転生して型月版・沖田総司になったけど、労咳を克服したら明神弥彦の母になっていた件 〜るろ剣世界で最強のママやってます〜   作:だいたい大丈夫

29 / 75
人を助けた医者が、自分だけは助かる場所にいられない。
そんな面倒な話を、神谷道場の住人たちは放っておけない。
重い過去と軽すぎるツッコミでお届けする、少しやさしい居場所の話です。


変な人たちだから、大丈夫

土気色だった弥彦ちゃんの頬に、微かに赤みが差している。

 

死の淵から生還した証に、胸のつかえが少し下りる。

さっきまでの、死体に片足を突っ込んだような白さは、見ていて心臓に悪かった。

 

子どもの寝顔はいい。

静かで、反論もしないし、何より眉間に皺が寄っていない。

 

大人はだめだ。

すぐに騒ぐし、怒鳴るし、勝手な思い込みで話を進める。

 

特に左之助はうるさい。

抜刀斎も静かな顔をして、中身はだいぶおかしい。

薫ちゃんはまともなふりをしているが、たまに勢いだけで全てを押し切る。

恵はまだ常識がある方だが、常識がある人間はこの道場だと、逆に疲弊する。

 

だから、今この部屋で最も健康に見えるのは、毒針で倒れて寝込んでいる弥彦ちゃんだ。

世の中の基準というのは、どうにもおかしい。

 

町医者の玄斎先生が、弥彦ちゃんの手首に指を当て、うんうんと深く頷いている。

その拍子に、蓄えられた白髭が揺れた。

いかにも「近所の頼れるお医者さん」という風貌で、得も言われぬ安心感がある。

 

あと、名前がいい。玄斎。

私の彦斎に、似ている。

それだけで、親近感が跳ね上がる。

 

「うむ……脈は正常に戻った。これで安心じゃな」

 

その確かな見立てに安堵し、私は先生の古びた羽織の肩を、親愛を込めて軽く叩いた。

 

「お医者さん、私と同じ名前。玄斎と彦斎。だから弥彦ちゃんは大丈夫」

 

左之助が即座に振り返る。

 

「それは全く関係ねえよ!どこの言霊信仰だ!全然大丈夫じゃねえだろ!」

 

「でも、ほら。韻を踏んでいる。めでたい」

 

「ラップみてえに言うな!」

 

玄斎先生ははっはっはと笑声を上げた。器が大きい。

年寄りはこのくらいゆるい方が、会話の効率がいい。

 

「まあまあ、元気があるのはよいことじゃ。あとは三日、四日もすれば完全に回復するじゃろう。……それにしても、この手当ての指示を書き残した処方箋の主には、よく礼を言っておくことじゃな。これは間違いなく、西洋医学の薬剤に長じた達人の処置じゃよ」

 

「えっへん」

 

「お前は『毒なら知ってるけど解毒は知らねえ』って丸投げしただろうが!その手柄を横取りすんな!あのキツネ女、やっぱタダモンじゃねえな」

 

「私は人材の適性配置が上手い。できる人にやらせるのも指揮官の仕事」

 

「急に管理職みてえな顔すんな!」

 

「左之助は殴る係。私は考える係。恵は薬の係。適材適所」

 

「お前が一番ろくでもねえ位置にいるわ!」

 

甘んじてその評価を受け入れる。事実だからだ。

毒と暗殺と掃除を同列に語れる人材など、そうはいない。

しかも、メイド服がこれほど似合う。市場価値は、極めて高いと自負している。

 

玄斎先生は処方箋を手に取り、紙を少し離して見ていたが、ふいに目を見開いた。

 

「……もしや、この字は……高荷恵君か!?」

 

「おや。先生、あの女を知ってるんですかい?」

 

「高荷恵……三年前に殺された、ある医者の助手をしていた娘じゃよ」

 

三年前に、殺された、助手。

 

ふと、室内の人影が足りないことに気づく。

 

「あれ。そういえば恵いない。……当番の時間を過ぎているのに」

 

「恵さんにそんな当番は割り振ってないわよ!?」

 

