転生して型月版・沖田総司になったけど、労咳を克服したら明神弥彦の母になっていた件 〜るろ剣世界で最強のママやってます〜 作:だいたい大丈夫
いつだって平和ではありません。
これは母である前に、
狼であった女の話。
夕暮れ時。薄暗い部屋の中で、私は縁側にちょこんと座って、お気に入りの煙管をすうっとふかしている。肺の奥まで紫色の煙を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
道場に通い始めた弥彦はまだ帰ってこない。いつもなら「腹減ったー!」って騒がしく飛び込んでくる時間なんだけど、今日は特に遅いみたい。
おかげで、このヤクザの組事務所を改装した私の私室は、嘘みたいにしんと静まり返っている。
弥彦はなんだかんだで、あの神谷道場での稽古をすっごく楽しんでいるらしいのよね。毎日泥だらけになって帰ってくるくせに、目はキラキラ輝いているし。緋村さんや薫ちゃんにもすっかり懐いているみたいで、母親としてはちょっとだけ嫉妬しちゃうけど、でも良かった良かった。
だって、あの子には真っ当な道を歩んでほしいから。私がこうして、表舞台で「ただのちょっと可愛いシングルマザーの給仕さん」を呑気に演じていられるのも、弥彦がああいう明るくて正しい居場所にいてくれるからこそね。あの子の笑顔が、私の日常を繋ぎ止める大切な錨になっているの。
「……姐さん。お客人です。……例の」
障子の向こうから、我助の声がかかる。
肺に残っていた煙をゆっくりと、最後の一滴まで吐き出す。
「……わかったわ。通して」
黒い外套に身を包んだ大柄な男が無言で入室してくる。足音ひとつ立てない、油断ならない歩き方。男は部屋の中をぐるりと見渡して周囲を警戒した後、私の前に座る。
そして、懐から分厚い一枚の封筒を取り出して、畳の上にそっと置いた。
「沖田殿。……今回は、この男です」
私は畳の上の封筒を一瞥もせず、ただ冷たい瞳で男の顔だけをじっと見据える。
「詳細は?」
「組織を広げる上で、少々目障りな動きをしている官僚です。政府の犬として、我々の資金源を探り始めている。来たるべき日、その覇業のための布石……確実に処理をお願いしたい」
「……承知しました」
封筒を手に取り、中身を確認する。写真に写っているのは、ふんぞり返ったいかにも偉そうな初老の男。
名前は原口。私は時折、とある組織からの依頼で、こうして裏の暗殺仕事を請け負うことがある。「新選組一番隊組長・沖田総司」の名は、この裏社会では大きすぎるのよね。放っておいても勝手に声がかかる。
この明治の平和な世の中で、弥彦と一緒に安穏に、美味しいものを食べて暖かい布団で暮らすには、お金はいくらあっても足りないから。
もちろん、用済みになったり、知りすぎたとして組織から消される危険は常にあるけれど……私を舐められちゃ困るのよね。殺しに来るなら、全員返り討ちにしてあげるだけだわ。
標的である原口の立派な屋敷は、森の中にひっそりと建っている。静まり返った広大な庭。虫の音さえ聞こえないのは、むせ返るような濃い血の匂いが立ち込めているから。
すでに屋敷の周りを固めていた数十人の護衛の者たちは、声を発する間もなく、物言わぬ骸へと変わって地面に転がっている。
みんな、私の動きに全く反応できなかったみたい。弱すぎて欠伸が出ちゃう。庭石の傍らで、標的である原口が腰を抜かして尻餅をつき、ガタガタと激しく震えている。
「ひっ……!あ、あ、あ……!」
「あんたが原口……ね。写真よりずっと老けて見えるわよ?」
「ひっ……!まさか、その構え……それにその桜色の髪の姿……新選組の……沖田総司!!なぜ生きている!?貴様はとうの昔に死んだはずだ!!」
ふふっと声を上げて、艶やかに微笑んでみせる。
「あら。沖田さんを知っていましたか?嬉しいわね、私のファン?幕末にどこかの戦場でお会いしたこと、あったかしらね?ごめんなさい、斬った相手の顔はいちいち覚えてないの」
