《完結済み》勇者パーティーを追放されたオレが、女になって出戻る話   作:タンクトップ桶狭間

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遭遇

 宿を出て、前に切ったのはいつだったかと思いながら水色の髪をいじりつつ道を歩く。

 別れの言葉も満足に言えはしなかったが、こんな形の別れも悪くはない。

 

 というよりしんみりとしてしまえば、同じ村で育ったオレとガラドは別れづらくなってしまうだろう。

 

 それを踏まえたうえでシドニスはあんな風に悪人ぶっていたんだ。

 できる男は違うなぁ。そう思わずにはいられなかった。

 

 受け取った金はいつかまた会えた時に返そうと思っているので、なるべく使わずに故郷に帰ることにした。

 目的の街へと続く舗装された道をどれだけ歩いただろうか。

 

 ふいに前方から何やら男の声が聞こえてきた。騒いでいる……?

(なんだ? 揉め事か?)

 

 面倒ごとのにおいがする、少し警戒しながら近づいてゆこう。

 そう決めて、一歩、踏み出した。

 

 次の瞬間。

 全身を虫が這い回るような感覚に呑まれる。あまりにも不愉快に過ぎる感覚。

 

 覚えがある……これは……

(魔族の気配……こんなところで……!?)

 ここまで街に近いところでだなんて、未だかつてなかったことだ。

 

 オレは即座に魔素変換していた愛用の槍を実体化させ、すぐにでも戦えるように構えをとる。

 ジリジリとすり足で前方へと近付き、どんどんと気配が濃くなってゆく。

 

 空気が重量を得ているようだ。

 体が重い。今にも潰されそうなほどに。

(まさかこれは……魔将軍、いや四天王級の)

 

「ハーイ。はじめまして♡」

 

 ………

 

「なっ!?」

(いつだ? いつのまにこれほど近付かれていた?)

 

 眼前に現れた魔族に驚くと同時、オレは槍を振るっていた。

 驚愕していたとはいえ、日々積み重ねてきた訓練のおかげか常人の反応速度を上回るそれを、魔族の女は易々とかわし距離をとった。

 

(まったく嫌になるぜ。きっとシドニスの剣だったら……いや、考えるのはあとだ!)

 オレは思考を振り払い、再度構えをとる。

 

 思考に囚われていては勝てない。いや、そうでなくとも勝てるかどうか怪しいのだ。

 ならばせめて全力で戦うしかあるまい。

 

「ちょっとちょっと、ひどくなーい? 挨拶には槍で答えろって教わったのかしら〜?」

 茶化すような声が腹立たしく感じる。

 

 長い黒髪を揺らしながら、挑発するかのように隙だらけの格好をしている。

 すぐさま攻撃してくるような素振りは見せないが、奴がどのような方法で攻めに転じるかがわからない。

 

 今は少しでも情報を得て、奴の出方を見るしかないだろう。

「ああ、悪いなぁ。あんまりにも美人なもんで手が出ちまったぜ」

 

「あらありがとう。あなたもなかなかの色男で素敵よ♪」

「そりゃ光栄だな」

 

 なんてことない会話をしていても、未だプレッシャーは消えない。

 どころか、徐々に増してきているような気さえする。

 

(こりゃ決定的かもな……)

「ああそうだ、自己紹介がまだだったな。オレはミリアってんだ。女っぽい名前だが気にしないでくれ。あんたは?」

 

「あら、あなたがそうだったのね? 私は四天王のキリアナ。よろしく♡」

 整った容姿にニコリと浮かべた笑顔が、ひどく恐ろしく感じる。

 

(やっぱりかよ……!)

 なぜこんなところに?

 どうして一人だけで?

 

 疑問は後回しだ。こんな奴を目の前にして生き残れる可能性はゼロに等しい。

 とにかく会話を続けて時間を稼ぐ。

 

 これだけ濃密な魔力の気配にアイツらが気が付かないはずがない。

 それまでに一秒でも長く……

 

(いや、待てよ……?)

「なあ、よろしくついでに一つ聞かせてくれるか? さっきまであんたの来た方向から人の声がしてたんだが、何かあったのか?」

 

 そういえば前方から男の声がしていたのに、今は全く聞こえてこない。

 どうにも嫌な予感がする。額から流れる汗が、ゆっくりと落ちてゆくような気がした。

 

「そんなこと聞いてどうするの? 気になるならぁ……」

 不穏な気配。ニヤリと邪悪な笑みを浮かべるキリアナ。

 

「自分で見に行けばいいじゃない!」

 

(まずい!)

 そう思った時にはすでにオレは後方に蹴り飛ばされていた。

「ガハッ!」

 

 咄嗟に倒れないように槍を地面に突き立てて足を踏ん張るが、勢いを殺しきれず道路の石を抉ってしまう。

 

 やっと止まった位置はキリアナと15メートルほど離れたところだった。

 奴は足を蹴り抜いた体勢でこちらを見据えて、

「案外頑丈なのね、流石は勇者の仲間ってとこかしら?」

 と言い放つ。

 

 ただの身体能力であの威力。冗談であってくれと思わずにはいられない。

(こちとら魔材武装の服じゃなけりゃ、内臓がスクランブルエッグになるとこだったってのによ……)

 

 きっとガラドであれば、あの蹴りにカウンターの拳を合わせて致命傷にすらさせていたかもしれない。

 何があろうと実力差を見せつけられるみたいで、悪態の一つでもつきたくなる。

 

「クソが……」

 口の中に溜まっていた血を吐き出し、オレはキリアナを睨みつける。

 

「ああ〜いいわねぇ、色男のそういう表情、ゾクゾクしちゃう♡」

 ニヤニヤと下品な笑みを顔に貼り付けたキリアナに、今度はオレから攻撃を仕掛ける。

 

