転生して型月版・沖田総司になったけど、労咳を克服したら明神弥彦の母になっていた件 〜るろ剣世界で最強のママやってます〜 作:だいたい大丈夫
満身創痍の燕と宇佐美は、方治と霙を相手に最後の攻防へ挑む。
誰一人、退くつもりはなかった。
息が苦しい。
吸っても、吸っても足りない。目の前が白くなりかけて、女の顔を見失いそうになる。
早く。
早く殺さなきゃ。
短刀を合わせるたび、傷を縛った布が擦れる。もう濡れているのは分かっていた。気にしたって止まらない。押さえるために銃を放すのも嫌。
「ふう…………。飛び道具の射手同士の切り合いだっていうのに、こんなに骨があるとはな……!」
女も息を切らしている。
私を斬り損ねたあと、少し距離を取った。追いかけたいのに、すぐには足が出ない。
逃げないで。もう一度、そこへ来て。
「なあ、お嬢ちゃん。……どうだい、今からでも志々雄様の側につく気はねえか? ここで寝返るってんなら、俺が責任を持って命を助けてやるし、面倒も見てやるぜ」
「…………随分と、冗談がお下手なんですね。弥彦君の敵になるくらいなら、ここで八つ裂きにされて死んだ方が何億倍も清々します」
誰が行くものか。
あなたに助けてもらって、そのあと何をすればいいの。弥彦ちゃんへ銃を向けるの?
考えただけでも吐きそう。
「へっ、つれねえねぇ。だがよ、その弥彦君の実の母親である沖田総司は、息子を東京に置き去りにして志々雄様の元へ走ったんだぜ? お前も同じことをすりゃいいじゃねえか」
何も知らないくせに。
言い返そうとして、咳き込んだ。
悔しい。こんな話、最後まで聞いてあげるつもりなんてないのに。
口を拭って顔を上げると、女はまだ笑っていた。
「お母さんと同じ道を歩む気など、毛頭ありません。私は、私の意志で弥彦君の隣にいるのです」
「はっ……! 男の言いなりになって死ぬなんて、馬鹿げた生き方はやめちまいな!」
「志々雄真実という男に命を預けている貴女が、よくそんな口を利けますね」
「ふん……口の減らねえ餓鬼だ」
言い返せなくなったら、それ?
短刀を握り直す。もう少し息が出来たら、こちらから——。
女の手が動いた。
私へ来る。違う。横へ投げた!
「宇佐美さん!」
宇佐美さんは飛んできた短刀を反ってかわした。
その後ろに、方治がいる。
「貴様も斧で真っ二つに叩き割られよォォォッッッ!!!!」
「ちぃぃぃぃぃッッ!!」
宇佐美さんは短銃で受けた。銃身へ斧を叩きつけられても退かず、空いた右手で方治へ殴りかかる。
「舐めるなよ、狂人がァッ!! どうだァッ!! 一撃必倒の———二重の極みをォッッッ!!!!」
殴り飛ばされた方治は、甲板を転がった。
やった。
今度こそ、起き上がらないでよ。
「おいおい、粗末に扱ってくれるじゃねえか! 俺の矢も受けてみるかい!?」
女は弓を拾っていた。
そちらへ踏み込もうとした私の前を、矢が通る。
「ぐああああッッ!? クソがあッッ!!」
宇佐美さんが膝をついた。
肩にも、脚にも矢。
その向こうで、方治が起きようとしていた。
何で。
今、殴られて飛んだでしょう。もう死んでよ。宇佐美さんから離れてよ。
「志々雄様のために……死ねェッッ!!」
「させませんッッ!!」
帯から短銃を抜き、斧を握る手へ三発撃ち込む。
方治は斧を落とした。拾おうとしても、その手では掴めない。
よかった。間に合った。
「おのれええええええッッッ!!!! 志々雄様ァァァッッ!!!!」
怒鳴っていなさいよ。
もう一度拾ったら、また撃つから。
息を吐く。苦しい。
でも、宇佐美さんはまだ生きている。こちらへ戻ってきてくれれば、一緒に——。
「お嬢さん…………悪いな。……前しか、見えていねえだろ?」
お腹へ何か当たった。
「かは…………っ…………!?」
息が止まる。
目を落とすと、矢が刺さっていた。布の上から、私の身体へ。
