巻物は、夜の風に揺れる布みたいに静かにほどけた。
淡い光が滲み、空気が少しだけ震える。
次の瞬間、ギデオンが、もうひとり立っていた。
同じ背丈。
同じ癖のある前髪。
同じ、少しだけ警戒したような目。
ふたりは、ゆっくりと互いを見る。
「……ぼく。」
「……ぼく。」
まるで鏡を見ているみたいに、
同じ角度で首を傾げる。
「……ほんとに、ぼく。」
「……うん、ほんとに、ぼく。」
一歩近づく。
同時に一歩。
止まる。
「触ってみる?」
「触ってみる?」
小さく笑い合う。
そっと手を伸ばして、
指先が触れる。
体温がある。
「冷たくない。」
「ちゃんとあったかい。」
少し安心したみたいに、
ふたり同時に肩の力を抜く。
右のギデオンが、わざと少し変な顔をする。
左のギデオンも、まったく同じ変な顔をする。
あなたは吹き出す。
「やめて、それずるい。」
ふたり同時に、くすっと笑う。
次は、どちらかがくるっと一回転する。
もう一人も、同じ速度で回る。
同じ癖。
同じ動き。
でも、回転を止めたとき、
ほんの少しだけ立ち位置がずれている。
夜の草が、足元で揺れる。
星は変わらない。
「……変だね。」
「うん。でも、嫌じゃない。」
ふたりは、あなたを見る。
同じ目。
でも、そこにある安心は、
ほんの少しだけ違う角度から向いている。
「三人、か。」
「増えたね。」
ふたり同時にあなたの左右に並ぶ。
真ん中に、静かな空間ができる。
まだ何も始まっていない。
ただ、三人で立っているだけ。
それなのに、空気が少しだけやわらいでいる。
「……なんか、遊ぶ?」
片方が言う。
「うん、せっかくだし。」
あなたは地面に視線を落とす。
分解したオルゴールが、静かに待っている。
「じゃあ、これ。」
ふたりは同時にしゃがみこむ。
同じ仕草。
同じ好奇心。
円になる準備が、自然に整う。
あなたの右にひとり。
左にひとり。
真ん中には、まだ何も刻まれていない円筒。
「……これ、どうするの?」
右のギデオンが覗き込む。
「曲、決めてないよね。」
左のギデオンが小さく言う。
あなたは首を振る。
「決めないよ。」
「順番に刺していこう。」
ふたりの視線が、少しだけやわらぐ。
あなたが最初のピンを刺す。
小さな金属音。
夜に溶ける、硬質な響き。
右のギデオンが少し考えて、
やや低い位置に刺す。
左のギデオンは、ほんの少し間を空けた場所に刺す。
「そこ、ぶつかるかも。」
「……うん。でも、消さないでおこう。」
三人で円筒を回す。
チン。
ポン。
カツン。
音が重なり、少しだけ不協和になる。
あなたは笑う。
「なんか、変。」
右のギデオンが眉を寄せる。
「整ってないね。」
左のギデオンは、少しだけ目を細める。
「でも、覚えやすい。」
もう一度回す。
今度は、回転をゆっくりにする。
音と音の間に、夜の静けさが入る。
さっきまで刺さるようだった音が、
今は“緊張”みたいに響く。
「……テンポ。」
あなたが呟く。
「少し整えると、面白い。」
右のギデオンが頷く。
「不協和じゃなくて、物語になった。」
左のギデオンが続ける。
「消さなくてよかった。」
三人は順番にピンを刺していく。
高い音。
低い音。
わざとずらした音。
完璧な旋律じゃない。
でも、誰かひとりの主旋律でもない。
三人で刻んだ痕跡。
途中で、ふたりのギデオンが同時にあなたを見る。
「ねえ。」
「もし、ぼくらがずれたら?」
あなたは少し考える。
「テンポを合わせるよ。」
「音は消さない。」
夜風が吹き抜ける。
草がさわり、と鳴る。
「……優しいね。」
右が言う。
「でも、それってさ。」
左が続ける。
「君が自分を後回しにしないってことだよね。」
あなたは笑う。
「三人で作ってるんだから。」
「誰かひとりが犠牲になる曲、嫌でしょ。」
ふたりは同時に、少しだけ照れる。
また回す。
今度は、三人の呼吸が揃っている。
不協和は、味になっている。
欠けは、余白になっている。
星は相変わらず遠い。
でも、円の中はあたたかい。
「……ねえ。」
右のギデオンが小さく言う。
「ぼくが二人でも。」
左のギデオンが続ける。
「君がひとりでも。」
「こうやって、円になれるなら。」
あなたは円筒を止める。
金属の余韻が、ゆっくり消える。
「増えなくてもいい。」
あなたが言う。
「でも、増えても壊れない関係がいい。」
夜は答えない。
でも、三人の間にある空気は揺れない。
巻物の光は、いつの間にか消えている。
どちらが元のギデオンなのか、もうわからない。
でも、そんなことは重要じゃない。
大事なのは、円の重心が、
誰かひとりに偏っていないこと。
三人で、同じ高さで、同じ距離。
あなたは最後のピンを刺す。
カチ。
三人で、ゆっくり回す。
少し欠けたままの曲が、夜に広がる。
完璧じゃない。
でも、消さなかった音でできている。
「……いいね。」
「うん。」
ふたりの声が重なる。
あなたは静かに笑う。
不協和も、ずれも、
テンポが合えば、ちゃんと響く。
三人の曲は、まだ完成していない。
でも、それでいい。
夜空の下、
円の中心で回るオルゴールは、
三人だけのリズムで、
確かに鳴っていた。
完結したら同人誌にしようか迷ってる
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本で持ちたい
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電子書籍がいい
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ここだけで十分