転生して型月版・沖田総司になったけど、労咳を克服したら明神弥彦の母になっていた件 〜るろ剣世界で最強のママやってます〜   作:だいたい大丈夫

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カオスが続けば、そのうち人は慣れる。
そして慣れた頃には、もう引き返せない。
神谷道場はついに地下施設まで備えた裏社会総本部へと進化し、それぞれが恐ろしいほど適材適所で噛み合い始めていた。
たぶん一番怖いのは、ちゃんと回っていることです。


神谷道場、完成してしまう

神谷道場といえば、ついこの間までは鼻垂れ小僧どもが「えいっ」「やーっ」と可愛らしく木刀を振るう、絵に描いたような健全優良スポーツ施設だったはずである。

少なくとも世間の目にはそう映っていた。

 

しかし現在は全く違う。

表札こそ『神谷活心流道場』と白々しく掲げられているものの、地下から突き上げる振動と轟音は完全に「悪の秘密結社が最終兵器を建造している音」そのものなのだ!

 

朝から晩までドガガガガッ!キィィィン!ガンッ!ゴンッ!と、およそ木造日本家屋から鳴ってはいけないヘヴィメタルな爆音が絶え間なく鳴り響いている。

 

近所の住人が不審に思わないわけがないのだが、そこは流石の権力社会。

通報に駆けつけた警官が札束の匂いを漂わせながら「あ、ただの改築工事ッスね!」と満面の笑みで揉み消すようになった時点で、この町の平和な日常は完全にバグを引き起こして終了した。

 

「そこ、柱一本分ずらして。うん、その方が荷車の導線が綺麗。第一層は阿片の精製区画、第二層は兵器保管庫、第三層は緊急退避路と秘密の抜け穴。完璧な導線。大丈夫」

 

薄暗い地下へと続く階段の途中で、お彦が図面を広げて的確すぎる指示を飛ばしている。

メイド服に無骨な安全ヘルメットという情報量が多すぎる出で立ちだが、不思議なほどこの薄汚れに現場へ馴染んでいた。

 

口から飛び出す言葉は完全に悪の組織の悪逆非道な設計主任そのものなのだが、表情の筋肉を一切動かさずに淡々と恐ろしい計画を口にするため、サイコパス感が天元突破している。

 

「ねえ、お彦」

 

「何?お義母さん」

 

「その呼び方をやめなさい」

 

「じゃあ本部長」

 

「それはそれで嫌ね……」

 

言葉では否定しつつも、現在の私の立場を正確に言い表すなら、確かに『本部長』という肩書きが最もふさわしい。

 

反社組織との折衝、国家権力への賄賂工作、クレーム対応、巨額の裏予算の承認、そして暴走しがちな営業担当の首根っこを物理的に押さえる重役。

 

客観的に見れば、私は完全に悪の組織を牛耳る冷酷無比な女幹部である。

 

洋装にヘルメット姿の観柳が、額の汗を拭いながらお彦へと問いかける。

 

「作業員は私の私兵団と集英組の若い衆で融通します。それにしても大量の兵器を保管する『武器庫』まで本当にここに作ってよかったのですか?流石に警察の目が……」

 

「大丈夫」

 

「海外からガトリングガンを輸入するだけじゃなくて、ここでも『神谷式ガトリング』として自社生産できないといけない。刀鍛冶のツテはここが由緒ある剣術道場だからいっぱいある。型さえあればバラして量産まで研究する。メイドの知恵。大丈夫」

 

「その『大丈夫』が一番怖いんだよ!!」

 

坑道の奥深くから、左之助の血を吐くような悲痛なツッコミが木霊した。

本当にこの男は最近休む間もなく働き通しだ。

 

誰に強制されたわけでもないのに、気がつけば現場の最前線へと強制連行され、冷徹な現場監督、狂気の薬学王、死の商人、そして極道たちに完全包囲されながら、たった一人で『常識人』という世界で一番過酷な役割を担わされている。

 

資材置き場の方で宇佐美が怒鳴り声を上げている。

 

「おい!弾薬はこっちの乾燥室に置けよ!湿気と火気が厳禁なのは花火と同じだからな!へへっ、集英組の武器庫も今日からここに移転だ。ここは今日から、俺たち『関東集英組・神谷兵器工廠』の第一生産ラインになるんだぜ!」

