機動戦士ガンダム ダブルバード 「Rewrite」   作:くろぷり

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カリーン基地

「うーん……ようやく決まった就職先が、こんな田舎の工場かよ。職場の近くベーカリーでランチとかするの、憧れてたんだけどなぁー」

 

 連邦とリガ・ミリティアによるアメリア攻撃から三ヶ月後。

 ニコル・オレスケスは、ヨーロッパ圏にあるリガ・ミリティアのモビルスーツ工場であるカリーン基地への就職を決めていた。

 

 就職とは言っても、レジスタンスの施設の為に給料は多くない。

 それでも父親の漁の手伝いだけをしている日々を送るニコルをマイは心配して、リガ・ミリティアへの手伝いを勧める。

 

 ザンスカール帝国は建国したものの、その苛烈で独善的な統治は逆に反発も呼んでいた。

 その為、従属するコロニーは少ない。

 それでも、宇宙移民の独立気運は高まる一方だった。

 

 そんな中、地球上では反ザンスカールの声が日に日に大きくなっていく。

 各地で、小規模な抵抗運動が散発し始めていた。

 

 そんな混沌の中で、一人のパイロットの名が人々の間に広がっていく。

 

 その名は、レジア・アグナール。

 

 時代遅れの連邦系モビルスーツで、ザンスカールの新型機メフィストを五機も撃破したという若きエース。

 

 その勇姿は戦争の直接的な被害をまだ免れている地球の人々にとって、まさに希望の象徴に見えた。

 恐怖に立ち向かい打ち勝つ者に人々が熱狂するのは、いつの時代も変わらない。

 

 ニコルもまた、そんな英雄譚に胸を熱くした一人だった。

 

「てか、あんたさぁ……ホントに考えが浅はかっていうか、何ていうか。ねぇ……」

 

 動機を聞いたマイは額を押さえ、深い溜息をつく。

 しかし家でブラブラしているよりはマシだろうと判断し、猛反対するロブをなんとか宥めた。

 

 マイ自身は「地球に戦争が来る前に、宇宙で決着をつけてほしい」という願いから、すでにこのカリーン基地で働いている。

 その縁故で、ニコルも採用された形だ。

 

 地下にある基地の中は油と金属の匂いが濃く、溶接の火花が暗い天井をチカチカと照らしている。

 

「しかし、ヴィクトリー計画ねぇ……こんなショボそうな機体で、何とかなるんかね?」

 

 量産ラインに並ぶガンイージの緑色のパーツを眺めながら、ニコルはポソリと呟いた。

 

「勝利のための計画でしょ? でも、これでホントに戦局を変えられるのかな? ザンスカールのモビルスーツって、高性能なんでしょ?」

 

「はっはっは! まぁ、その通りだわな!」

 

 突然、背後から豪快な笑い声が響き渡る。

 

「ボイスンさん、突然後ろで笑わないでくださいよ!」

 

「工場長と呼べと、言ってるだろ!」

 

 リガ・ミリティアのモビルスーツ開発に深く関わる男ボイスンは、分厚い胸板を震わせて笑った。

 

 ボイスンの表情には、苦笑と誇らしさが混じっている。

 

「レジスタンスが、モビルスーツを開発・量産できるだけでも奇跡に近いんだぞ! このガンイージだって、連邦のジェムズガンなんかより遥かに高性能なんだ! 少なくとも、紙の上ではな……」

 

 ボイズンは新型開発の雑務を経験の浅い若者たちに任せざるを得ない現状に、内心で不安を抱いていた。

 

 それでもボイスンは、ニコルの肩を油の染みた大きな手で叩く。

 

「ニコル、今回組み立てるガンイージはな……一度地上で重力下の運用試験を行った後に、月の秘密工場ホラズムに搬入する。お前も来い!」

 

「えっ! オレが、宇宙に上がんの? 嫌だなぁ……オレが行ったって、何の役にも立たないっスよ!」

 

 ニコルはあからさまに、不機嫌な顔を見せる。

 

「色々と運ばなきゃならん。男手が足りないんだよ!」

 

 嫌がるニコルの頭を、ボイスンは軽く小突いた。

 

「男が宇宙に上がるのに、お前の年じゃ遅いくらいだぞ! 何も、ずっと宇宙に残れと言ってるんじゃあない。物を届けるだけの……子供でもできる、お使いだ」

 

「へいへい、分かりましたよ。大将!」

 

 ニコルは面倒臭そうに答え、近くのテーブルに置かれたジュースに手を伸ばす。

 

「あーっ! それ、私のよ!」

 

 鋭い声が、飛んできた。

 ニコルは驚き、慌てて手を引っ込める。

 

「地球の子って、人の物を勝手に取るのが習慣なのかしら?」

 

 長い栗色の髪を翻し、颯爽と歩み寄ってきたのは美しい女性だった。

 作業服の上からでも分かる、しなやかな肢体。

 唇には薄く紅が差され、瞳には好奇心と少しの悪戯心が輝いている。

 

「なんだよ! ジュースぐらいで、そんなに目くじら立てるなよ!」

 

 ニコルがむくれると女性はクスっと笑い、口をつけたグラスを差し出した。

 グラスに刺さるストローには、薄く紅が付着している。

 

「何さ、真面目に怒ってんの? 仕方ないなぁ……ほら、一口飲む?」

 

 その瞬間……髪の隙間から覗いた彼女の整った美しい顔立ちに、ニコルは言葉を失った。

 頰が熱くなり、差し出されたグラスをただ凝視する。

 

「あはは、可愛い! なんで、こんな少年が働いてるの?」

 

 女性が笑い続けると、ボイズンは面倒臭そうな顔でため息をついた。

 

「マヘリア! あまり、男をからかうんじゃあない。ニコル……コイツはガンイージのテストパイロット、マヘリア・メリルだ。月のホラズムまで、同行する。女だが、凄腕のパイロットだぞ!」

 

「あら、相変わらず言葉使いが悪いわね。それで、少年も一緒に来るんだ! 私のガンイージ共々、よろしくね!」

 

 マヘリアのウインクに、ニコルは耳まで真っ赤にしたまま固まる。

 

「はぁ……なんで男って、こんなに美人に弱いのかしら? 嫌になっちゃう!」

 

 少し離れた場所でその様子を見ていたマイは、小さく唇を尖らせて呟く。

 

 作業服の袖をまくり上げたマイの目には、わずかな苛立ちと……まだ本人も気づいていない何かが、静かに動き出していた。

 

 カリーン基地の中を流れる溶接音が、再び重く響き始める。

 地球の片隅で、若者たちは知らず知らずのうちに巨大な戦争の渦へと足を踏み入れようとしていた……

 

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