさらわれる。
あなたが息を呑む。
「切れちゃった。」
ギデオンが言う。
「でも、飛んでる。」
凧は高く、遠くへ。
小さくなっていく。
そのとき。
ガヴィアが、地面に手をつく。
指先で、溶けかけた雪と土の境目をなぞる。
ぽつり。
「……空は……下……」
あなたとギデオンが同時に振り返る。
「え?」
ガヴィアは空を見ない。
地面を見ている。
風が強くなる。
凧が、さらに遠ざかる。
「……軽い…」
「凧が?」
少し間。
「……違う……」
沈黙。
風が強くなる。
凧は小さくなっていく。
ギデオンも少し首をかしげる。
凧は見えなくなる。
静けさ。
ガヴィアは少し考える。
そして。
「……わすれた……」
あなたは何も言えない。
でも、胸のどこかに沈む。
凧が見えなくなったあと。
草原の端で、ガヴィアが立っている。
あなたとギデオンはもう洞窟へ戻っている。
ガヴィアは少しだけ空を見る。
遠くに、小さな気配。
「……まだ。」
誰もいない。
ガヴィアは、歩き出す。
⸻
雪の残る斜面。
草が芽を出し始めている。
凧は一度、低く降りる。
枝に触れ、また浮く。
ガヴィアは遠くから見ている。
近づかない。
「……揺れる。」
ふわっ。
風が変わる。
凧はまた流れていく。
⸻
溶け出した滝の近く。
水音が大きい。
その勢いで不安定に漂う。
凧が一度、地面に触れる。
水飛沫が迫る。
布が湿る。
そこへ、小さな影。
あの日のカワウソ。
興味深そうに布をくわえる。
引きずる。
巣穴へ。
途中で引っかかる。
布が枝に絡む。
風が吹く。
ふわ。
凧はまた浮く。
ガヴィアは、少し離れた岩の上。
水滴が落ちるのを見ている。
「……戻る。」
⸻
森の中。
枝にかかる。
小さな鳥が来る。
巣材だと思ったのか、糸を引く。
羽が一枚、布に残る。
また風。
枝がしなる。
凧は外れる。
また、空へ。
ガヴィアは地面を見ている。
羽が落ちている。
拾わない。
「……軽い。」
⸻
世界樹の前。
巨大な幹。
風が上昇する。
凧がぐっと高く上がる。
しばらく、落ちない。
ガヴィアは根元に座る。
幹に手を当てる。
「……遠い。」
凧はまた流れていく。
⸻
夜。
ガヴィアは歩き続ける。
空は暗い。
凧は見えない。
星が出ている。
ガヴィアは上を見ない。
足元を見ている。
誰もいない。
風が低く流れる。
草が揺れる。
音がする。
遠くで、枝がしなる。
土が締まっている。
草原の端に来る。
霜が下りはじめている。
息が白い。
ガヴィアはそこに座る。
膝を抱えない。
ただ、座る。
両手を土に置く。
目を閉じる。
しばらく。
⸻
霜が深くなる。
土を触る。
今度は、膝をついて。
耳を近づける。
地面に、耳を。
「……」
長い沈黙。
冷たい土の匂い。
草の根の、細かい音。
水が、どこか遠くを流れている音。
それから。
もっと遠くの、
何かが降りてくるような。
気配。
ガヴィアは起き上がる。
静かに。
目は、地面を見たまま。
「……来る。」
⸻
翌朝。
凧が戻っている。
羽根。
種。
色。
あなたが拾い上げる。
ガヴィアが、凧の影を見る。
「……空、ついてる……」
「どこに?」
ガヴィアは凧の下、地面に落ちた影を指さす。
「……ここ……」
風がやわらかく吹く。
凧の影が揺れる。
ガヴィアはさらに小さく。
「……空は……下……」
ギデオンは小さく首を傾げる。
「どういうこと?」
少し間。
ガヴィアは、土を軽く押す。
「……落ちると……空……」
あなたは困る。
「空に?」
こくり。
「……ここ……」
朝露に濡れた地面。
ガヴィアは土に触れる。
指先が、少し沈む。
夜のあいだに、
土はほんの少しだけ
空を受け止めていたみたいだった。
「……空は……下……」
誰も完全には理解できない。
でも。
凧は、確かにここに戻ってきている。
空を飛んだあと、
土に触れて、
ここにある。
そしてその瞬間だけ、
空は、下にあるみたいだった。