「心のどこかで、彼女の自発的な潔癖さに賭けていたの」

 

「最悪の期待の仕方しないで!」

 

「ったく、あの女、面倒起こしそうな顔してたもんな」

 

「左之助もだいたい同じ顔」

 

「俺を一緒にすんな!」

 

「でも左之助は、いつも面倒を起こしている」

 

「否定しづれえ!」

 

掃除を軽んじる者は、人生の何処かで必ず綻びを生む。

埃も、血痕も、そして感情も、放置すれば固着し、取り返しがつかなくなる。

これは経験則だ。

 

だから、私は様子を見ることにする。

あくまで掃除責任者として、彼女の「自主性」を確認するために。

決して、野次馬根性ではない。本当に。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「……どこへ行くでござるか?」

 

「びくぅッ!!?」

 

抜刀斎は門柱の影からすっと現れており、やはり気配がない。

猫より、気配がない。

 

「こ、この人……本当に心臓に悪いわ……。弥彦君についてなくて良いの?容体急変したらどうするのよ」

 

「大丈夫。弥彦はあれでなかなか根強い男でござるよ。玄斎先生の太鼓判も出た。……的確な手当ての指示、ありがとうでござるよ。弥彦に代わって、礼を言うでござる」

 

「……礼を言われるほどのものじゃないわよ。御庭番衆のべしみは、元々私を狙ってたんだしね。巻き込んだのは私だわ」

 

抜刀斎は責めない。

責めないが、逃がす気も毛頭ない声だ。

優しい網みたいで、厄介だと思う。柔らかいのに、決して破れない。

 

「で、どこへ行くつもりでござる?」

 

「……とりあえず、ここは御暇して、東京から出るわ。今なら観柳の追手も混乱してるでしょ。邪魔者が早々に消えれば、あんたたちも安心だし」

 

ああ、だめだ。この人も、ちゃんと常識人だ。

常識人は、すぐに自分を邪魔者扱いする。悪い癖だ。自己評価が、著しく低い。

 

もっと図太く、厚顔無恥に生きればいいのに。

私はそう思う。図太い方が、死ににくい。死ななければ、掃除もできる。

 

「……ふるさとの『会津』には、帰りを待つ人はおらぬのでござるか?」

 

こういうのを、空気が変わるというのだと思う。

皮膚感覚で理解できる、便利な言葉だ。

 

「……っ!」

 

「生まれ育った土地の言葉の訛りは、いくら蓮っ葉な言葉遣いで隠そうとしても、到底消し去れるものではござらんよ。……拙者は昔、京都で幾度も『会津武士』と死闘を繰り広げたことがある故、ピンと来たでござるよ。……そろそろ、本当のことを聞かせてはくれぬでござるか?恵殿」

 

少しだけ、感心する。

剣心はたまに、急に昔の男に戻る。

 

普段は穏やかで、薫殿に殴られたり、左之助に巻き込まれたりしているのに、こういう時だけ過去の修羅が顔を出す。

 

恵はしばらく、何も言わない。

言わないが、逃げようともしない。そこがもう、答えのようなものだ。

 

私は少し離れた木の陰に立つ。

隠れているつもりはないが、いると話しづらいかと思い、少しだけ気を遣う。

私は優しい。たまに。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

「会津藩の『高荷』といえば、我々医者の間では有名な一族じゃったよ。何代も続く名医の家系でな。身分差別の激しかった江戸時代、御典医という高い位にありながら、病人と見れば身分に関わらず全身全霊で看病する……。我々医者にとっては、まさに理想そのものじゃった」

 

「……私の父、高荷隆生は、その極みだったわ」

 

「でも、ようやく会津に帰れたと思ったら、すぐに戊辰戦争……会津戦争が始まった。父も母も、兄二人も……医者の使命を果たすため、絶望的な戦場へ赴いたの。幼い私だけを、安全な場所に残してね」

 

こういう時、余計な慰めを入れないのは、上手い。

たぶん、本当に知っているからだ。戦争の話は、知っている人間ほど、軽く励ませない。

 

