転生して型月版・沖田総司になったけど、労咳を克服したら明神弥彦の母になっていた件 〜るろ剣世界で最強のママやってます〜   作:だいたい大丈夫

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修羅場が終わったと思ったら、家族関係が更新されていた。
しかも当事者の一人は、もうすっかり父の顔をし始めている。
カオスの中に、ほんの少しだけ本物の優しさが見える回です。


家族構成、最新版に更新

道場が、もうほんっとうに、嫌になるくらいしんと静まり返っている。

 

針が落ちる音すら聞こえそうっていうか、今の状況なら私の冷や汗が畳に染み込む音まで聞こえそうだ。

 

いや、私としてはね、ちゃんと順序立てて、思い出せる範囲で誠実に説明したつもりだったのよ。

 

蒼紫君を京でどうやって鍛え上げたかとか。なんで羽織を着せちゃったのかとか。

 

抜刀斎の剣戟であの子がへし折られそうになった時、思わず私が割って入っちゃったこととか。

嘘偽りなくちゃんと話した。話したはずなんだ。

 

でもね、全部語り終えたあとに残ったのは、ただただ、どうしようもなく気まずい沈黙だった。

 

そりゃそうか、冷静になればわかる。

 

だって、私の口からだらだらと出てきた情報って、要するに「十四歳のあどけない少年を自分好みに見初めまして、血で血を洗う京のど真ん中で血まみれの情操教育を施しました」だ。

 

重い。なんだこれ。控えめに言って重すぎる。胃もたれする。

 

とりあえず、やり場のない視線を逸らして湯呑みを持ち上げ、冷めきったお茶をすする。

 

こういう時、人間っていうのは手持ち無沙汰をどうにか誤魔化したくなる生き物なのだ。昔から私はそうだ。気まずい時や困った時は、酒を飲むか、人を斬るか、意味もなく喋り倒すかしてやり過ごしてきた。

 

でも、語るべきことを全部喋り終えちゃった今は、もう無言でお茶を飲むくらいしかできることがない。

 

「……と言うことがあったわけよ。いやー、懐かしいわねえ、青春だわ〜」

 

「当たり前だろ!!そりゃあ相手は執着するわ!!普通に一生添い遂げたい相手になるわ!!なんでアンタはそんな『ちょっとつまみ食いしちゃった。テヘペロ』みたいなテンションで語れるんだよ!!相手の人生狂わせてる自覚持てよ!!」

 

「何よその言い方。つまみ食いって」

 

「そこに引っかかるなよ!!全体を受け止めろよ!!」

 

たしかにね、弥彦の言ってることは正しい。

正しいんだけどさ、正論って時々、聞かされる側の精神をゴリゴリ削ってくるのよね。

 

母親の血塗られたロマンス(?)を聞かされて、真っ先に倫理観という名の鈍器で殴りかかってくる十歳児。うん、かなり将来が有望だと思う。いや、どっちかっていうと途方もない苦労を背負い込む方向で。

 

「……お義母さんは、人の心がわからない。サイコパス。人の心とかないんか」

 

「アンタだけには言われたくないわよ!!あんたの方がよっぽどサイコパスでしょうが!!いつも『大丈夫』って周囲の倫理観ぶっ壊してるじゃない!!」

 

「私は人の心わかる。弥彦ちゃん好き」

 

「その好きが怖いのよ!!」

 

「怖くない。純愛」

 

「純愛の定義を今ここで汚染するな!!」

 

わあわあと、もはや何が論点なのかもわからない言い合いをしている私たちのすぐ横で、蒼紫君だけが、この場のギャグみたいな空気とは完全に断絶された温度の中でじっと立っている。

周りがどんだけ騒いでようと、あの人だけはずーっと幕末の陰惨な続きを引きずりっぱなしなのだ。

 

その冷たい刃先が向く先は、もう考えるまでもなく緋村さんだ。

 

「……抜刀斎。俺は……沖田さんを取り戻す。貴様という障害を排除して」

 

緋村さんの顔色がみるみるうちに悪くなる。いや、さっきからずっと悪かったんだけど、今のはまた別のベクトルの悪さだ。

 

「の、のわ!!いや!!その!!待つでござる!!拙者は本当にただの居候で……!!何の障害にもなってないでござるよ!!」

 

「問答無用。あの時のようにはいかんぞ、抜刀斎!!今ここで過去の無念ごと貴様を斬る!!」

 

「その『あの時』は幕末でござるよな!?今は明治でござるよな!?あの時の小太刀の隊士はお主であったのか!!」

 

