転生して型月版・沖田総司になったけど、労咳を克服したら明神弥彦の母になっていた件 〜るろ剣世界で最強のママやってます〜 作:だいたい大丈夫
花嫁面接が終わったら、次は地下射撃場で極妻オーディションの最終実技試験が始まった。
そしてそこで、燕ちゃんは誰も想像していなかった方向へ覚醒する。
今回は神谷道場地下・トリガーハッピー誕生編です。
現在の神谷道場地下空間は、非合法な兵器工廠であり、新種麻薬の培養ラボであり、ついでに実弾が飛び交う射撃場でもあった。
いかなる強弁を用いようとも「ただの古びた町道場」という言い訳が通用する次元を完全に逸脱している。そんな伏魔殿へ本日、赤べこのように首を振るばかりの牛鍋屋の看板娘、三条燕が連行されていた。
燕は薄暗い階段を下りる途中から、すでに涙腺が崩壊しかかっている。細い肩の震えは止まる気配がない。
ほんの数分前まで、少し変わってはいるが根は優しい人たちかもしれないと希望を抱きかけていた相手から、極妻オーディションの最終実技試験として地下射撃場へ案内されたのである。精神の安寧を保つ要素など塵一つ存在しない。
射撃場特有のひんやりとした空気に、ガンオイルと鼻を突く硝煙の匂いがねっとりと混ざり合っている。正面の壁には大小さまざまな標的が並び、手元の長机には鈍い殺意を放つリボルバーと真鍮の弾丸が整然と並べられていた。その光景を視界に収めた瞬間、燕の膝は自立機能を放棄しそうになる。
「こ、こんなの……無理です………。私、ただの皿洗いで……人を撃つなんて……」
燕の絞り出すような声は、哀れなほどに震え上がっている。だが、それが正常な人間の反応というものだ。うら若き少女が、非合法の地下射撃場で本物の拳銃を前にして平然と笑っていたら、そちらの方がホラーである。
琴は先ほどの極妻オーディションから着崩れを直してはいるものの、全身から漏れ出す凄みは一向に減衰していない。水性ペイントで描かれた背中の桜吹雪が、うっすらと極彩色の威圧感を放っている。
「まあ、初めて本物のハジキを見たなら仕方ないか。でもね、ウチの嫁になるなら、泣き言は通用しないのよ。とりあえず、試しに一発撃ってみな。話はそれからよ」
「『話はそれから』じゃないでござるよ!!」
最近の彼は、この地下空間へ足を踏み入れるたびに自身の寿命が秒単位で削り取られていると確信している。軍の最高実力者である山縣有朋への脅迫めいた返書を営業マンとして書かされたかと思えば、今度は無垢な少女に対する英才拳銃教育が始まろうとしているのだ。胃壁が完全な状態を保っている方が医学的に異常である。
その喧騒の横で、お彦が音も風圧もなく燕の背後へ回り込む。いつものことながら、彼女の気配の無さは物理法則を無視している。気づいた時には、死神のごとき冷たさで真後ろに立っていた。
「ここを見た以上は、生きて帰れるかどうか分からない。すべては燕の覚悟次第。……撃てなければ、秘密を知ったとして、お彦さんが口封じに斬る。大丈夫、痛くないように一瞬で首を落とす」
「ヒィィィぃっ!!!」
悲鳴の切実さが、先ほどとは比較にならない。
恐怖の階層が根本から異なっていた。
「やめろ!!お前ら、いくらなんでもやりすぎだ!!燕がかわいそうだろ!!」
「ほんとにな」
「何が楽しいんだよ。極妻の覚悟を問うだなんて、ただのタチの悪い嫁いびりじゃねえか」
「……楽しい。立派な嫁いびり。いや、私から見れば妾いびり?どっちでもいい。権力で弱いものをいじめるの、楽しい」
「最低だなお前!!」
「うん」
お彦は一瞬の躊躇もなく肯定する。真正面から完全肯定されてしまうと、左之助でさえ追撃の言葉を見失う。
「あなたは最低だ」と指摘して「はい、その通り最低です」と胸を張られた場合、ツッコミの刃は空を切るしかないのだ。
その硬直した空気の中、なぜかマフィアの首領が座るような背もたれの高い革張り椅子にふんぞり返っていた神谷薫が、知ったかぶり全開の咳払いを一つ落とす。
