《完結済み》勇者パーティーを追放されたオレが、女になって出戻る話   作:タンクトップ桶狭間

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月は人を狂わせて

 「はあ……」

 なんだかドッと疲れてしまった。

 まさかお貴族様の面倒な裏工作みたいなものに、オレが巻き込まれてしまうなんて……考えてもみなかったな。

 

 思い返せば最初の声掛けから不自然ではあったか。それを気付かなかったオレも不用心ではあるが、まさか平民の出のオレにこんなことを仕掛けてくるはずがないと思い込んでしまった。

 

 だが今となってはオレは、セルトール王国で知らぬ者はいない有名人。勇者の仲間の一人なんだ。こういうことも…‥もしかしたら何度かあるのだろうか?

 

「やだなぁ……」

 身近な話であればリーナとシドニスのような、好き合う男女が結ばれることが難しいだなんて、度し難いにも程がある。

 

 好きだから結婚する。それだけでいいじゃないか。

 オレにはリナトーの第一皇子が悪い人には見えなかった。いや、今後のリナトーのことを第一に考えて、そのための旗印としてオレを迎え入れようとした判断力、国民感情を切り捨てない人柄などを考慮すれば、きっと良い人なんだろうというのは察しがつく。

 

 だがオレにはもう、好きな人がいる。

 オレを好きだと言ってくれた人がいる。

 

 だから……ちゃんと今から、伝えに行くんだ。伝えに行きたい。

 

「お待ちください! 雪月(ゆづき)様!」

 改めて決意を固めたオレを、後ろから引き留める声がした。

 もううんざりだと思いつつ、無視をするのも流石に失礼すぎるかと思い至り、オレは振り返る。

 

「……どうかしましたか?」

 とはいえもう表情は取り繕わない。面倒臭いことを全面に押し出した顔で、エルドフォルス様の目を見る。

 

「も、もう一度……今度は日を改めて……」

「いえ、いつの日でも、もう暇な時はそうそうありませんので。では……」

 

 食い下がろうとする彼の必死さを、オレは一刀両断してまた背を向ける。

 それが、良くなかった。彼から目を背けたこと、彼の必死さを歯牙にもかけなかったこと。

 

「ならもう……!」

 小さな呟きののち、オレの体を衝撃が襲いかかる。

 

「なっ……!? なにを……!?」

 壁に押し付けられ、強引に彼と向かい合う形となったオレの目には……

 

 エルドフォルス様の頬を伝う涙が一つ、映り込んだ。

 

「強引にでも、貴女を妻とします……!」

 そしてその瞳が……いや、顔がオレに近づいてくる。

 

(まさか口付けを交わすつもりなのか!?)

 それは神に結婚を誓う行為。易々としていいものではなかった。

 

 強引に振り解いて……いや、彼に怪我でも負わせたら一大事だ。誰かがいれば……いや他国とはいえ仮にも皇子の行動を、そこらの使用人が止められるはずがないか。

 

 実際、目線を少し動かせば、使用人の一人や二人、そこらにいる。

 だが彼ら彼女らはこちらを不安そうに見てはいるものの、動き出そうとする人はいなかった。

 

 エルドフォルスの行いを強引に止めたとして、それが自分になんらかの利益をもたらすわけでもないからだ。

 誰も彼も、自分が一番大事なんだ。それは当たり前のこと。

 

 だからオレに彼らを責める理由はない。

 というより、オレの意思で強引に振り解けばそれでいいはずだ。

 

 さっきはいきなりのことで躊躇(ためら)ってしまったが、ここまで強引な迫り方をするなど、おそらく貴族間でも異常事態のはず。

 仮に振り払ったせいで彼の手や足を折ってしまったとしても、オレに一切落ち度はないという結果にしかならない。

 

 だからこそ、周囲の彼らもオレが振り払わないことを不思議に思っているんだろう。

 

 なのにできない。

 怖い。なんだこの感覚。今まで対峙してきた魔族の方が、目の前の彼より圧倒的に強いはずなのに。

 

 エルドフォルスが、とても恐ろしい怪物のように思えてならない。

 

 彼の左胸に飾られた月を模したエンブレムが、どんどんと近づいてくる。

 その月が、なぜだかとても不気味なものに見えてしまう。

 

 

(誰か……助けて。やだ……!)

「ガラド……!」

 誰にも聞こえないような、小さな救援要請を。

 

 

 

 

 

「呼んだか? 雪月(ゆづき)

 虎は決して、聞き逃さなかった。

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