「結果……父は戦死した。母と兄二人は行方不明になった。私は、いつか家族に再会できると信じて上京して、ある医者の助手になった。……でも、その医者が裏で武田観柳と組んで、阿片の密造に手を染めていたのよ」

 

左之助が、いつの間にか来ている。しかも、木の上だ。器用だな、と思う。

人の重い話を木の上から聞くのはどうかと思うが、左之助なのでそういうものだろう。

 

「その医者というのが、三年前に殺されてしまって、恵さんも行方知れずになったんじゃ……」

 

「観柳が殺したのよ」

 

「医者が作り出したのは、通称『蜘蛛の巣』。従来の二分の一の原料で作れて、依存性は従来の二倍……五年で東京中を阿片漬けにできる悪魔の薬よ」

 

 

原料半分、依存性倍。効率はいい。

 

悪事としては非常に優秀だ。優秀だから、最悪だ。

効率がいい悪事は流行る。流行るとたくさん死ぬ。つまりだめ。そこはわかる。

 

私だって一応、人を殺すより便利に生かす方が、社会通念上は望ましいことくらいは知っている。

 

「観柳が医者を殺して……唯一製造方法を知ってしまった私が、無理やり監禁されて作らされる羽目になったの」

 

「三年もか」

 

左之助の声が、木の上から落ちてくる。

いつもの雑さが少ない。こういう時だけ普通の男前みたいな声になるのは、ずるいと思う。普段からやればいいのに。

 

「人を救う薬じゃなくて、人を廃人にして殺す毒薬だと聞かされた時は……何度も死のうかと思ったわ。でも……生きて、医学に携わっていれば……いつかどこかで、家族に再会できるかもしれない。……そう思って、人を死に追いやる薬を、三年間も……!」

 

そこまで言って、とうとう恵が顔を覆う。

肩が震える。泣いている。かなり、ちゃんと泣いている。

 

少し、困る。

泣いている女の人に、どう対応するのが正解なのか、私はあまり知らない。

斬るのは簡単だが、慰めるのは難しい。整理されていない。

 

人間は感情の棚卸しをもっとこまめにした方がいいと思う。

 

薫ちゃんが物陰から出てくる。

やっぱり聞いていたらしい。みんな聞いている。

この道場、障子と木の陰と屋根の上に、人が多すぎる。

 

「……いいわよ。ひとりぼっちの辛さは、私も知ってるし」

 

こういうところは、本当にまっすぐだ。

重い過去の話になると、変に強がらないで自分の傷を出してくる。

そのやり方は、たぶん正しい。私はあまりやらないが、正しいのはわかる。

 

「……もう三年間も苦しみ続けたのなら、そろそろ許されて、自由になってもいい頃でござるよ。連中がそう簡単に手を引くわけはござらん。もうしばらく、ここにいた方がいいでござる」

 

いいことを言う。静かで、重くて、ちゃんと救いがある。完璧だ。

完璧すぎる。完璧な空気は、よくない。私はそう思う。

 

「うん。恵、大丈夫。きっと見つかる。お母さん、お兄さん」

 

「……あ、ありがとう。お彦さん……」

 

「だから、ここで恵は阿片をたくさん作る。そして、東京中に売る。世界平和を成し遂げる」

 

みんなの目が私に集まる。注目されるのは好きだ。

 

「ダメじゃねえか!!!どこが平和だ!!」

 

説明は最後まで聞いてもらわないと困る。

 

「そうしたら、恵は警察に捕まって、新聞にでかでかと顔が載る。……それを見れば、お母さんとお兄さんも恵がどこにいるかわかる。そして、家族だから一緒に連座で捕まって、牢屋の中で感動の再会ができる。大丈夫」

 

「どこがだよ!!一家揃って死刑囚になっちまうだろうが!!」

 

「抜刀斎が長州のコネを使って、政府高官に裏から手を回す。山縣有朋とか。恵たち、もみ消されて釈放される。解決」

 

「拙者の権力の使い方が、完全に腐敗した汚職官僚のそれでござる!!絶対にやらんでござるよ!!不殺の誓いが別の意味で揺らぐでござる!!」

 

