霊が導き、霊を導く悪魔祓いの異世界霊能者~異世界で霊視持ちの俺、聖魔の力で悪魔祓いやってます~   作:犬型大

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第一章
1異世界の霊能者1


「ただいま」

 

「おかえり、お父さん!」

 

 その日はひどく曇っていて、黒くて重たい雲が手を伸ばせば届きそうなほどに空を覆っていたことを覚えている。

 ただ気分は良かった。

 

 仕事が忙しく、あまり帰ってこない父親が家にいたからだ。

 たとえ曇天でも、父が家にいるだけで気分は晴れ渡っていた。

 

 父に抱きつくと、抱き上げてそのまま優しく背中を撫でてくれる。

 大きな手が背中を撫でると心まで暖かくなる。

 

 胸に広がる暖かさを分け合うように、俺は強く父親のことを抱きしめる。

 これからも俺の気持ちは変わらないだろうと思えるような時だった。

 

 母が俺のことを褒め、父がそれに喜んでさらに褒めてくれる。 

 頭を撫でてもらい、俺はくすぐったそうに笑顔を浮かべる。

 

 照れ臭いけど、誰が見ても笑顔を浮かべてしまうような日常の一コマ。

 

「あなたはこの中に入っていなさい!」

 

「母さん! 母さんはどうするの!」

 

「……私が入るには少し狭すぎるから」

  

 だが、そんな穏やかな日常は一瞬で炎に包まれたのだ。 

 両親の寝室の床下にあった隠しスペースに、俺は押し込められた。

 

 そんな場所があるのだと初めて知ったことよりも、最後に見た母の失敗を謝る時のような顔がまぶたに焼きついたように忘れられない。

 俺の胸をひどく締め付けるような、そんな表情だった。

 

「なぜこんなことをするの!」

 

 母が隠しスペースのドアを閉じて、暗闇の中にただ聞き耳を立てるしかなかった無力さも忘れられない。

 その日から俺の目標は変わった。

 

 これまでは平和に穏やかに平凡な人生を暮らしていくことが俺の目標だった。 

 

「お前らは悪魔に手を貸した! もはや言い逃れはできないぞ!」

 

 ドタドタと多くの人がなだれ込んでくる音に俺は体を震わせる。

 なにが起きているのか分からず、恐怖に心臓が耳の横にあるように鼓動が強く感じられていた。

 

「私たちが? そんなことするはずないじゃない!」

 

 あまり聞いたこともない母親の怒鳴り声が俺の真上から聞こえてくる。

 

「息子はどこだ!」

 

「話を聞くつもりもないのね……」

 

「まあどこに隠れていてもいい。どうせこの家は浄化されるのだからな」

 

「そうはさせないわよ!」

 

「抵抗するか!」

 

「気をつけろ! そいつは魔力を使うぞ!」

 

 剣のぶつかる大きな音、悲鳴、人が倒れる音が途切れることもない。

 耳を塞いでいても何かが燃えるバチバチとした音が聞こえて、ドアが熱くて、俺は奥に丸くなるようにしてただ耐えていた。

 

 冷や汗なのか、それとも熱くて噴き出すのか汗が止まらない。

 肺に吸い込まれる空気がまるで体の中を焼いてしまいそう。

 

 ピタリと閉じられたドアからは音と熱しか伝わってこなくて、俺はひたすらに耐え忍ぶ。

 

「お母さん……お父さん……?」

 

 全てが終わり、ただ静寂のみの中で雨の音が聞こえ始めた。

 体を使ってドアを押し上げて外に出ると、家は燃えてなくなっていた。

 

 無惨に焼け焦げた死体が二つ、転がっているのを俺は見つけてしまい、手が震える。

 

「ウソだ……」

 

 俺は死体の手を取る。

 焼けこげた皮膚の感触に吐き気が上がってくる。

 

 それでも確かめねばならないと薬指を確認した。

 

「母さん……」

 

 誰なのかも判別が難しかったけれど、わずかな装飾品が焼死体は両親だと俺に悲しい確信を与える。

 

「どうして……こんな……うぅ!」

 

 涙が溢れる。

 まだ家を襲った奴がいるかもしれないと必死に声を噛み殺し、吐き気を我慢して嗚咽する。

 

 ただ平和に暮らすことが目標だった俺の心に深い傷を刻み込んだ出来事は、二度と忘れることはできないだろう。

 犯人への燃えたぎるような重たい感情は、平凡な人生では消えることがない。

 

 この胸を焦がすような感情の名前は復讐。

 これが俺の人生の目標となった。

 

「悪魔……」

 

 会話の中で何度も聞こえていた言葉がこびりついている。

 その言葉が俺の口から漏れた。

 

 復讐の相手は、悪魔だ。

 

 ーーーーー

 

「エリシオ、起きろよ。もう朝だよ」

 

「もうちょっと寝てたいんだけどな」

 

 体をゆすられて俺は目を覚ました。

 硬いベッドと薄い肌掛けでは快適な睡眠は難しい。

 

 せめて寝る時間ぐらい長く欲しいものだが、見習い聖職者にのんびりしているような時間はない。

 寝ぼけ眼で俺は起き上がる。

 

「ほら、水だよ」

 

 同部屋の見習い聖職者のクーデンドが薄汚れたコップに水を入れて差し出す。

 俺はコップを受け取って、水に映り込む自分の姿を眺める。

 