 

「兵器工廠って言うな!!言葉にした瞬間にもう後戻りできねえだろうが!!」

 

左之助の魂の叫びは、悲しいかな誰の鼓膜も揺らさない。

 

「お彦!周囲二軒ずつの土地の買収については親分から回った資金で完了したぜ!住人は札束で横っ面引っ叩いて追い出してやった!恵さんのラボはもう隣の家をぶち抜いて改装完了だ。稼働はいつでもいけるぜ!」

 

「うん。水野、有能」

 

「恵、材料は何でも言う。観柳が船で密輸する。大丈夫」

 

その呼びかけに応じるように、純白の白衣を纏った恵さんが奥の暗がりからヌルリと姿を現した。

首から物々しい防毒マスクを提げ、妖しく発光するフラスコを愛おしそうに頬擦りしている。

 

薬学の頂点を目指すと宣言したあの日から彼女の様子は常にヤバかったが、今日の狂気は一段と輝きを増している。

 

「よし……!!どんどん作るわよ、私の可愛いお薬たち!!あとこれ見て!とりあえず従来の阿片より『鎮痛作用』を三倍強くすることには成功したんだけど……副作用としてすごく強い多幸感と、大量に摂取すると呼吸抑制が起こってポックリ逝くのよ!!凄いでしょ!!」

 

純粋な知的好奇心とサイコパスが入り混じった無邪気な報告に、私は危うくスタンディングオベーションを送りそうになった。

いや、理性が辛うじてそれを引き留めた。

 

「…………おい。なんで動物実験もしてねえのにそんな正確な致死量の副作用がわかったんだ?まさか……」

 

「……医療の輝かしい発展に多少の『尊い犠牲』はつきものなのよ」

 

「うん。恵、よく出来てる。これなら新種の高級麻薬としても売れるし、軍用の重傷患者の鎮痛剤としても国にぼったくり価格で売れる。一石二鳥。私が政府と裏社会の両方の販売ルートを牛耳る。……絶対に儲かる。大丈夫」

 

「だから何がどう大丈夫なんだよ!!地獄じゃねえか!!」

 

しかしどれほど正論を喚こうとも、狂乱の渦にある現在の神谷道場では濁流に飲まれるミジンコほどの意味も持たない。

 

何しろ地下空間に違法な阿片ラボと違法兵器工廠が仲良くシェアハウスしている時点で、もはや警察の介入すら手遅れなのだ。

 

地下の惨状(もとい進捗状況)を一通り視察し終えた私は、地上の居間へと足を踏み入れた。

 

狂乱の現場が地下ならば、こちらは悪の組織の心臓部たる司令室である。

 

帳簿、見積書、密輸品の目録、土地買収の極悪な契約書、地元警察への賄賂の記録、そして裏社会の連絡網。

 

かつて剣術の理念を熱く語り合った居間は、今や畳の上にそろばんと血の滲むような印鑑が散乱する、冷酷無比な悪徳金融の事務所へと変貌を遂げていた。

 

「えーと……浦村署長宛て、地下改築許可、近隣騒音の苦情対応、資材搬入経路の黙認……はいはい、ここね」

 

機械的な手つきで朱肉をつけ、次々と怪しい書類に承認の判をバンバン押していく。

不思議なことに、この真っ黒な事務仕事がちっとも苦ではない。

 

昔から資金繰りや兵站の管理、裏道の手配といったフィクサー的な作業が異常に性に合っていたのだ。

私はただ刀を振るって汗を流すだけの脳筋女ではないという謎の自負がある。

 

向かいの席では、薫ちゃんが涼しい顔でパチパチとそろばんを弾いている。

その凛とした佇まいだけを見れば『由緒正しき道場の看板娘』なのだが、その可憐な唇から紡がれる言葉はドブよりも真っ黒に染まりきっている。

 

「そうね……。劇薬の廃液は予定通りあの川へ垂れ流すとして……。えーと、あの川の下流には他の流派の出稽古先があるわね。影響あるといけないかしら?……いや、あえて廃液で健康被害を出させて向こうの道場を物理的に潰して、ウチに門下生を引っ張るっていうのも、経営戦略としてはアリね……フフフ……」

