禁足地の下請け人   作:蒸しぷりん

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踏まれる霜は土をも浮かす

 

 一面に広がる下草の穂を、風が撫ぜていく。朝日を弾き黄金色に輝くそれらを埋めるように、無数の草食竜らが草を食んでいた。それぞれの群れは違う種族も混在しているが、その子ども達は一緒になって遊んでいる。

 彼らの足元を、さらに小さな竜の群れがちょこちょこと駆け抜けた。

 

 その先にある少し外れた場所では、肉食竜がまだ新しそうな死骸に群がっていた。序列を然程気にしない質なのか、皆が同じように肉を噛みちぎっては飲み込んでいる。

 

 実に穏やか。豊穣とはまさにこのこと。

 くい、と双眼鏡のつまみを捻れば、あっという間に彼らの姿はぼやけてしまった。とはいえ、それを外せば肉眼でも見えるほどに距離は近い。

 

 青年は双眼鏡を懐に仕舞うと、代わりに水筒を傾けた。嚥下すれば、舌と鼻が感じとるのは砂の味。かといって毎度口を濯ぐわけにもいかず、今や誰もがそれを甘んじて飲み込むようになった。

 青年は蓋を閉めながら、ふと昔立ち寄った拠点の匂いを思い出す。砂漠に浮かぶ大岩に築かれた、賑やかな街。出会った人々は、皆息災だろうか。そんなことを考えつつ、青年はこれまでの観測記録を竜皮紙に書き込んだ。

 

 インクにペンを浸そうと視線を上げた時、ふと川向こうに何かが見えた。目を凝らせば、セクレト乗りの後ろから、大きな水瓶を抱えた人々が水辺に歩いてくる。

 近くの村に住む彼女らが水汲みに来たということは、そろそろ拠点の人々が起き出す時分だ。

 

「おっと、もうこんな時間か」

 

 また編纂者の付き添いなしでフィールドに出掛けていることが判明したら、こっぴどく叱られるだろう。

 もし自分のせいで謹慎にでもなろうものなら、同僚達からリュウヌ石よりも白い目で見られるに違いない。

 青年は散らかした荷物を慌ただしくかき集め、翼竜を呼ぶ指笛を吹いた。

 

 岩や礫ばかりの足場の悪い道を上っていけば、次第に肉や穀物の焼ける良い匂いが風に運ばれてくる。

 地層が風で削られて出来た、天然の門を潜り抜けると、そこには峡谷を利用した基地があった。峡谷といっても、雨除けの隙間から陽射しが燦々と降り注ぐため、とても明るい。

 

 いくつものギルド紋章のあしらわれた旗が出迎えるその基地は、禁足地調査隊のベースキャンプだ。

 活気がありながらも、港や街とは異なる人々の往来を歩けば、あちこちから会話が聞こえてくる。

 

 青年はふむ、と考えた。こそこそとしていては、逆に怪しまれてしまう。あたかも最初からここに居ますよ、といった風体でいなくては。

 青年は乱れた髪を適当に撫でつけ、軽く辺りを見回す。それから重そうな荷物をえっちらおっちら運ぶアイルーに目をつけ、彼らを手伝い始めた。

 

「よう、ツェザリ。お疲れさん」

「お疲れさま、精が出るね」

 

「お疲れ、ツェザリ。任務の進捗はどう?」

「まあまあかな」

 

 あちこちから聞こえてくる挨拶に応えながら、青年──ツェザリは通りを歩く。アイルーに倣って荷物を下ろすと、溜め息を一つ吐いた。なんとかやり過ごすことができそうだ。

 ある程度手伝い、アイルー達に軽く手を振って別れると、ツェザリは自らのテントへと歩き始めた。以前は所狭しと並んでいたテントも、今はそれぞれの間に大分ゆとりがある。

 

 物資調達を担うサポート部隊のテントの前に差し掛かった時、突然上の方から悲鳴が聞こえる。

 

「その子を受け止めてあげて〜っ!」

 

 目前に迫ってくるのは、ふかふかのプリティなシルエットをした何か。

 ツェザリはそれをアイルーの尻だと認識する前に、両手を広げた。衝撃と共に、落下してきたアイルーを抱き止める。

 それからいくつもの野菜がゴロゴロと足元に転がってきて、要因はこれかと思い当たった。

 