「でもコネはある」

 

「否定はせんが使わんでござる!」

 

「世の中はコネ。剣心もたまには社会性を発揮するべき」

 

「その社会性は腐ってるでござる!」

 

「そもそも阿片吸って廃人になった奴らは、山ほど死ぬだろうが!?」

 

少し、考える。そこは確かに問題だ。だが、問題は分解できる。

 

「……人間は、みんないつか死ぬ。阿片はそのきっかけがちょっと早くなるだけにすぎない。死生観の問題。だから大丈夫」

 

「大丈夫じゃねえよ!!きっかけを作るな!!」

 

「でも戦争よりは静か」

 

「比較対象がでかすぎんだよ!」

 

恵の涙が引っ込んでいる。

よかった。泣き止ませることには成功している。

 

「それができないから麻薬がダメなのよ!!!医者の倫理を舐めないで!」

 

「……いい!?もし、弥彦君がその阿片を吸って廃人になってたらどうするのよ!」

 

即答する。思考の余地などない。

 

「……私も吸う」

 

「ぐっ……!?そっちに行っちゃうの!?殉愛!?方向性が重いのよ!」

 

「夫婦は一蓮托生」

 

「まだ夫婦でも何でもないでしょ!」

 

「予定は未定だが希望は自由」

 

「語感で押し切るな!」

 

好きな人が阿片でだめになるなら、一緒にだめになるのも選択肢としては自然だと思う。独りだけ正気で残るのはつらい。つらいのは嫌だ。だったら寄せる。

 

「じゃあ、弥彦君が阿片のせいで若くして死んだら、あんたは悲しくないの!?」

 

「……ん?」

 

少し、考える。年齢の話かな、と思う。

 

「弥彦ちゃんが死ぬ頃には、多分私はもうとっくに死んでる。私四十四歳だから、順番的にそうなる」

 

「だーかーら!!そういう年齢の話をしてるんじゃないの!!」

 

元気だ。やはり怒りは健康にいい。

 

「弥彦君が、あんたより先に死ぬのは悲しくないのかって聞いてるの!!」

 

ああ、そういう意味か。

 

「……え?」

 

その想定は、よくない。非常によくない。

 

「まさか恵……」

 

「弥彦ちゃんに阿片飲ませて、殺すつもり?」

 

「なんでそうなるのよ!!!」

 

顔色がまた悪くなる。忙しい人だな、と思う。

 

「例え話よ、例え話!!あんたのたとえが最悪だから、こっちも最悪の例を出してるだけで、私はそんなことしないわよ!!」

 

「……ほんとに?」

 

「ほんとに!!そんなことするわけないでしょ!!」

 

今の恵は本気で怒っている。つまり、本気でそんなことはしない。よかった。

 

「うん、恵が悪い。わかってくれてよかった」

 

「そこ私が悪いことになるの!?」

 

「例え話が高度すぎた」

 

「それさっき私が言おうとしたやつ!!」

 

「お彦殿、今の流れで抜刀術に入るのはやめてほしいでござる……。恵殿の寿命が縮むでござるよ」

 

「でも弥彦ちゃんが死ぬ話はだめ」

 

「そこは同意するけど、その反応速度が怖いでござる!」

 

「というか、今ので恵さんがもう逃げるどころじゃなくなってるじゃない」

 

それはある。恵はもう風呂敷包みを抱えていない。いつの間にか脇に落としている。

 

人はより大きい危機に直面すると、前の危機を一時的に忘れる。便利だ。

 

「だから、阿片を作るにしても、医療用に無毒化すればいい。集英組のシノギにするの」

 

「だから、その設備がないのよ……!」

 

「ないなら作る。投資は大事」

 

「どうやって!?」

 

「観柳から奪う」

 

「お、それはちょっとわかりやすいな」

 

「左之助は設備の意味わかってないでしょ!」

 

「わかるわ!なんかこう……薬を煮る鍋とかだろ!」

 

「雑すぎるわよ!」

 

「鍋もいる」

 

「お彦さん……あなた、さっきからすごく自然に『売る』『軍拡』『シノギ』って言うけど、どこでその価値観を育てたのよ……」

 