 

恐ろしいことに、彼女自身には悪に染まっているという自覚が細胞レベルで存在しない。

天然の狂気ほどタチの悪いものはない。

 

「か、薫殿!!思考が完全にブラック企業でござる!!悪の組織の冷酷女幹部でござる!!今すぐその恐ろしいバイオテロ計画はやめるでござるよ!!」

 

「やーね、剣心。冗談よ、冗談。ちょっとライバル道場を環境破壊で潰そうとしただけじゃない。お彦さんも『大丈夫』って言ってたし」

 

「最近この道場で飛び交う『大丈夫』という言葉が、世界で一番信用ならない呪いの言葉でござるよ……!!」

 

「大げさねえ」

 

いや、緋村さんの恐怖は痛いほどよくわかる。

現在のこの家において『大丈夫』という免罪符が切られた時点で、事態の九割九分は破滅に向かっている。

残りの一分も、また別のベクトルの絶望が待ち受けているだけの無理ゲーである。

 

そこへ、郵便屋の慌ただしい足音が庭先から近づいてきた。

 

「緋村さーんに郵便でーす!書留ですよー!」

 

「おろ?拙者に郵便?なんでござるかな……」

 

「フムフム……差出人は山縣さん……!!??」

 

キタコレ。

 

「『新型のガトリングガンを陸軍省として十門、先行予約発注したい。予算は言い値で構わん』……!???か、観柳殿!!観柳殿ぉぉぉ!!!」

 

「ふむ、なんです?緋村さん。私は今、量産ラインの構築で忙しいのですが」

 

「こ、こんな物が……山縣さんから届いたでござる!!」

 

「おおおお!!!素晴らしい!!ヒャッハー!!初動から国軍のトップである陸軍卿名義が食いつくとは!!これ以上ない最高のブランドイメージです!!これで他の省庁や地方の金持ち士族にもガンガン売り込める!!」

 

そう、全ては彼の計算通りなのだ。

最初の顧客が『陸軍卿』という絶大なネームバリューを持っていれば、その後の販路開拓はヌルゲーと化す。

 

権力というものは最高の見栄えを誇る金ピカの看板だ。

看板が立派であればあるほど、裏で蠢く泥に塗れた非合法商品すらも神々しい輝きを帯びて見える。

世の中の構造とは、いつの時代もそうやってチョロく回っているのである。

 

「流石は抜刀斎。営業のスピードも神速。優秀な社畜系トップ営業マン。冬のボーナス弾む。大丈夫」

 

緋村さんは自身の置かれた理不尽な状況が全く理解できず、本気でパニックを起こしている。

 

「え?拙者は何も……本当に指一本動かしてないでござるよ!?山縣さんが勝手に名前を使って……!」

 

「でも結果は出した。偉い」

 

「出してないでござる!勝手に巻き込まれただけでござる!!」

 

「剣心すごいわ!うちの軍需部門の圧倒的稼ぎ頭ね!今夜は奮発して特上肉のすき焼きにしてあげる!」

 

その無邪気で残酷な賞賛を浴びて、ついに緋村さんの瞳からハイライトが完全に消失した。

 

「……………もうダメでござる。この道場は狂っている」

 

今更すぎる事実である。

しかし、長らく現実逃避を続けていた彼がようやくこの組織の底知れぬ狂気に気づけたのなら、それは一歩前進と言えるかもしれない。

 

「…………拙者、また、流浪の旅に出るでござ…………」

 

そんな甘えが許されるはずがない。

 

「……逃がすわけないわよ??」

 

「ひっ」

 

「アンタがここでバックレたら、山縣卿の後ろ盾とコネが水の泡じゃない。……勝者の責任をきっちり果たしなさい。流浪人なんて出張ベースでも続けられるんだから文句ないでしょう?交通費は全額経費で落としてあげるから!」

 

「転勤制度みたいに言うなでござる……とほほでござる……」

 

ズルズルと抵抗する緋村さんを強引に事務机の前へ引きずり戻した。

 

「さあ!アンタはさっさと机に向かって、山縣卿への『お礼と納期調整』のペコペコした返事を書く!!」

 

「は、はいでござる……」

 