「危なかったねえ。怪我はない?」

 

 ツェザリが覗き込むと、トマトのニットを被ったアイルーはにこりと笑った。

 

「うん、支えてくれたから大丈夫。ありがとう!」

「どういたしまして、ええと……」

 

 おそらくトム、トマ、トモのうちの誰かだろうが、未だに見分けが付かずにいる。ツェザリが口篭っていると、最初に悲鳴を上げたアイルーが駆け寄ってきた。

 

「ありがとうツェザリさん! 無事でよかったよ、トモ」

「……気をつけてね、トモさん」

 

 ツェザリは、トムかトマのどちらかに心の中で礼を言った。この調子では、星の隊のヴェルナーを責められたものではない。

 一連の様子を見届けると、周囲のギャラリーはほっとした表情で散っていった。

 

 ツェザリはトモを地面に下ろすと、一緒になって野菜を拾い集める。三つ目のトマトを掴んだ時、上から耳馴染みのある声がした。

 

「おはよう。さっきはナイスキャッチだったね、ツェゾ」

 

 顔を上げれば、自分の相棒がニッと笑って見下ろしていた。隣にはオトモアイルーもいる。

 

「見てたの。ウルシュラ、ロペ」

「うん。さすハン」

「さすはん?」

 

 ツェザリが首を傾げると、ウルシュラは大袈裟に溜め息を吐いて見せた。

 

「流石はハンターってこと」

「ああ、成程。カーニャみたいなこと言うなぁ」

「ニャ。どっちかというと、ジェマさんじゃない?」

「あはは、確かに」

 

 今頃、釣りに情熱を燃やす編纂者と、デコを愛する加工屋がくしゃみをしているだろう。

 ウルシュラ、ロペもしゃがみこみ、一緒に野菜を拾ってくれた。てんこ盛りになった籠をサポート部隊のアイルー達に渡すと、三人は踵を返した。

 

 ウルシュラは笑みをスッと収めて「で?」と真顔になった。

 思わずツェザリはぎくりと肩を震わせてしまう。この反応はもう、確定だ。どこにも逃げ場はない。

 

「わたしに何か言うことあるでしょ」

「すいませんでしたッ」

 

 間髪入れずに放った謝罪に、ウルシュラは二度目の溜め息を吐いた。

 

「まったくもう、いつもフラッと出掛けるあんたのせいで報告書を書かされるこっちの身にもなってよね。ムカつくことに連帯責任なんだから」

「武器は一回も出してないよ」

「言い訳無用!」

 

 ツェザリ、ウルシュラ、ロペ、そして加工屋のダーシャはいずれも「霜の隊」に所属している。

 禁足地調査隊では、一つの大きな組織の中に各々の小隊が組み込まれるというような構造をとっている。基本的にハンター、編纂者、加工屋、オトモアイルーでカルテットを組んでおり、霜の隊も同様だった。

 ツェザリはおそるおそる尋ねた。

 

「え、今日のもファビウス先生にバレてる?」

「勿論。そのファビウス卿がお呼びよ」

「げっ」

 

 普段は物腰穏やかな組織長だが、ツェザリは既にお叱りを受けていた。いくら知り合いの身内でも、そろそろクビになるのではないかと、ウルシュラは毎度肝を冷やしている。

 

「あーあ。せっかく早起きしたのになぁ」

「先生をお幾つだと思ってるの。もう早寝早起きしてもおかしくない歳よ」

「ニャ。それギリギリ悪口じゃない?」

 

 会議に用いるテントに近づいてくると、ツェザリはいよいよ肩を落とした。それを見たウルシュラは、腕を組む。

 

「わたしを連れて行けば良いだけだっていうのに、なんで毎度それをしないわけ?」

「だって公的な調査じゃないし」

「いつそれを正式なクエストにしなきゃいけなくなるか分からないでしょ。何のための編纂者だと思ってるの」

「えー」

「えーじゃない」

 

 禁足地では、ハンターが調査および狩猟を行うには、編纂者の同行が必須とされていた。

 無闇な殺生を行わないため、地域の生態系バランスを崩さないため。武器を持つ当事者であるハンターだけでなく、第三者からの判断が必要なのだと。実際、狩猟許可を出すのは編纂者の権限だった。