「た、頼む!!金ならいくらでも払う!!見逃してくれ!!組織がいくら出したか知らないが、俺はその十倍出す!!だから命だけは!!俺には……俺には、愛する妻も娘もいるんだ!!家族を残して死ねない!!」
汚い手で触らないでよね。涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして命乞いをする原口。
「……安心しなさい。政府からの依頼は『一家の惨殺死体』。あの二人は、先に行って待ってるわ。家族仲良く地獄へ行けるんだから、感謝してほしいくらいね」
左手に提げていた、ずっしりと重い血塗れの布袋を、原口の目の前に無造作に放り投げる。
嫌な音を立てて袋の口が開き、中から転がり出たのは――つい先刻まで生きていたであろう、美しい少女の生首だった。
長く綺麗な黒髪が血でべっとりと固まり、見開かれた目は恐怖で濁っている。
「…………あ……あああっ!?」
「これ、見なさい。すごくいい悲鳴だったわよ?……思わず、二〜三時間ほど嬲ってしまったけど……許してね?」
ああ、本当にすごくいい悲鳴だったの。拷問は土方さんの得意技で、私はあんまり好きじゃないんだけど……久しぶりに血の匂いを嗅いだら、なんだか楽しくなっちゃって。指を一本ずつ切り落とした時のあの顔、最高だったわ。もう少し苦しめても楽しかったかしら。
「あ……ああ……あぁぁぁぁ……!!貴様ァ!!悪魔……悪魔めぇえええええ!!!」
原口は娘の首に震える手を伸ばし、そして、絶望と狂乱の入り混じった真っ赤な目で私を睨みつける。
「悪魔?人聞きの悪いこと言わないでよね。お仕事に忠実なだけよ。そもそも、壬生の狼にそのような慈悲を期待しないことです」
「頼む……!!いくらだ、いくらで雇われた!?俺ならその倍を……!!貴様を金で買ってやる!!」
血走った目で叫ぶ原口。次の瞬間。
ドスッ。
原口の言葉は、その胸を正確に貫いた私の凶刃によって、あっけなく途切れた。
「がはっ……!?」
「犬は餌で飼える。……人は金で飼える。……だが、壬生の狼を飼うことは誰にもできない。…………死ね」
刀を深々と原口の胸に突き立てたまま、顔を近づけ、彼の耳元で冷たく囁く。目を見開き、口から大量の血を吐き出しながら、完全に事切れる。
『……どの口が言うのかしらね』
本当に、笑っちゃう。壬生の狼は飼えないなんて、偉そうに言っておいて。現にこうして、弥彦との生活を守るために、私はまんまと金で飼われているのに。
これじゃあまるで、ただの便利な人斬り人形じゃない。……斎藤さんにこのセリフを聞かれたら、きっとあの嫌味な顔で鼻で笑われそうだわ。「お前はただの金に群がる野犬だ」ってね。
◇◇
あーあ、べったり脂までついちゃって、これお手入れが本当に面倒なのよね。打ち粉をポンポンして、丁子油を塗って……って、深夜の暗い庭でやる作業じゃないわ。早く帰って寝たい。明日は弥彦のお弁当を作らなきゃいけないんだから。
「……お見事です、沖田殿」
刀を鞘に納めたその瞬間、背後の暗がりから、ぞろぞろと不自然な足音を立てて先ほどの依頼人の男が姿を現す。
「あら。監視ご苦労さまです。ずっと木の影に隠れてたの?蚊に刺されなかった?この季節のヤブ蚊はしぶといから気をつけてね」
「……いえ、私は大丈夫です。それより、任務の確認を」
完全に顔が引きつっている。そりゃそうよね、私がやりすぎちゃったんだもの。
「男の首はそこよ。綺麗に胴体からおさらばしてるから、確認しやすいでしょ?妻と娘は屋敷の中のリビング……じゃなかった、居間に転がってるわ。全員、依頼通りに確実に首を刎ねておいたから、後でゆっくり確認してちょうだい。あ、でも血の海になってるから、そのお高そうな外套の裾を引きずらないように気をつけてね」