 夜空を写したような艶やかな黒髪の青年が、水面に揺れている。

 顔立ちは悪くないが、寝癖が少し跳ねている。

 

 やや気だるげな目をしていて、その奥に潜む復讐心は俺自身にしか分からないだろう。

 

「ぬるいよな……」

 

 水を一口飲むと、室温と同じぬるい水が乾いた喉を潤してくれる。

 欲を言うなら冷たい水がいい。

 

 氷でも入ったキンキンのやつ。

 

「なら汲んでくるか……魔法でも使えるようになったらいい」

 

「そうするか……」

 

 クーデンドは呆れたように答える。

 俺も分かっている。

 

 冷たい水を飲みたいというのも簡単なことではないと。

 冷蔵庫もないのだから、せいぜい汲みたてのちょっと冷たい水ぐらいが現実なのだった。

 

 夢は見ていられない。

 今日も、今日を生きていかねばならない。

 

 俺は着替えて、クーデンドの後を追って部屋を出る。

 クーデンドはメガネにやや暗い金髪、あまり目立たない容姿をした真面目な見習い聖職者だ。

 

 おおらかな性格をしていて、下級の司祭として二人一部屋の状況でも気をつかわずに過ごせるいいルームメイトなので俺は割とクーデンドのことを好ましく思っている。

 ここは教会。

 

 お祈りをしたり、死者を弔ったり、あるいは悪魔を倒すことを課せられた使命としている場所であった。 

 向かったのは聖堂。

 

「モップがけお願いね」

 

「はいよ」

 

 掃除当番なので、面倒でも参拝者が来る前に掃除をする必要がある。

 じゃなきゃ、あまり来たい場所でもない。

 

 掃除が終わればお祈りの時間だ。

 そして祈りの時間を終えると、教会の扉が開かれる。

 

 一般の参拝者が来て、思い思いに神に祈りを捧げる。

 

「大司教様!」

 

 参拝に訪れた男が背の高い神官服の男性に声をかける。

 

「どうなさいましたか?」

 

「この間は妻の治療をありがとうございました! おかげで今は外を出歩けるようにもなりました!」

 

「それはよかった。お大事になさってください」

 

「ありがとうございます!」

 

 俺は知っている。

 大司教の後ろには生霊がついていることを。

 

「大司教様!」

 

「またいつでも教会に来てください」

 

 大司教は笑顔で手を振りかえす。

 聖職者の仕事として、一般の人々の生活を見て周り、民と交わり神のお言葉を糧になるように伝える。

 

 教会の中で高位役職である大司教もまた、時に教会を出て不意に誰かに声をかけたりと一般の人々と交流を持っている。

 柔らかな笑顔、穏やかな人柄、手を振ればみんなも笑顔で手を振りかえすような様を見ていれば、大司教のことを王様のようだとすら感じる時がある。

 

 そんな大司教に俺は目を向けると、大司教の後ろに他の人には見えないものが俺には見えてしまった。

 

「ただ大司教の後ろには生霊がいるんだよな……」

 

 一体だけではなく、四体も見える生霊に俺は目を細める。

 恋愛感情、嫉妬、怒り、悲しみなどのドロドロとした負のエネルギーが渦巻いていて、近寄りたくない雰囲気を見なくとも感じてしまう。

 

 たとえ嫌でも感じるのだから、ため息を漏らしそうになる。 

 けれども一般の人は生霊の存在なんて見えないので、大司教に見た目通りの高潔さしか感じない。

 

「何があるのか知らないが……」

 

 人型の生霊はややモヤついて見えていて、よく確認したことは今を含めて一度もなく、俺は目を逸らす。

 集中すればもっとちゃんと見えるのだろうが、教会内の複雑な人間関係に首を突っ込みたくないのが本音だった。

 

 見ない、というのも一つの処世術。

 俺には復讐という大きな目的がある。

 

 教会の中に潜むドロドロとした人間関係に首を突っ込む時間なんてないし、理解する労力を割く必要もないのだ。

 この霊視の力は俺がこの世界でエリシオとして生まれる前から持っているものだ。

 

 どうすればコントロールできるのかは、ある程度理解している。

 

「何してるの? 授業始まるよ?」

 

 大司教から視線を逸らした俺を見て、クーデンドが不思議そうにしている。

 当然ながらクーデンドには、生霊なんて見えていない。

 

 俺が生霊なんてもの見えていると伝えることはしない。

 転生前は、霊視能力のせいで気味悪がられたものだけど、今回は上手くバレないようにやり過ごし続けるつもりだ。

 

「今行くよ」

 

 朝のお勤めを終えた俺とクーデンドは場所を移動して教室に向かう。

 広い部屋には机が規則正しく並べられていた。

 

「いいところ空いてるな」

 

 俺とクーデンドはたまたま空いていた後ろの隅の席に着いた。

 平穏で平凡な日常は小さい頃から欲しかったものではあるが、重たい炎は胸にくすぶったままだった。

 

 ため息でもつきながら窓の外を眺めていると、頭のてっぺんが禿げ上がった中年の聖職者が入ってきた。

 

「そろそろ君たちも見習いという枕詞が取れるころだ。聖職者になれば本格的に活動を始めることになる。どの道に進むのか……よく考えておくことだ」

 

 一般的な算術や世界の常識など色々なことを授業では教えてもらえた。

 暇な算術なんかはともかく、色々な知識はありがたい。

 

 この世界は俺が元々いた世界と違う。

 本来ならば親から習うような常識を、ここでは丁寧に教えてくれる。

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