もっともなんだけどさ、蒼紫君の頭の中ではたぶん綺麗につながっちゃってるのよ。血塗られた過去から平穏な今へ、一本の太い線で一直線に。

ほんと、重すぎる。

 

「止めろよ!!早く止めろ!!母さん!!!このままだと完全なとばっちりで剣心が死んじゃう!!」

 

 

 

◇◇

 

 

 

そこで「あー、めんどくさいけど止めなきゃダメか」とようやく重い腰を上げようとして、ふと、視線をわめいている弥彦の方へ向けた。

 

別に最初から何か名案やひらめきがあったわけじゃないのよ。ほんとにただの偶然。弥彦が必死になってわあわあ言っている顔が、なぜか妙に私の意識に引っかかっただけ。

 

弥彦の顔を見る。

蒼紫君の顔を見る。

また弥彦の顔をまじまじと見る。

そして、もう一度蒼紫君を観察する。

 

「………何だよ?人の顔をジロジロと。俺の顔くらい見慣れてるだろ!アンタの愛する息子だよ!」

 

「うーん……もしかしたら……」

 

「何?弥彦ちゃんに欲情したの?私と一緒」

 

「お前、俺に欲情してたの!!?犯罪だぞ!!!!」

 

「恋は自由」

 

「自由じゃねえよ!!年齢考えろ!!」

 

っていうか、今はそれどころじゃない。

 

えーと、年齢。今の時期。あの子とやったあの夜。そこから先の足取り。私の婚姻の時期。亡き弥太郎さんとの初夜。

 

いやちょっと待って。待って待って。

計算が合う。

完璧に辻褄が合ってしまう。

 

私の人生、どうしてこう計算通りにいかないくせに、こういう変なところだけドンピシャで計算が合うのよ。

 

「うん、やっぱり弥彦。……アンタの父親、蒼紫君かも」

 

蒼紫君の濃密な殺気が、嘘みたいにすーっと霧散していく。

 

「…………………なにーーーーーー!!!!!!!!」

 

うるさい。

いや、そりゃ叫ぶわね。私だって逆の立場なら間違いなく叫んでる。仮に叫ばなかったとしても、持ってる湯呑みくらいは握り潰す。

 

実際、部屋の隅にいた薫ちゃんはその瞬間、綺麗な白目を剥いてそのままぐらっと傾き、糸が切れたように崩れ落ちた。

 

危ない危ない。左之助が慌てて支えてるけど、うん、仕方ないわ。今日のこの場に溢れてる情報量は、人間の精神に対してだいぶ優しくない。

 

「どういうことだよ!!俺の父さんは彰義隊で戦って……多西の親分が助けてくれて、その傷が元で死んだ『明神弥太郎』だって!ずっとそう言ってただろ!俺、父さんの顔うっすら覚えてるぞ!!」

 

「うん、もちろん戸籍上は間違いなく弥太郎さんの子供だし、私自身もずっとそう信じてたのよ」

 

ここはもう正直に言うしかないんだけど、正直に言えば言うほど、この場が深淵なる地獄へ一直線に向かうのが目に見えてるやつだ。

 

「でもね……計算上、どうしても怪しい人が他に二人ほど浮上しちゃうのよ。……そのうちの一人が、他ならぬ蒼紫君なの」

 

「ビッチ!!!うちの母さんは幕末のビッチ!!!!!嫌だあぁぁぁ!!!」

 

「……弥彦ちゃん。言葉が下品。お義母さんはビッチじゃない。『淫乱』」

 

「そっちのほうがダイレクトに傷つくわ!!変な訂正入れるな!!」

 

いやほんとに傷つく。

ビッチって言われるのも大概だけど、淫乱はもっと嫌だ。語感の破壊力が強すぎる。ゴリゴリ削ってくる。

 

「……言い訳させてもらうとね、弥太郎さんと初めてそういう深い関係になったのは、ちょうど蒼紫君が京都を出発したその日の夜だったのよ。だから、蒼紫君とそういうことになった、まさにその足で、弥太郎さんとも……」

 

「生々しい言い訳すんな!!!情操教育に悪すぎるだろ!!」

 

「今この瞬間に、蒼紫君本人が『自分の子かも』って可能性に気づいちゃったんだから、どうしようもないでしょうが!!」

 

居間に立ち込める空気がひどい。控えめに言って最悪だ。

 

剣心は死の淵から生還した安堵と、突如出現した新たな地雷原の爆発に耐えきれず腰を抜かしているし、左之助は声を出して笑っていいのか真顔で止めるべきか判断に迷ってるし、観柳は口元を隠してるくせに目だけは腹の底から面白がってるし、多西組長なんてもう「止めるのやーめた」って感じで酒を持ち出してる。