彼女自身、昨晩宇佐美からわずか三十分ほど拳銃の扱いを教わっただけのド素人なのだが、現在の顔面は完全に「裏社会を牛耳り、銃火器を知り尽くした闇の女帝」のそれである。
「良い?燕ちゃん。リボルバーは撃った時に強い反動があるの。だから、的の少し下を狙って、跳ね上がる自分の腕の軌道を計算して撃つのがコツよ。初心者はしっかり両手で構えなさい」
「薫……お前、いつの間に銃の撃ち方なんて覚えたんだよ……?」
「え?いや?え??……ふ、ふん!東日本麻薬シンジケートの首領たるもの、それくらいは知っていて当然よ!」
その雑極まりない威厳の張り方が、いかにも神谷薫という人間の本質を表している。やっていることは完全に犯罪組織のそれなのだが、根っこの部分が決定的に抜けている。だからこそ予測不能でタチが悪いのだ。
燕は小刻みに震える手で、恐る恐るリボルバーを持ち上げる。
しかし、完全に退路を断たれ追い詰められた小動物は、時に常軌を逸した方向へ肝が据わる。燕は涙で視界を滲ませながらも、震える銃口をなんとか前方へ向ける。
「あ、あの……どの的を狙えばいいんですか??」
華奢な指先が指し示したのは、射撃場の遥か奥に吊るされた極小のターゲットだった。
宇佐美でさえ「今日は風向きが悪いと当たらねえ」などと見苦しい言い訳を用意する、極めて嫌らしい的である。
「いや、最初は流石に無理よ。こっちの手前の大きな的に――」
異変は、その瞬間に起きた。
燕の大きな瞳から、すっと光が消え失せたのだ。
彼女の内に潜んでいた何かが、完全に切り替わった瞬間だった。
「……え?」
最も身近にいる弥彦が最初にその異常に気づく。だが、疑問を口にする猶予は与えられなかった。
パンッ!!!
鼓膜を鋭く叩く乾いた銃声が、地下空間の空気を切り裂く。遅れて火花が散り、強烈な硝煙の匂いが鼻腔を蹂躙する。
「お……おおっ。……嘘だろ。ど真ん中だ」
遥か彼方に設置された極小ターゲットの、それも寸分違わぬ中心を撃ち抜いていたのだ。
燕は銃口から細く立ち上る白い煙を虚無の瞳で見つめたまま、地を這うような低い声で呟く。
「………簡単ですね。こんなものですか」
「アンタ……才能が……。いや、流石にまぐれということも……」
姑として圧倒的な凄みを効かせていたはずが、今は単純に理解を超越した異常事態を前にして処理落ちを起こした顔になっていた。
流れるような無駄のないフォームで再び銃を構え直す。手首の角度も、肘の固定も、先ほどまで見せていた初心者の震えが嘘のように静止している。彫像の如き完璧な構えだった。
「えーと。下の方を狙って……撃つ。反動の計算。なるほど、完全に理解しました」
バン!バン!バン!バン!バン!
怒涛の連続射撃。圧倒的に早い。ただ闇雲に早いだけではない。すべての弾丸が、見えない糸で引かれたように全く同じ軌道を通っていく。
撃ち放ち、跳ね上がる腕の反動を完璧に殺し、瞬時に元の射線へ戻す。その一連の動作に、コンマ一秒の迷いすら存在しない。宇佐美が双眼鏡を目に押し当てたまま、無意識に後ずさりをする。
「ぜ、全弾命中……!しかも全部、的のど真ん中を寸分違わず撃ち抜いてやがる……!なんだこのガキ……!!」
「ガキじゃないです」
声の周波数が全く違う。
「標的です。的は、割るものです」
「怖っ」
左之助の漏らした一言が、この異常な空間において唯一の真実として響き渡る。
◇◇
そこから先の二時間は、もはや射撃の講習などという生ぬるいものではなかった。神谷道場の薄暗い地下室で、致死性の高い新しい怪物が孵化し、急速に成長していく過程を観察する悪夢の時間だった。
射撃場は呼吸も困難なほどのすさまじい硝煙に包まれ、冷たいコンクリートの床は真鍮の薬莢で埋め尽くされていく。最初は一丁のリボルバーだけだった。
だが燕の渇きはそれでは収まらず、宇佐美が恐る恐る差し出したポンプアクションのショットガンを軽々と抱え、最終的には壁のラックに立てかけられていた軍用ライフルまで持ち出す始末だった。
「ほらほらほらほらぁ!!逃げても無駄ですよぉ!!ハエみたいに落ちなさい!!よいっしょ!えいッ!!」
バン!バン!バン!バン!ドンッ!!
