転生して型月版・沖田総司になったけど、労咳を克服したら明神弥彦の母になっていた件 〜るろ剣世界で最強のママやってます〜 作:だいたい大丈夫
痛い。
やだ。何、これ。痛いよ。
肩もお腹も、触りたくない。なのに、押さえていないと血が出ていく。
指の間から溢れて、止められない。
こんなに出ていいはずない。
誰か。誰か、止めて。
痛い。もう嫌。まだ痛い。
「燕ちゃんッッ!! この野郎……テメエらァッッ!!!!」
宇佐美さん。ここ。私、ここにいるよ。見えているでしょう。早く来て。
置いていかないで。
銃声を聞きながら、泣いてしまった。
助けてって言いたい。痛いって言いたい。あの二人を殺してなんて、今は言えない。
帰りたい。
こんな所で死ぬの、嫌だよ。
頬も濡れている。涙なのか、海水なのか、もう分からない。顔を拭こうとしても、手には血がついている。
どうして。
私、さっきまで笑っていたのに。
もっと撃ちたいと思っていた。あの女にも、方治にも、何発でも当てたかった。
斧を見た時も、避けられると思ったのに。
弥彦君。会いたいよ。
何で、こんな遠くへ来ちゃったんだろう。
東京にいたのに。赤べこで働いて、ご飯を食べて、明日も来るのって訊いて。
そんな日もあったでしょう。
私、まだ十歳なのに。
何でこんなに人を殺しているんだろう。何で、殺されそうになっているんだろう。
弥彦君のため? そう。でも、痛いよ。
好きだからって、痛くなくなるわけじゃないよ。
帰りたい。赤べこに帰りたい。
◇◇
「おい燕ッ!! テメエ、俺に逆らって生きていけると思ってやがるのかッッ!!」
逆らってなんかいない。
そう言うと、口答えをするなと怒鳴られた。黙っていても、返事をしろと頬を打たれた。
ごめんなさい。
何を謝っているのか分からなくても、それを言うほかになかった。
お父さんにも、お母さんにも、幹雄様へ逆らってはいけないと教わっていた。
三条の家は長岡家にお仕えしてきた。お前も、ちゃんとお仕えするんだよ。
頬を腫らして帰っても、先に訊かれるのは、私が何をしたのか。
何もしていないよ。
言いつけられたことをして、帰ってきたんだよ。
でも、幹雄様へ話を聞かれたら、もう何も言えなかった。違うと言えば、あとでまた殴られる。
謝っていれば、その日は終わった。
明日も同じことがあっても、その時にまた謝ればよかった。
東京は新しくなったと、外では話していた。
もう江戸ではない。武士の世でもない。
そんな話を聞いても、家へ帰れば幹雄様に呼びつけられる。
だったら、何が変わったの。
誰が私を殴るのを止めてくれるの。
あの頃は、そんなふうに考えることさえなかった。
私が悪い。私が遅い。私が上手く出来ない。
そう思えば、次はちゃんとやろうと思えたから。
お父さんが病気になっても、用事を言いつけられれば出かけた。
早く帰りたいと言ったら怒られそうで、黙って走った。帰り道で息が切れても、止まりたくなかった。
お水を飲ませてあげたかった。寒くないか訊きたかった。
でも、枕元へ座ると、咳をするお父さんを見ていることしか出来ない日もあった。
お母さんも病気になった。
嫌だと言っても、泣いても、二人ともいなくなってしまった。
戸を開けて、ただいまと言って、それから思い出す。
返事はもうないんだ。
泣きながら寝て、朝になると幹雄様に呼ばれた。
いつまでも泣くな。働け。金を持ってこい。
赤べこへ行けと言われた時は、私も働けるんだと思った。
お店でお金をもらえれば、幹雄様も怒らなくなるかもしれない。
間違えないように、遅れないように。何度も言われたことを思い返して、お盆を持った。
◇
お客さんに、ありがとうと言ってもらえた。
私の方が驚いてしまって、お辞儀を忘れかけた。
あのお店が好きになった。帰りたくないと思うくらい。