 

 ツェザリもその規則が設けられた背景は理解している。

 しかしいつ何時も他人の目がある状況というのは窮屈で、つい抜け出したくなってしまうのだ。排便しか一人の時間が無いだなんて、平気でいられる方がおかしいとツェザリは思う。

 そもそも、やましいことをするような人間は、ファビウス卿が選考の時点で落としているだろうに。

 

 そんなやりとりをしていると、ロペが「そういえば」と切り出した。

 

「話は戻るけど。ジェマさんといえば、鳥の隊からは何て?」

「ん? ああ、今は別の任務があるから難しいけど、それが落ち着いたら協力してくれるって。あっちは忙しそうだよねえ」

 

 欠伸を溢すツェザリに、怒りの冷め切らないウルシュラは口を尖らせる。

 

「あっち"は"って何よ、"は"って。わたし達だってそれなりに忙しくしてるじゃん」

「ニャ。それなりにね」

 

 禁足地調査隊を先導しているのは、間違いなく鳥の隊や星の隊と言えるだろう。当初の目的であるナタ少年の故郷を見つけ出し、禁足地を支える仕組みまで発見してしまった。

 

 彼らが活躍する一方で、霜の隊はといえば隊旗のデザインと同様、地味極まりない。現地の人々の護衛やら、物資に必要な植物・鉱物の採取やら、そんな仕事をぽつぽつとこなすばかり。もちろん、組織を支える上で大事な仕事ではある。

 メンバーはやかまし──賑やかなのに、役職は縁の下のさらに下を支える力持ち。それが周囲からの評価であった。なまじ気を遣われているだけに、余計に刺さる。

 

「禁足地の調査が進んだのも、ドシャグマのふぐりに目を留めた鳥の隊の功績だもんねえ」

「っ……!」

 

 何の気もなくツェザリが溢した一言に、ウルシュラは顔を真っ赤にした。照れている、などという可愛らしいものではない。

 

「ちょっと、こんなのでツボらないでよウル。だからボクらシモの隊とか言われるんだよ」

「それ言ってくるの一人だけだよ」

「ニャア! 一緒に笑ってる奴らも同罪だい!」

 

 ロペとツェザリが追い打ちをかけてくるせいで、ウルシュラは必死に笑いを堪えようとしては、失敗して吹き出すのを繰り返していた。こうなっては、彼女が落ち着くのを待つしかない。

 

 その時、後ろから大きな人影が近づいてくる。しかし会話に夢中になっている三人は、未だに気づいていない。

 遠巻きに見ていた者は「ご愁傷様」とでも言いたげな視線を寄越した。

 

 ふいに覇気のようなものを感じたツェザリが、顔を上げた直後のこと。

 

「お楽しみのところすまないが、霜の隊の諸君。少し良いかな」

 

 よく通る、低くシブい声が響く。

 ツェザリ、ウルシュラ、ロペは凍りついた。

 

 

 

 場所は変わり、司令エリア。いつもの会議室の筈だというのに、ツェザリ達にとっては何倍も広く感じる。

 いつもここをラボに使っている凸凹学者コンビが、テントの中を覗きこんでいるのがなんとも憎たらしい。ちゃっかり彼らの師も一緒に覗き込んでいる。三人とも、隠れようとしても長い耳でバレバレだった。

 

 そして、皆の視線の先にいる人物はというと。筆頭の役を降りながらも狩人としての心構えの残る、精悍な顔つき。歳を重ねて凄味を増した貫禄と覇気。

 誰が見ても組織の長らしい老紳士──ファビウスは後ろで組んだ腕を直し、咳払いをした。

 

「さて。いかにも心当たりがある、という顔をしているな」

 

 ツェザリとウルシュラは来るであろうクビ宣告に肩をすくめた。隣のロペも、耳が力無く後ろに倒れている。

 だが、次にファビウスの発した声色はどこか揶揄っているようなものだった。

 

「フ、冗談だ。そう構えるな。──単刀直入に言おう。君たちには、私の研究に協力してもらいたい」

「え……研究、ですか?」

 

 想像していた展開とは大分違う。三人は上げた顔を見合わせた。

 ファビウスは頷き、笑みを収める。

 