絶え間ない轟音の合間に、狂気を孕んだ甲高い笑い声が交じる。瞳のハイライトを完全に喪失した燕は、三日月のように口角を吊り上げ、もはや完全に別の人格へと変貌を遂げていた。
表情も悪ければ、吐き出す言葉の治安も最悪である。たった二時間前まで涙を流していた気弱な少女と、果たして生物学的に同一人物なのかすら疑わしい。
「す……凄い。幕末の京都にも、ここまでの天才狙撃手はいなかった。本物。私の目に狂いはなかった」
「そこはちょっと見る目がありすぎて怖えんだよ」
左之助の顔面はすでに引き攣っている。宇佐美に至っては、魂が半分抜けかけている。彼にとって、銃器の扱いは己の存在意義そのものだ。
少なくとも「銃の腕前だけは俺の独壇場である」という絶対的な自負があった。そのアイデンティティを、たった二時間の講習で十歳の小娘に根底から脅かされているのだから、顔面が蒼白になるのも無理はない。
「跳弾は出来ないか……流石にな。もしあれまでやられたら、集英組での俺の立場が完全になくなるところだぜ……」
「ずいぶん具体的な恐怖だな」
「ガチだよ」
「リボルバーの早撃ちと、弾込めの異常な早さは、見てて背筋が凍るくらいだけどね……。完全に銃という兵器と一体化してるわ」
「銃の精霊でも憑いたんじゃねえか?」
左之助の放った場違いな冗談は、現在のこの狂った状況においては、残念なことに半分ほど真実味を帯びて聞こえてしまう。
お彦はそこで、燕の異常な動体視力を実戦形式で試してみたくなったらしい。
ふっと懐へ手を入れると、鈍く光る白鞘のドスを取り出す。
「……よいしょっと!」
「気軽に投げるな!!」
お彦が完全な死角から投げつけた凶刃が、空気を切り裂きながら鋭く飛翔する。
燕の腰のホルスターからリボルバーを抜き放つ一連の動作が、もはや無意識の呼吸と同じレベルで最適化されていた。
「ふっ!」
ガギィィン!!!
たった一発。火を噴いた銃口から放たれた弾丸が、空を飛ぶドスの刃の腹を正確無比に撃ち抜く。
燕は熱を持った銃口へふっと色気すら感じる息を吹きかけ、恍惚の表情を浮かべて狂ったように笑い声を上げる。
「ハッハーー!!どんなもんですかァ!!止まって見えますよ!!」
「燕……?」
弥彦が完全に引いている。見ているこちらが胸を痛めるほどに引いている。
少年漫画の熱血主人公として、己の立ち位置を見失い途方に暮れるのも無理からぬことである。
「これが噂に聞く……トリガーハッピーってやつ?絶対に銃を持たせちゃいけない人種だったわね」
「噂に聞いたことがあるみたいに言うなよ」
左之助自身、これほどまでに極端な豹変を見せる人間は初めて見るからだ。
銃というトリガーに触れた瞬間に人格そのものが書き換わり、しかもその凶器を扱う才能が天文学的に高い。誰か、正しい取り扱い説明書を提出してほしい。
「こ、これ……全部、私がやったんですか……?うそ……。こんな、怖いこと……」
「うそじゃない」
「しかも一発や二発の騒ぎじゃねえ。お前、リボルバーを撃ち尽くしては『次』、ショットガンを撃ち尽くしては『次』って、武器庫の棚を端から順番に制圧していったんだぞ。あれはもう射撃訓練なんて可愛いもんじゃねえ、新兵器の品評会だった」
「品評会……?」
「しかも全部の武器に高評価を下してやがる」
「高評価するなよ……」
薫は床に散乱した的の残骸を拾い上げ、ギリギリと歯ぎしりしながら妙に悔しそうに呻く。
「私、昨日一晩徹夜して、ようやく十歩先の空き瓶に当てられるようになったのに……」
「そこで張り合うなよ薫」
薫の負った精神的ダメージは思いのほか深いらしい。
自称・裏社会のドンとして、銃器はスタイリッシュに扱って威厳を保ちたかったのだろう。
「女だけの最強暗殺者連合、やっぱり燕ちゃんを実働部隊の絶対的エースにした方がいいわね……。私は安全な後方で頭脳労働に回るわ……」
「組織作りをやめろって言ってんだよ!!」
「組織における役割分担は大事。薫は司令塔、燕は超遠距離狙撃、お彦さんは前衛の斬り込み、恵は毒殺、琴は統括本部長。完璧な布陣の女性部隊。チーム名は……『桜吹雪』」
「勝手にダサい隊名までつけるな!!」
しかし、琴はあろうことか、その提案に少しだけ真剣に考え込んでしまう。
「『桜吹雪』ね……。ちょっと昭和の演歌っぽい響きだけど、悪くないわ」