悪の組織を運営する上で個人の感傷などミジンコ以下の価値もない。

最も優先すべきは、血も涙もない絶対的な『納期』である。

 

「『拝啓、山縣有朋様。この度はガトリングガンのご発注、誠にありがとうございますでござる。量産体制にはいるのは、本年十一月頃を目算としており、納期につきましては〜……』」

 

背後から姑のようにその文面を厳しく覗き込んだ。

 

「緋村さん・・・・・字が下手すぎるわ。ミミズが這った跡みたい」

 

「そこ!?」

 

「いや、驚くほど下手ね。何これ、大事な上得意様に送る字じゃないわよ」

 

「拙者は手紙をしたためる事務職ではないでござる!」

 

「今日から事務職兼トップ営業マンでしょ」

 

「そんなジョブチェンジしたくなかったでござる!!」

 

その地獄絵図を少し離れた場所から眺めていた左之助が、乾いた笑いを漏らす。

 

「……………なんか、伝説の剣客様も完全に権力と金とノルマに毒されてきてねえか?」

 

「ああ。この悪の巣窟で、真っ当な常識人はもう俺たち二人しかいねえぞ。左之助。お前だけが頼りだ、しっかりしろよ」

 

「おう……」

 

その構図のあまりのシュールさに私は腹筋が崩壊しそうになったが、事態の異常性を考えればあながち間違いでもないのだろう。

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

その時、庭先の方から複数のただならぬ気配が押し寄せてきた。

御庭番衆の面々だ。般若、式尉、火男、そして数名のゴツい配下たち。

最近はもう、この道場の庭を己のプライベートガーデンのごとく堂々と闊歩している。

 

冷静に状況を俯瞰してみれば、極道、死の商人、そして暗殺集団が一つ屋根の下で仲良くシェアハウスしているのだ。

日本で最も血生臭く、そして偏差値の低い木造住宅であることは間違いない。

 

その一団の先頭を歩く蒼紫君の顔を見て、私は思わず二度見した。

かつて見せていた氷のように冷徹な御頭の面影は完全に消え失せ、そこには授業参観に来た『不器用な父親』のデレデレな表情が張り付いている。

 

父親候補に名乗りを上げてから、実際にパパの顔つきになるまでの適応速度が異常に早すぎる。

 

「弥彦。今日は俺が御庭番式拳法の手ほどきをしてやる。庭へ出ろ」

 

「おい!勝手に父親ヅラするなっての!!俺の親父は彰義隊の立派な……!!」

 

勢いよく反発したのは最初の一瞬だけだった。

 

次の瞬間には手元の木刀をポイッと放り出し、尻尾を振る子犬のように隠しきれない喜びを足取りに乗せて駆け寄っていく。

 

「……今行くぜ!その……父、さん?」

 

あ、今『父さん』って呼んだ。完全に呼んだわね?

口では必死にツンツン抵抗する素振りを見せながら、絶妙なタイミングでデレてみせる。

 

チョロいというか、あざといというか。こういう庇護欲をそそる小悪魔的な危うさが弥彦の恐ろしい持ち味なのだ。

 

蒼紫君の口角が、堪えきれない喜びにピクピクとキモい動きで跳ね上がっている。

 

普段は感情を鉄壁のクーデレ仮面で隠し通す男のくせに、弥彦が絡むと途端にIQが急低下してポンコツな一面を露呈してしまう。

 

背後に控える般若が、縞模様の面の下でハンカチを噛み締めながらむせび泣いているのが伝わってくる。

 

「おおおお……御頭が、あの氷の御頭がついに人の親に……!我々御庭番衆の次期御頭は弥彦様で満場一致の決まりですな!感無量であります!」

 

「だからまだ決まってねえよ!!」

 

弥彦は顔を真っ赤にして振り返って怒鳴るが、その足はしっかりと蒼紫パパの待つ庭へと向かっていた。

満更でもない態度は一目瞭然である。

 

「おお、左之助。お前も新入りの分際でモタモタするなよ。俺が大胸筋の鍛え方を叩き込んでやる」

 

「痛ぇよ!!背骨折れるわ!!なんで俺がいつの間にか新入り扱いなんだよ!!」

 

「今日から俺たち御庭番衆の愛すべき新入りだからだ」

 