「京都」

 

「雑な一言で済ませないで!」

 

「あと幕末」

 

「余計ひどいわ!」

 

たしかに、幕末はよくない。

人がたくさん死ぬし、偉い人はすぐ方針を変えるし、昨日まで敵だった人が今日から味方みたいな顔をしてくる。

 

今の私の思考が少しバグっているとしても、だいたい時代のせいだと思う。個人の責任にすると、大変だ。

 

「こほん。とりあえずじゃな、恵さん。君は悪いことをさせられておった。じゃが、それを悔やむ心が残っておるうちは、医者としてまだ死んではおらんよ」

 

いいことを言う。かなりいいことだ。

 

「……でも、私は作ったのよ。たくさん。何人もだめにする毒を」

 

「作らされたんでござろう」

 

「観柳に囚われ、逃げ場もなく、希望だけを頼りに生き延びてきた。……それは罪ではない、とまでは言わぬ。じゃが、それを背負ってなお誰かを助ける手を止めなかった。そのことまで否定する必要はないでござる」

 

「弥彦の命も助けたしな」

 

「それに、ここにいる人たち、わりと前科者みたいなものばっかりだから、今さら一つや二つ、重い事情があっても驚かないわよ」

 

「薫殿、それはひどいでござる」

 

「否定しにくいでしょ?」

 

「……まあ」

 

たしかにこの道場は変だ。

変だが、変な人間を受け入れる器だけは大きい。だから厄介だ。

居心地がいいと、人は出ていきにくくなる。

 

「……何よ、それ」

 

「つまり」

 

まとめる。

 

「恵はまだ帰らなくていい。逃げなくていい。便所掃除も今夜は免除」

 

「最後だけ急に現実的ね……」

 

「でも明日からはやる」

 

「そこはやるのね!?」

 

「共同生活には役割分担が必要」

 

「急に寮母みたいなこと言い出したわね……」

 

「あと恵は台所に強い。薬もわかる。食事当番にも向いている」

 

「薬と食事を同列に置かないでちょうだい!」

 

「火加減はだいたい同じ」

 

「絶対違う!」

 

「はは、たしかに観柳んとこで阿片煮てたんなら、煮物もうまそうだな」

 

「あんたまで何言ってんのよ!」

 

「いや、ちょっと思っただけだ」

 

「思うな!」

 

「よし。決まりね。恵さんはしばらくここにいる。観柳から逃げるためにも、その方が安全だし。お彦さん、変な事業計画は却下。剣心、裏から政府に口利きとかも却下。左之助、煮物の感想は早い」

 

「俺だけ被害軽くねえ?」

 

「それが一番軽いもの」

 

剣心が穏やかに笑う。

 

「異議なしでござる」

 

私の事業計画は、そこまで悪くない。少なくとも利益率は高い。数字は正直だ。

 

「……ほんと、変な人たちね」

 

私はすぐ答える。

 

「うん。だから大丈夫」

 

「その理屈、まだよくわからないけど……」

 

「わからなくていい。住んでると慣れる」

 

「慣れたくない部分が多すぎるのよ」

 

「まずは便所掃除から」

 

「結局そこに戻るの!?」

 

共同生活の土台は清潔だ。清潔は正義。

 

「まあ、泣く元気も怒る元気も出たようじゃし、今夜はそれでよしとするかの」

 

「先生、診断が雑になってない?」

 

「心にも脈というものがあるんじゃよ」

 

「今ちょっとだけ名医っぽいこと言ったわね……」

 

「ちょっとだけとはなんじゃ」

 

左之助が門にもたれかかる。

 

「で、どうすんだよ。観柳はまだ恵を諦めねえだろ」

 

抜刀斎の顔が、静かに締まる。

 

「……来るでござるよ。必ず」

 

「だよな」

 

「だから、守る。ここで」

 

「活人剣なんだから、困ってる人を見捨てたりしないわ」

 

人を活かす。私はまだ、そこがよくわからない。

斬るのはわかる。殺すのもわかる。守るのも、たぶん理屈ではわかる。

 