あ。 これ。
駄目だ。
◇◇
口へ血が上がってきた。
吐き出そうとしても上手くいかない。膝が折れそうになって、甲板へ足を踏ん張る。
倒れたくない。
今、倒れたら、もう。
「燕ちゃんッ!」
来ないで。
また庇わせてしまう。もうそんなことをさせたくないのに、声が出ない。
女は弓を下げ、私を見ていた。
方治もいる。手を撃たれても、まだ何か拾おうとしている。
誰も死んでいない。
嫌だ。
私だけ死ぬの、嫌だよ。
「燕ちゃん、こいつを!」
宇佐美さんから短銃を投げられた。
右手の短刀を放し、受け取る。掴み損ねそうになって、胸へ抱え込んだ。
ありがとう。
言いたいのに、血を吐いてしまう。
弥彦ちゃん。
私、帰れないかもしれない。
帰るって、さっき思ったばかりなのに。
皆のところへ戻って、ただいまって言うつもりなのに。
悔しい。
こんなの、嫌。
でも、あの二人を生かして死ぬ方が、もっと嫌。
「どけえええええええええッッッ!!!!」
走った。
傷が痛いのか、足が痛いのか、もう分からない。
女へ二発撃つ。顔を狙ったけれど、横へ逃げられた。
「おっと……!? 腹を射抜かれてなお走るかい、最後の悪あがきか!?」
そちらじゃない。
あなたを追っているんじゃない。
方治。あなたが先。
「ぬおおおおおおおおッッ!! 死ねェェェッッ!!!!」
銃声を聞いた。
脚へ当たった。踏み出した足がもつれる。
止まらないで。あと少し。もう、そこにいるのに。
男は片手で銃を構えていた。
私の方へ向け直す前に、飛びつく。
「はあああああッッッ!!!!」
「ぬああああッッ!? 離せ、小娘がァッッ!!」
離さない。
さっきも、あなたは離してくれなかったでしょう。
胴へ脚を絡め、空きかけた左の短銃を帯へ戻す。
髪を掴んで顔を引くと、男は銃を捨てた。
そばには斧。
左手で拾って、私の背中へ——。
「くううううううううううッッッ!!!!」
痛い。
声を上げた拍子に、息を全部吐いてしまった。
でも、髪は放さない。脚も解かない。
もう、近づいた。
この距離なら、外さない。
手や足を撃っても、あなたは止まらなかった。
じゃあ、もうここしかないでしょう。
短銃を、額へ押しつける。
「死ねええええええッッッ!!!!!!!」
撃つ。まだ。まだ。
男の声が途切れても、引き金を引く指を止めなかった。
六発を撃ち終えると、もう銃声は返ってこない。
方治は私を引き剥がそうとしなくなった。
「ぐおおおお……………し…………し…………様………………」
その名前も、最後まで言えなかった。
男は私を抱えたまま倒れた。
「……………ようやく…………………死にましたか………………………」
脚を解き、身体を離す。
やっと。 やっと一人。
女は、どこ。
宇佐美さんは。
動けない。右手の短銃は空。左の方には、まだ一発残っている。
替えなきゃ。
もう一人いるんだから。
「さよならだ…………お嬢さん」
背中へ衝撃。
声の方を振り向くことも出来なかった。
「え…………?」
胸元に矢が見えた。
後ろから。私を貫いて。
ああ。
宇佐美さん。
また、手当てをしてもらうところが増えちゃった。
女の笑い声を聞いた気がした。 まだ、勝ったつもりでいるんだね。
空の短銃を落とす。
帯のもう一挺へ、右手を伸ばした。
私、まだ撃てるよ。
「…………身体を貫いた角度で、分かりますよ。……そこです」
振り向かない。
矢の向きに合わせ、右腕を左脇の下へ差し込む。
最後の一発。
弥彦ちゃんのために。
「かはっ……………、……!?」
当たった。
よかった。
外さずに、済んだ。
◇◇
「おい、燕!!!!」
びっくりした。
そんなに大きな声を出さなくても、聞こえているよ。
「はっ……?? え??? ……弥彦君……?」
弥彦ちゃんが、目の前にいた。
何で?