「……恐れ入ります。流石は新選組一番隊組長。凄まじい手際です。では、報酬は指定の口座の方に手配しておきます。金貨でよろしかったですね?」
「ええ、頼んだわよ。弥彦の学費とか、道場の月謝とか、食費とか、とにかく出費がかさむお年頃なのよ。あ、それとね。次は私に、あまり女子供を殺させないようにしてくれない?」
私はポンと手を打って、男の顔をジッと見つめる。
「……ほう?ほう……?希代の人斬り、壬生の狼ともあろうお方に、心苦しいという感情がおありで?あるいは、平和な世に長く浸かりすぎて、毒気が抜けたとでも?」
ああ、面倒くさい。こういう裏社会の人間って、少しでも弱みを見せるとすぐに足元を見てくるんだから。
私が「可哀想だから」なんて甘い理由で言ってると思ってるのね。ここで「シングルマザーだから子供の顔がチラついて〜」なんてことを言ったら、あっという間に組織に舐められて、最悪の場合は弥彦を人質に取られかねない。
「……ふふっ。いいえ?心苦しいなんて、そんな可愛らしい感情があるわけないじゃない。私が言ってるのはね、物理的な問題なの」
「物理的……とは?」
「あんな甲高い、甘美な悲鳴を聞かされたら……もっとたくさん、滅茶苦茶に斬り刻みたくなるじゃない。柔らかい肉を裂いて、骨を断つ感触……たまらないのよね」
「……ふふふ。衝動を抑えるのが本当に大変なのよ。ほら、濃密な血の匂いを嗅ぐと……私、濡れちゃうじゃない?」
「なっ……!?」
一歩、また一歩と男との距離を詰め、逃げ場を塞ぐように壁際へと追い詰める。
「女子供の柔らかい悲鳴は、私の奥底にあるモノを呼び覚ましちゃうの。一度火がついたら、もう誰にも止められないのよ。……ねえ」
「……ねえ。あんた、私の気が済むまで……今夜、一晩付き合ってくれるの?」
「一晩付き合う」というのは、決してロマンチックな意味ではない。一晩中、私の刀の錆にしてやる、肉片になるまで切り刻んで遊んでやる、という究極の脅し文句だ。
「ひっ……!!ご、ご容赦ください!!わ、私はこれで!!失礼いたします!!報酬は!報酬は明日中に必ず!!」
男は私の指を振り払い、ガタガタと生まれたての子鹿のように激しく震えながら、全速力で後ずさる。そして、外套の裾をバッサバッサと翻しながら、這々の体で夜の闇の中へと逃げ出していく。あまりの必死な逃げっぷりに、途中の木の根っこにつまずいて派手にすっ転んでいるのが見える。ダサい。実にダサい。
「あははっ!転んでる転んでる!」
「……つまんない男。ちょっとからかっただけなのに、あんなにビビらなくてもいいじゃない。まあ良いわ。これでしばらくは、面倒な依頼は回ってこないでしょ」
「……『佐渡島』さんには、よろしく伝えておいてねー!経費の精算は月末締めでお願いしまーす!」
私は逃げていった男の方向に向かって、明るく手を振って叫ぶ。
彼が取り仕切る裏組織……明治の世を覆い尽くそうとする巨大な炎。その炎の端っこで、私はこうしてチマチマとお小遣い稼ぎの業務委託を受けているというわけ。
「はぁー、しかしベンチャーもブラック企業よねえ。こんな深夜に急な呼び出しで残業させられるし、労災も降りないし。福利厚生がしっかりしてる警視庁の斎藤さんが羨ましいわ」
「さてと!帰ったらすぐにお風呂に入って、匂いを落とさなきゃ!明日は赤べこの特売日だから、遅刻できないしね!弥彦、ちゃんと歯磨きして寝てるかなぁ」
血塗られた壬生の狼は、今日も平和な食卓を守るため、東京の夜を駆け抜けるのだった。
狼は飼えないと言いながら、
彼女は何に縛られているのでしょうか。
母としての顔と、人斬りの顔。
どちらが本物だと思いますか?
第一回キャラクター人気投票(コメントもぜひ感想欄に)
-
明神琴(沖田総司)
-
河上彦斎(お彦)
-
明神弥彦
-
緋村剣心
-
相楽左之助
-
神谷薫
-
高荷恵
-
四乃森蒼紫
-
志々雄真実
-
瀬田宗次郎
-
鵜堂刃衛
-
宇佐美
-
水野
-
我介