《完結済み》勇者パーティーを追放されたオレが、女になって出戻る話 作:タンクトップ桶狭間
「シドニス!」
「おせーぞオイ!」
ガラドとオレの声がほぼ同時に出る。
待ち侘びたシドニスの登場はまるで夜明けの極光にさえ見えた。
いや、その表現も適切じゃない。なぜならシドニスは比喩ではなく一条の光を握っていたから。
あれは間違いなく、
限界まで凝縮された魔力がその密度を誇るかのように、光として肉眼に映る。
本来魔力視認をしなければ見えないはずの魔力が、極限の圧縮を経て肉眼に映る光となる。
魔王の脅威と対峙し続けて、ガラドはつい先ほど魔力を使い切った。
絶望的な強さを見せつける魔王の猛攻……災害にも思えるほどの攻撃を凌ぎ切った証として、今オレたちの前に居るのは、光を携えた勇者シドニス。
そうか……戦えない市民にとってシドニスはこんな姿に見えていたのか。
心からの湧き上がる複数の感情。魔王との戦いにようやく訪れた人の形をした終止符。
今のシドニスの後ろ姿を一つの単語に言い換えるなら……それこそまさしく
「キハハハハは!! ヨウやく来たか最後のヒトリガ! だがオソかったなァユうしゃ!! モロともに、散るガ良い!!」
上空からオレたちを見下ろす魔王が、止まらない黒い涙で顔を濡らしながら叫ぶ。もうヤツの精神には正しい発音をする機能がないのか、その口から出てくる言葉はかなり聞き取りづらい。
だが昂る気分の高揚を象徴するように、魔王は足場としていた
そして
高所からの落下スピードに、
情報としてしか知らない、魔王の切り札。
「シテン! オウメイぃぃぃイイイ!!」
もはや人の声か獣の声かも判別できない叫び。
だがヤツの判断力はまだ失ってはいないらしく、オレの
(クソが……!)
しかし内心で舌打ちするオレの気配を背中越しに感じ取ったのか、シドニスは冷静な声で一言だけ、
「大丈夫」
と呟いた。
狂気に塗れた笑みを浮かべて歓喜に打ち震える魔王クローマとは対照的に、勇者シドニスの様子は凪いだ水面に似た静寂を思い起こさせる。
〜〜〜〜〜〜
空から降ってくる魔王は、まるで地面に向けて放たれた攻撃魔法のように見えた。
見た目には少し大きな火球の魔法。けれどそれは村を一つ更地にしてしまうほどの威力を秘めているらしい。
それは魔王との死闘に身を投じた近衛騎士団・第一大隊から、ただ一人帰還した騎士が話した情報でしかないから、僕にその実感はない。
複数の騎士を一瞬で消し飛ばし、遺体すら残さない絶望の具現化。村を何一つ存在しない更地に変えてしまった恐怖の一撃。
情報としては知っているけれど、実感はない。
魔王の攻撃が直撃すれば、僕は
それなのに自分でも意外なほど冷静でいられた。
魔王の強さは知っている。勇者パーティ四人がかりで翻弄されてしまったのはつい先程のこと。
でも僕にとってそれは何年も昔のことのように感じられた。
カタウ団長の死を受け入れる時間さえなかったことが、僕の精神を大きく成長させたから?
違う。どちらも全くの間違いだ。
僕が今冷静でいられる理由。そして魔王の強さに防戦一方であったことを遠い過去のように思う理由。
そのどちらも、僕が
ほんのわずかな動きのブレが、一瞬で
あらゆるものを切り裂く、最強の刃。だからこそ、あの脅威的な強さを持つ魔王でさえも、必ず斬ることができる。その確信が、僕にはあった。
魔王……いや、魔族に殺された兵士や騎士、あるいは戦う力を持たない一般市民。彼らの命はどれだけの数に及ぶのか、正確な数なんて僕にはわからない。
でもこれだけはわかる。
彼らの
リナトー皇国を潰し、セルトール王国に戦争を仕掛け、数多の人々を絶望の淵へ追いやった魔族に、今日、終止符が打たれるということを。
そのための
高所から降る魔王の姿はよく見えない。
炎の防壁でその身を隠し、着地までの安全を保とうとしている。
でもそれは守るための策。避けるための策ではない。
僕は火球と化した魔王を正面に捉えて、左腰に構えた両手からできる限り力を抜き、待機状態だった魔力を実体化させた。
現るは
これを振るうために、大袈裟な力なんて要らない。というより僕の魔力のほとんどを
でもそれで構わなかった。この刀を振るうために必要なのは、叩き斬る力と重量じゃなく、斬るための技術と速度。
無理に素早く振るう必要もない。
空気の切れ目に刃を乗せれば、空気抵抗をも切り裂き、意識せずとも勝手に速度は上がるから。
「ユウ者!! ソノ身と魂、余ノ王命にて砕けチレ!!」
「『
魔王が振り下ろす、
僕が振り上げる、
両者の激突に音はなかった。
一時だけ世界から音が消えたのかと錯覚するほどの、無音。
いや……より正確に言うならば、衝突すらしてはいない。
なぜなら魔王の持つ
薄刀・大鷲の一振りによって、魔王の命も両断した。ゆえに彼の所有物である全ての呪装も、魔素へと還り空気に溶けて消えてしまった。
魔王の体は斬られたことすら理解していないのか、あるいは断面がどこかわからないためか、狂気に塗れた笑みを貼り付けたまま、地面に倒れ伏す。
僕の持つ薄刀もまた、振るう手を止めた衝撃に耐えきれず、自壊して空気中の魔素へと還る。
役目を正しく終えたことを誇るように、光を反射させながら空気に溶けてゆく様は、とても幻想的だった。
「やったなシドニス!」
「お、終わった……」
歓喜の表情で僕に笑いかけるガラド。ようやく戦いが終わったことに安堵する
「シドくん!!」
そして、魔王の奥義を前に立つ僕の身を案じてくれていたリーナの抱擁。
ほぼ全ての魔力を使い切った僕には、タックルにも思えるリーナの抱擁を受け止める余力は残っていなかった。
「おわぁっ!」
リーナの勢いに押されてしまい、仰向けに倒れた僕の目に映った空には……
斬り裂かれた二つの雲が、寄り添っているように見えた。
はるか上空の雲さえ斬り裂くことから、大鷲と名付けられました。
『
これにて戦闘シーンはおしまいになります。この後は後片付け的な話しかないので、もうちょっとだけお付き合いくださいませ。