「最悪に悪いでござるよ!!」
この狂い咲いた地下空間において、最もまともで真っ当な悲鳴を上げているのは、疑う余地なく剣心ただ一人であった。
だが、どれほど天才的な覚醒であろうと、それは永遠には続かない。
発育途上の肉体には、どれだけ脳が快楽を求めても、物理的な限界というものが存在する。
「あは……あははっ!この硝煙の匂い……強烈な反動が腕の骨に伝わるこの感覚……さ、最高〜ッ!!……あれ?い、痛っ!!?腕が、もう限界……?」
力尽きた燕の小さな手から無骨な銃が零れ落ちる。
スイッチが切れたのは、まさにその瞬間だった。
虚無に沈んでいた瞳に、すっと本来のハイライトが戻ってくる。
「こ……怖いですぅ」
糸が切れた操り人形のようにその場へへたり込み、燕は赤く腫れ上がった自分の手のひらを見つめて、大粒の涙をぽろぽろとこぼし始める。掌には激しい摩擦で血が滲み、細い手首は強烈な反動に耐えきれず痛々しく腫れ上がっている。
「私、危ないことなんて……。うぅ……腕がちぎれそうに痛いです。弥彦くん、助けてぇ!!」
情緒の落差があまりにもナイアガラの滝である。見せられる側の感情の処理がまったく追いつかない。
「………………」
「……………」
「………………」
弥彦は自身の年齢に見合わないほど深いため息を一つつくと、重い足取りでゆっくりと燕の正面へ歩み寄る。そして、床に転がったリボルバーと、ずっしりと弾の詰まった革製のガンベルトを拾い上げると、あろうことかそれを燕の細い腰へしっかりと巻きつけたのだ。
「……お前に、このリボルバーと弾をやるよ。……自分の身は、自分で守れるよ。お前なら」
再び、燕の瞳から一切のハイライトが消滅した。
「……了解った」
声のトーンが劇的に変わる。目つきは完全に獲物を狙う猛禽類のそれだ。
人格の切り替えスイッチがそのガンベルトのバックルに物理的に仕込まれているかのようだ。燕は手首のスナップだけで銃を鮮やかに回し、西部劇の主人公も顔負けの見事なガンプレイを披露する。
「長岡様が次に店にツラ出したら、眉間から蜂の巣にしてやんよ!!あいつの腐った脳みそぶち撒けてやる!!……アハハハハ!!!」
「何をやってんだお前は!!」
だが、銃がホルスターに完全に収まり、指が金属から離れた瞬間、再び瞳に愛らしいハイライトが点灯する。
「や……弥彦君!」
燕はポロポロと涙を流しながら、弥彦の着物の袖をぎゅっと力強く掴む。
「なんでそんな突き放すような冷たいこと言うの?私のこと、男の子でしょ、ちゃんと守ってよぉ!!」
「情緒が二極化しすぎているでござる!!」
これはもうシュールなギャグなどという生ぬるい段階ではなく、純粋に生物としての扱いに困るレベルのバグである。
「………………情緒が不安定すぎるわね。組織の駒としては扱いに困るタイプだわ」
「……………二重人格。管理がめんどくさい。でも、圧倒的に戦闘力は高い」
「………………私の裏社会のドンとしての絶対的な威厳が完全に喰われたわ。私が一番ヤバくて恐れられる女でいたかったのに」
弥彦は、泣きじゃくる燕の頭をぽんぽんと優しく撫でる。その手つきはひどく優しい。優しいが、彼の瞳孔は完全に開いて目が死んでいる。
「……ああ。これからは、お前が俺を守ってくれ、燕」
「えっ」
「……俺は、この狂いきった世界で、ただの『常識人』でいたいんだ。もうこれ以上、血生臭い戦いをしたくない」
「ヒロイン・ポジションを本気で受け入れるな!!」
左之助がたまらず強烈なツッコミを入れる。
「………まあ、身体能力や筋力そのものは、年相応の普通の女の子みたいね。筋肉量が足りてないから、反動に耐えきれずに自壊しちゃうのよ」
「うん」
「私が徹底的に身体を鍛え上げる。最強の兵器になる。…………でも、もし私よりも強くなったら?銃弾は刀で斬り落とせるけど、あんなに急所を連射されたら……将来もし彼女が組織を裏切った時、燕を斬り捨てるのは少し骨が折れる作業になる。……大丈夫でない」
「味方を評価する基準が根本から終わってるんだよ!!」
だが、お彦にとって「将来裏切られた時に、自分が確実に始末できるスペックかどうか」は、微塵も冗談を含まない真面目な組織論の物差しなのだ。そこが一番ホラーである。
