《完結済み》勇者パーティーを追放されたオレが、女になって出戻る話   作:タンクトップ桶狭間

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きっとたぶん最初から

 それはシド君がうちに来るようになってから何度目かのことだった。

 今にして思えば、歳が近いうえに同じく異能持ちである私とシド君。珍しい特徴を持つ貴族の子が、同時期に二人もいる……加えて両家が近しい間柄だということから、お父様たちは情報交換も含めて私たちを頻繁に会わせていたんだろう。

 

 でも当時の私にとっては「また大人ぶった子が来た……なんで家に何度も来るんだろう。やだなぁ……」という印象しかなく、そっけない態度をとっていた。

 

「おじょう様、お久しぶりでございます」

「そうね……久しぶり。シドニス」

 

 一瞬だけ目を合わせてからすぐに逸らして、簡潔に挨拶を済ませる。

 きっと……ううん、間違いなく感じの悪い子だった私に、シド君はまた笑いかけてくれていた。

 

 その日はダンスの勉強があった日。

 私はそれが憂鬱で仕方なかった。理由は明確、つまらないから。

 

 音楽は好き、歌うのも好き。運動ももちろん好き。でもダンスは型があって、その通りに動く必要がある。しかも貴族の踊りというのは、個人ではなくペアが想定される動き。

 

 自分で好きに動けないうえに、他人の動きをフォローする能力だとか、正しい足運びだとか、ペアで呼吸を合わせるとか……とにかくややこしいうえに、正しくできても楽しいとは一切思えなかった。

 

 もちろん私はなんでもそつなくこなすタイプだから、できないから嫌いというわけじゃなくて……なんて嘘。本当はできないから嫌いだった。

 上手くできないから、褒めてもらえない。上手くできたとしても、楽しくないから嫌い。

 

 私がダンスを嫌っているのは、たぶん周りの誰もがわかっていたはず。

 そんな中、ダンスの講師様がいきなり言い出してきた。

 

「お嬢様、今日は同じくらいの歳の子がおりますので……折角ですからペアの動きを二人でやってみましょう。シドニス君、と言いましたね。ダンスの授業はもう始めていますか?」

 

 講師様の声にシド君は迷いなく返事をしてから、

「はい。……ではせんえつながらおじょう様、お手をどうぞ」

 と、こちらに手を差し出してくる。

 

「以前教えたことは覚えていますね? お嬢様の努力を、私めは信じておりますよ」

 講師様の言葉にはほんの少し……棘があるように思えた。

 きっとあの時の彼女は私のことを好ましく思っていなかったんだと思う。

 

 子どもの頃の私は、あんまり上手く踊れないうえに、踊れたとしても嬉しそうにはしない。そのせいで褒め言葉も効果は薄かっただろうし、教えがいのある生徒とは言えなかっただろう。そんなのは想像に難くない。

 

 それからしばらく後。

 

 

「ダメですよ! さっきも言ったところです! 同じミスを繰り返さないでください!」

 その時も講師様の不機嫌さはフルスロットルだった。

 

「まったく……どうしたら上手に踊れるのですかあなたは!」

 いや、たぶん私の知る限り一番怒っていたように思う。

 

 

「聞いていますか! ()()()()()!?」

 

 

 でもそれは私にではなく、シド君に対しての怒りだった。

 たぶん私は上級貴族の娘だから、彼女にとって立場が上で、思うように強い言葉遣いで指導できなかったのが不満の種だったはず。

 

 でもシド君は下級貴族の息子で、ロクスロード家にとっては使用人の立ち位置。ダンスの講師様にとって、臆する必要のない相手。

 その日、いつもより苛烈な講師様のお叱りを受けていたのはシド君の方だった。

 

 だけど……私は気付いていた。

 シド君のミスの……その全てが、私のせいであることを。

 

 私がリズムを間違えた時、シド君はそれを知りつつあえて自分が大きくステップを間違えてみせる。結果的にそれは、シド君のミスのせいで私の動きが阻害されたようにしか見えない。

 私がステップを間違えそうになった瞬間、シド君はそれを瞬時に察して自分が大袈裟に転んでみせる。ダンスにおいて転ぶことはとても大きなミス。地面に体をつけるなど、貴族として絶対にしてはいけないことだから。

 

 不出来な生徒と、それを上回るほど不出来な生徒がいれば、教師の立場がどちらに目を向けるかなんて……誰でもわかること。しかもそれが叱りにくい上級貴族の娘と、叱りやすい下級貴族の息子ならなおのこと。

 

 シド君はあえて講師様の意識を自分に向けさせて、私が叱られることを防いでくれていた。

 