だが、活かすは難しい。手間がかかる。時間もかかる。相手の都合もある。

だが、みんなはそれをやる。面倒なのに、やる。

 

「……もし、ここにいたせいで、みんなが危ない目に遭ったら」

 

「その時は斬る」

 

「誰をよ!?」

 

「観柳とか、そのへん」

 

「そのへんでまとめるな!」

 

「あと必要なら施設ごと買い取る」

 

「何で発想が極道なのよ!」

 

「交渉は大事」

 

抜刀斎がこめかみを押さえる。

 

「お彦殿の解決策は、だいたい物理か賄賂か権力でござるな……」

 

「だって早い」

 

「正しくないでござる!」

 

「正しさは遅い」

 

「名言みたいに言うな!」

 

左之助が腹を抱えて笑う。

 

「くくっ、でもまあ、たしかにお彦がいると、妙に『なんとかなるか』って気にもなるな」

 

「ならない方向にも全力で行くけどね」

 

「振れ幅がでけえんだよ」

 

「……もう、何なのよ、この人たち」

 

さっき裏門から消えようとしていた時の、あの全部を諦めた顔ではない。

怒って、泣いて、突っ込んで、少し笑っている。

十分だと思う。今夜の仕事としては上出来だ。

 

「とりあえず」

 

「逃げるのは明日以降に再検討。今日はもう遅い。夜道は危ない。人斬り抜刀斎が気配を消して立っているし」

 

「危ない理由が独特すぎるわよ」

 

「あと弥彦ちゃんが起きた時、恵がいないと面倒。きっと騒ぐ」

 

「……あの子、そんなに私を頼るかしら」

 

「助けてもらった相手には、わりと素直だぜ、あいつ」

 

「口は悪いけどね」

 

「それは誰に似たんでござるかな」

 

「さあ?少なくとも剣心ではないわね」

 

「拙者も口は悪くないでござる」

 

「たまにすごく冷たいこと言うけどね」

 

「否定できんでござる……」

 

「……わかったわよ。今夜は、いる」

 

「うん」

 

「でも勘違いしないで。別にあんたたちを信用したとか、そういうんじゃないんだから」

 

すぐに頷く。

 

「大丈夫。ツンデレの初期段階」

 

「ツンデレ?」

 

「恵」

 

やっぱりこの道場は変だ。

重い話をしても、最後は誰かが笑う。

 

笑わせようとしているのか、勝手に壊れてそうなるのかはよくわからない。

だが結果として、少しだけ生きやすくなっているなら、それでいいのかもしれない。

 

「じゃあ戻る」

 

私は踵を返す。

 

「弥彦ちゃんが起きる前に、お粥の準備も考えないといけない。病み上がりに阿片はだめだが、お粥はいい」

 

「比べる対象がおかしいのよ!」

 

「梅干しは入れる?」

 

「刺激が強いから、最初はやめた方がいいわ」

 

「じゃあ塩は薄め」

 

「そうね。消化のいいものを少しずつ」

 

私は頷く。

 

「やっぱり恵、いると便利」

 

「便利って言い方やめてくれる!?」

 

「重要人材」

 

「急に待遇が上がったわね……」

 

「逃がさないための評価」

 

「それ人事のやり口として最低よ!」

 

それなら十分だと思う。

 

たぶん、きっと。

 

だから大丈夫。




神谷道場は、たぶんまともな人ほど疲れる場所なんだと思います。
でも、それでもここにいると少しだけ生きやすくなる。今回はそんな回でした。
お彦さんの「だから大丈夫」に納得できたかどうか、ぜひ聞かせてください。

第一回キャラクター人気投票(コメントもぜひ感想欄に)

  • 明神琴(沖田総司)
  • 河上彦斎(お彦)
  • 明神弥彦
  • 緋村剣心
  • 相楽左之助
  • 神谷薫
  • 高荷恵
  • 四乃森蒼紫
  • 志々雄真実
  • 瀬田宗次郎
  • 鵜堂刃衛
  • 宇佐美
  • 水野
  • 我介
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。