でも、幹雄様から頼まれていたのは、お店の仕事ではなかった。
鍵を持ち出せ。
売上金をどこへしまうか見てこい。
店に誰もいなくなる時を調べろ。
嫌だと言えなかった。
お店の人に優しくされるたび、胸が苦しくなった。何も知らずに私へ仕事を任せてくれる。盗むために、私はここへ来たんだ。
帰って、まだ分からないと答えたら、また殴られた。
次の日も赤べこへ行った。
頬を見られたくなくて俯いていると、仕事がやりにくい。
そんな時、弥彦ちゃんが来たんだ。
◇◇
「弥彦ちゃんは、何のためにこんなところで働いているの? まだ子どもなのに」
「『ちゃん』付けで呼ぶんじゃねえ!! ……はぁ、俺は普段が忙しすぎてな……。こういう、普通の人間がやる真っ当な労働が、心の安らぎになるんだよ」
変なの。その時は、そう思った。
着物は新しい。お腹を空かせているわけでもない。お金も持っているのに、働きに来る。
弥彦ちゃんの家には、もっとお金があるんじゃないかな。
そう思ってしまった。
幹雄様には役立たずと怒鳴られて、また明日こそと思う。
でも、お店の人に見られずに鍵を持ち出すのは難しい。
弥彦ちゃんと仲よくなれば、家へ入れてもらえるかもしれない。
そこで大金を見つけて持って帰れば、幹雄様も喜んでくれるんじゃないかな。
よくやったと、言ってもらえるかもしれない。
幹雄様に命じられたわけじゃない。
私が考えて、私から声をかけた。
どこに住んでいるのか、誰と暮らしているのか。集英組や神谷道場のことも、何も知らないふりをして訊いた。
ごめんね、弥彦ちゃん。
最初は、あなたから盗むつもりで近づいたんだよ。
話しかけると、ちゃんと答えてくれた。私のことも訊いてくれた。仕事の合間に冗談を言って、笑わせてくれた。
明日も会えるかなと思うようになってからは、お金のことを訊くのが嫌になった。
でも、幹雄様に認めてもらいたい気持ちも、捨てられなかった。
お金を持って帰ったら、もう殴られなくなるかな。
役立たずって、言われなくなるかな。
そんなことを期待して、また弥彦ちゃんの隣へ行った。
優しくされると嬉しいのに、その優しさにつけ込もうとしている自分を思い出して、顔を見られなくなる。
道場へ誘われた時は、嬉しかった。
誘ってもらえたことも。家の中へ入れることも。
両方、嬉しいと思ってしまった。
それが嫌で、門の前では帰りたくなった。
「…………お前さんが、ウチの弥彦の『お手付き』になったっていう、噂の小娘かい……? そこへ直りな!!」
薫さんと初めて会った時の顔は、今でも忘れられない。
謝らなきゃと思った。でも、何も訊かれていないのに謝ったら、おかしいよね。
畳へ座るのも上手く出来なくて、膝を揃えることに必死になった。
「こちらにおわすは、弥彦ちゃんの剣術の指南役にして、東日本全域を牛耳る闇組織の絶対的首領……薫様。万が一にも不敬を働けば……即座に首を刎ねる」
お彦さんも、怖かったなあ。
帰りたいと言ったら斬られると思った。
お茶を出してもらっても、手が震えて持ち上げられなかった。
あとで仲よくしてくれるなら、最初からそうしてくれればよかったのに。
でも、追い出されなかった。
ご飯を食べていきなさいと言われた。また来ていいと言われた。
次に行った時も、私の名前を呼んでくれた。
ご飯もあった。
誰かの用事をしに来たのでなくても、座っていてよかった。
それが、どんなに嬉しかったか。
銃を渡された時も、最初は怖かった。
でも撃った。 当たった。
振り返りかけたら、銃口を人へ向けるなと怒られた。
そうだった。ごめんなさい。
でも、当たったんだよ。今、ちゃんと当てたんだよ。
嬉しかった。次も当てたくなった。
撃ち終わると、すぐ次を撃ちたい。
音にも反動にも驚かなくなって、的を外した時の方が嫌になった。
弥彦ちゃんに見てほしかった。