「勝手に戸籍を移すな!!」

 

庭では早くも、蒼紫君が弥彦の構えを熱心に(そしてネットリと)矯正し始めていた。

指導の距離感が異常に近い。パーソナルスペースという概念が存在しない。

 

そして弥彦の細い腕に触れる手つきが、まるで国宝の壺でも扱うかのように丁寧だ。

ほんの少し前まで剣心に対して殺意のガトリングガンを向けていた狂犬と同一人物だとは、到底信じられないハートフルな光景である。

 

『父親』という属性を付与されただけで、人間はここまで劇的にバグるものなのか。

その執念深さに若干の恐怖を覚えつつも、私はこの滑稽なホームコメディから目が離せなくなっていた。

 

「重心はもっと低く。肩に無駄な力を入れるな」

 

「こうか?」

 

「違う。肘を少し引く」

 

「……こう?」

 

「うむ。大変よくできました」

 

その短く発せられた『うむ』の響きが、溶けそうなほどの親バカ汁に満ち溢れており、私はついに吹き出しそうになるのを必死でこらえた。

 

あくまで『暫定』の父親候補に過ぎないというのに、その完成度はもはやプロの領域に達していた。

 

『……弥彦のやつ、口では文句言いつつも完全に蒼紫に手懐けられてやがる……!』

 

「丸聞こえよ、左之助」

 

「わざとだよバーカ」

 

「素直に認めたわね」

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

「…………多分、このイカれた道場でまともな常識人はマジでもう俺だけだ。俺がしっかりしねえと世界が滅ぶ……」

 

「弥彦もいるわよ」

 

「十歳児に世界の常識の半分を背負わせてる時点で完全にゲームオーバーなんだよ」

 

痛いところを突かれ、私は返す言葉を失った。

 

もちろん、世の安寧を思えば今すぐこの悪の巣窟を爆破解体すべきだとは理解している。

しかし、ここまで巨大な歯車が狂った方向に爆走し始めてしまった以上、この狂気がどこに行き着くのかを最前列で見届けてみたいという暗い欲望が、私の胸の奥で渦巻いているのも事実だった。

 

傍らでは、剣心がまだ悲痛な面持ちで筆をプルプルと震わせている。

相変わらず吐き気がするほど字が汚い。

剣の腕はチートレベルだというのに、どうして筆を持たせるとここまでポンコツになるのだろうか。

 

「もっと右上がりに書きなさい。字に覇気がないわ」

 

「営業文に無駄な覇気を求めるなでござる……」

 

「山縣卿みたいな老害……ごほん、権力者はそういう威勢の良いゴマすりが大好物なのよ」

 

「恐ろしい偏見でござる!!」

 

「偏見じゃなくて、長年の黒い経験からくる確信よ」

 

「その真っ黒な経験を拙者の清らかな人生に流用しないでほしいでござる!」

 

「剣心、文末に『今後とも末永くご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます』も忘れずに入れておいてね」

 

「すっかり死の武器商人の挨拶文みたいになってきたでござる……!」

 

「みたい、じゃなくて今まさにそれなのよ。自覚持ちなさい」

 

私の容赦ない宣告に、緋村さんの瞳から最後の希望の光がプツンと消え去り、完全に虚空を見つめるだけのbotへと成り果てた。

 

もはやこの場所は、かつて人を活かす剣を説いた神谷道場ではない。

しかし完全に崩壊して終わっているかと言われれば、奇妙なことに組織としては恐ろしいほど円滑に機能しているのだ。

 

いびつで歪な形ではあるが、全員が自らの異常な役割を見出し、狂気の歯車としてガッチリ噛み合っている。

 

組織図としてエクセルに書き起こせば間違いなく正気を疑われる構成だが、これが完璧に機能して莫大な利益を生み出している事実が何よりも恐ろしい。

 

その時、再び地下から恵さんが姿を現した。

 

「琴さん、ちょうどいいわ。試作品の名称、どうする?今のところ仮称は『恵式第三号・鎮痛特化型(致死量ギリギリ)』なんだけど、流石に売り物としてはパンチが弱いわよね」

 

「そうねえ……。軍の偉いさんに売り込むならもう少し中二病っぽい仰々しい名前がいいわね。『真・菊花』とか『漆黒の暁』とか、国を背負う軍人が好みそうな痛い威厳のあるやつ」