 

みんな狂ってる。

 

そして、そのカオスのど真ん中で、当事者である蒼紫君だけが、異様なほど静かだった。

 

カチャッ。

 

小太刀が鞘に収まる。

 

「お、おろ……?た、助かったでござる……寿命が十年は縮んだでござるよ……」

 

「まだ縮んだだけで済んでるんだから、いいじゃない」

 

「全然よくないでござる!」

 

「………沖田さん。それは……紛れもない本当のことなのか?」

 

「ん………少なくとも、年齢と時期の計算は、恐ろしいほどバッチリ合致するのよ……。だから、可能性という点においてはゼロじゃないわね」

 

正直なところ、「ゼロじゃない」どころの話じゃないような気もひしひしとしている。

 

便利なDNA鑑定なんてものがない時代だし、明治の今だってそんな魔法みたいな技術はない。つまり、母親である私の証言だけが唯一の証拠になっちゃう。

 

すると蒼紫君が、今度は崩れ落ちる弥彦の目の前へと歩み寄った。

音もなく静かにしゃがみこんで、あの子の顔を穴が開くほどまじまじと見つめ始める。

やめてほしい。その視線の動かし方や観察の仕方が、すでに完全に『父親』のそれになっちゃってるから。

 

「な、何だよ!お、俺の父さんは弥太郎だぞ!絶対にそうなんだからな!」

 

そんな弥彦の反抗を気にも留めず、蒼紫君はその小さな頭へ、ひどく優しく手を置いた。

これまで一度も見たことがないくらい、深く穏やかな表情だ。

 

慈愛って言葉は、きっとこういう瞬間に使うんだろうなって。いや、全くもって他人事じゃないんだけどさ。

 

「……うむ。こうしてよく見れば、どことなく俺の面影が宿っている。特に眉のあたりなど」

 

いや、どう見てもわからない。正直なところ、そこまで似てるとは思えない。

 

輪郭の骨格からして根本的に違う。

でも、今ここでその事実を指摘したら事態がさらに泥沼化するのは目に見えてるので、私は賢明にも口をつぐむ。

 

「どこがだよ!!全然似てねえよ!!」

 

だが、蒼紫君はそんな反論なんか微塵も気にしていない。

本当に、まっっったく気にしていないのだ。この男の恐るべき適応力には恐怖すら覚える。

 

「明日からは、俺もお前を直接鍛え上げよう。……『父』として」

 

「だからまだ何も決まってねえって!!光の速さで父親に順応するな!!」

 

その凄絶な親子のやり取りの横で、お彦がすすっと音もなく前へ出た。

 

「むむ……お義父さん?初めまして。私、弥彦ちゃんの未来の嫁。これからよろしくお願いします。……同居しても大丈夫?」

 

「お前も勝手に家族の顔合わせ済ませるな!!お彦!!!なんでお前までこの状況に順応してんだよ!!」

 

「家族構成が最新版に更新されたから」

 

「軽く言うな!!」

 

蒼紫君は、深々と頭を下げるお彦をじっと見つめ、ほんの数秒だけ沈黙した。

その無表情の裏で何を考えてるのかは読めない。でも、今の彼は間違いなく「未来の嫁」というパワーワードを、ひとまず脳の片隅へと追いやったはずだ。

 

「っていうか!もう一人誰だよ!!その怪しい時期にやった『三人目の候補』って!!教えろよ!!!」

 

いや、こればっかりは無理。ここだけはどうしても越えられない一線だ。

蒼紫君の件は、目の前に本人が鎮座してて、時期も年齢も言い逃れできないくらい綺麗に合致しちゃったからこそ、つい口を滑らせてしまった。

 

でも、三人目だけは絶対にだめだ。あれは口が裂けても言えない。誰の首が飛ぼうとも言えない。あらゆる意味において、絶対に秘密にしなきゃいけないやつだ。

 

「え?いやーーー、それはちょっと言えないわ。こればっかりは絶対に言えない!死んでも言えない!っていうか、言ったところでアンタの知らない人よ?」

 

「いいから教えろ!!!そいつは今も生きてんのか!?」

 

「うん。それはもうピンピンして生きてるわね。たまに顔を合わせるくらいには」

 

「新選組の関係者か!?まさか、あの目つきの悪すぎる斎藤じゃねえだろうな!?」

 

「嫌だわ!斎藤さんとそんな関係になるくらいなら、まだ近藤さんと寝た方がマシよ!」

 