上手くなったと言ってもらいたかった。
そのうち、見ていなくても撃ちたくなった。
幹雄様に逆らえたのは、そのあと。
左之助さんに言われたことを、何度も思い出していた。
殴られても、最後に睨み返せれば勝ち。
怖くても目を逸らすな。
怖かったよ。
それでも睨んだ。
もう嫌だと思った。盗めと言われるのも、弥彦ちゃんの話をさせられるのも。
幹雄様は逃げていった。
私、自分で勝ったと思ったんだ。
あとから、剣心さんも琴さんも、蒼紫さんもお彦さんも近くにいたと聞くまで。
皆で幹雄様を睨んでいたんだね。
それは怖いよ。私だって、あの四人に睨まれたら逃げたくなる。
ずるいな。
私はあんなに怖くて、必死だったのに。
でも、見ていてくれたんだ。
一人じゃなかったんだ。
あれから道場では、知らない人に会うことが増えた。
運び込まれる銃も、私に教えを求める人も増えた。
恵さんの薬の話はよく分からなかったけれど、阿片という名前も、お金の話も、聞こえていた。
神谷道場ではなく、『神』 そう呼ぶ人たちの中に、私もいた。
射撃師範代と呼ばれた時は、間違いかと思った。
でも、皆は私を待っていた。
私の教えることを聞いて、私が撃つところを見て、出来るようになりたいと言ってくれた。
帰っても誰もいなかった私に、こんなに人がいる。
桜を彫る時は、途中で泣きそうになった。
やめたくないのに、痛くて、身体を逃がしたくなる。
薫さんと同じにしたいと言ったのは自分なのに。
でも、やめなかった。
終わってから見せてもらうと、本当に桜があった。
肩にも、背中にも。
嬉しくて笑ったら、まだ痛かった。
私もここにいていい。
もう、帰って戸を開けるのを怖がらなくていい。
弥彦ちゃんもいる。皆もいる。
なのに、私はこんな所で——。
◇◇
「燕ちゃんから離れろォォッッ!!!!」
方治は燕へ近づこうとして、宇佐美の銃撃に押し戻された。斧を甲板へ突き、荷箱の陰へ倒れ込む。
宇佐美は追わなかった。
「燕ちゃん、おい。俺の声、聞こえてるな!」
燕の顔へ手を伸ばす途中で、矢が飛んだ。
宇佐美はその手を引き、通風筒へ撃ち返す。続けて鉄板にも撃ち込み、霙を跳弾で狙った。
「へっ! この位置取りと角度なら、自慢の跳弾も届かねえな!!」
「ああそうだよッ! 畜生がッッ!!」
霙は通風筒の陰を動かなかった。
宇佐美が横へ出かけると、燕へ弓を向ける。宇佐美は足を止め、再び燕の前へ戻った。
「そうだ。そこにいろよ、鉄砲撃ち」
「てめえ、俺を狙え!」
霙は笑った。
「手詰まりだな。……そのお嬢ちゃんを庇ってりゃ、お前も動けねえ。次は外さねえぞ」
「出てこいよ。俺も外さねえ」
宇佐美は短銃を収め、背の施条銃を構えた。
左肩にも、舷側を這い上がった時の擦り傷があった。濡れた服へ銃床を押しつけ、霙へ狙いを定める。
「燕ちゃん、顔を上げるなよ」
霙は通風筒の脇へ出た。
宇佐美の前には何もない。その後ろには燕が倒れている。
霙の矢に、宇佐美は身を引かなかった。
「このッ……死に晒せェェッッ!!!!」
左肩を射抜かれながら、施条銃を撃つ。
霙は顔を逸らしたが、弾は側頭部を掠めた。赤い鉢巻が裂け、片端がほどける。
「ぐあっ……!? ちっ、そこまでして庇うかよ……ッ!」
霙は通風筒へ戻った。
宇佐美も施条銃を下ろしかけたが、すぐに持ち直す。左肩の矢へは触れず、新たな弾を込めた。
「次も出てこい。その顔、もう一度見せろ」
銃口は霙へ向いたまま。
燕の前から、宇佐美は退かなかった。
◇◇
矢が刺さっている。
宇佐美さんの肩から血が出ている。
私のせいだ。
私がここで寝ているから。
避けられなかったんだ。私を置いて逃げられなかったんだ。
やめてよ。私の前に立っていたら、また射られるよ。
口を開けても、声が出ない。
宇佐美さんを殺さないで。
違う。あの女は私たちを殺したいんだよ。