座っている私を見て、呆れた顔をしている。いつもより少し背が高い。
あれ。私も、こんなに長い袖の着物を持っていたかな。
「なんだよ? 縁側で居眠りなんかして、のんきな奴だな? ……こんな大事な日によ」
「…………こんな、日……?」
風が吹いて、桜の花びらが膝へ落ちた。
もう、こんなに咲いているんだね。
「…………何言ってんだよ。……俺たちの、祝言の日だろ?」
「あ………………」
そう。
そうだった。
袖も裾も白い。血なんてついていない。
手を重ねても痛くない。息を吸っても苦しくない。
こんなに綺麗な着物、汚したら大変。
「そうだった…………そうだね、弥彦君!!」
忘れていたなんて、怒られちゃう。
さっきまで、何かしていた気がするのに。
でも、今はいいよね。
弥彦ちゃんが待っているんだから。
「へへっ、母さんも、お彦も、薫も……道場のみんなが広間で待ってるぜ! 行くぞ、燕! 最高の白無垢姿、あいつらに見せつけてやれよな!!」
嬉しい。
皆、待っていてくれるんだ。
手を差し出されて、私も伸ばす。
ちゃんと握ってもらえた。
温かい。
もう、離さなくていいんだね。
「うん!!! 行こう、弥彦君……!!」
立ち上がると、弥彦ちゃんは笑った。
ずっと、こうしたかった。
お隣へ並んで、同じ所へ帰りたかった。
広間から、誰かの声がする。
お彦さんかな。薫さんかな。
急がなきゃ。待たせたら、二人とも何を言うか分からないもの。
弥彦ちゃん。
そんなに早く歩かないで。
私、この着物じゃ——。
◇◇
「燕ちゃん!!! 燕ちゃん、しっかりしろッッ……がふっ……!!」
宇佐美は燕のそばへ膝をついた。
抱き起こす手を止めなかった。燕の顔を自分へ向け、口元の血を拭う。
「おい。聞こえてるな。俺だぞ」
兵が駆け寄った。
宇佐美の胸と肩を見て、足を止める。
「う、宇佐美師範ッッ!! 師範ご自身も手当てを……血が止まりませんッ!!」
「何言ってやがるッッ!!! 俺の傷なんざどうでもいい、燕ちゃんの手当てが先だろォがッッ!! 船医はまだかッ!? 恵師範の直弟子がこの艦に乗ってるはずだろ、早く呼んでこいッッ!!!!」
「は、はッ!! 直ちに!!」
「おい燕ちゃん……! 頼むから目を開けてくれ……!」
燕の目は、わずかに開いていた。
しかし、宇佐美へ向かなかった。
「……………や…………ひ………こ………くん…………」
「燕ちゃんッッ!!!!」
「……………………まっ…………て…………弥彦君……」
「行くなッッ!! そっちへ行くんじゃねえぞッッ!! これから弥彦と祝言挙げて、幸せになるんじゃなかったのかよッッ!!」
燕の唇が動いた。
宇佐美は呼ぶのをやめ、耳を寄せた。
「………………………う……さ……み、さん……?」
「おお! 俺だ、宇佐美だ!! 傷は浅いぞ、大丈夫だ!! 気を張れ、死ぬんじゃねえッッ!!」
嘘でも、ほかのことは言えなかった。
宇佐美は燕の手を握った。血で滑る指を包み直し、自分の方へ引き寄せる。
「船医も来る。必ず治る。さっき言っただろ。敵を片付けたら、帰るんだよ」
返事を待った。
「……………………ごめ…………ん…………って…………や…………ひ………こ………ちゃんに………………」
宇佐美は首を振った。
「ふざけたこと言うなッッ……!! 謝るなら自分で直接言えッ!! 俺に言わせるんじゃねえよッッ……!!」
握った手へ力を込める。
燕の指は、握り返さなかった。
◇◇
弥彦ちゃん。
ごめんね。
お嫁さんになるって、言ったのに。
お彦さん。
帰るって、約束したのに。
薫さんも、皆も。
私のこと、待っていてくれたのに。
ごめんなさい。
◇◇
「燕ちゃん?」
宇佐美は、もう一度呼んだ。
返事はなかった。
「おい。燕ちゃん」
「寝るなって、言ってんだろ……」
兵の足音が近づいてくる。
船医を呼ぶ声も聞こえた。
宇佐美は燕を抱えたまま、そちらへ顔を上げられなかった。
頬へ雨が当たった。
「……帰るんだよ。燕ちゃん」
明治十一年六月十六日、午前二時四分。
軍産複合体『神』射撃師範代、三条燕。戦死。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
三条燕の大阪湾での戦いは、ここで終わりとなります。
これまで彼女の歩みを見守ってくださった皆様に、感謝いたします。
この先、戦いが多くなりますが戦死者アリにしますか?
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戦う以上必然。あり。
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優しい物語が見たい。なし。