つぶやきギデオン   作:赤銀

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カケラ8個目

 

 

巻物は、夜の風に揺れる布みたいに静かにほどけた。

 

淡い光が滲み、空気が少しだけ震える。

 

次の瞬間、ギデオンが、もうひとり立っていた。

 

同じ背丈。

同じ癖のある前髪。

同じ、少しだけ警戒したような目。

 

ふたりは、ゆっくりと互いを見る。

 

「……ぼく。」

 

「……ぼく。」

 

まるで鏡を見ているみたいに、

同じ角度で首を傾げる。

 

「……ほんとに、ぼく。」

 

「……うん、ほんとに、ぼく。」

 

一歩近づく。

 

同時に一歩。

 

止まる。

 

「触ってみる?」

 

「触ってみる?」

 

小さく笑い合う。

 

そっと手を伸ばして、

指先が触れる。

 

体温がある。

 

「冷たくない。」

 

「ちゃんとあったかい。」

 

少し安心したみたいに、

ふたり同時に肩の力を抜く。

 

右のギデオンが、わざと少し変な顔をする。

 

左のギデオンも、まったく同じ変な顔をする。

 

あなたは吹き出す。

 

「やめて、それずるい。」

 

ふたり同時に、くすっと笑う。

 

次は、どちらかがくるっと一回転する。

 

もう一人も、同じ速度で回る。

 

同じ癖。

同じ動き。

 

でも、回転を止めたとき、

ほんの少しだけ立ち位置がずれている。

 

夜の草が、足元で揺れる。

 

星は変わらない。

 

「……変だね。」

 

「うん。でも、嫌じゃない。」

 

ふたりは、あなたを見る。

 

同じ目。

でも、そこにある安心は、

ほんの少しだけ違う角度から向いている。

 

「三人、か。」

 

「増えたね。」

 

ふたり同時にあなたの左右に並ぶ。

 

真ん中に、静かな空間ができる。

 

まだ何も始まっていない。

 

ただ、三人で立っているだけ。

 

それなのに、空気が少しだけやわらいでいる。

 

「……なんか、遊ぶ?」

 

片方が言う。

 

「うん、せっかくだし。」

 

あなたは地面に視線を落とす。

 

分解したオルゴールが、静かに待っている。

 

「じゃあ、これ。」

 

ふたりは同時にしゃがみこむ。

 

同じ仕草。

同じ好奇心。

 

円になる準備が、自然に整う。

 

あなたの右にひとり。

左にひとり。

 

真ん中には、まだ何も刻まれていない円筒。

 

「……これ、どうするの?」

 

右のギデオンが覗き込む。

 

「曲、決めてないよね。」

 

左のギデオンが小さく言う。

 

あなたは首を振る。

 

「決めないよ。」

 

「順番に刺していこう。」

 

ふたりの視線が、少しだけやわらぐ。

 

あなたが最初のピンを刺す。

 

小さな金属音。

夜に溶ける、硬質な響き。

 

右のギデオンが少し考えて、

やや低い位置に刺す。

 

左のギデオンは、ほんの少し間を空けた場所に刺す。

 

「そこ、ぶつかるかも。」

 

「……うん。でも、消さないでおこう。」

 

三人で円筒を回す。

 

チン。

ポン。

カツン。

 

音が重なり、少しだけ不協和になる。

 

あなたは笑う。

 

「なんか、変。」

 

右のギデオンが眉を寄せる。

 

「整ってないね。」

 

左のギデオンは、少しだけ目を細める。

 

「でも、覚えやすい。」

 

もう一度回す。

 

今度は、回転をゆっくりにする。

 

音と音の間に、夜の静けさが入る。

 

さっきまで刺さるようだった音が、

今は“緊張”みたいに響く。

 

「……テンポ。」

 

あなたが呟く。

 

「少し整えると、面白い。」

 

右のギデオンが頷く。

 

「不協和じゃなくて、物語になった。」

 

左のギデオンが続ける。

 

「消さなくてよかった。」

 

三人は順番にピンを刺していく。

 

高い音。

低い音。

わざとずらした音。

 

完璧な旋律じゃない。

 

でも、誰かひとりの主旋律でもない。

 

三人で刻んだ痕跡。

 

途中で、ふたりのギデオンが同時にあなたを見る。

 

「ねえ。」

 

「もし、ぼくらがずれたら?」

 

あなたは少し考える。

 

「テンポを合わせるよ。」

 

「音は消さない。」

 

夜風が吹き抜ける。

 

草がさわり、と鳴る。

 

「……優しいね。」

 

右が言う。

 

「でも、それってさ。」

 

左が続ける。

 

「君が自分を後回しにしないってことだよね。」

 

あなたは笑う。

 

「三人で作ってるんだから。」

 

「誰かひとりが犠牲になる曲、嫌でしょ。」

 

ふたりは同時に、少しだけ照れる。

 

また回す。

 

今度は、三人の呼吸が揃っている。

 

不協和は、味になっている。

 

欠けは、余白になっている。

 

星は相変わらず遠い。

 

でも、円の中はあたたかい。

 

「……ねえ。」

 

右のギデオンが小さく言う。

 

「ぼくが二人でも。」

 

左のギデオンが続ける。

 

「君がひとりでも。」

 

「こうやって、円になれるなら。」

 

あなたは円筒を止める。

 

金属の余韻が、ゆっくり消える。

 

「増えなくてもいい。」

 

あなたが言う。

 

「でも、増えても壊れない関係がいい。」

 

夜は答えない。

 

でも、三人の間にある空気は揺れない。

 

巻物の光は、いつの間にか消えている。

 

どちらが元のギデオンなのか、もうわからない。

 

でも、そんなことは重要じゃない。

 

大事なのは、円の重心が、

誰かひとりに偏っていないこと。

 

三人で、同じ高さで、同じ距離。

 

あなたは最後のピンを刺す。

 

カチ。

 

三人で、ゆっくり回す。

 

少し欠けたままの曲が、夜に広がる。

 

完璧じゃない。

 

でも、消さなかった音でできている。

 

「……いいね。」

 

「うん。」

 

ふたりの声が重なる。

 

あなたは静かに笑う。

 

不協和も、ずれも、

テンポが合えば、ちゃんと響く。

 

三人の曲は、まだ完成していない。

 

でも、それでいい。

 

夜空の下、

円の中心で回るオルゴールは、

 

三人だけのリズムで、

確かに鳴っていた。

 

 

完結したら同人誌にしようか迷ってる

  • 本で持ちたい
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