「はあ……これでは練習にもなりません。シドニス君? お嬢様のお時間を無駄にすることは、従者として恥ずべきことであると自覚なさい。……少し休憩時間を設けましょう」

 

 そうしてある程度怒りを発散させた講師様は、呼吸を落ち着かせてからそう言って部屋を出た。

 

 

 

「ねえ、シドニス」

 

「どうかされましたか、おじょう様?」

「どうして?」

 

 二人きりになったのを見計らって、私はシド君に疑問を投げかけた。でも、主語のないそれをどう受け取っていいかわからない様子のシド君に対して……私は言葉を繋げる。

 

「さっきのあなたのミス……全部わざとでしょ? わたしのミスを彼女にわからせないように、自分が怒られるようにしむけてた」

 

「そんなことは……ぼくは元々、ダンスが苦手ですので……」

 

「うそ言わないで。お父様が言ってたもの。「ワラフの子はダンスがとくいだから、その内ペアの動きもしてみたらどうだ?」って。答えてシドニス」

 

 言い逃れしようとするシド君に詰め寄ると、彼はすぐに白状した。これも立場的なもので言わなきゃって思わせたのかな?

 

「……ぼくは不器用なのです。教えられた通りにそれをまねすることはできても、新しいことをはじめると必ずミスをしてしまいます。今回はじめてペアでおどったので……」

 

 シド君のそれは、私を気遣ったものに聞こえた。

 彼の言い分の通りなら、いつも通りにしていればシド君は怒られなかったはず。ペアで踊っても基本の動きに大きな変化はないから私がミスをするだけ。

 

 不器用といえど教えられたことを実践できる子がいきなりミスを連発するなんて……言い訳にしても下手すぎる。それも私のミスを隠すように全く同じタイミングでなんて……偶然と言い張るには不自然だった。

 

「それもうそでしょう? 全部わたしのミスと同じタイミングなんて……ぜったいわざと。どうして? シドニスだって、怒られたくないはずなのに……」

 

 私のせいでシド君が怒られたことに負い目を感じつつ、私がそう言うと、

 

「それは……彼女とおじょう様の関係性が、あまり良好には見えなかったから……です」

 と答えた。

 

 でもそれはあまり要領を得ない答えで、私は再度問い詰めると、シド君はさらに説明してくれる。

 

 彼曰く、最初のやりとりから、互いに良い印象を抱いているようには見えなかった。浮かない顔をしていた私をみて、きっとダンスを嫌っているんだろうとも気付いていた。

 

 嫌っていることを授業だからとやらされて、おまけに講師様との信頼関係もないとくれば、上達するはずがない。そんな中で、さらに追い討ちをかけるようにミスを指摘されれば、向上心など芽生えるはずもないと。

 

「でもその全部を一気に解決する方法が出てこなかったので……せめておじょう様が叱られることだけは防ぎたかったのです。ぼくのリードが下手だったら、こうし様の怒りもぼくに向くだろう……と。差し出がましいことをしてしまい、申し訳ありません」

 

 シド君はそう言って、私に頭を下げてきた。

 でもその時、私が欲しかったのは謝罪の言葉じゃなくて。

 

 私と講師様の短いやり取りで、互いの印象を感じ取れるほど他人の感情の機微に敏感なこと。私のことを考えて行動してくれたこと。

 でも良い案が浮かばなくて、せめて私が叱られないようにと、自分が怒られてでも私を守ろうとしてくれたこと。

 

 その時気付いたの。シド君が格好つけて大人ぶっているわけじゃなくて、ただ私が子どもすぎただけってことを。

 実際に幼かったわけだけど、そっけない態度も取ってしまっていた私に……それでもシド君は優しく接してくれて。私が嫌な気持ちになってしまわないように気遣ってくれていたこと。

 

 

 シド君の優しさが、格好良さが、不器用かもしれないけど、なんとかしようと頑張ってくれたことが。

 その全部が、私にはすごく嬉しくて。

 

 

「あ……か、顔を上げて。あやまらなくてもいいわ……し、シド君……」

 

 

「おじょう様……? じゅうしゃのぼくに対してそのような呼び方は……」

「い、いいの! わたしがそう呼びたいから……く、口答えしたらダメなの!」

 

 他の人とは違う呼び方をしたかった私と、特定の従者を特別扱いしてはいけないという常識に則るシド君。でも結局、シド君の立場で私に否定するのは難しかったらしい。

 シド君は私の我儘を、最終的には受け入れてくれた。

 

 私はその時から……ううん、きっと……たぶん、最初から。

 

 初めて会ったあの日から。

 気に食わないと思った初対面の瞬間から。

 

 

 この気持ちを抱くことになるのは……決まっていたんだと思う。

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