言った直後、「あ、今の例え最悪だったわ」と深い後悔に襲われる。

 

「比喩の意味がわからん!!近藤さんへのとばっちりの風評被害!!墓の下で泣いてるぞ!!」

 

「だって斎藤さんよ!?あの人とそういう甘い空気になるくらいなら、近藤さんの方がまだ人間味があって温かいわよ!」

 

「比較対象がどっちも最悪なんだよ!!!」

 

「近藤殿も、とんだ災難でござるな……」

 

弥彦はついに膝から崩れ落ち、完全に床にうずくまってしまった。

本当に気の毒だと思う。心の底から気の毒だ。

 

「俺の父親は、一体誰なんだよ……」

 

血筋やルーツっていうのは、理屈を越えて人間のアイデンティティを支える絶対的な土台だ。私自身、自分が何者であるかを問い詰めた時、どうしても「沖田総司」という存在から逃れられなかった経験がある。

 

「大丈夫。弥彦ちゃん」

 

「……また『大丈夫』かよ!何が大丈夫なんだよ!?俺の親父が誰かもわかんねえんだぞ!!俺の人生めちゃくちゃだよ!!」

 

あの子は常に真顔だけど、今の表情は明らかに質が違っていた。奇を衒った冗談も、唐突な性的アピールも、倫理観の欠如した狂気も、そこには一切ない。

 

「……お父さんが誰であっても、そんなの関係ない」

 

「『明神弥太郎』の子でも、『四乃森蒼紫』の子でも、名前の言えない『誰か』の子でも……今ここにいる『弥彦ちゃん』という人間の価値は、何一つ変わらない」

 

世間の常識っていう枠組みがすっぽり抜け落ちてる彼女だからこそ口にできる、一切の装飾を削ぎ落とした純粋な肯定。

 

「……あなたは、真っ直ぐで、優しくて、私に乾パンを分けてくれた、本当にいい子。だから、絶対に大丈夫」

 

乾パンが決め手なのか、と心の片隅でちょっとだけ思った。

 

彼女自身が肌で感じ取って、その手で受け取ったささやかな優しさだけを、一切の嘘偽りなくそのまま返している。だからこそ、その言葉は誰の言葉よりも強くて、揺るぎない。

 

「………………」

 

「………………。ありがとよ、お彦。……お前、たまには良いこと言うじゃねえか。ちょっと感動したぞ」

 

強がってるけど、耳の先まで真っ赤になってるのが丸わかりだ。その様子を見て、私自身も少しだけ救われたような気持ちになった。

 

お彦は無表情のまま、指を立ててピースサインを作った。

 

蒼紫君も、その小さな二人のやり取りを無言で見守っていた。

能面みたいに冷たかった彼の表情も、かすかに毒気が抜けたように和らいでいる。

 

「いやー、ウチの姐さんの若い頃はほんとに派手でいいやねえ!ハッハッハ!こりゃあ極上の傑作だ!」

 

観柳も、どこから出したのか盃を傾けながら、やけに楽しそうな顔で同調する。

 

「ええ、全くもって同感ですな!」

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

「……とりあえず、拙者への理不尽な殺意が消え去ったことだけは心の底からありがたいでござるが、代わりに別次元の修羅場が開幕したでござるな……」

 

「ごめんね」

 

「琴殿はいつもそうやって軽く謝るだけでござるが、毎回爆発の規模が天文学的でござるよ……」

 

「私だって、好き好んで爆弾に火をつけてるわけじゃないのよ」

 

「好きではないにせよ、爆発の処理には異常に慣れきっているでござるな」

 

的確すぎる指摘に反論できなくて、静かに腹が立つ。

 

弥彦はまだ完全に立ち直ったわけじゃない。

でも、さっきまでの世界の終わりを見たかのような絶望からは、確実に抜け出している。

 

お彦の純粋な言葉が、あの子の魂の根幹に届いたんだろう。

全てひっくるめて、弥彦は弥彦なのだ。そこに一抹の偽りもない。

 

「弥彦」

 

「……何だよ」

 

「私はね、アンタが誰の血を引いていようと、アンタの母親よ。それだけは絶対に変わらない」

 

すると弥彦は、まだ少し赤く腫れた目でこちらを振り返り、悪態をついた。

 

「……それは、まあ、そうだろうけどよ」

 

「でしょ」

 

「でも、母親としては控えめに言って最低の部類だと思う」

 

「そこは非常に反論しにくいわね」

 

「しろよ!!少しは!!」

 

威勢よく突っ込みを入れられるなら、もう大丈夫だ。

 