 

「裏社会で売り捌くヤバい高級品なら?」

 

「『天女の淫夢』なんてどうかしら?」

 

「素晴らしい!!高級感と底知れぬ背徳感、そしてそこはかとないエロティシズムを完璧に兼ね備えている!!やはりネーミングセンスも姐さんは超一流ですな!」

 

「商品名まで本格的にノリノリで決め始めたでござる……もう完全に警察のお世話になる領域でござる……」

 

「アンタは余計な口を挟まずにお礼状の方に全集中しなさい」

 

「集中などしたくないでござる!働きたくないでござる!」

 

「でも見事に売れたら今夜は和牛のすき焼きよ?」

 

「すき焼きの肉切れで拙者の武士の魂は売れぬでござる!」

 

「じゃあ特上卵も追加してあげる。ネギも盛り放題」

 

「……激しく揺れるでござる……」

 

「そこで揺れるんじゃねえよ伝説の人斬り!!」

 

薫ちゃんはパチパチとそろばんを弾く手を止めず提案している。

 

「ねえ琴さん。もし軍需産業がこのまま軌道に乗ったら、道場の看板も少し実態に合わせてイメチェンした方がいいかしら。『神谷活心流』だけだと響きが柔らかすぎるのよね。『神谷活心流・裏社会総本部』とか『関東武装テロ支援本部』とか」

 

「後者は流石に警察を刺激しすぎて一発アウトね。でも総本部はちょっとラスボス感があって格好いいわ」

 

「その恐ろしいネーミング会議に乗るなでござる!!」

 

「ほら、手が止まってるわよ。時給泥棒。さっさと書きなさい。『なお、初回納品に際しては、品質保持のため試し撃ちの時間を要するでござる』」

 

「拙者の文面に『でござる』を残すなでござる!!相手は国家のトップ官僚でござるよ!?」

 

「そこは他社にはない『サムライ・コンサルタント』としてのアンタだけの個性よ。ブランディングよ」

 

「個性と横文字という言葉で全てを正当化するなでござる!」

 

「むしろ『あの伝説、抜刀斎直筆』という事実だけで、軍部の連中は勝手に恐れおののき、プレミア感を感じるでしょうな。内容など読まれずとも高値で転売されます」

 

庭の方に目をやると、弥彦が今度は御庭番式特有の複雑なステップを懸命に真似ていた。

蒼紫君がその僅かなズレを何度も細かく(そして嬉々として)修正し、背後の般若たちが手拍子を送っている。

 

次期御頭だの何だのと気が早すぎる集団だが、弥彦本人があんなにも無邪気にキャッキャと笑っているのなら、今はその温かな幻影にどっぷり浸らせておくのも悪くない。

 

「父さん!今のはどうだ!?」

 

「足運びは悪くない。だが目線がすぐに下がる。目の前の相手を見るな、全体の流れを見ろ。そして俺の背中を見ろ」

 

「頭じゃわかってても難しいんだよそれ!」

 

「出来るまで何度でも付き合う。夜明けまでだ」

 

「スパルタ鬼親父かよ!」

 

「お前の父親だからだ」

 

「だからまだ暫定だって言ってんだろ!!」

 

そこへ式尉の野太い脳筋ボイスが空気を震わせる。

 

「よし!次は腕立て伏せ五百回だ!!」

 

「拳法の稽古なのになんで突然狂った回数の筋トレが入るんだよ!!」

 

「筋肉は決して裏切らん!!」

 

「それはマジでちょっとわかるけど!!」

 

「終わってる……。この家、控えめに言って終わってる……」

 

「でも、綺麗に回ってるでしょ」

 

「その狂った極悪歯車が回ってるのが一番怖えんだよ!!」




個人的には、剣心がトップ営業兼事務職にされているあたりと、蒼紫が一晩で父親業に馴染みすぎているあたりがかなり気に入っています。
笑った場面、好きな台詞、そして「いやそれは駄目だろ」と思ったポイントがあればぜひ聞かせてください。

神谷道場はどちらにつく?

  • 志々雄一派
  • 明治政府
  • 第三勢力
  • 独自路線
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