頼んだって、笑われるに決まっている。
殺さなきゃ。
私も、起きなきゃ。
着物を掴んで引く。裂けない。何で。こんな布も裂けないの。
さっきは銃を二挺も握っていたのに。
歯で噛んで、引き裂いた。
「っ、く……ああっ……!」
声を押さえられなかった。
布を身体へ回そうとして、傷に触れた。痛い。痛いよ。息を止めても、歯を食いしばっても、逃げようがない。
もう嫌。誰か代わって。
そう思ったすぐあとに、宇佐美さんの肩を見た。
代わってくれている。
もう、あの人が。
駄目。これ以上は駄目。
布を傷へ押し当て、引き締める。
目の前が暗くなった。喉から声が漏れる。もう少し緩めたい。手を放したい。
嫌だ。
死にたくない。ここで死んでたまるもんか。
幹雄様に殴られていた時も、赤べこでの時も、私は泣いていた。
あの時は、誰かに助けてもらわなければ何も変えられなかった。
でも、今は違うでしょう。
銃を撃てるでしょう。
あの女の矢だって、撃ち落としたでしょう。
寝ていないでよ、私。
お願いだから、起きてよ。
縛った布を放すと、左手にも血がついていた。
痛みは少しも消えていない。息をするのも苦しい。
そんなこと、分かっている。
立つの。痛いままでいいから。
背中へ風が当たって、寒くて、歯が鳴りそうになる。
桜も汚れちゃったかな。
せっかく彫ってもらったのに。
薫さんと同じにしてもらったのに。
帰って洗えばいい。
生きて帰れば、また見られるんだから。
「ふう……っ、はぁ……っ……。宇佐美さん…………ありがとうございます」
「燕ちゃん……!? お前、その身体で……ッ!?」
そんな顔をしないで。
甲板へ手をつくと、涙が落ちる。悔しい。今さら泣きたくないのに、勝手に出てくる。
短銃が見えた。
あれ。あれを、握らせて。
左手を伸ばして掴む。血で滑って、取り落としそうになったから、握り潰すつもりで力を込めた。
放さない。もう、これを放したくない。
「おかげさまで……手当てが済みました。……私、まだ戦えます」
喋り終える前に咳き込んだ。
格好がつかないね。ちゃんと言い切りたかったのに。
でも、聞こえたでしょう。私、まだ戦うよ。
通風筒の陰に、あの女がいる。
荷箱のそばには、方治もいる。
二人とも、生きている。
私をこんなにしておいて。
宇佐美さんまで傷つけて。
殺してやる。
帰りたい。
その気持ちは変わらない。
皆に会いたい。薫さんにも、お彦さんにも、帰りましたって言いたい。
私の席は、あそこにある。
誰にも渡さない。
「懐かしいことを……少し思い出してしまいましたが。……私はやっぱり、軍産複合体『神』の人間です」
喉が痛い。胸も痛い。立っているのもつらい。
でも、銃口は向けられる。
あの女を狙っていると、もっと強く握りたくなった。
撃ちたい。
このまま全部、撃ち込みたい。
「情け容赦なく、ただ勝つ……! 私たちの居場所を守るため……ただ、君のために……!!」
弥彦君。私、帰るよ。
泣いても、痛くても、こんな所で終わらない。
あの二人を殺して、宇佐美さんを連れて帰る。
だから、待っていて。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
今回は燕の過去と、彼女が『神』を自分の居場所と考えるようになった経緯を描きました。
赤べこでの出会い、弥彦への最初の思惑、そして現在の燕の決意。
皆さんには、今回の燕がどのように映ったでしょうか。
この先、戦いが多くなりますが戦死者アリにしますか?
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戦う以上必然。あり。
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優しい物語が見たい。なし。