冬の空気は、透明で、少し硬い。
洞窟の外、白い息がゆっくり溶けていく。
ギデオンは石の上に座っている。
片手のひらに、みかんをひとつ乗せて。
じっと見つめている。
あなたが近づく。
「何してるの?」
ギデオンはみかんを見たまま言う。
「……どうしたいか、訊いてる。」
「みかんに?」
うなずく。
「食べてもらいたいんじゃない?」
あなたは笑いながら答える。
ギデオンは少し首を傾げる。
「そうなのかな。」
「でも、置いておいても腐っちゃうよ。」
少し間。
ギデオンはみかんを両手で持つ。
「わかった。」
その場で、皮をむく。
ぱり、と小さな音。
柑橘の匂いが、冷たい空気に広がる。
一房ずつ、丁寧に口へ運ぶ。
瑞々しい香りが吹き抜けていく。
「……あまい。」
最後のひと房に、小さな種が入っている。
かち、と歯に当たる。
ぽとり。
白い地面に落ちる。
あなたは言う。
「捨てる?」
ギデオンは少し考える。
それから、むいた皮を見つめる。
「これは、持って帰る。」
「なんで?」
「……記念。」
種はそのまま。
雪の上に、小さく沈む。
やがて冬はゆるむ。
雪が溶け、地面が顔を出す。
冷たい風が、少し柔らかくなる。
凍っていた土は、ゆっくりと息を吹き返す。
昼の光が少しだけ長くなり、影はやわらかく伸びる。
水は細い糸のように流れ出し、雪の名残を抱えたまま土へ染みていく。
見えなかった時間が、何も言わずに積み重なっていく。
地面はまだ冷たい。
それでも、奥のほうで、なにかがほどけはじめている。
ー春。
洞窟の外で、ギデオンがあなたを呼ぶ。
「ねえ。」
しゃがみ込んでいる。
あなたも隣にしゃがむ。
小さな緑。
細い芽が、地面から顔を出している。
まだ頼りないのに、まっすぐ空を探している。
その根元に、見覚えのある場所。
「あ。」
あなたが言う。
「当たってた。」
「何が?」
ギデオンは芽を見つめたまま。
あなたは微笑む。
「食べてほしかったって。」
沈黙。
ギデオンは少し考える。
それから、静かに言う。
「……ちがうかも。」
「え?」
「食べられたかったわけじゃない」
風が、芽を揺らす。
その芽はひと冬を越えたとは思えないほど、小さかった。
「ここまで、来たかった。」
あなたは芽をそっと見つめる。
冬のあいだ、見えなかった時間。
腐らなかったもの。
残っていた種。
ギデオンは言う。
「なくなったと思っても。」
少し間。
「形、変わるだけかも。」
春の光が、芽を照らす。
みかんの皮は、洞窟の中で乾いている。
甘い匂いは消えたけれど、
あの日の冬は、ちゃんと残っている。
完結したら同人誌にしようか迷ってる
-
本で持ちたい
-
電子書籍がいい
-
ここだけで十分