 15メートルの距離を一瞬で詰め、オレの出せる最高速度での突きを繰り出す。

 しかし奴はまるでステップでも踏んでいるかのような足取りで滑らかにかわし、右拳を握りしめた。

 

 間一髪でその拳を槍の柄の部分で受け止めるが、あまりの衝撃に耐えきれず、中ほどのところで折れてしまう。

 

 一度体勢を立て直すべく、図式魔法で氷弾を放ちながら槍を魔素変換し、距離をとってから再構築する。

 手元には元通りになった槍があるが、汗がじっとりを手のひらを濡らす。

 

 なぜなら、

「やっぱり便利ね、魔法って。私にも教えてくれないかしら?」

 氷弾が直撃したはずのキリアナが何事もなかったように立っているから。

 

 奴と自分との間にある隔絶した力量差を見せつけられ、ギリっと歯を食い縛る。

 槍術も魔法も、オレの練度ではキリアナに傷一つ付けられないという事実がなによりも悔しい。

 

(だが、本気を出してこないなら……)

 そう思ったのも束の間。

 

「まあでも、もういいわよね? 呪装展開(じゅそうてんかい)細斬華(さざんか)》」

 キリアナの周囲を黒い花弁が舞い踊る。

 数えきれぬほどの花びらは、キリアナという主人を飾り立てるかの如く舞い、そして同時にオレを絶望の底へと突き落とした。

 

 呪装(じゅそう)。一定以上の実力を備えた魔族だけが使用できる特殊な武装。

 一度振るえば森を更地にし、山を割り砕くほどの異能。

 

 どう足掻こうとも数瞬の後に待ち受けるのは死の一文字のみ。

 オレは今どんな顔をしているのだろうか?

 

「ああ、良い! 善い! 好い! すっごくそそるわその表情! 今すぐ切り刻んで血で染めてあげるから……ね!」

 昂った様子のキリアナが、オレに向かって花弁を飛ばす。

 

 数百、いや数千だろうか。もはや数えるのも馬鹿馬鹿しいほどの黒く輝く刃の花びらを全て叩き落とすことなどできるはずもなく。

 

 手にしていた槍は儚くただの破片となった。

 次はお前だと言わんばかりの勢いで迫り来るそれらが、オレの皮膚を切り裂き、四肢を断ち、心臓を貫く未来を幻視する。

 

 確定した未来が、オレの心に深く死の感覚を刻みつけた。

 

 その瞬間。

 

 オレの肉体を巡る血液が燃え滾る。

 

 オレの精神体を巡る魔力が凍り付く。

 

 人が持って生まれる二つの体を、まるで真逆の感覚が駆け抜けた。

 しかしそれが苦痛をもたらすことはなく、不思議と心は晴れ渡っていた。

 

 ただそこにあるのは希望。断ち切られたはずの生への渇望が今、オレの手中にあった。

 

 明確な死を目前にして引き伸ばされた一瞬だけの猶予。

 

 本能が、オレの口を動かす。

 

「《氷王の両眼(アイス・アイズ)》」

 

 刹那。

 時が、止まった。

 

 いや違う。キリアナとオレを殺すべく舞い踊っていた黒い花弁のその全てが、時が止まったかのように凍りついていたのだ。

 

 氷像と化したキリアナが、氷の花弁となった細斬華(さざんか)が、オレに呼吸を思い出させた。

 

 大きく息を吸い込む、そして吐き出す。温かい息は季節外れにも白く染まり、この景色が現実であることを証明してくれる。

 

 その事実が、オレの心に光を与える。

「よっしゃあああぁぁぁ!」

 

「オレにも、オレにも希望(ホープ)が発現したぞ!」

 

 希望(ホープ)とは人の精神体の核、魂源と呼ばれる心の奥深くに眠る潜在能力。

 人は皆その種を持って生まれるが、それが発芽し使いこなせる人物は世界中を探しても一握り、いやひとつまみほども存在しない。

 

 ガラドの《獣王の拳(ビースト・フィスト)》、リーナの《治癒の翼(ヒーリング・ウィング)》。

 そしてシドニスの《剣王(ソード・ロード)》。

 

 彼らが人類の希望と言われるのはその卓越した実力もそうだが、なによりもこの異能を持つところが大きい。

 

 つまり、ついにオレは勇者の仲間に相応しい力を手に入れたことになる。

 これが喜ばずにいられるだろうか。

 

 しかしそんなオレの喜びに水を差す奴がいた。

「まさか……こんな切り札を隠してたなんてね……」

 キリアナの声だ。

 

 咄嗟にその方向を見やると、どうやら体の表面を氷で覆っていただけのようで、それを強引に砕いたのだろう。氷の破片が足元に落ちている。

 しかし全身を見てみればまだ凍っている部分もあり、体温が下がったせいか動きもさっきより鈍い。

 

 絶望的な身体能力の差が全て埋まったわけではないだろうが、勝機は十分にある。

 オレは氷王の両眼(アイス・アイズ)で氷の槍を作り、キリアナへと切先を向けた。

 

 オレの戦闘続行の意思を感じとった奴は後方へと跳び、

「決着はまた今度ね、ミリアちゃん……」

 と捨て台詞を吐いてから、空気に溶けるように消えた。

 

 オレが気にしている女っぽい名前をバカにしながら立ち去るとは、なかなか苛立たせてくれるがこちらもダメージを隠せない。

 

 それに氷王の両眼(アイス・アイズ)がもう一度通用するかもわからない。あらゆる部分が不確定要素にまみれている。もし戦闘が続いていればどちらが勝っていたかは定かではない。

 今はキリアナの撤退行動にほんの少しだけ感謝しておくとしよう。

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