雪が溶けきらない草原で、あなたは凧を持ち上げる。
骨組みは細い枝。
和紙の代わりに、薄い布。
ギデオンは糸を巻いた木枠を持っている。
「どっちが遠くまで飛ぶかな。」
あなたが言う。
ギデオンは少しだけ目を細める。
「風、読む。」
先にあなたの凧を上げる。
風を待つ。
ふわ。
持ち上がる。
少し揺れて、落ちかけて、また上がる。
糸が伸びる。
ギデオンも凧を放つ。
こちらはすっと上がる。
少し安定している。
「ずるい。」
「風。」
空に二つ、小さな影。
どちらが高いか比べる。
糸が伸びる。
もっと。
もっと。
そのとき。
強い風。
ぶわっ。
凧が大きく揺れる。
糸が震える。
あなたが叫ぶ。
「あっ。」
ぷつん。
音は小さい。
糸が切れる。
凧は一瞬、自由になる。
落ちると思った。
でも、落ちない。
風に乗って、すっと遠くへ流れていく。
手を伸ばしても届かない。
ただ、浮いている。
「……飛んでる。」
ギデオンが言う。
あなたは少し悔しい顔をする。
「切れちゃったのに。」
「でも、飛んでる。」
凧は小さくなっていく。
やがて点のようになり、見えなくなる。
沈黙。
「いつか落ちるよね。」
「うん。」
「でも、遠くを旅する。」
ギデオンはそう言う。
あなたは少しうなずく。
失った。
でも、奪われたわけじゃない。
飛んでいった。
夜になる。
翌朝。
洞窟の前に、何か落ちている。
鳥が、つんつんと啄んでいる。
あなたが近づく。
「あ。」
凧だ。
布の端が少し破れている。
でも、戻ってきた。
ギデオンが拾い上げる。
「あれ。」
布に、見覚えのない羽根が挟まっている。
小さな種が、糸に絡まっている。
どこかで引っかかったのか、少し色がついている。
あなたが笑う。
「デコられてる。」
ギデオンは凧を見つめる。
「遠くを、見てきた。」
「……帰ってきた。」
あなたは凧を持ち上げる。
少し傷ついている。
でも、前より少し賑やか。
「飛ばさなきゃ、こうならなかったね。」
ギデオンはうなずく。
「切れなきゃ、帰らなかった。」
風が、やわらかく吹く。
二人はしばらく、何も言わずに凧を見ていた。
布の擦れた跡や、糸のほつれを指でなぞる。
昨日まではまっさらだったはずなのに、
今は小さな傷や、知らない色がついている。
風に揺れた時間や、
どこかの枝に引っかかった瞬間が、
ちゃんとそこに残っているみたいだった。
あなたは凧を見上げる。
「失うのって、全部なくなることじゃないのかもね。」
ギデオンは少し考えてから言う。
「戻るとき、変わってる。」
あなたは凧を抱える。
昨日より、少しだけ好きになる。
遠くを旅した痕跡ごと
完結したら同人誌にしようか迷ってる
-
本で持ちたい
-
電子書籍がいい
-
ここだけで十分