「先日の龍灯の一件で、私がマガラ種に関する研究を行っていることは皆に話したと記憶しているが。禁足地での狂竜症について、より深い知見を得たくてね」

「狂竜症……もしかして、学者から依頼があった狂竜結晶のことと関係していますか?」

 

 ウルシュラの問いに、ファビウスは表情を緩めた。

 

「もう既に話がいっていたか、その通りだ。氷霧の断崖で多数の狂竜結晶が発見された。それでは先日、歴戦のゴア・マガラがナディア君と鳥の隊ハンターによって討伐されたことも聞いているだろうか」

「ええ、聞いています。あのお二人でさえ苦戦するほど強力な個体だったとか」

 

 ウルシュラがはきはきと答える一方で、ツェザリはロペにそっと耳打ちした。

 

「なんだっけそれ」

「もー、何も聞いてないんだから。この前増えまくった狂竜化モンスターの討伐で、ハンター達が氷霧の断崖に招集されてたでしょ」

「ああ、それかぁ」

 

 ファビウスは二人の様子に気付きながらも、「話が早くて助かる」と何事もないように話を続けた。

 

「その個体に起因する狂竜ウイルスによって、狂竜症を発症したモンスターが激増した。それらは概ねミナ君やラリーサ君達が対処してくれたのだが……未だ狂竜結晶が残っているというのは、どうにも不可解だ。それも近くに狂竜症を発症したモンスターの死骸が無いのに、だ。その性質を調べるために、できるだけ多くのサンプルが欲しい」

「……ただ肉食モンスターに食われただけでは?」

「君の言う通りならば、それを捕食した肉食モンスターにも感染している可能性が高い。そうなれば、討伐が必要になるな。しかし……どうにも引っかかるのだ」

 

 ツェザリの素朴な問いに、ファビウスが眉間の皺を深めた。

 

「ニャ。だから他の隊も忙しくしているんだね」

「その通りよ。あなた達、キュリア騒動はご存知?」

 

 突如後ろから聞こえてきた声に、ツェザリ達は目を丸くした。

 

「ナディアさん!」

 

 麗しき妙齢のガンナーは、挨拶がわりに微笑み軽く手をあげる。彼女こそ、先日の一件を解決した当事者だった。

 

「西でも、キュリアと呼ばれる生物の影響で広範囲に被害が及んだ事件があってね。今は氷霧の断崖以外には広がっていないけれど……今回も、それと近い状況になるんじゃないかと危惧しているのよ」

「エルガドの王国騎士達が対処した件ですね、聞いています。もしそうなれば、近隣のスージャやシルドも心配ですね」

 

 ウルシュラは口元に手を当てる。一方で、ツェザリはげんなりと肩を落としていた。

 研究協力を申し出るのは、多くの日数が調査に割かれることを意味している。仕事漬けの日々が約束されてしまうだなんて、と音を立てないように溜め息を吐いた。

 

「フフ……誰にも邪魔されずにこっそり抜け出すのは楽しいわよね?」

 

 ナディアに笑顔を向けられ、ツェザリはピシリと姿勢を正す。筆頭ハンター達には誰も逆らえない。

 ツェザリは「承りました」とだけ言い、資料を受け取った。

 

 

 それぞれの表情で帰っていく霜の隊の背を見送りながら、ファビウスとナディアの目は柔らかい笑みを湛えていた。

 

「まったく、姉君にそっくりだな」

「ええ、本当に。顔を見たらすぐに分かったわ」

 

 ファビウスは「しかし」と腕を組む。

 

「まさか、禁足地でもかのウイルスと長期にわたって相見えることになろうとは」

「なんて言いながら、実はちょっと喜んでいるんでしょう。また論文が発表できるわよ」

「……まあ、それも事実だな。だが、やはり何か嫌な予感がするのだ」

 

 ナディアはちらりと同僚の横顔を見た。髪や髭に白いものが増えた彼は、今や多くの人を統率する立場にある。さらにここでは、現地の人々の意思も尊重し、折り合いを付けなくてはいけない。

 ナディアは「いつでも声を掛けて」とだけ言い、司令エリアを後にした。

 

 一方その頃、バルバレの集会所ではとあるハンターがくしゃみをしていたとかなんとか。




第一話です。よろしくお願いいたします。

百花斉放3、開催おめでとうございますー!
参加できて光栄です。
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