まさにその混沌の極みへ、恵が白衣を翻しながら蠱惑的な笑みを浮かべて現れる。彼女の手には、どこからどう見てもヤバイ色をした怪しいカプセル剤が二錠、大切そうに握られている。白衣を羽織る仕草だけは立派な女医のそれだが、持参した物質の危険性がすべての知的さを台無しにしている。
「燕ちゃん。腕が痛くて辛いんでしょ?この特別なお薬を飲んでごらんなさい?」
燕が、おどおどと怯えた上目遣いで恵を見上げる。
「えっ……?これ、なんですか?お医者様?」
恵は、背後にどす黒いオーラを立ち昇らせながら、悪魔のような極上の笑顔で囁きかける。
「身体の痛みが『完全に』消え去る、魔法のお薬よ。……痛みがなくなるどころか、とっても世界がキラキラして『楽しく』なっちゃうおまけ付きだけどね。さあ、遠慮しないで……フフフ。これで腕の痛みを気にせず、好きなだけ撃ち放題よ」
「それさっきお前が自慢げに語ってた『呼吸抑制が起きて確実に死に至る新種の麻薬』だろうが!!」
左之助が命懸けで全力のストップをかける。
「燕ちゃん!絶対に飲むな!!!脳髄を溶かされて廃人にされるぞ!!」
「失礼ね。致死量ギリギリまでいかなければ、完全な廃人にはならないわ」
「微塵もフォローになってねえんだよ!!」
弥彦はもう、魂の抜けたような遠い目で虚空を見つめて立っている。この世界はあまりにも業が深く、そして煮詰まりすぎている。
「……俺、やっぱり普通の、ごく普通の女の子が好きだったはずなんだけどな……」
限界を超えて小さく漏れ出た本音に、燕が通常人格のまま、ひどく傷ついた子犬のような顔をする。
「えっ……わ、私は普通じゃないんですか……?」
「いや、普通の時は普通だよ!!むしろ一般人代表みたいに普通すぎるくらいだよ!!問題はハジキを持った時の狂いっぷりだよ!!」
「じゃ、じゃあ銃を持たなければ……」
燕がそこまで言いかけた瞬間、彼女の細い指先が、無意識にガンベルトの冷たい金具へ触れる。
大きな瞳のハイライトが、スイッチを切ったように一瞬で消滅する。
「は?誰が普通だって?舐めてんのかクソガキ。次にその舐めた口利いたら、前歯全部撃ち飛ばすぞ?」
「切り替わりのレスポンスが早えよ!!」
「神谷道場にまた一人、決して触れてはいけない方向の天才が増えてしまったでござる……」
「……まあ、いいわ」
「何一つとしてよくないでござるか!?」
「圧倒的に戦闘力が高いのは、この界隈じゃ決して悪いことじゃないもの。あとは人格が切り替わる詳細な条件の特定と、ライフルの反動に耐えうる強靭な身体づくりね。そこさえクリアできれば、燕ちゃんは組織の最強の駒として相当使えるわ」
「十歳の少女を『使える』という言葉で評価するな!!人間でござるよ!!」
「この血で血を洗う極道の世界で生き残るなら、使えるか使えないかは死活問題よ」
「そこを真理みたいにドヤ顔で言うなでござる!!」
燕は再び通常人格へと戻り、痛む手首を庇うように押さえておどおどしている。その横顔の端々に、覚醒した凶悪人格の残滓が時折ぴくぴくと顔を覗かせるのが、ホラー映画よりも遥かに怖い。
ただ一つ、誰の目にも明らかな確かなことがある。この日、この瞬間を境に、三条燕という可憐な少女は二度と「ただの牛鍋屋の看板娘」には戻れないということだ。
「……もうやだ、この家」
少年の口からこぼれ落ちたその呟きは、地下射撃場に立ち込める濃密な硝煙の中へ、やけに切実に、そして哀しく沈んでいった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今回は燕ちゃんの覚醒回でした。
リボルバーを握った瞬間の変化や、弥彦のヒロイン化、そして周囲のドン引き具合など、印象に残った場面や台詞があればぜひ教えてください。
神谷道場はどちらにつく?
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志々雄一派
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明治政府
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第三勢力
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独自路線