「弥彦」

 

「何だよ……」

 

「明日から、稽古をつける」

 

「だからまだ何も決まってねえって言ってんだろ!!」

 

「可能性がある以上、準備は一刻も早い方がいい」

 

「何に向けた何の準備だよ!!」

 

「父と子の魂の鍛錬だ」

 

「重いんだよ!!いちいち全部が!!」

 

「私は新しい家族構成のアップデートに大賛成。……お義父さん、弥彦ちゃんは乾パンが大好き。今後のために覚えておいて」

 

「うむ。有益な情報だ」

 

「有益じゃねえよ!!何でそこだけピンポイントで情報共有されてんだよ!!」

 

ついにこらえきれなくなった左之助が、腹を抱えて吹き出した。

 

「くくっ……いやあ、剣心が斬り殺されるより、よっぽどひでえカオスな流れになったな」

 

「他人事みたいにヘラヘラ笑ってるけど、アンタも大概この家の異常事態を構成する立派な一員よ」

 

「俺はこのメンツの中じゃ、まだまともな部類だろ」

 

「そう言い切れる時点で、すでに神経がだいぶ麻痺してることに気づきなさい」

 

混乱はしてる。間違いなく大混乱の渦中だ。

でも、決定的な破綻だけは免れている。

 

この家は、本当にどうなってるのか。少なくとも、真っ当な剣術道場では絶対にあり得ない光景だ。それだけは自信を持って断言できる。

 

「ねえ、観柳さん」

 

「は、はい?」

 

「まさか、このカオスな流れのまま商談を再開しようとか、狂ったこと考えてないわよね?」

 

「いえいえ、まさか。私はこれでも空気の読める男ですので。そのような無粋な真似は」

 

「嘘ね」

 

「まあ、内心では若干そう思わなくもない、と言えなくもありませんが」

 

「正直でよろしい」

 

多西組長が、空になった酒瓶をどんっと床に置いた。

 

「でもよ姐さん。商売は商売、家のゴタゴタは家のゴタゴタだ。そこはきっちり線を引いて考えねえとな」

 

「親分さん、それ今すごくまともな大人の意見を言ってますけど、私たちが進めようとしてる商売の内容、阿片の密売と兵器の密輸なんですよ」

 

「細けえこたぁ気にすんなって」

 

「全然細くないのよ、そこは」

 

「……とりあえず、母さん」

 

「何よ」

 

「今後、こういう爆発力のある隠し玉は、もっと遅く言え。できれば俺が十六とか十七くらいになって、精神的にタフになってからにしてくれ」

 

「その年齢で知る方が、アイデンティティへのダメージが深くなるわよ」

 

「じゃあ一生墓場まで持っていけよ!!」

 

「難しい注文ねえ」

 

「全部アンタのガバガバな倫理観のせいだよ!!」

 

それは、はい。

おっしゃる通りです。そこに関しては、弁解の余地なく全面的に非を認めるしかない。

 

「そこは本当にごめん」

 

「謝り方が軽いんだよ毎回!!」

 

軽いんじゃないのよ。これ以上重く受け止めたら、私自身の精神が沈んじゃうの。

でも、そんな言い訳は口に出さない。母親が「私もしんどいのよ」なんて弱音を吐けば、

 

弥彦の性格上、間違いなくそっちの負担まで背負い込もうとする。そういう、不器用で優しい子なんだから。

だから私は、その優しさに甘えすぎないように気をつけている。気をつけてるつもりだ。たぶん。

 

「……わずかでも可能性があるのなら、俺は決して逃げん」

 

「だからまだ何も決まってねえって!!」

 

「確定していなくとも、責任から逃げる理由にはならん」

 

人生とは、本当に何が起きるかわからない喜劇だ。

 

でも、その先の見えないわからなさの中で、弥彦が弥彦のまま真っ直ぐに生きていてくれるのなら、それはそれで悪くない結末なのかもしれない。

 

「ほら、今日はもうこの話はこれでおしまい。続きはまた今度よ」

 

「絶対やだ」

 

「でも、三人目の候補の話は、いずれそのうちするかもしれないわね」

 

「今すぐ記憶の彼方に消え去ってくれ母さん!!!」




我ながらひどい修羅場を書いたなと思います。
でも、そのひどさの中でも誰かをまっすぐ肯定する言葉があるなら、少しは救いになるのかもしれません。
今回の回で好きだった台詞や場面があれば、ぜひ教えてください。

第一回キャラクター人気投票(コメントもぜひ感想欄に)

  • 明神琴(沖田総司)
  • 河上彦斎(お彦)
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